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座右の銘 二つの聖句

聖書の知識17 座右の銘―二つの聖句

うしろをふりかえって見てはならない。(創世記19・17)

あすのことを思いわずらうな、まず神の国と神の義とを求めなさい。 (マタイ6・33~34)

今、世界で最も影響力がある宗教家とは誰でしょうか。一人はフランシスコ教皇で、もう一人は韓鶴子女史ですね。そしてこの二人は、最近大きな宗教行事を主宰されました。1つは昨年11月25日に行われた教皇による5万人ミサ(東京ドーム)であり、もう1つが12月28日にアメリカで行われた韓鶴子女史による3万人聖職者集会(WCLC創設集会)です。

そして上記2つの聖句は、これらの集会で引用され共有された聖書箇所であります。なんとこの2つの聖句は、従来から重宝してきた私の「座右の聖句」でもありました。


[うしろを振り返ってみてはならない]

創世記19・17「うしろを振り返るな」は聖職者大会で、韓鶴子女史がスピーチで引用された言葉です。振り返って塩の柱になったロトの妻のようにならずに、前を向いて前進しましょう、と訴えられました。

私達は、とかく過去の失敗や悔いなど、嫌な思い出に引きずられて、落ち込んだり、憂鬱になったりするものですね。或いは逆に、栄光に輝いていた頃の郷愁に囚われて、悲惨な現実を嘆くこともあるのです。

筆者もその一人で、特に自分を愛し生み育ててくれた父母に対して、生前、靴下の一つも買ってあげれなかったことの悔いに苛まされることが多々ありました。これが三大後悔の一つです。今なら、温泉にでも招待してあげれるのにと・・・。

そして、この時出会った言葉が「後ろを振り返ってはならない」との聖句でした。幸いにもこの言葉は、筆者の過去を分別してくれ、以後、その亡霊から解放されることになりました。

[明日のことを思い煩うな]

上記のように過去に囚われて苦しむ私たちですが、一方未来のことを案じて不安にさいなまされることがありますね。この明日の不安にこたえているのがマタイ6・34の「明日のことを思い煩うな」という聖句です。この聖句はドームのミサで引用された教皇の言葉です。マタイ6章の山上の垂訓が司会者によって清らかに朗読され、「先ず、神の国と神の義を求めよ」を読み上げられたあと、「明日のことを思い煩うな」が宣言されました。

このように私達は、過去に囚われるだけでなく、明日のこと、未来のことを案じ煩うことも多いのです。仕事のこと、家族のこと、老後のことなど、津波のように押し寄せて来る不安や煩いの中に晒されています。とりわけ私のような無産者は深刻です。

しかし、この聖書の「思い煩うな。先ず、神の国と神の義を求めよ」との言葉は、なんと力強い響きを持って迫って来ることでしょうか。まさに、「もはや、煩うまい」との覚悟とその高みに私達を導いてくれる言葉です。

かくして、「うしろを振り返るな」「明日のことを煩うな、先ず神の義を求めよ」という2つの聖句は、揺るぎない羅針盤(座右の銘)になり、私を励まし助けてくれることになりました。このように、神の言葉は人間を変える力を持っています。

これ以上ないタイミングで背中を押して下さった韓鶴子女史とフランシスコ教皇に深く感謝申し上げます。さて、皆様の座右の聖句は如何に!(了)