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イスラエルのバビロン捕囚から学ぶ 起死回生の戦略的大転換

◯つれづれ日誌(令和4年8月17日)-イスラエルのバビロン捕囚から学ぶー起死回生の戦略的大転換


わたしは神である、わたしのほかに神はない。わたしは終りの事を初めから告げ、まだなされない事を昔から告げて言う、『わたしの計りごとは必ず成り、わが目的をことごとくなし遂げる』と。(イザヤ46.9~10)


神の選民たるイスラエルの歴史において、最大の試練期は、エルサレム神殿の破壊とバビロン捕囚の時期であると言えるでしょう。この神殿の崩壊を伴う国の滅亡と捕囚によって、ユダヤ人は国土、国王、神殿、財産、生命の全てを失い、未曾有の試練に遭遇することを余儀なくされました。正に大患難です。


筆者は、心なしか現下のUCの現況が、このバビロン捕囚と重なって感じられてなりません。バビロン捕囚の大患難に際して、イスラエルが何を悔い改め、何を悟り、何に復活の道筋を見出だし、如何にしてメシアを迎える民として立ち直ったか、これを今のUCの受難とダブらせながら考えて見たいと思います。


【南ユダの滅亡とバビロン捕囚】


イスラエルはソロモン王のあと南北に分裂し、それぞれ北イスラエル、南ユダに分かれました。そして19代続いた北イスラエルは、前722年、アッシリアによって滅ぼされ、他国に強制移住させられました。これが失われた10部族であります。


その後アッシリアは、前612年、新バビロニアの攻撃を受けて首都ニネヴェが陥落し、前609年には完全に滅亡しました。


一方、南ユダは新バビロニアによって攻撃され、前586年に神殿が破壊され、ユダ王国は滅亡しました。南ユダ最後の20代目の王ゼデキアは、エジプト側に寝返ったことで新バビロニアの王ネブカドネザル2世の怒りをかい、目の前で子供を虐殺され、両眼をえぐり取られ、死ぬまで鎖につながれました。


「カルデヤびとは王を捕え、彼をリブラにいるバビロンの王のもとへ引いていって彼の罪を定め、ゼデキヤの子たちをゼデキヤの目の前で殺し、ゼデキヤの目をえぐり、足かせをかけてバビロンへ連れて行った」(列王記25.6~7)


そしてユダ王国の生き残った主だったユダヤ人たちは、バビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され、移住させられました。これが世にいうバビロン捕囚です。


最初の捕囚は、エゼキエルらが連行された前597年、その後、神殿が破壊された前586年、最後の捕囚が前578年に行われたとされています。


当時ユダヤの人口は約 25万人ほどでしたが、捕囚民は支配階級に属する者や技術者ら1万5000人くらいで,残された民は衰退し、エジプトに逃れる者もいました。次の聖句は当時の捕囚地でのユダヤ人の心情をよく表しています。


「われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。われらをとりこにした者が、われらに歌を求めたからである。われらを苦しめる者が楽しみにしようと、『われらにシオンの歌を一つうたえ』と言った。われらは外国にあって、どうして主の歌をうたえようか」(詩篇137.1~4)


そうして「バビロンで七十年が満ちるならば、わたしはあなたがたを顧み、わたしの約束を果し、あなたがたをこの所に導き帰る」(エレミヤ29.10)とある通り、約70年に渡る捕囚の後、前538年、ユダヤ人はアケメネス朝ペルシャ王キュロス2世によって解放され、ゼルバベルを指導者として約4万2千人がイスラエルに帰還いたしました。


【一神教の確立 イスラエルの残れる者】


この未曾有の大患難に直面したユダヤ人の神ヤハウエに対する態度は、大きく2つに分かれることになります。


<歴史の二流>


一つは、ユダヤ人の神ヤハウエは、民族を救えなかった弱い神、戦争に負けた役に立たない神として、葬り去ろうとした人々です。前597年の第一次バビロン捕囚、前586年の第二次捕囚、前578年の最後の捕囚という絶望的な受難に直面して、ヤハウエの神に引導を渡したというのです。


当時の古代オリエントの神は、一般的に民族神であり、国と国の戦いは、同時に神々同士の戦いでもあり、戦争に負けた神はもはや役立たずの神として、消えていく運命にあったのです。


一方、なおヤハウエへの信仰を貫こうとする人々、即ち「イスラエルの残れる者」がいました。ヤハウエが無力であることへの懐疑や不信を持つ者に対して、これを論駁し、ヤハウエ信仰の正当性を主張しなければなりませんでした。申命記改革の継承者達は、国家滅亡と捕囚という破局が、ヤハウエの敗北でも無力でもなく、イスラエルの「偶像崇拝の罪」、「不信仰の罪」、「契約違反の裁き」(エレミヤ1.16、イザヤ42.24)であると解釈し、民族を越えた唯一の創造神たる神ヤハウエを見出だすことに活路を求めました。


ちなみに申命記改革とは、ヨシア王(BC639~609)の治世第18年(BC622)、祭司ヒルキアにより「律法の書の巻物(申命記)」が発見され(2列王22.8) これを読んだ王は、国民の前で朗読し、ヤハウエと再契約を結び大規模な宗教改革を行いました(2列王23.1~3)。


その改革は、地方聖所を廃しヤハウエ祭儀をエルサレム神殿に集中する「祭儀集中」であり(2列王23.8~9)、もう一つは、あらゆる異教的な要素を排除する「祭儀浄化」でありました(2列王23.11~12)。


<神の再理解、神との再結合、一神教の確立>


バビロン捕囚前後、エレミヤ、エゼキエル、イザヤらは、民に悔い改めを迫ると共に、「普遍性のある超越神」を求め、その中から民族を越えた神観が形成されていき、バビロン捕囚という民族の危機に遭遇して明確になっていきました。


その当時までのイスラエルの神は、いわゆる「拝一神教」と言われる民族の神と言われています。拝一神教とは、その民族内では神はヤハウエ一人ですが、他の国々の神までは否定するものではないという神観です。


しかし、ここに一民族を越えた「普遍的な唯一神の神観」の確立が始まりました。即ち、唯一にして世界を創造された神は、アッシリアを使って北イスラエルを滅ぼし、バビロンを用いてユダヤを分別され、ベルシャを立ててユダヤを解放されたというのです。


その最も典型的な唯一神教的神観が、イザヤ書43章~46章であります。 イザヤ書40章~55章を書いたと言われる預言者「第二イザヤ」の言葉は、バビロン捕囚が前提となっており、ここに主権、国土、国民、神殿を奪われた喪失感と、この民族的受難をどう考えるかという思索の中で、唯一神をあがめる神観が、次のイザヤ書聖句の通り明確に姿を顕わしました。


「わたしより前に造られた神はなく、わたしより後にもない。ただわたしのみ主である」(43.10~11)


「主、イスラエルの王、イスラエルをあがなう者、万軍の主はこう言われる、わたしは初めであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない」(44.6)


「わたしが主、私をおいて神はない。光を造り闇を創造し、平和をもたらし災いを創造する者」(イザヤ45.5)


受難の原因を自分たちの背信にあるとし、この受難を不信仰に対する罰と捉えて(苦難の神義論)、戦争に負けた神ヤハウエを弁護し(弁神論)、この確信に基づいて律法に従う信仰の共同体が生まれました。そして、受難の民族を救う「普遍的、排他的な唯一の神の観念」が確立したというのです。


即ち、「ヤハウエのみが唯一の神で他に神はいない」との観念です。捕囚はイスラエルの罪の結果(イザヤ40.2)であり、ペルシャのキュロス王によるバビロンからの解放は「第二の出エジプト」とも譬えられ、キョロスがモーセの役割を担ったと考えました。


「あなたがたの神は言われる、慰めよ、わが民を慰めよ、ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を主の手から受けた」(401~2)


こうして神ヤハウェの「再理解」が行われ、神ヤハウェはユダヤ民族の神であるだけでなく、「世界を創造した唯一神であり、救済神である」と理解されるようになり、このような神との再結合に希望を託しました。


即ち、どの神がより卓越しているかということが問題なのではなく、そもそもヤハウエ以外に神は存在しないというのです、ここに神観の革命的な一点突破の飛躍とも言える「排他的唯一神教」の神観が確立したというのです。(山我哲雄著『一神教の起源』筑摩書房P354)


世界が多神教に溺れている時、一人イスラエルだけは、神が唯一であることを主張し、これを世界に広めました。今や、世界の60%が一神教を受け入れており、人類に唯一神の思想を送り出した功績は、イエス・キリストを生み出したことと並んで、ユダヤ人の最大の世界貢献であると言えるでしょう。


イスラエルは苦難の民として多くの苦難・患難を経てきましたが、UC創始者は、苦難・患難の意味について、次のように語られました。


「神様はなぜそのような患難をつくっておかなければならないのでしょうか。それは真の神様、歴史的に苦労した神様と同参したという価値を与えるためです。信じられないような患難の中でも神様を愛し得る真の息子、娘を探すために、そのような患難の時が来るというのです」


<神の言葉への回帰 ユダヤ教の成立>


上記した神ヤハウェの再理解と共に、次にバビロン捕囚の試練を通して生まれたのは、モーセ五書であり、ユダヤ教であります。バビロンのユダヤ人たちは、バビロニアの圧倒的な社会や宗教に囲まれる葛藤の中で、それまでの民族の歩みや民族の宗教の在り方を徹底的に再考させられることになりました。


宗教的な繋がりを強め、失ったエルサレムの町と神殿の代わりに「律法を心のよりどころ」とするようになり、神殿宗教であるだけではなく律法を重んじる宗教としての「ユダヤ教」が確立することになります。神の言葉への回帰です。


即ちユダヤ人は、エルサレム神殿において行なっていた祭儀を失って,それにかわって安息日礼拝が中心になり,会堂 (シナゴーグ)における律法の朗読と祈祷を中心とする新しい礼拝様式が始められました。


こうして祭司や預言者にかわって、律法学者(ラビ)や書記が重要な位置を占めるようになり、旧約の宗教は「書物の宗教」の性格を強めていきました。そして前5世紀後半にネヘミア、ズラが帰国して新しい法典のもとに民族の再建をはかり、ここにユダヤ教が成立することになりました。


ちなみにユダヤ教の教義的核心となっているモーセ五書(律法・トーラー)は、「バビロン捕囚前後に信仰的な神学者や祭司ら(申命記学者)によって書かれ編集された書」であると言われています。


バビロニアの神話に対抗するため、旧約聖書の天地創造などの物語も、「第2イザヤ」「申命記記者」などと呼ばれている宗教者たちにより記述されていきました。後のローマ帝国以降のディアスポラの中でも失われなかった「イスラエル民族のアイデンティティ」はこうしてバビロン捕囚をきっかけとして確立されていきました。


こうしてユダヤ人らは、バビロン捕囚の間、捕囚に処されたバビロンで、自分たちの信仰書を作り出しました。このバビロン捕囚という民族の未曾有の危機状況から一神教と律法について既存の概念を再構築し、ユダヤ教神学の基礎を作って、再び生きる力を生み出したというのです。


【起死回生の戦略的大転換】


上記に見てきましたように、イスラエルは未曾有の試練の中で、深い悔い改めの中からヤハウエの無力への懐疑や不信を克服して、民族を越えた唯一創造の救済神を見出だし、その神との再結合によって、より堅固な神の民、メシアを迎える準備された民に脱皮しました。


私たちも、深い悔い改めの上に、天地を創造し、歴史を司り、UCの群れを導かれる生きた神に改めて回帰すべきです。摂理される神、救済の神との再結合です。「わたしの計りごとは必ず成り、わが目的をことごとくなし遂げる」(イザヤ46.10)とある通り、私たちを導かれる万能の神、主権者として歴史を支配しておられる神を固く信じたいと思います。


そうして、イスラエルが神殿に代って、律法に拠り所を見出だし、ユダヤ教を確立したように、私たちも、真正な神の言葉への回帰、原理の研究、成約神学の再構築に邁進したいと思います。正に「神の言葉に還れ!」です。


こうしてイスラエル民族の強固なアイデンティティが、バビロン捕囚という共通の患難を共有することによって築かれたように、私たちも、このかってなかった試練を共有し乗り越えることで、より強い信徒の絆を築くことができ、歴史的な悲惨な神と同参できると信じます。


さて筆者は、今回の安倍事件について、自分なりにどう考えるべきかを真剣に尋ね、整理して見ました。そして与えられたキーワードは、「贖罪の羊」、「神の神秘」、「大転換」の3つです。


先ず最初に感じたことは、小川栄太郎氏らも言っておられるように、安倍さんは「一粒の麦」、「贖罪の羊」として犠牲になり、永久(とわ)に生きる存在となったということであります。かのリンカーンやケネディが死してアメリカの精神的な伝説になったように、安倍さんも日本の伝説になると信じるものです。


次に感じたことは、安倍さんは、このことでUCが叩かれ葬られることを決して良しとはされていない、ここには何か「深い神のご計画」があるのではないか、ということです。「そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい」(ロマ書11.33)とある通り、正に「神の神秘」です。そしてその思いの根拠になったのは、安倍さんは、岸信介、安倍晋太郎と共に、三位一体の協助霊となって日本とUCを導かれるに違いないとの確信です。


そして第三には、これは「令和のバビロン捕囚」であるという思いです。そしてかのイスラエルが患難から回心し復活したように、これを神の声として受けとめ、我々もUCも回心し「大転換」されなければならない、ということであります。


福音とは文字通り「喜ばしい、よい知らせ」ですが、宗教的には、「神の言葉の訪れ、キリストの訪れ、キリストによる救いの訪れ」を意味します。私たちは、神の言葉、再臨のキリスト、成約の救いを大胆に宣べる「福音的な教会への大転換」を成し遂げようではありませんか。


余談になりますが、今回の安倍事件は、曖昧でぬるま湯的な日本に一石を投じ、本質的な問題提起をされる神の深謀遠慮ではないかとさえ感じることがあります。マスコミの魔女狩り的なUC叩きや賛否両論の沸騰する議論を通じて、善人が何故犠牲にならなければならないのか(神義論)、宗教や献金の本質とは何か、信仰に伴う犠牲の意味、信仰の自由や宗教と政治の在り方、反宗教的風潮のカルト性、そもそもUCとは何者でその理念とは何か等々、タブー視され隠されていた論点が白日のもとに明らかになるような気がしています。



以上、イスラエルのバビロン捕囚の 患難辛苦から、私たちは多くを学ぶことができ、この教訓は現代にも生きています。日本UCの未曾有の試練ともいうべき今回の安倍事件に際しても、私たちは重要な解決のヒントを得ることが出来るでしょう。(了)




上記絵画* 追放を悲しむユダヤ人家族(エドゥアルド・ベンデルマン画)