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配偶者の聖和式に思う 聖和とは何か

◯つれづれ日誌(5月4日)-配偶者の聖和式に思う―聖和とは何か

これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。神は彼らのために、都を用意されていたのである(ヘブル人への手紙11.13~16)


内村鑑三は著書の中で、福音のために「自らを注意深く観察の材料としました」と語りました。


筆者は、この度の配偶者(吉田マス子)の逝去にあたり(享年74才)、一人の女性(信仰者)の死と、その死に直面した筆者が、そこで何を見、何を感じ、何を得たのかを、率直に観察し書き記すことで、何らかの参考になれば幸いだと思いたった次第です。


配偶者は、50才から60才までの10年間、ポーランドに9年、ラスベガスに1年、世界宣教に携わり、ヨーロッパ大陸全域、南北アメリカ大陸にも足を伸ばしました。この間筆者は、交通費、滞在費、献金など、もっぱら宣教活動の経済面のサポートをするという役割を担いました。異国の地にての歩みには、口では言えない数々の労苦があったにせよ、海外での宣教の歩みは、彼女にとって有意義な時間であったと思慮するものです。


左:ワルシャワ・オールドタウン、右:フレデリック・ショパンの生家


名古屋に住む彼女のお姉さんは、生涯一度も海外に出かけたことがないとのこと、それを思えば、彼女の豊富な海外体験は、実に対象的でした。


しかし翻って、一人の女性として果たして彼女は幸せだったのでしょうか。女性の幸せは、なんと言っても夫婦の愛にこそあります。その点で彼女は幸せだったのか、このことは、筆者の大いなる自省と共に、聖和に際して真摯に問わなければない問題であります。


さて、5月4日に行われた聖和式には、このコロナ騒動の中、多くの方々に参列して頂き、また暖かい励ましや供養を頂き、心から御礼申し上げます。


配偶者も、霊妙な神の導きと恩寵の中で、今や肉体から解放され、自由の天地、永遠の世界、愛のふところへ、喜びを抱いて旅立っていったと信じるものです。


そこで今回、配偶者の聖和の機会に、「聖和とは何か」について考えて見たいと思う次第です。


【聖和に際して】


<寝たきりの3年間>

さて彼女は、5年ほど前から徐々に足腰の衰えが始まり、遂に3年前から、いわゆる「寝た切り」人生が始まりました。


癌になったとか、脳梗塞を患ったとか、何か具体的な病気になった訳ではなく、自然と体が弱っていったというのが、正直なところであります。彼女は太り気味だったこともあり、足腰からやられるのではないかと内心危惧していましたが、やはりその如くなったというわけです。


そういう訳で、彼女は寝た切りになり、またそれに伴い認知症も併発して、筆者はその介護の責務を負うことになりました。


<贖罪生活>

しかし、この介護の3年間は、筆者の人生にとって、大変大きな意味を持ち、また双方にとっても貴重な時間となりました。


彼女は肉体を損なうという犠牲を払って人生を清算する期間となり、また筆者にとっては、当に「贖罪の時間」となりました


かの内村鑑三は、1885年、エルウィン知的障害児養護学校にて看護人として働きましたが、これは当に贖罪生活そのもので、罪の償いとはどういうことかが分かったと述懐しました。


筆者も内村と同様の体験をさせられると共に、この介護の3年は、夫婦の絆を深めるために神が与えし、長くもなく、また短くもない「双方にとって必要な時間」てあったと、今では深く納得しております。


彼女は、認知症の後押しもあり、結婚して初めて筆者に甘えてきました。恥ずかしいことに、「妻とは夫に甘えるものだ」という当然の理を、この時初めて認識しのです。この当然の認識が、今までなかったというのです。我ら夫婦は、当に信仰による夫婦であって、愛による夫婦ではなかったと言われても弁解できません。


しかしともかく、寝た切りという極限状況の中で、私たちは、新しい夫婦の在り方を見出だすことになりました。


<きめ細かい日本の介護支援制度>

それにしても、日本の介護支援制度は、本当に行き届いています。週2回の入浴サービスと訪問看護、そして月2回の訪問診療などにより、食事の世話以外には、筆者の負担は大変軽くて済みました。しかも、費用は1割負担なので、金銭的にも優遇されています。


筆者は、つくづく日本に生まれたことの素晴らしさを、改めて実感した次第です。


【聖和とは第二の誕生日】


<死は第二の出生>

文先生は、「死とは霊界で永生するために、肉身を脱いで新しい体に生まれる日、即ち第二の出生である」と語られました。つまり、この第二の出生こそ「聖和」であります。あたかも赤ちゃんが母胎から生まれるように、宇宙的な地上の母胎から別の世界へ誕生することであります。(天聖経第七篇地上生活と霊界)


従って聖和式は、霊人体が肉身を離れて新しい生に出発する、「祝賀の儀式」とも言え、「第二の誕生日」であるというのです。カソリックでも、死はその人の誕生日と位置付けています。


原理の三段階完成の法理によれば、先ず人間は母の腹中、即ち水の中で10ヵ月を過ごし、次に地上、即ち空気の中で100年を経て、最後に霊界、即ち愛の中で永生すると言われています。


それはあたかも、幼虫が水の中で過ごし、さなぎとなって地上で生き、蝶となって羽ばたくのと同様です。


「死は、胎児が子宮を破って出てくるのと同じです。この制限された世界から神の愛の位置に帰っていくのが第二の出生、即ち死というものです」(天聖経第七篇地上生活と霊界P710)とある通りです。


まさに霊界こそ、私たちの故郷、本然の故郷であります。(天聖経第七篇地上生活と霊界P730)  古代イスラエルの父祖たちも、もっと良い天の故郷を希求しました。(ヘブル11.16)


こうして聖和者たる配偶者は、いまや不自由な肉体から解放され、第二の誕生たる自由の天地、永遠の世界、愛のふところへ旅立って行きました。


ただし、死が第二のよき誕生日になるためには、地上において、霊魂、即ち霊人体をよく磨いておかなければならないことは、言うまでもありません。


<霊界の様相>

天聖経第七篇「地上生活と霊界」によれば、霊界では生命の要素が愛であり、愛を呼吸して生きるとされ、衣食住の心配がない時空を超越した世界であると言われています。そして天国は生命がぎっしりつまっている愛の世界、愛の空気を吸って生活する世界だと説明されています。


しかし霊界には、天国・楽園・中間霊界・地獄の階層があり、善悪の霊界があるといわれ、また全ての個人情報が記録されているともいわれています。


そして何よりも、天国は先ず地上で成就されなければならならず、地上生活こそ、霊界で永生する「霊人体を完成させるための時間」であるというのです。また、霊界では結婚や繁殖はないといわれています。


<UCの霊界観ほど明確な教えはない>

それにしても、UCの霊界観ほど明確なものはありません。他の宗教にも霊界に関する教えがないわけではありませんが、やはり曖昧です。


カソリックには煉獄(れんごく)という教理があります。これは、クリスチャンが死去し、天国へ入る前の清めの場所であり、天国の喜びにあずかるために必要な浄化(清め)を受けるところです。


しかし、プロテスタントでは、煉獄という観念を認めず、死者は「黄泉」(よみ)に行くとされています。


キリスト教でも、死とは肉体と魂が分離することであるとされ、魂の行き先は、天国と地獄だけではなく、多くの死人は「黄泉」に行くとされています。イエスの贖罪によって、罪が赦された人が行くところが天国であり、罪を赦される機会が無かった人は先ず黄泉に行くというのです。


黄泉とは、ヘブライ語でシェオール、ギリシャ語でハデスといい、天国へ行く前の段階の場所、あるいは最後の審判を待っているところだと言われています。


従ってイエスの福音がもたらされる前の旧約時代の人々は、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、ダビデ、ソロモンなどを含め、皆黄泉に行っていることになります。「黄泉に下って、我が子(ヨセフ)のもとに行こう」(創世記37・35)とヤコブが語っている通りです。


原理観から言えば、旧約時代は楽園より低い「アブラハムのふところ」又は「墓」と呼ばれる「霊形体」を完成した霊人が行く霊形体級の霊界であると説明されています。


そして最後の審判で審判を受け、天国に行けるか、「永遠の炎の池」に投げ込まれるかが決まるというのです。この炎の池こそ地獄(ゲハナ)であり、サタンはここに永遠に投げ込まれることになります。以上がキリスト教の霊界観であります 。


しかし、煉獄といい、黄泉といい、論議が分かれ、解釈にも諸説があり、今一つ定義がはっきりしません。


また、バラモン教や仏教などインド系の宗教には、前世の存在や「輪廻転生」という、独特の非聖書的な考え方があります。幸福の科学にも、あの世に行った霊魂は再び地上に転生すると教えています。


このように、他宗教において、来世の存在を認めているものの、UCのような明確な霊界の観念はありません。


<葬儀の考え方、在り方>

キリスト教の葬儀、即ち死者を送る儀式では、死者に祈ることはいたしません。葬儀は、先ず神を礼拝讚美し、次に遺族を慰め、そして死者を偲びます。


伝統的キリスト教では、地上人が死者のために祈ったり、代償行為をしたりはしません。「死者のことは神に委ねる」という考え方に立っています。死者を礼拝の対象とすることは、偶像崇拝につながりかねないというわけです。


我がUCでは、死者を神に委ねることは当然でありますが、死者のために祈り、死者の解怨のために代償供養をすることを認めています。


聖和式は第二の結婚式】


また原理創始者は、「昇華式は、実際のところ、男性と女性が結婚する結婚式に匹敵するものです」と語られました。


最初のアダムとエバは結婚に失敗して堕落し、偽りの夫婦となりました。従って、神の許諾と祝福の下で、結婚のやり直しをして、真の夫婦とならなければならないというのです。これが、いわゆるUCの祝福結婚です。


しかし、私たちは、更にもう一度結婚しなければならないというのです。悔い改めと真の愛の下での再結婚です。死という新しい生を得た第二の誕生日というべきこの日に、もう一度結婚するというわけであります。配偶者の聖和には、このようなもう一つの意味があるというのです。


内村鑑三の最愛の一人娘だったルツ子は、1912年に18才で病気で死去しました。臨終の3時間前に、両親と共に聖餐式にあずかり、告別式が行われました。内村はこの告別式で、「今日はルツ子の葬式ではなく、結婚式です」と述べ、墓地に埋葬される時には「ルツ子さん万歳」と大声で叫んだと言われています。墓石には「また会う日まで」と刻みました。


カソリックのシスターは、イエス・キリストと結婚すると言われていますが、「今日はルツ子の結婚式」だと言った内村は、ルツ子をイエス・キリストの新婦と考えていたのでしょうか。


そうして内村が再臨運動に参加した遠因には、この娘ルツ子の病死が影響していると言われています。内村は、最愛の娘の死を通じて、霊魂の不滅と復活、そして再会を、単なる教義としてではなく、否定できない事実として体感しました。


筆者も同様に、配偶者の霊界への旅立ちは、 配偶者が秘かに憧れていた永遠の霊界、その愛の主たる神様と結婚する日ではなかったかと思います。


そしてまた、 今までの錆び付いた夫婦関係を一旦清算して再結婚するという、またとないよい機会ともいえます。新しい生を得た配偶者の第二の誕生日にあやかって、配偶者との二度目の結婚によって、共に引き上げられる日になるとするなら、これに過ぎたる幸いはありません。


そう言えば文先生ご夫妻は3度結婚されましたね。最初の結婚である1960 年4月11日の「聖婚式」は、成長期間の長成期完成級で行われた結婚式と言われ、文字通り「無原罪の真の父母」となられました。そして2度目の結婚式は、2003年2月6日で、神様の直接主管圏に入った立場における長成期的な「聖婚式」でした。


更に2013年2月22日の「聖婚式」は、霊界の文鮮明先生と韓鶴子女史が、人類の「真の父母」としての使命を完了し、直接主管圏にゴールされた立場で挙行された完成期的な結婚式でありました。


私たちも、文先生ご夫妻に習って、配偶者ともう一度結婚するのもいいかも知れませんね。


【聖和式の起源と儀式】


<聖和式の起源>

聖和式は、文興進様の「昇華」(1984年1月2日)と「世界昇華式」(同月8日)が源になっているといわれます。


その後、2011年11月18日付けで、「昇華式」は「聖和式」に、「元殿式」は「原殿式」に名称が変更されました。


聖和式は、神を讃え、故人の永世を祈り、遺族を慰める厳粛な儀式ですが、これはまた、一つの「特別記念礼拝」でもあると言えるでしょう。


<聖和に関する一連の礼式>

広い意味で聖和式は、帰歓式、聖和式、原殿式からなっています。


帰歓式は、聖和者が直系の家族を離れて天国に帰っていく式(お通夜)であり、聖和式は、天国に昇っていく聖和者の霊魂のために行われ、原殿式は聖和者の肉身が本殿(墓地)に定着する儀式であります。


実際の一連の儀式は、臨終祈祷→入殿式→帰歓式→聖和式→原殿式→→追慕礼拝(3日、21日、40日、100日、1周年・・・)という順序で為されていきます。


仏式でいうと臨終祈祷は「枕経」、入殿式は「納棺式」、帰歓式は「通夜」、聖和式は「告別式」、原殿式は「埋葬・納骨」、三日追慕礼拝は「初七日法要」、追慕礼拝は「四十九日・回忌法要など」に当たるでしょうか。


<儀式の聖書的意味>

では、こういった一連の儀式にはどういう聖書的な意味があるのでしょうか。


かってアウグスチヌスが「客観的恩寵論」を唱えました。即ち、典礼、祭祀、秘跡(サクラメント)などの宗教的儀式には、その形式的な儀礼自体に神が働くという考え方であります。キリストの恩寵は、その形式にも関わらず、形式の中にこそ宿るというのです。


勿論、プロテスタントには、典礼は、神の恵みを目に見える形にするというだけの「単なる象徴(シンボル)」であるという意味でとらえる考え方もあります。


かって筆者は、徹底した合理主義者であり、一切の形式を排除する傾向がありました。形式より実質重視です。心で祈って神を礼拝すれば形式にこだわる必要はないとの考え方です。


しかし、今や、宗教的儀式・祭祀には、神の霊、神のインスピレーションが実際に働き、キリストの恩寵が与えられるという考え方に舵を切ってきました。その意味で、この度の聖和式には重要な意味があったといわなければなりません。



以上、今回は筆者の配偶者の死去にあたり、死とは何か、聖和とは何か、聖和式とは何か、について考えて見ました。最後にゲーテ作ファーストのエピローグを以て締めくくりにいたします。ファーストは最後に、かつての恋人(妻)グレートヒェンの天上での祈りによって救済されました。


「永遠にして女性的なるものがわれらを天の高みに引き上げてくれる(ゲーテ「ファースト」エピローグ)(了)