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ヨブ記 注解 苦難の神義論

🔷聖書の知識91-ヨブ記注解 ー苦難の神義論


このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、そして言った、「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。(ヨブ記1.20~21)


【ヨブ記の概観】


<概観>

旧約聖書においてヨブ記は文学書(詩の形式で書かれた書)という位置付けにあり、他に文学書としては、詩篇・箴言・伝道者の書・雅歌、があります。


文体には、対句法に特徴があり、1~2章とエピローグ(42.7~17)だけが散文で書かれています。


ユダヤ教の伝統では、著者はモーセとなっていますが、実際は不明であり、書かれた年代は、族長時代かソロモン時代との見解もありますが、前5世紀~3世紀ではないかと言われています。

ヨブ記は、哲学的・文学的な深さがあり、ドストエフスキー、ゲーテ、キルケゴール等多くの作家に影響を与えたといわれています。


<ヨブ記の主題>

主題は、「善なる神が造った世界に何故悪が存在するのか 」、「悪人が栄え義人が苦難を受けるのは何故か」といった「神義論」を扱っています。そして「人生の 苦難や試練の意味」とは何かを問うています。


即ちヨブ記は、古より人間社会の中に存在していた、正しい人に悪い事が起きる、何も悪い事をしていないのに苦しまねばならない、といった神の裁きと苦難の問題、いわゆる「苦難の神義論」を扱った書として知られています。


そもそも神義論とは、ライプニッツが最初に用いた言葉で,世界における悪の存在が、善・全能・正義など神が有する性質に矛盾するものでないことを弁証しようとする議論をいいます。


M.ウェーバーは『古代ユダヤ教』の中で,創世記3章の堕罪物語に人類最初の倫理的神義論がみられるといっています。


しかし、神の義(ただ)しさを弁証することは,バビロン捕囚によって苦難に晒されたイスラエルの「神観の再理解」に始まるとみるのが一般的です。


申命記改革の継承者ら、即ち「イスラエルの残れる者」は、民族の受難を神の責任に帰すのではなく、民族の不信仰によるものであり、悔い改めて神に還ることを訴えました。


天地を創造し歴史を支配される神は、アッシリアを使って北イスラエルを滅ぼされ、バビロニアを用いて南ユダを打たれ、ベルシャのクロス王を用いてイスラエルを解放したというのです。


弁神論ともいい、無神論や善悪二元論を論駁(ろんばく)して、この世界に存在するあらゆる害悪にもかかわらず、神は善であることを弁証する議論をいいます。


ヨブ記では、神の創造の計画は人の理解を超えているので、義人の苦難という問題は人間の理解の外にあるものとして位置づけているようです。


<ヨブという人物>

福音派の中川健一牧師は、ヨブは、エゼキエル書14.14~20に、ノアとダニエルと共にヨブの名が登場しており、歴史上の実在の族長時代の人物であると言われいています。 一方、ヨブという実在の人物といより、ヨブ記のテーマの資料となり得る象徴的(伝説的)人物が存在し、そこから霊感を受けて書かれたのではないかとの見解もあります。


ヨブは、神を恐れる裕福な人で、隣人への憐れみを持ち、家族を聖別し、燔祭をささげるなど、家庭の中では祭司の役割を果たしていました。つまり、ノアのように、義人だったというのです。またヨブが生きたウツの地は、エドム(死海の南東)かと言われています。


「ウツの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。彼に男の子七人と女の子三人があり、その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった」(1.1~3)


<全体構成>

全体の構成は、ヨブの繁栄と試練(1~2章)、ヨブと友人たちの3ラウンドに渡る論争(3~37章)、神の回答とヨブの解放・祝福(38~42章)、という流れになっています。


【ヨブの試練と信仰】


上記に見たように、ヨブは文字通り義人でしたが、ある日神から試練を受けることになります。(1.6~2.13)


天においてある日、神の子ら(天使たち)が神の前に立ち、そこに、サタンも同席していました。サタンとはヘブル語で「糾弾する者」という意味です。


神はサタンに対して、ヨブの信仰と義人ぶりを自慢されましたが、サタンは、「ヨブが神を恐れる理由は、神が彼を祝福したからで、その祝福が取り去られたなら、ヨブは神をのろうに違いない」と挑戦しました。


そこで神はサタンに、ヨブの持ち物を奪ってもよいという許可を与えられました。但しヨブの体を打つことは、許可されませんでした。


かくして、シェバ人の襲撃があり、牛500くびき、雌ロバ500頭が奪われ、雷が落ち、羊7千頭が焼け死に、多くの僕たちも死にました。家で食事をしていた時、大風が吹いて家が倒壊し、その結果、7人の息子と3人の娘たちが死んだというのです。


しかしヨブは神を呪うことなく、その信仰は揺るぎませんでした。


「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」(ヨブ記1.20)


主は再度ヨブのことをサタンに自慢されました。しかしサタンは、「ヨブが神を呪わないのは、体が守られているからだ、もし肉体が打たれれば、ヨブは神を捨てて神を呪うに違いない」と更に反論しました。


遂に主は、サタンが命を奪うことは禁じられましたが、ヨブの肉体を打つことを許可されました。


「サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった」(2.7~8)


しかしなおヨブは、「われわれは神から幸をうけるのだから、災をもうけるべきではないか」(2.10)と言って、すべてこの事において、そのくちびるをもって罪を犯さなかったのです。なんと見上げた信仰でありましょうか。


【ヨブと友人たちの論争】( 4 ~ 37 章)


しかしヨブはサタンの試練に遭って、苦しみの中で死以外の解決方法を見いだせないでいました。


そこに3人の友人がヨブを慰めようとやってきましたが、この友人らと、このヨブの苦難について論争が始まりました。


ヨブと彼の友(イリヤ・レーピン画)


<3ラウンドに渡る議論>

その後、遂に口を開いたヨブは、こんな思いをするならば、自分など生まれてくるべきではなかったと、苦しみの憂鬱な態度で自分の生まれた日を呪う言葉を発します。


「わたしの生れた日は滅びうせよ。『男の子が、胎にやどった』と言った夜もそのようになれ。その日は暗くなるように。神が上からこれを顧みられないように。光がこれを照さないように。やみと暗黒がこれを取りもどすように。雲が、その上にとどまるように。日を暗くする者が、これを脅かすように。その夜は、暗やみが、これを捕えるように」(3.3~6)


そんなヨブに対して3人の友人たちは口々に、「そんなことを言うべきではない。こんな目に遭うからには、何か悔い改めるべきことがあるはずだ。神は理由もなくこんなことをする方ではない。悔い改めよ」と迫ります。


けれどもヨブは頑として「こんな罰を受けなければならないようなことは何もしていない」と言い張ります。


その論争は、第1ラウンド(3~11章)、第2ラウンド(12~20章)、第3ラウンド(21~37章)に渡って行われました。


この論争は、ヨブが口を開いて呪いと嘆きの言葉を語る→最初の友人がそれを糾弾する→ヨブがその糾弾に反論する→次の友人がその反論を糾弾する→ヨブは再び反論する→最後の友人が、ヨブの反論を糾弾する、という形で行われました。


友人らは全員、ヨブを「罪人」と見て、「すべての苦難は罪に対する裁きである→ヨブは苦難を受けている→それゆえ、ヨブは罪人である」との因果応報論に基づく三段論法で挑んできました。


一番手のテマン人エリファズは、最年長者であり、彼に与えられた「霊的体験」が意見の土台にあります。


二番手のシュアハ人ビルダデは、過去の教えを重んじる伝統主義者であり、過去の賢人たちの教えが、彼の意見の土台にあります。


三番手のナアマ人ツォファルは、教条主義者であり、自分は誰よりも神のことを知っていると自負しています。


こうして三人の友人は、慰めを兼ねて因果律を説きます。三人の友人の主張は、「神は正しい者に祝福を与え、罪を犯した人に災いを与える」という因果応報の原理を盾に、元の境遇に戻るために、ヨブが罪を認めて神の信仰に戻ることを求めるというものでした。


また、神の前では正しい人間など一人もおらず、それぞれがその罪に応じた罰を受けるものであると主張しました。


しかし、ヨブには思い当たるふしがなく、えん罪を主張します。ヨブとしては敬虔な信仰者のつもりだったのです。つまり、罪がないのに自分は裁きを受けたと感じているわけです。


そして最後に、それまで沈黙していた若者エリフが口を開きます。神より自分が正しいとさえ言い出しそうなヨブを非難し、苦しみには罰ではなく「訓練としての意味」もあるのではないかということを語ります。


「神は時に義人を訓練することがある」と主張し、それゆえヨブは「神に従い、神を信頼すべき」だと、もっともな勧告をいたしました。


友人たちは皆「あなたの悪は大きいではないか。あなたの罪は、はてしがない」(22.5)といってヨブの責を問いますが、ヨブは「どうか、わたしの敵は悪人のようになり、わたしに逆らう者は不義なる者のようになるように」(27.7)と言って一歩も引き下がりませんでした。


【神の応答とヨブの解放】( 38 ~ 42 章)


いよいよ神の出番であります。ヨブが願っていた神との対面が実現しました。しかし神からの言葉は、ヨブが想像していたものとは全く異なる次元からの語りかけでした。


先ず神は、自らが全てを創造した超越神であり、世界の中心は自分であることを強調され、人間の知識や知恵では計り知れない崇高な存在であることを宣言されます。


「この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた。『無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか。わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。もしあなたが知っているなら言え』」(38.1~4)


ヤハウェは自らの大きさを示すように、自分が為した偉業の数々を披露します。地の広がりを知っていること、大雨が降り注ぐ水路を作ったこと、金星の軌道を調整すること、等々。


そして神はヨブの問いに答えることをなさらず、逆にヨブに質問を投げかけられました。即ち、神は苦難の意味や目的を説明することはせず、むしろご自身に論争を挑もうとするヨブの傲慢な姿勢を問題にされたのです。 回答できない質問を70以上も投げかけられ、ご自身の偉大さを示されました。


遂にヨブは、神に圧倒され、自らが神の前に小さな取るに足りない存在であることを悟り、降りかかる運命を甘受していきます。


「そこでヨブは主に答えて言った、『私は知ります、あなたはすべての事をなすことができ、またいかなるおぼしめしでも、あなたにできないことはないことを』。『無知をもって神の計りごとをおおうこの者はだれか』。それゆえ、私は自ら悟らない事を言い、自ら知らない、測り難い事を述べました。私はあなたの事を耳で聞いていましたが、今は私の目であなたを拝見いたします。それで私は自ら恨み、ちり灰の中で悔います」(42.1~6)


こうしてヨブは、神の主権の絶対性の前に膝まづき、自分の神への傲慢に気づき塵と灰の上で伏して自分を悔い改めました。ヨブの不満はなくなり、神の祝福も呪いも、すべからく無償の愛に起因して、その中にこそあると理解し、「われわれは神から幸をうけるのだから、災をもうけるべきではないか」(2.10)と告白した以前のヨブに帰結しました。


そうして神は、ヨブを見捨てていないことを示され、謙虚に悔い改めたヨブを祝福されたのです。(42.7~17)


【エピローグ】(42.7~17)


そして神は3人の友人たちに対して叱責をされました。彼らは、自分たちは神を弁護していると思っていましたが、彼らの間違いは、苦難は常に罪の結果であると主張したところにあるというのです。


彼らは、神が苦難を別の目的のために用いることもあるということに無知だったのです神は彼らに、全焼のいけにえを捧げるように命じられ、さらに、ヨブに仲介者になってもらい、執りなしの祈りをしてもらうよう指示されました。


そしてヨブは健康を回復し、2倍の財産を与えられ、親戚や友人たちが、すべて彼の家に招かれ食事をともにしました。ヨブは、前よりもより多くの祝福を受けました。


この物質的祝福は、義なる行為へのご褒美というより、悔い改めた者への神の恵みの現れと言えるでしょう。かって息子と娘を失った悲しみはあるにせよ、新たに、息子7人と娘3人が与えられ、ヨブはさらに140年生きました。


ユダヤの伝承では、ヨブはおよそ70歳で試練に会い、その後210歳まで生きたとされています。ヨブは、4代目の子孫を見るほどの長寿を全うしたのです。


【ヨブ記の主題の考察】


人生にはなぜ苦しみがあるのでしょうか。善良な人が苦しみ、神が愛なら何故悲劇が起こるのでしょうか。しかし、ヨブがその答えを求めても、明確な答えはありません。


神はいかなる場合でも超越的な主権者であり、ご自身の行動について人間に説明する必要はないと言われました。 人間にいかなる苦難が起ころうとも、試練は恵みにつながるとの信仰こそ不可欠で、苦しみに会ったとき問うべきは、「なぜ」ではなく、「いかに」であるというのです。


かってバビロン捕囚で、国・王・神殿・民・財産の全てを失ったイスラエルが、神の再理解と信仰の再解釈によって真の神に立ち返ったように、最終的にヨブは、この苦しみの再解釈を通して、より深く神と交流し、新たな神と出会うことになりました。苦難は人をより強く神につなげる糧となるというのです。


「忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである」(ヤコブ5.11)


義人が理由なくして苦しむ典型的な事例として、罪なくして十字架に遭遇したイエス・キリストの受難があるでしょう。


苦難に負けて神を呪うのではなく、より深く確かな神と出会うための試練と捉える姿勢を持つと共に、何かより大いなるものへの贖いとして、自らを祭物とすることが必要な時もあるというのです。


そしてなんといってもヨブ記の魅力は、ヨブという人物が苦難に打ちのめされ、もがき苦しみながらも、どうにか立ち上がり、真の回心に導かれていく過程にあります。


以上、ヨブ記を解説しました。ヨブ記は一体何を言いたいのか難解なところもありますが、全体としてのテーマは「苦難の神義論」と考えても大きく間違ってはいないでしょう。


エステル記で見られる「反ユダヤ主題」、ヨブ記のテーマである「苦難の神義論」を踏まえ、次回は、ユダヤ人は何故嫌われたかという「反ユダヤ主義」について、そしてユダヤ人の「受難の意味とは何か」について考察していきます。(了)