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オバデヤ書 注解

🔷聖書の知識106-オバデヤ書注解


こうして救う者はシオンの山に上って、エサウの山を治める。そして王国は主のものとなる。(1.21)


オバデヤ書は キリスト教では十二小預言書のひとつで、旧約聖書のなかでもっとも短く、1章21節のみからなる予言の書です。筆者は伝統的にオバデヤとされ、この名は「主の僕」を意味します。


【概観】


『オバデヤ書』は大きく分けると「エドム(エソウ)の傲慢と滅亡」(1.1~18)と「イスラエルの回復」(1.19~21)の項目から成り、最初の9節までは、ヤハウェの意志によるエドムの地の完全な滅亡が預言されます。


「たといあなたは、わしのように高くあがり、星の間に巣を設けても、わたしはそこからあなたを引きおろすと主は言われる。もし盗びとがあなたの所に来、強盗が夜きても、彼らは、ほしいだけ盗むではないか。ああ、あなたは全く滅ぼされてしまう」(1.4~5)


そしてこのような滅びと罰が与えられる理由や時期が、10節から18節において示されます。それは、ヤハウェの選民であるイスラエルが攻撃されたとき、エドムがその期に乗じて略奪し、敵のように振舞ったからであるといいます。


旧約聖書によると、エドムとイスラエルの先祖は、それぞれエサウとヤコブであり、したがって2つの民族は「兄弟」(オバ1.12)であるとみなされ、このような血族への暴虐によって、エドムは恥と滅びを永遠に蒙ると宣告されます。


「あなたはその兄弟ヤコブに暴虐を行ったので、恥はあなたをおおい、あなたは永遠に断たれる」(1.10)


「ヤコブの家は火となり、ヨセフの家は炎となり、エサウの家はわらとなる。彼らはその中に燃えて、これを焼く。エサウの家には残る者がないようになると主は言われた」(1.18)


こうしてエドムの滅びが告げられたあと、最終節の19節から21節では、イスラエルの回復が語られます。


「こうして救う者はシオンの山に上って、エサウ(エドム)の山を治める。そして王国は主のものとなる」(1.21)


【歴史的背景と主題】


オバデヤ書がいつ書かれたかは、著者やその家系、著者の歴史的状況についての情報が不明なため、年代を定めることは難しく、諸説あります。


エドム(エソウ)は兄弟であるイスラエル民族が攻撃されたときに「見捨てたために滅ぼされなければならない」とする預言からすれば、バビロンによりエルサレムが攻撃され、バビロン捕囚が起こった時期であると思われます。


上記しましたように、オバデヤ書の主題は、「エドムの傲慢」による神の民の敵の滅びであります。他の預言者とは異なり、オバデヤ書は短いこともあって「悔い改めよ、さもなくば滅ぶ」というメッセージはなく、過去の報いとして、エドムの避けがたい滅びのみをを伝えています。


すなわち、エサウ(エドム)とヤコブ(イスラエル)という兄弟の争いが主題とされており、エドムが神に敵対し、神の選びの民、兄弟関係にある民に敵対したことです。かってエソウとヤコブは一旦和解したはずなのですが(創世記33.4)、その子孫たちの間にトラブルが依然として続いていたのです。


ヤコブを祝福するイサク(ギュスターヴ・ドレ画)、イスラエル・ユダ王国とエドムの王国


イスラエルがバビロンに攻められた時、エドムは同じ兄弟として助けなかっただけでなく、それを見て喜んだと批判しました。


「しかしあなたは自分の兄弟の日、すなわちその災の日をながめていてはならなかった。あなたはユダの人々の滅びの日に、これを喜んではならず、その悩みの日に誇ってはならなかった。」(1.12)


そして最後にオバデヤは、全てが失われたバビロン捕囚時代に、主の日が近いことを宣言し、兄弟ヤコブを裏切ったエドムを罰するために主が働きたもうことを述べる共に、主の主権の絶対性を信頼し、イスラエルの回復への希望を述べて終わっています。


以上、オバデヤ書を解説いたしました。イスラエルの預言者は、神の審判と悔い改めの要求、そして回復と希望を告げました。次回はヨナ書の解説です。

(了)

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