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ヨナ書 註解  選民思想を考える

🔷聖書の知識107-ヨナ書注解  選民思想を考える


ヨナは彼らに言った、「わたしを取って海に投げ入れなさい。そうしたら海は、あなたがたのために静まるでしょう。わたしにはよくわかっています。この激しい暴風があなたがたに臨んだのは、わたしのせいです」(ヨナ書1.12)



『ヨナ書』はキリスト教でいう12小預言書の5番目に位置し、全4章からなる短い書です。


【概観】


預言者のヨナと神のやりとりが中心になっていますが、「ヨナが海に投げられ、大きな魚に飲まれて、3日後に吐き出された話」は有名です。著者は不明ですが、ヨナ自身が書いたとする説もあります。ヨナとは、「鳩」という意味です。


この書は、イスラエルの民の選民思想(特権意識)を戒めたもので、この点において旧約聖書文書の中で異彩を放っています。


<構成>

構成は、大きく分けて2部に分かれ、前半(1~2章)は、神を避けて逃げたヨナ自身の悔い改めの物語を描き、後半(3~4章)は、ヨナの預言によってニネベの人々が悔い改めたこと、及びその後日談が描かれています。


列王記下14章25節によると、ヨナ書の主人公であるアミタイの子ヨナは、預言者として、イスラエルの領土が回復することを預言したとしています。


「彼はハマテの入口からアラバの海まで、イスラエルの領域を回復した。イスラエルの神、主がガテヘペルのアミッタイの子である、そのしもべ預言者ヨナによって言われた言葉のとおりである」

(1列王14.25)


<主題>

ヨナ書の主題は3つあり、預言者として神の指示に従わなかったこととその悔い改め、ニネヴェの人々が悔い改めたことに対して不平不満を言ったことに対する神の諭し 、間違った選民思想への問題提起、であります。


神学的な論点としては、偏った選民思想への問題提起の外に、「神が1度言ったこと(ニネヴェを滅ぼす)は必ず実現する」という神の不変性の神学と、「それを思い直して変更される」という神の可変性の神学の問題があります。


<年代>

『ヨナ書』がいつ書かれたのか正確な年代を特定することは難しく、伝統的には、預言者ヨナが実際に活動した紀元前8世紀前半と考えられてきました。


ニネベの悔い改めについて語っていることから、どんなに遅くとも、紀元前612年のニネヴェ陥落(アッシリア滅亡)の前であることは間違いないありません。また、ニネヴェが悔い改めたために滅ぼされなかったという内容から、ニネヴェ陥落の直前とは考えにくいことから、遅くとも、紀元前7世紀中ごろまでであるように思われます。


【ヨナ書の全体ストーリー】


<召命>

『ヨナ書』の主人公はアミタイの子、預言者ヨナです。ヨナは、神から、イスラエルの敵国であるアッシリアの首都ニネヴェに行って「ニネヴェの人々が犯す悪のために滅ぼされる」という預言を伝えるよう命令されます。


「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって呼ばわれ。彼らの悪がわたしの前に上ってきたからである」(1.2)


<逃亡・嵐・巨大魚>

しかし、ヨナは敵国アッシリヤで悔い改めのメッセージを語ることが嫌て、抵抗しました。そうして船に乗って反対の方向のタルシシに逃げ出しだというのです。


「しかしヨナは主の前を離れてタルシシへのがれようと、立ってヨッパに下って行った」(1.3)


ヨナは船に乗りましたが、船は嵐で遭難に会います。船乗りたちは誰の責任で嵐が起こったを知るためにくじを引くと、そのくじはヨナにあたりました。船乗りたちは彼を問い詰めると、彼は神から逃れた者で、神を畏れる者であることを告白します。


ヨナは自分を海に投げれば嵐はおさまると船乗りたちに告げ、ヨナの言うとおり海に投げ込みました。この下りは、古事記で、海に身を投げて荒ぶる波を鎮めて東征する倭建命(ヤマトタケルノミコト)を救った愛妾の弟橘姫(オトタチバナヒメ)を想起させられます。

「ヨナは彼らに言った、『わたしを取って海に投げ入れなさい。そうしたら海は、あなたがたのために静まるでしょう』」(1.12)


「そして彼らはヨナを取って海に投げ入れた。すると海の荒れるのがやんだ」 (1.~15)


その後ヨナは、神が用意した大きな魚に飲み込まれ3日3晩魚の腹の中にいましたが、魚の腹の中で、ヨナは祈りました。これは、一度死に、その後復活するための祈りでした。


そうして悔い改めたヨナは、み心により海岸に吐き出され、復活しました。


「主は魚にお命じになったので、魚はヨナを陸に吐き出した」(2.10)


預言者ヨナ(ヤン・ブリューゲル画)


<再召命・ニネベへの預言>

神はヨナに再び命じられます。


「立って、あの大きな町ニネベに行き、あなたに命じる言葉をこれに伝えよ」(3.2)


そしてヨナはニネベに行き、預言します。


「40日を経たらニネベは滅びる(故に悔改めよ)」(3.4)


しかし意外にも、ニネベの王と住民は神の言葉を信じて受け入れ、断食をし、皆荒布を着て悔い改めました。そこで神はニネヴェを滅ぼすことを思い直して、中止されたというのです。 これが「ニネヴェを滅ぼす」という神の不変性の神学と、「それを変更される」という神の可変性の神学の問題です。


「神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災を思いかえして、これをおやめになった」(3.10)


<ヨナの不満と「とうごま」の諭し>

しかしヨナは、神がニネベを滅ぼすと言われたのにそれを中止し、イスラエルの敵であるニネヴェの人々を許された神の摂理の変更と寛大さに激怒します。


「ところがヨナはこれを非常に不快として、激しく怒った」(4.1)


異邦人が救われることへのヨナの抵抗と、隣国ニネベが悔い改め、裁きを免れるなら、それはイスラエルへの圧迫につながるという不安てす。


しかし神はヨナを「あなたの怒るのは、よいことであろうか」(4.4)と諭され、「とうごま」の例えを出して、神が選民、異邦人の別なく、人々をあまねく愛されていることを語られます。


ヨナは町から出て、町の東の方に住みますが、神は日照りに苦しむヨナのために「とうごま」を育て、ヨナの頭の上に日陰を設けられます。ところが翌朝にはそのとうごまは虫のために枯れてしまい、再び太陽がヨナの頭を照したので、ヨナは死ぬほど弱りはて怒りだしたのです。

神はヨナに「あなたは労せず、育てず、一夜に生じて、一夜に滅びたこのとうごまをさえ、惜しんでいる。 ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」(4.10~11)と 諭されたという物語です。



【新約への適用】


キリスト教では伝統的に、ヨナが魚の腹にいた3日3晩と、イエスが死んでから黄泉に下って復活するまでの3日間を対応するものとしてとらえてきました。そのような解釈から、ヨナの体験を「死と復活の予型」として理解されています。


またヨナの物語を通して、イスラエルの神である「唯一の神」の救いは、イスラエル選民のみならず、「異邦人にもおよぶ」事を示されました。


そしてむしろ異邦人(ニネヴェの人々)の方が神の意思に従順であり、ヨナに代表されるユダヤ人の方が神の意思を理解できていない事を暗に戒められています。


この考え方は、後にパウロに引き継がれ、福音はユダヤ人には受け入れられず、むしろ、異邦人に受け入れられるという認識となり、キリスト教はその様にして広まって行きました。


一方プロテスタント福音派では、ヨナ書は宣教者の物語として読まれることがあり、弱く足りない者でも、神の助けと導きによって宣教するキリスト者の姿を描いていると解釈されています。宣教師訓練センター所長の奥山実牧師は、たびたびヨナ書を引用して説教をされています。


【ユダヤ選民思想の光と影】


前述しましたように、ヨナ書は偏ったイスラエル選民主義への警告でもありました。異邦人の町ニネベを神が救われることに、選民ヨナは不満を述べ激怒しました。その意味においてヨナ書は、「選民思想とは何か」が主題の一つであり、選民主義の光と影について考察する、よい材料であり、以下、これを考察していきます。


<選民思想とその様相>

選民とは、特定の個人、民族、国家が、血統などの独自性に着目して、選ばれた特別な存在となる(と信じられる)ことであります。


歴史的にはイギリス人が唱えた「白人の責務 」(the white man's burden)、ナチスの主張した「ゲルマン民族(アーリア民族)の優越」、中国における「中華思想」、そして日本の「神国思想」などはいずれも一種の選民思想であると言えるでしょう。


とりわけイスラエル選民思想は、神に選ばれ、神と特別な契約関係に入った民族であり、世界を導く使命を担った民族であるという典型的な選民思想と言えるでしょう。


こうした選民思想は、キリスト教にも受け継がれ、特にピューリタンたちは、革命に参加して腐敗した絶対君主を打倒することが、神に選ばれた者の証であると考えて革命推進の原動力となりました。


またドイツでは、アーリア人種の優越性と「血の純潔」の思想が強調されました。第一次大戦後のナチズム運動のなかで、「ゲルマン民族の優越性」と「反ユダヤ主義」が高唱され、世界に冠たるドイツという国歌の下に、ドイツ民族の統一を図り、ドイツ人による世界支配を正当化する思想が喧伝されました。


第二次世界大戦後は、アメリカは神に選ばれて、「世界の自由を守るために創られた国」であるという思想や行動は、一種の選民思想と言えるでしょう。


とりわけキリスト教の約聖書解釈の一つに「置換神学」という神学思想ありますが、これは、選民としてのユダヤ人の使命が終わり、キリスト教会が新しいイスラエルになったとする説であります。


つまり、キリスト教徒(教会)がイスラエルの民に代って新しい選民になったという思想であり、イスラエルの三つの称号である「神の宝」「祭司の王国」「聖なる民」(申命記7.6)はキリスト教会が引き継いだとするものです。いわゆる第二イスラエル選民観です。


なおキリスト教では「選ばれた」ということは、即ち、他者よりも多くの責任を負い、より多くの自己犠牲を義務づけられているとの考え方があります。


<ユダヤ選民思想>

さてユダヤ選民思想とは、神から選ばれ、神と特別な契約を結んだ民族であり、世界史を導く使命をもつという思想(信仰)であります。


「あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は地の面のあらゆる民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた」(申命記7.6)


しかし、ユダヤ選民思想は、「選民」という名前故に、非ユダヤ人(異邦人)からは嫉妬されたり、排他的思想と誤解され、ユダヤ人の過度な選民意識に基づく態度や行動が、歴史的に非難や迫害を受ける一因になりました。


<反ユダヤ主義ーユダヤ人が迫害される理由>

ユダヤ人は何故世界から反発され、嫌われ、迫害されてきたのでしょうか。


反ユダヤ主義の先駆けとして、エステル記3章13節にハマンの布告があります。ある反逆的な民の律法は、ほかのすべての民の律法に相反して、この民だけが、全人類と絶えず悶着を起こし、法にそむき、秩序ある国の安定に逆らうとしました。


「そして急使をもってその書を王の諸州に送り、すべてのユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取れと命じた」(エステル3.13)


反ユダヤ主義の主だったものには、a.ユダヤ教は強烈な選民思想・排他的な思想を持ち、他の民から嫉妬と反感を買った、b.安息日や割礼などの独特異質な習慣があり、他民族と馴染まず絶えず悶着を起こす、c.金融業(高利貸し)などで財をなすなど、社会的に高い地位を占めることへのやっかみ、そして、d.イエス・キリスト殺害の張本人(イエス殺し)、といった理由があります。


特にキリスト教社会では、何と言っても「イエス殺し」という汚名です。これがユダヤ人が迫害される最大の要因になりました。


また1902年、ロシアでユダヤ人が世界征服を企んでいるとする、いわゆる「シオンの議定書」(プロトコル)が作成されましたが、これは典型的なユダヤ陰謀説であります。制作者はロシア秘密警察とほぼ推定されており、これは、当時ロシア民衆が持っていた不満を、ロシア皇帝からユダヤ人にそらす意図で作成された捏造本と考えられています。


こうしてユダヤ人への嫌悪や偏見、即ち反ユダヤ主義が形成されていきました。これらの反ユダヤ主義の結果、十字軍の迫害、目印着用の強制、宗教裁判、ユダヤ人共同体の強制立ち退き、シナゴーグやユダヤ経典類の破壊、一般社会からの隔離(ゲットー)、黒死病(ペスト)のスケープゴート、肉体的虐待や死刑、ポグロム(帝政ロシアの集団的迫害行為)、そして、ナチスのホロコーストヘとつながっていきました。


しかし、償いの期間は過ぎ、1948年イスラエルは建国されました。イスラエルは、神から見て、アメリカやイギリスや日本と同様、同じ普通の国になったというのです。


選民は神の摂理を中心的に引き受ける「摂理の担い手」であり、中心史の変遷によってその摂理の担い手も変遷します。旧約時代はイスラエル選民が摂理歴史を担い、新約時代はキリスト教が担いました。旧約は新約の土台となり、新約は再臨の土台となるという三段階完成の法理からすれば、摂理歴史を完結する「第三の新しい選民の出現」は歴史の必然と言えるでしょう。


しかしなおユダヤ人は、今日においても、啓天の民としての霊性は依然として高く、一旦キリストを受け入れるなら、大きく神の摂理に寄与する可能性があると思われます。それは、世界人口比で0.2%しかないにもかかわらず、全ノーベル賞受賞者の20%を輩出していることからも明らかです。



以上、ヨナ書を解説いたしました。ヨナは頑な選民意識を持っていたにせよ、自分に正直て純粋な心を持った憎めない預言者でした。次回は、ミカ書の解説です。(了)