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初詣雑感 氷川神社に詣でて

🔷聖書の知識15ー初詣雑感 氷川神社に詣でて

こうして、律法は私たちをキリストに導く養育係となりました。それは、私たちが信仰によって義と認められるためです。(ガラテヤ3・24)

日本人は正月に何故神社に行くのでしょうか。毎年全国で8000万人もの人が初詣に神社にでかけますね。

私は1月2日、大宮にある氷川神社に初詣に行ってきました。氷川神社は、出雲系のスサノオノミコトを祭神とする関東第一の格式を誇る老舗です。人の多さにもびっくりしましたが、長い参道に立ち並ぶ出店の多さには呆れ返りました。


[神社参拝の意味]

そして人々は、一体、何故何のために、何を拝むために参拝するというのでしょうか。一年の区切りのため、願いごとをするため、ただ何となく安堵感を求めて、かっこいいので、あるいは信仰心のため・・・。

実際、神道の信者にとって、崇拝するものはさして重要ではなく、同一神社においても祭神はしばしば入れ替わることもあり、神を祀り祈る人々に祭神が定かに知られていないことが多い言われています。

宗教学者の逵日出典氏―氏は、「庶民にとって神も仏もない。五穀豊穣、疫病徐去、家内安全、商売繁盛といった願い事を聞いてくれるなら神でも仏でもいい」と言っています。

実際、氷川神社の絵馬に参拝者が書いた文句を調べて見ますと、受験合格願いを筆頭に、結婚祈願、病気治癒、事業の成功など、全ては個人の願い事でした。唯一、「世界平和」と書かれたたった一つの絵馬に出会った時は、正直救われた思いでした。

このように、日本人の初詣の動機は、先ず願い事、そして一年の区切りと安堵、この二つだと思われます。そして何となく有りがたさや安心感を感じているというのです。一体、参拝する人々の何人が、氷川神社の祭神がスサノオノミコトだと知っているというのでしょうか。まさにこの初詣の風景は、一種の日本教、日本的霊性を象徴しています。

[日本の伝統文化の象徴]

しかし、神道は祭りや年中行事を通して、深く国民の日常生活に浸透しています。

正月(1~3日)、節分(2月3日)、ひな祭り(2月3日)、端午の節句(5月5日)、月見(中秋の満月)、神嘗祭(天皇が10月に新米を捧げる)、新嘗祭(天皇が新米の味見をする)、七五三(11月15日の祝い)、お盆行事(7月15日のお盆)などがそれらです。

また、神道には清浄を重んじる考え方があります。罪穢れは、塵や埃のように外から人間に付着すると考え、禊と祓いによって取り除くという思想がありますね。この点、仏教やキリスト教には、人間に内在する煩悩とか原罪と言った観念があり、神道の罪観念とは一線を画しています。

そして神道には、教祖、教義、戒律という宗教の3要素がなく、「儀式と祭り」が中心になった自然と祖霊を崇拝する自然宗教であり、何よりも人々との共生、和を重んじて来ました。そして、本居宣長の言葉の通り、「世の常ならぬ畏きもの」を神と仰ぎ、自然や祖霊の神々の霊は、木、石、山、鏡、剣などを依り代として宿ると信じられてきたのです。

また、神道は着替人形のように、そのつど仏教や儒教の衣装をまとって習合してきた融通無碍な宗教でもあります。しかし、根幹の神道的霊性(一種の日本的霊性)は、古代から変わらず、今日までその霊脈を引き継いで来たのです。

パウロが、ガラテヤ書3・24で、「律法は私たちをキリストに導く養育係となりました」と述べていますが、神道は日本人を究極の神に導く養育係になり得る要素をもっていると思われます。神道の清浄さ、寛容さ、融通性は、十分その資格があると見ますが、皆様どのように思われるでしょうか。(了)



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​牧師 吉田 宏

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