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イエス・キリストと文鮮明先生 内的教会史と名節

◯徒然日誌(令和6年4月17日)   イエス・キリストと文鮮明先生ー内的教会史と名節 

 

週の初めの日の朝早く、イエスはよみがえって、まずマグダラのマリヤに御自身をあらわされた。イエスは以前に、この女から七つの悪霊を追い出されたことがある。(マルコ16.9) 

 

この4月12日、「家庭連合案件の世界史的意義」と題して、中山達樹弁護士がXに投稿された。 

 

【宗教の危機】 

 

それによると、世界史的に見て、現代世界は世俗化して宗教離れが進み、宗教が危機的状況にあるという。しかし、「宗教的価値観」とは、現世だけではなく、死者や、未来の子孫たちのことまでも考える「超時代的な価値観」、即ち、過去ー現在ー未来という長い時間軸の中で物事を捉えるのが宗教の本質であると、宗教の存在意義を訴えられた。 

 

その上でUC問題について言及され、「今日の日本で、家庭連合への宗教迫害に象徴されるように、世俗・世間・マスコミに、宗教がサンドバッグに遭い、今や宗教は世俗に負けっぱなしだ」と述べられた。そしてUCが迫害を受けていることは、 一宗教の話ではなく、この「世界史的な宗教の危機」の文脈で捉えることが必要であり、これは「家庭連合の国家からの敗北」ではなく、「宗教の世俗からの敗北」だという。従って家庭連合案件は、今まで人類が大事にしてきた宗教的価値、人間の本質のための戦いであり、世界史的な「大型案件」であると述べられた。 

 

この中山達樹氏の見解はまさに卓見である。かって筆者は、現下のUC問題の本質はイデオロギーの戦い、即ち、先ず「有神論と無神論との戦い」であり、次に「一神教と多神教との相克である」と意義付けた。福田ますみさんが指摘した「左翼という黒幕(全国弁連)との戦い」を言い替えれば、まさに「有神論(宗教)と無神論(共産主義)との戦い」ということになる。 

 

そして、現下のUC叩きの思想的背景には、日本的多神教に影響を与えている「世俗的人本主義」、即ち、神なきヒューマニズムの蔓延があるというのである。まさに中山達樹氏が指摘される「現代世界は世俗化して宗教離れが進み、宗教が危機的状況にある」と同義である。 

 

ここに「テレオロジー理論」(目的論)という思想がある。テレオロジーとは、ギリシャ語で「目的」を意味し、すべての事象は何らかの目的によって規定され、その目的に向かって生成変化しているとする立場の哲学で、大きく人間の主体性を強調するものと、神の摂理や意思を強調するものに分かれる。世界の存在や現象に「目的は無い」とする機械論と対置される。 

 

そして神の摂理を成就するというテレオロジー(目的)の立場から、神の「倫理的優先」という考え方がある。即ち、神の摂理の目的を果たすためには、人間世界の常識的倫理を超越しなければならない場合があるというのである。ときに神は人間の道徳的判断基準を超えて命じられることを、特に聖書において多く見ることができる。 

 

例えばイサク献祭は一つの典型的な例である。神はアブラハムの一人息子イサクを生け贄の燔祭として神に捧げるよう命じられたのである(創世記22.3)。これは、通常の社会的倫通念から大きく解離している。 

 

またマタイ書には次の通り、反社会的倫理とも言えることをイエスは言われた。 

 

「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない」(マタイ10.34~38)

 

このイエスの言葉に、献身問題、献金問題、二世問題など、UCが糾弾されている世俗的倫理と宗教的倫理の葛藤が象徴されている。これは「信仰」(神の倫理的優先)という物差しをもってしか解決できない事柄であり、UCが叩かれている問題の本質がここにある。 

 

実は、このイエスの言葉は、古い関係(社会)を一旦否定し、新しい関係に生まれ変わるという一種の「分別思想」である。ユダヤ・キリスト教には、光と闇、神のものとサタンのものというように、善と悪を分ける聖別思想・分別思想が厳然とある。内村鑑三も、「キリスト教の優れた特質は、この光と闇、生と死との峻別であります」(自叙伝P227)と言っている通りである。 

 

このように、UC問題は分別思想による問題提起と言ってもよく、こういった信仰行為を世俗社会は理解できない。故に中山氏が指摘されるように、宗教が衰退する時代には人間中心の世俗化が進んで、社会的劣化が蔓延するのである。私たちは韓国の聖主教を創立した「金聖道」教主が長男鄭ソクチョン氏に託した次の遺言を思い出す。 

 

「主が来られる団体は、淫乱集団だと誤解され、迫害を受けて投獄されるはずだ。そのような教会が現れれば、真なる教会だと思って訪ねていきなさい」(韓鶴子著『平和の母』光言社P91)

 

鄭ソクチョン氏は、李花女子大学事件で獄中の文鮮明先生に会って献身し、韓鶴子女史の母「洪順愛」(ホンスネ)女史を文先生につないだ人物である。このように、真なるものは常に世俗にとって逆説的であり、社会から受け入れられない。 

 

【内的教会史ー名節】 

 

さてキリスト教の三大名節と言えば、クリスマス(聖降誕祭)、イースター(復活祭)、ペンテコステ(聖霊降臨祭・五旬祭)であり、他にも大小の名節がある。とりわけ、イースターに向かう「受難週」はキリストの十字架と復活を想起する期間として大切にしている。 

 

<UCの名節>

 

他方、家庭連合には8大名節があり、この日信徒は特別の礼拝を捧げる。ちなみに8大名節とは、以下の通りとされている。 

 

①天の父母様の日(1968年1月1日宣布)

②御聖誕日(天暦1月6日、文鮮明先生1920年、韓鶴子女史1943年)

③ 真の父母の日(1960年天暦3月1日.陽暦3月27)

④真の万物の日(1963年7月26日.天暦6月6日)

⑤七・一節(神様祝福永遠勝利宣布、1991年7月1日)

⑥七・八節(天地父母天宙安息圏宣布、1997年天暦7月7日)

⑦天宙統一国開天日(1988年10月3日宣布)

⑧ 真の子女の日(1960年天暦10月1日.陽暦11月19日) 

 

とりわけ、私たちに馴染みが深いのが、「父母の日」(真の父母の日)、「子女の日」(真の子女の日)、「万物の日」(真の万物の日)、「神の日」(天の父母様の日)であり、それに「御聖誕日」(天暦1月6日)が加わる。

 

前回、前々回の徒然日誌でも述べたが、筆者は、3月24日から30日の本年のイエスの受難週と31日のイースターに同参して、この受難週こそ文鮮明先生の北朝鮮での約4年5ヶ月の苦役路程であること、とりわけ興南監獄での2年4ヶ月(1948年6月21日~1950年10月14日)は、文字通りイエスの公生涯に匹敵する期間であり、1950年10月14日の興南解放日は、イエスの復活(マルコ16.9)と同様、まさに「UCのイースター」であると実感した。 

 

文先生は、1992年8月24日、ソウル市内で行われた世界文化体育大典晩餐会にて、「私と妻の韓鶴子女史は、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシアであると宣布します」と公式にメシア宣言されたが、既にこの北朝鮮路程において、神からメシア、再臨主、真の父母として認定されていたという(武田吉郎著『再臨主の証明』P328)。従って筆者は、毎年のイエスの受難週には、文先生の苦役期間を想起して同参し、10月14日の解放記念日を特別な礼拝の日(イースター)として祀ることにしたのである。文先生もこの日を「以北出監日」として、毎年記念されていたという。 

 

<内なる名節> 

 

イエスの受難週に刺激され、筆者は誕生(1920年)から世界基督教統一神霊協会の創立(1954年5月1日)までの文先生の路程を改めて辿って見た。便宜上、この期間をUCの「内的教会史」と呼ぶことにしたい。参考にした資料として、『真の御父母様の生涯路程』、天一国経典『真の父母経』(真の父母様の主要摂理年表)、自叙伝『平和を愛する世界人として』、自叙伝『平和の母』、武田吉郎著『再臨主の証明』、史吉子著『原理に関するみ言の証』などである。 

 

その「内的教会史」の中でも、筆者が特に重視したのが、「誕生」(1920年1月6日陰暦)、「召命」(1935年4月17日)、「興南解放」(1950年10月14日)、「原理原本脱稿」(1952年5月10日)の4つの節目である。これを自己流に「内なる名節」と位置付け、以下、この誕生、召命、解放、脱稿について簡潔に論考する。 

 

①誕生

1920年陰暦1月6日(陽暦2月25日)、文鮮明先生は父を文慶祐(ムンキュンユ)、母を金慶継(キムキョンゲ)として平安北道定州郡徳彦面に誕生された。奇しくも韓鶴子女史、劉孝元氏も定州と縁が深く、韓鶴子女史に至っては誕生日も同じである。 

 

当時定州はキリスト教徒が朝鮮半島で最も多い地であり、信仰のリバイバルが起こっていた。また、3・1独立運動の拠点でもあり、文先生が母の胎に宿った1919年3月頃は、まさに3・1独立運動の真っ最中であった。文先生の大叔父の文潤國(ムンユンググ)氏は定州徳彦面の牧師であり、3・1独立宣言文を起草し、1919年3月8日、独立万歳デモを主導し逮捕されている(『平和を愛する世界人として』P30)。折しも日本では、内村鑑三が霊感を受け、再臨運動を展開していた。このような時代背景の中で、イエス誕生の時と同様、メシア誕生の機運は熟していたのである。 

 

母親の金慶継女史は、文先生を身籠ったとき、黄金の2匹の龍が波を蹴って飛翔し、闇をすべて飲み込む夢を見たという(『再臨主の証明』P24)。こうして1920年1月6日(陰暦)、黙示録が預言した無原罪のキリストとして文鮮明先生は誕生された。この日は、クリスマスと同様、全世界がその聖誕を祝うべき日であり、早晩、この日がクリスマス以上の世界的な祝日になることを祈念する。 

 

②召命

文鮮明先生は、1935年4月17日、満15才になった復活祭(イースター)を迎える週、近くの猫頭山(ミョドウサン)で夜を徹して祈った明け方、忽然とイエス様が目の前に現れるという特別な霊的体験をされた。


「苦痛を受けている人類のゆえに、神様は悲しんでいる。地上で天の御旨に対する特別な使命を果たしなさい」という託宣である。その時、悲しいイエス様をはっきり見、その声をはっきり聞いたのである(『平和を愛する世界人として』P62)。 

 

文先生は、イエス様から、「苦しむ人類を救い、神を喜ばして差し上げて欲しい」という為すべきことを聞き、胸が張り裂けるような恐れと感激が襲ったという。こうして文先生の人生は、すべてこの日から劇的に変わったのである。この霊的体験は、モーセの召命(出エジプト3.2~12)や、パウロの霊的体験(使徒9.3~5)を遥かに越える。文先生は次のように語られた。 

 

「私のこの体験をすべて表現するのは難しいことです。霊的な世界が突然、私の前に広がり、私は自由に霊界にいる聖者と通信できるようになりました。北朝鮮の地、静かな山中で直接何度もイエス・キリストと対話をしました。その時に啓示された真理の内容が、今の原理の核心になるのです」(『再臨主の証明』P42)

 

この決定的な神からの召命の日(1935年4月17日)は、万人が永遠に記憶すべき聖なる日である。 

 

③解放

文鮮明先生は、1948年5月20日、平壌刑務所から興南監獄(窒素肥料工場特別労務者収容所)に移送され、1950年10月14日までの約2年4ヶ月間、文字通り地獄の生活を余儀なくされた。ナチスのアウシュヴィッツよりもひどいこの間の路程は、『真の御父母様の生涯路程2』、『平和を愛する世界人として』(P105~116) 『再臨主の証明』(P155~190)

に詳述されている。 


戦前の興南窒素肥料工場

 

そしてすべての内的条件は満たされ、遂に文先生は、1950年10月14日未明、マッカーサー率いる国連軍に解放されたのである。まさにこの日「以北出監日」は、十字架に架かりながら、死を乗り超えて霊肉の復活を遂げられた日であり、「成約のイースター」である。キリスト教会がイースターを祝うように、全信徒がこの日を覚えて聖なる礼拝を捧げる日としたいと思う。文先生は、「先生が生涯において監獄に入った日、監獄から出てきた日をはっきりと知って、そのような日を記念しなければなりません」(『真の御父母様の生涯路程(2)』)と言われている通りである。 

 

④脱稿

文先生は、1952年5月10日、『原理原本』の執筆を完了し脱稿された。1951年5月11日、獄中の弟子金元徳氏の家で執筆を開始し、1年をかけてボンネッコルの小屋で原理原本を書き終えられたのである。なお、このボンネッコルの小屋は、学生時代からの無二の親友である建築家の厳徳紋(オムドンムン)氏が設計したという。 

 

1935年15才の時、神の召命を受けた時から神と一問一答し、またイエスをはじめ霊界の聖賢たちと自由に通信しながら、血みどろの戦いの末、1945年の終戦(光復節)の日までには、ほぼ原理の解明は終わっていた。32才の文先生は、北朝鮮での受難を経て、満を持して自筆による原理の本を脱稿されたのである。その日、文先生は近くの水晶山でみ言宣布の祈りを捧げられた。まさに福音宣教のスタートであり、この日、内的教会が設立されたと言ってもいい。それはキリスト教がペンテコステの日(使徒行伝2.1~4)を事実上の教会設立の日としているのと同義である。そうしてこの日姜賢實女史が導かれ、間もなく李ヨハネ氏、そして劉孝元氏が導かれてきたのであった。 

 

確かに原理原本は、原理講論のような体系的な緻密さはないが、原理の基本的な骨格は全て開示されている。従って、原理原本脱稿の日(1952年5月10日)は、み言が宣布された「成約のペンテコステの日」として、特別に記憶に留めておきたいと筆者は思う。 

 

以上挙げた4つの記念とすべき日、即ち誕生(陰暦1月6日)、召命(4月17日)、解放(10月14日)、脱稿(5月10日)は、内的教会史における特別な日として、ユダヤ人が「過ぎ越の祭り」や「仮庵の祭り」を数千年に渡って祝ってきたように、この日を覚えて永遠に記念したいと筆者は考えるのである。 

 

<最大の名節> 

 

しかしUCの名節の中で最も重視すべき日は、なんと言っても「(真の)父母の日」(1960年天暦3月1日 陽暦3月27)であると思料する。何故なら、この日は黙示録が預言する子羊の婚姻の日(黙示録19.7~9)であり、文鮮明先生と韓鶴子女史が聖婚して、人類史上初めて、人類の霊肉の贖いを為し得る「無原罪の真の父母」が立った日であるからである。そしてこの日は、事実上、7年後に制定される「天の父母様の日」(神の日)でもある。 

 

文鮮明先生は、第二次世界大戦終了時から、人類の真の父母の位置を復帰するための路程を出発された。しかし、神が準備されたキリスト教が受け入れなかったため、メシアのための基台が失われ、そのため文先生は興南での受難など北朝鮮での十字架の道を歩まれるようになった。何度も霊肉に渡る生死の闘いを生きて乗り越え、人類の「真の父母」となる基準を復帰されたのである 。

 

このようにして、失われた歴史を蕩減復帰した勝利の土台の上で、文鮮明先生と韓鶴子女史との「約婚式」(陽暦1960年3月27日)と「聖婚式」(陽暦1960年4月11日)がソウルの本部教会で挙行された。新婦として立たれた韓鶴子女史は、まさに天の「独り娘」として、天の「独り子」に出会うための霊妙な準備路程を経て、聖婚が執り行われたのである。この独り子と独り娘が聖婚する「子羊の婚宴」(黙示録19.7)は、人類始祖が成し遂げられなかった宇宙的な真の夫婦、真の父母の理想を実現する場であった。(自叙伝『平和の母』P117~118)。 

 

二性性相たる主体と対象としての文鮮明先生と韓鶴子女史は、双方完成、同伴完成によって、「真の父母」として結実する。つまり、神の完成が被造物の完成によってなされるように、お母様はお父様によって、お父様はお母様によって完成するというのであり、従って、全ての信徒は、この無原罪の「真の父母」から一斉にスタートできるのである。『平和の母』48ページには次の通りある。 

 

「神は何故、この善良なる民族を、かくも試練と苦痛を通して鍛練されたのでしょうか。それは韓半島に独り子と独り娘を誕生させ、人類を愛によって救うためでした」 

 

なお『平和の母』には、韓女史が、中学時代生徒会運営委員長を務めてリーダーシップを発揮されたこと、気品があり、見た目が端麗であるだけでなく、霊的直感力、洞察力、判断力に優れ、時には豪胆さを発揮されたことなどが記されている。また、中学の成績は一番で、聖女伝や文学本(パール・バック著『大地』)、そして聖書も良く読んだといわれ、中学卒業後、他者への犠牲や奉仕を学ぶべく聖ヨセフ看護学校に入ったというのである(『平和の母』P100~106)。即ち、韓女史は、ただ静かに従順に従っていくというだけでなく、持って生まれた優れたリーダーの資質の持ち主でもあった。筆者はこの下りを読み、改めて意外なお母様の一面を見て、大変意を強くしたものである。 

 

【朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり】 

 

「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」とは孔子の言葉だが、文鮮明先生が聖書の奥義を解明され、『原理講論』と『天一国三大経典』、そして膨大なみ言を遺されたことは、人類史上最大の慶事である。そして1952年5月10日、『原理原本』の執筆を完了し脱稿されたこの日は、筆者の胸に深く刻んでおきたいと思う。劉孝元先生は、原理原本を読んで感涙され献身されたが、それ以上の感銘を持って、この真理の言葉を受け止めたいと思うのである。 

 

イエス様の30才までの私生涯は、イエス誕生の様子(マタイ1.18~24)、8日目に割礼を受けられたこと(ルカ2.22~24)、両親と共にエジプトに下られたこと(マタイ2.13~15)、そして12才の時、エルサレムの宮に詣でて教師と議論されたこと(ルカ2.39~52)、福音書にはたったこれくらいのことしか記録にない。イエス様が30才まで、どこで何を学び、何をされたのが、さっぱり情報がなく、私たちは推測するしかないのである。従って、大家による多くの『イエス伝』も、自ずと史実に限界がある。敢えて言えば、文先生のみ言集『イエス様の生涯と愛』(光言社)が一番詳しい。 

 

しかし、幸いにも私たちは、詳細な真の父母の生涯を書き記した記録があり、明確にその生涯を知ることができ、思う存分追体験をすることができるのである。ソクラテスも釈尊も孔子もイエスも、一冊の本も残されなかったが、真の父母は膨大な説教、講話、スピーチ、そして自筆文書を残された。私たちは再度読み直し、深く文の底まで読み取りたいと思うのである。(了)   牧師  吉田宏

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