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クラシック事始め ベートーベンと第九 を聴く

○つれづれ日誌(2月17日) クラシック事始め ベートーベンと第九 を聴く


最近筆者は、YouTube動画で「厳選クラシックちゃんねる」を聴いたり、また別な方の動画で、「西洋の音楽史」についての解説を視聴するなど、大変刺激を受けており、この際、クラシックついて一度まとめておくことにしました。何かの参考になれば幸いです。


しかし筆者がこういうことを言うと、「あなたに音楽は似合わない」などと言われそうです。では音符の読み方も分からない筆者が、何故クラシックについて取り組んで見ようという気になったのでしょうか。それには大きく3つの動機があります。


先ず一つは、20年くらい前、ワルシャワ郊外にあるショパンの生家を訪問す機会がありましたが、この時、 中から聞こえてきた「バラード一番」の曲が「何と美しい音色か」と感じたことです。以来、クラシックの何であるかが分からないまま、ショパンの全曲を聞くことになりました。


二番目は、 クラシックはキリスト教文化の中から生まれてきたという事実です。

クラシックはもともと、教会の礼拝のために捧げられたものでした。ヨーロッパ中世のラテン語「グレゴリオ聖歌」や宗教改革期のドイツ語賛美歌「コラール」に源があり、いわばクラシックはキリスト教が産み落とした文化芸術であるというのです。従って、クラシックを通してキリスト教をより深く理解できるのでなないかと思ったわけです。


三番目の動機は、「知りたい」という欲求です。未だ知らざるものを知りたい、未だ理解し得ないものを理解したいという欲求です。


かくしてこれらの欲求を押さえがたく、ど素人の筆者が無謀にも「クラシックとは何か」に挑むことになった次第であります。


【クラシックとは何か】


そもそもクラシックとは何でしょうか。クラシックという言葉は、「第一級の」「格式のある」あるいは「古典的な」といった意味で、歴史的にも認められたものというニャンスがある言葉です。


そしてクラシック音楽は一般的にはヨーロッパを中心とした西洋の芸術音楽を指し、特に17世紀から19世紀あたりまでの約300年間に、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンなどの音楽家によって作られた音楽をいいます。


肖像画(ベートーヴェン、モーツァルト、ショパンの順)


京都大学准教授の岡田暁生著『西洋音楽史』には、西洋芸術音楽(クラシック)とは「聖職者や貴族によって支えられ、主として近代イタリア、フランス、ドイツを中心に発達した、楽譜によって書かれた音楽文化のことである」と定義されています。(P10)


クラシック音楽は、時代によって次のように分類されています。中世教会音楽時代(7世紀~1500年頃)、バロック音楽時代(1600~1750年頃)、古典派音楽時代(1750~1827年頃)、ロマン派音楽時代(1827~1920年頃)、近代.現代音楽(1920~現代)です。


その中でも、バロック、古典、ロマンの3時代がクラシックの中心をなす時代と言えるでしょう。


【歴史と特徴及び代表的音楽家】


上記しましたように、クラシック音楽は、もともとは教会音楽として発展してきました。中世の「グレゴリオ聖歌」に端を発し、宗教改革期の賛美歌「コラール」にも刺激を受け、総じて神を賛美する音楽が源泉となりました。そこからルネッサンス音楽、そしてバロック音楽が生まれてきました。


上記『西洋音楽史』には「グレゴリオ聖歌こそ後の西洋音楽に直接つながっていく最古のルーツだ」(P7)と明記されています。ちなみにグレゴリオ聖歌とは「単旋律によって歌われる、ローマ.カトリック教会の、ラテン語による聖歌である」(P7)と言えるでしょう。


17世紀以前は歌や合唱を主としたもので、 楽譜がなく歌を覚えて音楽を伝えてきました。そして楽器の発達とともに教会音楽としてだけではなく、富裕層を中心に音楽が広がっていきました。


<バロック時代>(1600~1750年頃)

ルネッサンス期からバッハ(1685~1750年)が亡くなる1750年頃までは音楽史ではバロック時代と呼ばれ、この時代に作られた音楽を「バロック音楽」といいます。 ちなみにバロックとは「いびつな真珠」

という意味で、ベルサイユ宮殿に象徴されるような、凝った装飾を施すこの時代を表した言葉です。


この時期に活躍した 代表的作曲家として、「ヴィバルディ」(代表作品-四季)、「ヘンデル」(水上の音楽)、「バッハ」(主よ人の望みの喜びよ)が挙げられるでしょう。その中でも教会音楽家のバッハは「音楽の父」と呼ばれ、ドイツプロテスタントが生み出した巨匠で、クラシックに大きな影響を与えました。そのころのプロテスタントにおいては「音楽は神への捧げもの」との考え方がありました。


バロック時代の特徴を一言で言えば、「王侯貴族のための音楽」でした。教会の権威とルイ14世に象徴される絶対王政が背景となり、音楽家は「貴族に雇われる使用人」であり、晩餐会やサロンを盛り上げるツールに過ぎませんでした。こうして音楽の所有権は神から貴族に移行しました。


<古典時代>(1750~1827年頃)

バッハの死からベートーベンの死までの時代に作られた音楽を一般的に古典派時代と呼んでいます。


バロック時代の風潮を打破して、貴族の音楽を「民衆の音楽」へと転換した時代が古典時代です。1789年のフランス革命が象徴するように、古典時代になって音楽は貴族のものから民衆のものになりました。


代表的な作曲家は、「ハイドン」(1732~1809、104の交響曲)、「モーツァルト」(1756~1791、フィガロの結婚)、「ベートーヴェン」(1770~1827、交響曲第九)などです。そして天才モーツァルトと聖楽ベートーベンはクラシック音楽史に決定的な役割を果たしました。特にベートーベンは音楽を分かりやすくして、市民のものにし、クラシックの地位向上に寄与した音楽の革命家と言われています。


<ロマン時代>(1827~1920年頃)

そしてベートーヴェンの死から約100年間をロマン派音楽の時代と呼んでいます。


ロマンとは端的に言えば「個人主義」或いは「個性主義」と言えるでしょう。人々は、愛や欲望や夢や情熱や革命を、大胆に自由に感情豊かに表現していくようになっていきます。


そして宮廷音楽から更に脱却し、一層一般市民に音楽が広まった時代であります。 こういった時代背景から、さまざまな個性的な作曲家や表現方法が生まれ、音楽史では、1850年頃を区切りとして前期ロマン派、後期ロマン派に分けられています。


前期ロマン派の特徴はオペラの確立で、代表的な作曲家は「シューベルト」(魔王)、シューマン(トロイメライ)、「メンデルスゾーン」(結婚行進曲)、そして「ショパン」(バラード)なとです。


後期ロマン派の特徴は、民族様式の音楽(国民楽派ともいう)の登場です。 クラシック音楽の中心地であったウィーンだけではなく、ロシア、チェコなどの国からも著名な作曲家が生まれ、活躍しました。


「チャイコフスキー」(白鳥の湖)、「スメタナ」(モルダウ)、「ドボルザーク」(新世界)、「ドビッシー」(月の光)、などが代表的な作曲家です。


<近代.現代>(1920~現代)

20世紀から現在までは、これまでの音楽に代わる、新しい様式の音楽がたくさん生まれました。


近代音楽の代表的な作曲家は、シュトラウス、ラヴェルなどです。そして第一次世界大戦以降は、音楽の舞台はヨーロッパからアメリカに移って行きました。


【クラシックの聴き方】


ではクラシックを如何に聴けばいいのでしょうか。以下は、クラシック専門家の話です。


「確かに、クラシック音楽はオペラや声楽を除けば歌詞がなく、ポップス(ポピュラー音楽)のように分かりやすさがなく、一見難しそうな構造をしています。


しかし、逆に歌詞やタイトルがハッキリしておらず、その当時の暮らしを体験していないからこそ、想像力をかきたてられるとも言えるのです。そして、聴く人によって曲の印象が違うという面白さもあります。


従って、クラシック音楽を楽しむためには、音楽的な知識をもっていることも大切ですが、先入観なく聞いて、「悲しそう」「楽しそう」「元気」「美しい」「こわい」など、どんな印象を持ったのかを率直に感じることが大切です。


クラシックを楽しむことで、自分の感性が豊かになり、心のリラックスにもつながるということです。また、同じ楽器や同じ曲であっても演奏者によって音色が違うとことがあります」


以上が、クラシック専門家の話ですが、ちょっと救われますね。


確かにクラシックは、ドイツ語やフランス語のスピーチを聴いているようで、思わず「何を言っているのか分からないので通訳して欲しい」と思うことがあります。そして今後、通訳の世話にならずとも、自分で理解できるようになりたいものだと思います。いざ、挑戦!


【交響曲第九、事始め】


毎年年末が近づくと、ベートーベンの交響曲「第九」が放映され、もはや日本の風物詩になりました。誰でも一度は聴いたことがあると思いますが、この音楽が一体何を意味するのかまで知っている日本人は少ないのではないかと思います。


そこでいきなりですが、この「交響曲の最高峰」に立つと言われている第九に挑戦することにし、これを通じてクラシック全体を理解する手掛かりにしたいと思います。


<天才音楽家は並べて不幸だった>

クラシック音楽家として筆者がビンとくるのは、モーツァルト、ベートーベン、ショパンの三人です。そしてこの三人は共通した不幸を背負っています。即ち、貧乏、病気、失恋です。


モーツァルトは幼少時代から天才、神童の誉れ高く、協奏曲、交響曲、オベラなどあらゆる分野で著名な作曲を残し沢山の収入を得ましたが、一方で浪費も激しく、結局借金まみれに陥りました。また、妻は世界三大悪女と言われで愛に飢え、なんと36才という若さで亡くなりました。


ベートーベンも同様で、初恋に破れ、20代後半から難聴に悩まされ、40才で完全に聴こえなくなり、56才で死んでいます。生涯独身で生活は50回も引っ越しをするなど、安定しませんでした。


ピアノの詩人ショパンも初恋は実らず、病弱で39才で夭逝しました。作家のジョルジュ・サンドと同棲しましたが、結局生涯独身で放浪の人生を歩みました。


こうして天才音楽家は、音楽以外では悲惨な道を余儀なくされています。「天は二物を与えず」ということなのでしょうか。


本来、芸術音楽家は、得ることを欲しても決して得ることが出来ない人間の夢や愛や理想を、音楽の中に投影させることで表現し、救いを実現したというのです。現実の不安や渇望や葛藤を、音楽の中で再現し、ある時はあるがまを告白し、ある時は昇華させていきました。それ故に、音楽家は並べて不幸を背負わされたというわけであります。


<作者ベートーベンについて>

さて第九を考察する前に、作者ベートーベン(1770年~1827年)について簡単におさらいしておきましょう。昨年は生誕250年でした。


日本では「楽聖」とも呼ばれ、古典派音楽の集大成をなし、かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに多大な影響を与えました。


ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における余興音楽として作曲されたものがほとんどでしたが、ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係を拒否し、大衆に向けた作品を発表する改革者となりました。


「音楽家は芸術家である」と公言し、一作一作が芸術作品としての意味を持つ創作になったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言えるパラダイムの転換でした。


1792年7月、ハイドンにその才能を認められて弟子入りをし、まもなくピアノの即興演奏の名手として広く名声を博しました。20 -~30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイで、多くの女性と関わっています。


20代後半頃より持病の難聴が徐々に悪化し、28歳の頃には最高度難聴者となり、

音楽家として聴覚を失うという死にも等しい宣告を受けました。その絶望感から1802年には「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたためて自殺も考えました。


しかし、芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、ふたたび生きる意欲を得て新たな芸術音楽の道へと進んでいくことになります。


40歳頃(晩年の約15年)には全聾となり、さらに神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられ、加えて、たびたび非行に走ったり自殺未遂を起こしたりするなどした甥・カールの後見人として苦悩するなど、一時作曲が停滞しました。


しかし、そうした苦悩の中で書き上げた「交響曲第9番」や「ミサ・ソレムニス」といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の辿り着いた境地の未曾有の高さを示すものでした。


第5、第9交響曲に典型的に示されている「暗から明へ」「苦悩を突き抜けて歓喜へ」という図式は、自らが三重苦の試練を越えた体験が素材になっています。


彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされ、これはゲーテが「ファウスト」で試みたことでもありました。


【歓喜に寄す】


さてそこで今回、その動画の中でも特に、共感した「ベートーベンの第九」について共に見ていきたいと思います。


<背景と主題>

第九が生まれたのは1824年(53才)で、当時、フランス革命以来の混乱した政治的、社会的絶望感がありました。また上述しましたように、全聾と病気、加えて面倒を見ていた甥の不祥事などが重なり、心身は疲弊の極にありました。


こういう時、イギリスの会社からピアノを贈られるなどの導きもあって芸術と再会し、どん底から歓喜へと蘇っていきます。当に死から生への復活であり、こうして出来上がったのが、第九であります。


そしてこの第九の、隠れた、しかも最も重要な主題こそ「十字架と復活」であると言っても過言ではありません。第九が啓蒙時代の「すべての人々に開かれた音楽」という理念の到達点であったことは確かです。


かくして、音楽の所有者は、「神」(教会)から「貴族」を経て「民衆」に至りました。そしてその巡礼の旅は、再び神のもとに回帰するのが自然のことわりであると思われます。


<シラー作、歓喜に寄す>

第九第四楽章の合唱「歓喜に寄せて」は、彼が22才の時に出会ってインスピレーションを受けたシラー(1759年~1805年)

の詩「歓喜に寄す」の冒頭部分が、そのまま第九合唱歌詞「歓喜の歌」(注1)になっています。ベートーベンは30年間暖めてきたこのシラーの詩を交響曲にしたというのです。


シラーはキリスト教文化を背景に、汎神論的な独自の哲学を有する理想主義者であり、そして自由を求めてやまないあくなき精神が、彼の作品の根底に流れるテーマであると言われています。


「第九」の正式な曲名は 交響曲第9番ニ短調作品125、通称「合唱」あるいは「合唱付き」であります。


<第九の構成>

ところで、交響曲とは何でしょうか。交響曲とは、4楽章からなるオーケストラのための大規模な楽曲形式で、一般的に、第一楽章(ソナタ形式→注2)、第二楽章(アダージョ→ゆったり緩)、第三楽章(メヌエット→優雅に)、第四楽章(フィナーレ→急)の4楽章からなり、それぞれの楽章で第一主題、第二主題がでてきます。 イタリアオペラの序曲から発展し、18世紀前半に成立しました。


しかし「第九」は革命的な交響曲で、第二楽章をスピード感のあるスケルツォにしたり、第三楽章をアダージョに変え、また型破りとも言うべき合唱を加えたりしています。当に改革派ベートーベンの真骨頂です。


<歓喜の歌>

シラーの詩は、自由、平等、友愛を求めるフランス革命前後の様子を反映した詩と言われ、欧州連EUでは「歓喜の歌」は、事実上の「国歌」として使われています。


そして歓喜の歌はシラーの詩を再構成したものですが、この歌には、自由平等博愛への憧憬と共に、キリスト教の世界観が如実に現れています。


「楽園」、「聖所」、「天使」、「創造主」といった聖書フレーズがちりばめられ、「そなたの不可思議な力は、切り離したものを再び結び、全ての人々は兄弟となる」と宣言し、創造主「神」のもとでの人間の再結合を謳っています。


そして最後に「創造主を予感できるか?世界よ!探そう!彼を、星空の彼方に。星の彼方には必ず居られるのだ」と結び、結局、創造主を讃える歌になっているというのです。


以上、今回は、どういう風の吹き回しか、クラシックの論評、及び「歓喜に寄せて」の解説になりました。そしておよそ音楽の世界からほど遠かった筆者のような門外漢が、こうしてクラシックの世界を真面目に覗いて見ようと思うこと自体、創造主の存在を予感させるものではありませんか。(了)


(注1)歓喜の歌


O Freunde, nicht diese Töne!

→おお、友よ、これらのような音ではなく、


Sondern laßt uns angenehmere anstimmen, und freudenvollere.

→もっと快い、喜びに満ちた調べを歌おうではないか!(この部分はベートーヴェンが自ら作詞したもの)


Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium,

→歓喜よ、美しい神々の火花よ、楽園の娘よ、


Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum!

私達は炎のような熱情に酔いしれて、天にあるそなたの聖所に入って行く。


Deine Zauber binden wieder, was die Mode streng geteilt;

→そなたの不可思議な力は、世の流れが厳しく切り離したものを再び結び、


alle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt.

→全ての人々は兄弟となるのだ!その柔らかな翼の憩うそこでは。


Wem der große Wurf gelungen, eines Freundes Freund zu sein,

→心を分かち合う友を得る、素晴らしいことに成功した人や、


wer ein holdes Weib errungen, mische seinen Jubel ein!

→気高い女性の愛を掴んだ人は、歓喜の声に加われ!


Ja, wer auch nur eine Seele sein nennt auf dem Erdenrund!

→もちろん、たったひとつの魂だけが自分のものだと呼べることのできる人も!


Und wer's nie gekonnt, der stehle weinend sich aus diesem Bund.

しかし、それさえもできない人は、泣きながらこの集いから立ち去りなさい。


Freude trinken alle Wesen an den Brüsten der Natur;

→生きとし生ける者は自然の乳房から歓喜を飲み、


alle Guten, alle Bösen folgen ihrer Rosenspur.

→善人も悪人も、その全てがいばらの道を辿る。


Küsse gab sie uns und Reben, einen Freund geprüft im Tod;

→自然は私達に口づけと葡萄(繁栄の象徴)と、死をも辞さぬ友を与えてくれる。


Wollust ward dem Wurm gegeben, und der Cherub steht vor Gott.

→快楽は虫にも与えられ、天使ケルビムは神の前に立つ。


Froh, wie seine Sonnen fliegen durch des Himmels prächt'gen Plan,

→喜ばしく、太陽が天空の壮大な道(軌跡の橋)を架けるように


laufet, Brüder, eure Bahn, freudig, wie ein Held zum Siegen.

→兄弟達よ、自らの道を駆けるのだ!喜ばしく、勝利に向かう英雄のように。


Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuß der ganzen Welt!

→互いに抱き合おう、幾百万の人々よ!この口づけを全世界に!


Brüder! über'm Sternenzelt muß ein lieber Vater wohnen.

→兄弟達よ!星空の彼方に、愛する父が必ずや居られるに違いない。


Ihr stürzt nieder, Millionen? Ahnest du den Schöpfer, Welt?

→ひざまずくか、幾百万の人々よ、創造主を予感できるか?世界よ!


Such' ihn über'm Sternenzelt! Über Sternen muß er wohnen.

→探そう!彼を、星空の彼方に。星の彼方には必ず居られるのだ。



(注2)ソナタ形式とは


ソナタとは、第一楽章がソナタ形式で作られた曲。つまり曲の物語の展開形式の一つである。ソナタ形式の基本は、提示部→展開部→再現部に分かれる。提示部では対象的な第一主題と第二主題のメロディが登場し、展開部でそれぞれの主張をくりひろげ、再現部で再現され止揚される。


この形式が、古典派ソナタ(交響曲、独奏協奏曲、弦楽四重奏曲、ピアノソナタなど)の第1楽章(および終楽章)に多く用いられたことから、「ソナタ形式」と呼ばれている。


大事なことは、ソナタ形式が、対立を経て和解に至る形式であるということである。

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