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お正月に思う

○つれづれ日誌(1月6日) お正月に思う


それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての作られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16.15)


今年もお正月を迎え、そして駆け足のように過ぎていきます。1月7日までのいわゆる「松の内」がお正月だとすれば、明日7日で正月も終わり、いよいよ新年度が始まりますね。


ただ、お正月と言っても、筆者などは生活スタイルはほとんど変わらず、いつもと変わらぬ時間割の中で過ぎていきます。


【お正月行事―神社参詣】


しかし、通常と変わっていることが3つあります。「年賀状」、「お節料理」、そして「神社参拝」の3つであります。お節料理は神道的に言えば元旦に訪れるという「歳神様」をもてなす料理で、そのお裾分けに預かって頂くわけですが、お陰様で数日間は料理をしなくてすむことになりますね。


神社参拝は、1年の「願」をかけると共に、日本人として日本の神々に敬意を表するために参詣するものです。本年1月4日、筆者は鎌倉の鶴岡八幡宮に参詣いたしました。


鶴岡八幡宮は、鎌倉八幡宮とも呼ばれ、鎌倉初代将軍源頼朝ゆかりの神社であり、武家源氏、鎌倉武士の守護神として有名です。祭神として応神天皇 (第15代天皇)、比売神 (ひめがみ、主宰神の妻や娘)、神功皇后 (じんぐうこうごう、応神天皇の母)が祭られています。つまり、応神天皇夫婦とその母が祭神であります。ちなみに御神体を巫女さんに聞いたところ、本殿で「鏡」を見たと言っていました。


さすがに武家政権発祥の地、鎌倉を代表する神社だけあって、品位と威厳のある神社ですね。昨年訪れた氷川神社とは対象的でした。


無論私たちは、神社参詣の前に、先ずは唯一なる「ヤハウェの神」に祈りを捧げるべきことは言うまでもありません。筆者も元旦の朝、うやうやしく家庭祭壇の前にひれ伏して、「天の父母なる神」への敬拝と祈りの一時を持ちました。


【家庭祭壇について】


年末、ある姉妹から、久しぶりに家庭祭壇のある祈祷室の大掃除をした、との電話があり、筆者もこれに刺激されて家庭祭壇を整え清めることになりました。ただ、この姉妹のように、我家には祈祷室などという贅沢な空間などはありません。リビングの片隅にしつらえたささやかな祭壇です。


そしてこの祭壇は、もともと弥勒仏が入っていた祭壇で、弥勒仏の代わりに、聖書.原理講論.み言の三種の「神の言葉」を安置し、更に聖塩.聖土.聖燭も置きました。何か、イスラエルの幕屋の至聖所(契約の箱)を思いだしますね。そしてこのささやかな「依り代」に神が臨在されるというのです。


実は、我家には久しく家庭祭壇などというようなものはなく、本箱の上にご父母様の写真とみ言を置いた超シンプルなものでした。これは「神は内なる本心に宿る」との筆者の信仰観から来るもので、 一切の形式に囚われない実質主義者、徹底したリアリストであったからであります。


しかし、この考え方は、アウグスチヌスの教会論である「客観的恩寵論」と出会って修正を余儀なくされることになりました。客観的恩寵論とは、一言で言えば、形式(儀式)は神が働かれる大切な場であるというものです。


たとえ「徳なき聖職者」が為した洗礼や叙階などの秘蹟であっても、それは神が為したものとして有効であり、秘蹟を行った人に有効無効が帰されるものではないというものです。これを人効論に対して「事効論」と呼んでいます。「神は恩寵による秘蹟を、悪人を介してさえ与える。だがしかし、恩寵そのものは、各人の信仰に神みずからが答えられるもの」としました。


ちなみに、カソリックの秘蹟とは、洗礼、堅信、聖餐、婚姻、終油、叙階、告解の七つであり、これを「七秘蹟」といっています。


「洗礼」によって悔い改めて罪が赦され、「堅信」によって、自由意思においてキリスト教信仰を受容し、「聖餐」によってキリストの血肉をその体内に授けられ、「婚姻」によって当該男女の婚姻が正当なものであることを神によって明確化させ、「終油」によって死に際しての救いを保証し、「叙階」によって教会ヒエラルキーの中での位置づけを神によって授けられ、「告解」によって個人が犯した罪に対して赦しを与えることであります。


ブロテスタントは、この内、聖書に根拠がある「洗礼と聖餐」のみを教会儀式として取り入れています。


こうして筆者は、形式としての礼拝、祭壇、儀式、儀礼などを、(唯一ではないが)神が働く実質的なものとして受け入れることにいたしました。そしてその際、家庭祭壇は宗教儀式に欠かせないものであるわけです。


つまり、神社になぞらえるならば、祭壇は本殿(至聖所)、祭神は天の父母(ヤハウェ)、御神体は神の言葉(石板)ということになるでしょうか。


【年賀状と福音伝道】


さて、年賀状はクリスマスカードと並んで年末年始の風物詩ですね。但し、近年筆者は、年賀を年賀状ではなくネットやラインで済ませることが多くなりました。


従って、実際年賀状を出すのは、親戚とか旧友とか取引先とか、ほとんどが未信者の方々であります。


そして今年は、この未信者の縁者全員に、聖書や神学に関する文書が掲載された筆者のホームページのアクセス方法を記載しておきました。このホームページは、図らずも知人の尽力で昨年出来上がったもので、筆者には想定外の出来事でありました。


そしてこの公開されたホームページのプロフィールに、超教派を目指す「ユニバーサル福音教会牧師」という肩書と共に、マスコミから酷評されてきた家庭連合の「ポーランド宣教師」であることも明記しました(HPをご覧あれ!→www.reiwa-revival.com/advertise?lang=ja)


かっての原始キリスト教時代は、ほとんどのイエスを信じる信徒は、旧約のユダヤ教の信者のまま新約のキリスト教徒でもありました。キリスト教はユダヤ教の一派であったのです。


同様に筆者も、福音宣教において、新約と成約の「二足のわらじ」を履くものであり、そしてこのことは、決して矛盾するものではないことを、おいおい立証していきたいと思います。


従って、今年年賀状を出した方々で、筆者のホームページを見て下さった方は、筆者が今、どういう立場で、何を考え何をしているのか、一目同然ということになります。こうして筆者はカミングアウトいたしました。そしてつまずく人はつまずけばよいでしょう。そうしてこれを「文書伝道」と位置付けたのです。


例えば、ホームページを読んだある同郷の税理士は、「神学文書には手が出ないが、細川ガラシャの記事は参考になった」とか、またある弁護士は、「三位一体は分かったが、聖霊論は難しい」とか、ある著名な大学教授は、「難しいそうだが挑戦する」、とメールをよこしてきました。こうして図らずもホームページは、伝道のよいツールとなりました。


キリスト教歴史において、福音伝道の伝統は、キリスト教の中心思想であり、マルコ16.15に見られるイエス.キリストの大宣教命令は世界宣教の根拠になってきました。また「隣人を愛せよ」とのキリスト教倫理は、とりもなおさず福音伝道を意味するものです。何故なら、福音によってその魂を救うことこそ、他者への究極的な愛の実践に他ならないからであります。


ただ筆者は今まで、主に勝共思想活動や法律業務といった外的分野に携わってきたこともあって、福音伝道への意識が弱かったように思われます。しかし今、キリスト教歴史における福音伝道へのあくなき熱情に啓発され、ようやく目覚め、福音伝道への強い意欲に駆られているところであります。


千葉のある教会では、シニアが音頭をとって、正月3が日にも路傍伝道を実施していると聞いています。それぞれが、自らの得意分野と方法で持ち味を生かし、福音伝道のリバイバルを起こしていくことが期待されています。


【直接伝道と間接伝道】


さて福音伝道には、ダイレクトに福音を伝えていく直接伝道と、社会的活動を通じて社会に影響を与えながら伝道していく間接伝道があります。


日本でのキリスト教は、未だに人口比で1%を越えていませんが、社会的、文化的影響はおそらく20%を越えているでしょう。


特に、教育分野、医療分野、慈善分野の3分野におけるキリスト教の影響は顕著です。これらの分野、なかんずく教育分野での影響の大きさは、上智大学、青山学院大学、国際基督教大学、同志社大学、関西学院大学など、名だたる教育機関がキリスト教宣教の中で設立されたことを見ても明らかです。これが間接伝道です。


一方、UCでは、いわゆるUC系社会啓蒙団体を数多く有していますね。国際ハイウェイ(日韓トンネル)、勝共連合、世界平和女性連合、世界日報などがその主だったものです。これらの団体を通じて、直接伝道ではつかみ切れなかった層にアプローチが可能になります。


上記の団体は、それぞれの団体自体が持つ固有の目的性を追及しながら、結果的には、UCが持つ福音を伝えていくことに一役かっているのです。従って、直接伝道にせよ、間接伝道にせよ、すべからく「福音伝道が本質」だというのです。


こうして、福音伝道こそ、救われた者が為すべきアルパでありオメガ(ヨハネ黙示21.6)であること、即ち、唯一最大のみ業であることが明らかになりました。



最後に、新年に読んだ二冊の本、対象的な自伝風の奇妙な本について語らなければなりません。一冊は、内村鑑三の著書『余はいかにしてキリスト教徒となりしか』を再読したことです。そしてもう一冊は、現在金沢大学法学部教授であり、東大原研出身の元UC献身者である仲正昌樹著『統一教会と私』という本であります。


前書は、文字通り、内村がキリスト教信仰を持つようになり、その信仰を深めていった経緯について記した本であり、逆に後書は、自分が何故UCに入信し、何故脱会したのかを率直に赤裸々に語った本であります。(但し、仲正氏は、UCに対しては反対も賛成もしない立場に立っています)


次回のつれづれ日誌で、この対象的な二冊の本を筆者なりに分析し、二人の深心理を覗いて見たいと思います。(了)