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マラキ書 注解

🔷聖書の知識114-マラキ書注解


見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。(3.1)


【概観】


『マラキ書』は旧約聖書文書の1つで、ユダヤ教では「後の預言者」、キリスト教では預言書に分類されます。筆者の名とされる「マラキ」とはヘブライ語で「私の使者」という意味で、諸説はありますが、「マラキ」自体は人名ではなく、匿名の預言者によってこの書が著されたとするのが通説であります。


マラキは、イスラエルに与えられた最後の預言者で、これ以降、バプテスマのヨハネの登場まで、約400年間、預言者は登場しませんでした。即ち、マラキ書は、旧約聖書の締めくくり、新約聖書への橋渡しの書であります。



なおマラキから洗礼ヨハネまでの400年間を、キリスト教では「中間時代」と呼んでいます。


【時代背景とテーマ】


マラキが活動した時代は、ペルシヤ時代で、第2神殿完成以降の時代でした。(前515年以降)


当時、捕囚から帰還した頃は国が安定せず、旱魃や凶作が続き、更には周囲に敵意を持つ民族が居住していたため、生活は衰退していました。そして、エルサレムはペルシアからも独立出来きませんでした。 そのような状態でイスラエルの民は神殿を再建しました。


このように、人々が混乱に陥っている際に、マラキがメッセージを語ったのです。前450年ころでした。


彼が取り上げた問題は、神殿での宗教儀式の乱れや形式化に対する祭司への咎め、民への雑婚の戒めであり、そしてメシアの来臨とその道を整えるエリア(洗礼ヨハネ)再来の予告であります。また十分の一献金の根拠規定もあります。(3.10)


【アウトライン】


民の中の資産家はそれを増やす手段を選ばず、軽率な離婚や異邦人との結婚などを行っていました。祭司はそれを止めようともせずにむしろ助長させ、平気で皆が律法を破るようになっていたのです。


「祭司たちよ、あなたがたがもし聞き従わず、またこれを心に留めず、わが名に栄光を帰さないならば、わたしはあなたがたの上に、のろいを送り、またあなたがたの祝福をのろいに変える。あなたがたは、これを心に留めないので、わたしはすでにこれをのろった」(2.1~2)


このように祭司の堕落や、軽薄な雑婚・離婚、汚れた捧げ物や不履行などが蔓延していました。


「ユダは偽りを行い、イスラエルおよびエルサレムの中には憎むべき事が行われた。すなわちユダは主が愛しておられる聖所を汚して、他の神に仕える女をめとった」(2.11)


しかし鈍感になっていた民は繰り返される預言に対して「どのように」と繰り返しました。


「あなたがたは言った、『神に仕える事はつまらない。われわれがその命令を守り、かつ万軍の主の前に、悲しんで歩いたからといって、なんの益があるか」(3.14)


このような民衆を呼び覚ますために、マラキは「モーセの律法、すなわちわたしがホレブで、イスラエル全体のために、彼に命じた定めとおきてとを覚えよ」(4.4)と戒め、「わたしに帰れ、わたしはあなたがたに帰ろうと、万軍の主は言われる」(3.7)と呼び掛け、裁きの警告と希望を語りました。


「万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない。しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている」(4.1~2)


そしてメシアの来臨と、そのメシアの道を整える使者エリアの再来を告げ、民を励ましました。


「見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」(4.5~6)


【中間時代とは】


中間時代とは英語で「intertestamentalperiod」といい、預言者マラキの時代から、バプテスマのヨハネの登場までの期間を指します。「400年の沈黙の期間」とも言われ、メシア登場の舞台が整う時代であります。


「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える」(3.1)


この期間、新しい啓示は与えられませんでしたが、神が休憩していたということではありません。神は、契約の民イスラエルを忘れず、ご自身の計画を進めておられました。


そして、イスラエルの政治的、宗教的、社会的状況は激変しました。


<政治的状況の変化>

政治的状況は、ダニエル書2章31~35節の預言通りに進みました。


「王よ、あなたは一つの大いなる像が、あなたの前に立っているのを見られました。その像は大きく、非常に光り輝いて、恐ろしい外観をもっていました。その像の頭は純金、胸と両腕とは銀、腹と、ももとは青銅、すねは鉄、足の一部は鉄、一部は粘土です。あなたが見ておられたとき、一つの石が人手によらずに切り出されて、その像の鉄と粘土との足を撃ち、これを砕きました」(ダニエル2.1~5)


ダニエルによる王の夢の解き明かしは、次の通りでした。


頭は純金とはバビロン帝国、胸と両腕は銀とはメド・ペルシヤ連合帝国、腹とももは青銅とはアレクサンドロス大王のギリシヤ帝国、すねは鉄、足は一部が鉄、一部が粘土とは第4の帝国(帝国主義)を象徴するというのです。


また像の鉄と粘土の足を打ち砕いたとは、メシア的王国(千年王国)を象徴しています。


アレクサンドロスの死後、マケドニアのアンティゴノス朝、エジプトのプトレマイオス朝、シリアのセレウコス朝に帝国は3分割されました。


特にセレウコス朝の王アンティオコス・エピファネスは神殿を冒涜しました。神殿に豚を捧げ、異教の祭壇を築いた(前167年頃)というのです。


この冒涜に対して、ユダヤ人の抵抗運動であるマカベア戦争が起こり(前166~前142年)、この戦争の結果、ユダヤ人の自治がしばらく続きまさした。これがハスモン朝です。


その後、第4の帝国であるローマのポンペイウスがイスラエルを征服しました(前63年)。ヘロデは、ローマ帝国によってユダヤの王に任命され、ユダヤ人たちは、ローマの圧政と重税に苦しめられました。ユダヤでは、ギリシア・ローマ文明とヘブル文明が混在するようになります。


<宗教的状況の変化>

宗教的にはサドカイ派とパリサイ派が台頭しました。


サドカイ派は、祭司たちと貴族階級の者たちから成り、政治的には親ローマ的で、一般大衆の支持はありませんでした。 神学的には、モーセの五書しか神のことばとして認めず、パリサイ派の口伝律法に強く反発しました。また天使や悪霊の存在を否定し、魂の永遠性を否定し、肉体の復活も否定しました。


一方パリサイ派は、ユダヤ教の種々のグループの中で、思想的には最も保守的で、特に、ヘレニズム化には抵抗しました。 教理的には、イエスと弟子たちは、サドカイ派よりもパリサイ派に近かく、死者の復活を信じ、永遠の報奨と永遠の裁きを信じ、天使や悪霊の存在を信じていました。


パリサイ派は、律法、預言者、諸書の全体を神の啓示と信じ、律法の遵守に熱心で、口伝律法を確立しました。この時代、民衆にとっては、ユダヤ教と言えばパリサイ的ユダヤ教でした。


パリサイ人の中には、イエスを支持する人とイエスに敵対する人がいましたが、教会が誕生した直後は、パリサイ派は教会に対して中立的な立場を取っています。またへブル語を話さないユダヤ人が増加し、ギリシア語訳聖書が必要になって、ギリシア語訳聖書である七十人訳聖書が誕生しました。


<社会的状況の変化>

ユダヤ人たちは霊的に渇望し絶望していました。バビロンからの帰還、ペルシヤ、ギリシアによる支配、マカベア戦争による自治の回復、そしてローマによる支配の激動の中で、信仰はなきに等しかったのです。


異邦人たちの宗教への失望、多神教への疑問、ギリシア神話からユダヤ人の聖書への転換があり、これらの問題を解決することができるメシア待望の高まりがありました。


一方、ローマによる平和として、安全な旅行が可能になり、道路が建設され移動が容易になりました。ギリシア語が共通語になり、会堂(シナゴーグ)が各地に建設されました。


<会堂の建設と役割>

捕囚からの帰還後、各地にシナゴーグが建てられ、ディアスポラの地に留まったユダヤ人たちも、会堂での活動を継続し、両者にとって、会堂は神殿での礼拝を補完するものとなったのです。


紀元1世紀、イスラエルの地には480の会堂があったとされ、会堂は、その地におけるユダヤ人の生活の中心となりました。礼拝・祈り・説教の場、冠婚葬祭の場、時事問題を論じる場、教育の場として、文字通りコミュニティセンターの役割を果たしました。


また会堂は、世界共通語としてのギリシャ語、張り巡らされた道路網と並んで、パウロの伝道旅行のためのよきインフラストラクチャーとなりました。



以上、マラキ書、及び中間時代について解説いたしました。マラキはイスラエルの最後の預言者であり、長い預言者の時代に幕を閉じました。


そもそも南北王朝時代から出てきた16人もの預言者は、ソロモンらの堕落により、神の神殿理想がサタンの侵入を受けるようになったので、神殿理想を再び探し立て、実体神殿としてのメシアを迎えるために、サタン分立の摂理をするために神から遣わされた人たちであります。(原理講論P193)


そしてマラキは、メシアの来臨と、メシアの道を整えるためにメシアに先立って来られる預言者(エリア)の再来を明確に宣言していきました。


今回で旧約聖書の解説を終え、次回から、聖書全体を流れる特筆すべき特性と思想、即ち「聖書的霊性」を考察し、そしてキリスト教の顕著な特徴について論じることにいたします。(了)