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韓鶴子著「平和の母」を読んで!

🔷聖書の知識ー緊急コメント→韓鶴子著「平和の母」を読んで!

わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである。「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」(黙示録19・7~9)


韓鶴子著「平和の母」が刊行されましたね。私は、この本を読んで、韓鶴子女史、即ち真のお母様(以後、「韓女史」という)のもう一つの側面、即ち、豪胆で汗にまみれた一面を見ることになりました。

韓女史は、文先生の影に隠れて、ひたすら内助に徹する目立たない淑女だと長らく思って来ました。しかし、それだけではなく、韓女史の中に、豪胆な組織的リーダーシップと全体を見通し、優先順位を判別できるもう一つの資質を見ることになりました。



私は韓女史の中に、夫の天武天皇亡き後、後継の第41代天皇として立たれ、世に天武持統時代と呼ばれる善政を築かれた持統天皇(在位690年~697年)の姿を想起いたします。持統天皇は、「国母の徳あり」と日本書記に書かれている通り、夫の意思を忠実に遂行し、国を安定させられた後、孫の42代文武天皇に皇位を譲られました。

今回は、この「平和の母」への緊急コメントという形で論評したいと思います。従って、共産圏の殉教は次回ということになります。

1、非難の矢面に立つ女神

「平和の母」の中で多々言及されている通り、文先生と並んで、韓女史ほど内外の批判にさらされた方はいないでしょう。神のみ旨を成し遂げて行くために、世間から非難されるのは預言者や宗教家の宿命として甘受すべきことでありましょう。また、教団内部から批判されるのもやむを得ないことかもしれません。

しかし、自らの腹を痛めて産み育てた我が子から批判されることほど忍びがたいことはありません。かってダビデも、愛する3男のアブサロムの反乱によって窮地に立たされましたが、子から弾劾される親の心情ほど辛いものはありません。当に韓女史はその矢面に立っておられるのです。しかしダビデが反乱する息子アブサロムのために祈った(2サムエル記18・33)ように、韓女史も「ですから私は、今日も彼らのために祈るのです」(平和の母P124、以下、ページのみ記載)と語っておられます。

そしてこの近著「平和の母」は、文字通りこれら内外からの非難に対する、これ以上ない回答であると言えるでありましょう。

2、批判とその弁明

この機会に、韓女史に対する批判について検証しておきたいと思います。主な批判の内容は、概ね次の3点になると思われます。

第1に、韓女史は文先生と溝があり夫を証しすることをせず、自ら身勝手に「ひとり子」であると主張している。また文先生は聖婚することにより、韓女史によって原罪を清算されたなどと、文先生のメシア性を貶める主張している、と言った批判です。

これらの点の誤りについては、次の証言で語り尽くされているでしょう。

「文先生が聖和されてから3年1915日の間、一度も侍墓(墓参り)を欠かしませんでした。文総裁の妻である私が、全人類に代わって3年間、1日も欠かさず侍墓の精誠を捧げたのです」(P31~P32)

そして、著書「平和の母」の至るところで、夫と共に歩んだ苦闘の人生への回顧と夫への思慕がちりばめられています。私は、この著書は韓女史から夫へのラブレターではないか、とさえ思ったものです。夫のために4回もの帝王切開を経て14人の子女を産まれた韓女史の心情が、余すところなく表れています。

そもそも、他人が夫婦の間に土足で入り込んで、あれこれ憶測すること自体、余計なお世話であり、誰もこの神聖な二人の間に入ることは出来ません。何故なら、神が予定し、神が選び、神が召され、神が引き合わされた宿命のカップルであるからです。

この神聖なカップルが、1956年に最初の出会いがあり、1960年4月16日に聖婚式(子羊の婚姻、黙示録19・7)に至る迄の背景を知るならば、これら全てが、いかに神の主権と導きの中でなされた宿命的な出来事であったかを、否定出来ない事実として理解出来るでありましょう。これらは、「平和の母P46~P118」、及び「真の父母経典第二篇第二章、第四章」に詳細に書かれていますので、熟読されるようお薦めいたします。

韓女史は、自らの若き日が「天の独り娘として、天の独り子に出会うための準備だった」(P100)と告白され、「私は文総裁を(無原罪の)独り子として迎え、神様のみ旨を成してさしあげると決心しました」(P114)と明記されています。又、1960年を「神様の最初の息子、娘である独り子と独り娘の聖婚がなされる祝福の年でした」(P117)とも語られました。

敬虔なキリスト教信仰の系譜親子3代に渡って、ひたすら待ち望んだ再臨主は、イエス様と同様、無原罪のメシアであったことは明らかであり、韓女史もまた同様であったことは言うまでもありません。

こうして、新イエス教会、聖主教、腹中教と流れるキリスト教の霊性は、祖母の趙元模女史、母の洪順愛女史を通じて韓鶴子女史に流れ着くのです。

3、韓女史は「独生女」か

いわゆる分派と呼ばれる人々、或いは分派でなくてもネガティブな感情を抱く人々は、韓女史は勝手に自分が独生女、即ち無原罪で生まれたひとり娘だと主張しているなどと、文先生のみ言や韓女史の言辞を都合よく引用して批判しています。

このような批判は、もう古くなった過去の遺物に過ぎませんので、一々弁明する必要など無いものですが、この本の出版の機会に、敢えて私の所論を述べておきたいと思います。

韓国元老牧会者見解(2016年11月)には、「文先生は、ひとり子だけでなく、ひとり娘という言葉も度々使われており、み言葉選集の中で独生女について180回も言及されています」と記載されています。

また伝道の書7・28では「わたしは千人のうちにひとりの男子を得たけれども、千人のうちに、ひとりの女子をも得なかった」とひとり娘への言及があり、文先生は「神様の2千年の歴史は新婦(独り子)を求める歴史です」(真の父母経P69)と語られました。

更に、「主が地上で探される新婦(独り娘)は、堕落圏内で探す新婦ではありません。堕落していない純粋な血統を持って生まれた方を探すのです」(祝福家庭と理想天(1)P909)と明確に語られています。そしてここでいうひとり子・独生女とは、無原罪の神の息子・娘として来られるメシアという意味に他なりません。

そして、「お母様は第二教主、真の父母は前にも後にもない只一組だけ、一度だけこの時だけ」とも語られました。

文先生のみ言には、一つのことについて正反対とも取れる内容で語られている場面が多々あるのです。私たちは、神の言葉について、一節一句だけを極端に強調したり、意図的に勝手な解釈をするのではなく、前後の脈絡や全体を俯瞰し、総合的でバランスの取れた解釈をしなければなりません。キリスト教で何百という教派が分かれたのは、ひとえに聖書解釈の混乱に主たる原因があると言われています。

4、究極的な宗教的真理の認識は信仰告白によって可能になる。

上記の言葉は、韓国元老牧会者の、「ひとり子、独生女についての見解」の一節で、私が理性を越えてイエス・キリストの無原罪性を認識した言葉です。私は、この言葉に導かれて、トマス・アキナスやヘンリー・シーセンが吐露した神の神秘、キリストの神秘を認識する道を見出だすことになりました。

イエス・キリストが無原罪のメシアであることを、神学的に証明した神学者は、今だ誰もいません。カソリック神学を体系化したトマス・アキナスも、プロテスタント神学の頂点に立つカルビンもしかりで、神学上最大の難問の一つです。

では、如何にしてこの事実を認識すればいいのでしょうか。それが「信仰告白」だというのです。私たちは、信仰告白によってイエス・キリストが無原罪のメシアであると認識するのです。神の神秘、キリストの神秘は、理性と神学を超越した、この信じる信仰により可能になります。私は、この事実を知った時、文字通り「目からうろこ」でした。この事実を知るために、なんと半世紀を要したのです。

同様に私たちは、文先生、韓女史が無原罪の再臨のメシアであることを信仰告白によって知ることが可能になります。そして、この方法以外に道はありません。私は数年前、アリゾナ州のパワースポットであるセドナの山腹にある聖十字架教会礼拝堂において、真のご父母様が無原罪の再臨の主であることを神とキリストの前に告白いたしました。

5、さて、第2の批判は、韓女史が勝手にみ言葉を改竄(かいざん)したこと、文先生の遺訓通りの歩みをしていないこと、そもそも韓女史は後継者でも何でもないこと、と言った批判です。この重要な問題に答えなければなりません。

結論から言えば改竄などありません。改竄とは、文先生のみ言を意図的に書き変えたり、捏造したりすることです。800巻以上もある膨大なみ言を集約して分かり易く伝えるために、メリハリを付け、取捨選択することはあり得ることで、これは改竄ではありません。

また、重複するみ言の整理も必要であり、時代的な大所高所からの選別も必要であり、改竄などとの批判は言い掛かりに過ぎません。8大教本を死守せよということは、8大教本の中身を守れということであって、教本そのものを整理することは改竄ではありません。

祝福儀式の誓詞も同様で、み言の捏造ではありません。むしろ、時とところに合う形にした合理的なもので、趣旨や目的に変わりはありません。神学者のバルトが指摘しているように、決して文字崇拝、文字の奴隷になってはならないのです。

又、韓女史が、文先生のやり残された事業を忠実に遂行しておられることは、「平和の母」が詳しく語っているところです。一点一角、文先生の方針から外れたところなどなく、ひたすら「夫の偉業を完成する」(P397)ことを目指して来られたのです。

そしてその土台の上に、韓女史ならではの工夫と独自性を出されているのです。アフリカを初め世界各地における数万~10万単位での大祝福行事(P353~P364)の成功は、神の強い導きの賜物です。そして、全ては、霊界の文先生との緊密な対話の中でなされているものであります。

神は陰陽二性の統一的存在でありますが、歴史的に、今まで女性は男性の後ろにあって目立たない立場に置かれてきました。聖書の系図を見ても男系中心であります。しかし今、満を持した韓女史の登場によって、歴史は塗り替えられようとしているとの鼓動を感じるものです。

韓女史は、「私たちは、歴史の中で隠されてきた神様の女性格である天の母の立場を取り戻して差し上げなければなりません」(P370)と語られ、「神様は今や、天のお父様としてだけでなく、天のお母様までも含めた、完全な天の父母様として理解されなければならないのです」(同)と指摘されました。

つまり、女性が本然の価値性を主張し、女性の価値が復権して、ようやく本然のバランスが回復し、神の二性的性質が正しく顕現できるというものです。その意味で韓鶴子著「平和の母」は、女性としての公正で権威ある自己主張とも言え、又人類の真の母たる宣言とも言えるでありましょう。しかし、これらは、決して文先生の価値を引き下げるものではなく、返って本然の価値を引き上げることになるのです。勿論、浅薄なフェミニズムとは似て非なるものであることは言うまでもないことです。

1990年ゴルバチョフに会うためにモスクワに行かれる寸前、古参食口を前に文先生は「統一教会の第二教主を決定する時がきました。私がいなくても、お母様がいればいいのです」と語られました。この瞬間、第二教主としての韓女史の使命が明確になりました。(P219~P220)

また、文先生が聖和される直前、清平にて「ありがとう!(後を)頼んだよ」(P29)と韓女史に何度も後事を託されたというのです。このように、韓女史が文先生亡きあとの摂理を担って立たれることには十分な原理性と天的正統性があるのです。そして文先生においては、これらのことは当然の理でありました。

6、第3番目の批判は、韓女史の日韓の歴史認識には問題がある、というものです。そしてこの指摘は、僭越ながら「当たらずとも遠からず」という一面があるのではないかというのが私の認識であることを告白しなければなりません。

ことに「平和の母」P65の植民地時代の悲惨な韓半島の叙述は、果たして事実なのかどうか、事実があるとしても、かなりの誇張があるのではないか、と思わざるを得ないところです。戦時下では日本とても同じ苦しい生活を余儀なくされていましたし、日本としては、厳しい国際情勢の中にあって、懸命な統治を行ったのではないかと、やはり弁明したいところです。

それが証拠に、日本の統治により、両班中心の徹底した身分制度を打破し、当時人口の3分の1もいた奴卑が解放され、李王朝時代よりも格段と信教の自由が認められてキリスト教は発展しました。また、36年間で人口が1300万人から2500万人に倍増したことは、生産力が向上し国民が豊かになった証左です。

そして、普遍的な愛と真理を描いた書である「平和の母」の冒頭と最後に、独立宣言、安重根、祖国解放といった日本人には触れて欲しくない場面、民族主義を感じさせる場面が出て来ることには、一抹の違和感を感ぜざるを得なかったことを、率直に告白いたします。

しかしながら、韓女史の日韓歴史認識は、単なる歴史事実に関するものではなく、蕩減復帰歴史の観点、メシアを迎える歴史背景という視点から出た深いもので、浅薄な私の論議を超えたものであると理解しています。

大国に囲まれた朝鮮半島は、2000年間に渡って受難の歴史に翻弄された小国であり、今なお、世界を代表して分断の悲劇の中にさらされていることに思いを馳せなければなりません。又、日韓双方の歴史認識の相違が、近くて遠い国をもたらしていることは間違いなく、そしてこれは、被害者と加害者の違いであるのかも知れません。支配される立場、被害者の立場への配慮が肝要で、日本の高慢な統治人格に問題があったと反省しなければならないことは事実です。

わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。 (ヨハネ14・18)

上記の聖句は、韓女史が世界の母として、最も大切にされている聖句です。日韓問題は、このような父母の情愛だけが解決出来るものであると思われます。

7、「天の父母様教団」への名称変更についての一考察

最後に、「世界平和統一家庭連合」から「天の父母様教団」への名称変更について所感を述べさせて頂きます。当該名称変更について、以下の通り知人のNさんとメールでやりとり致しました。

吉田の提案↓

「天の父母様教団」HevenlyParentsChurch、

いい名前ですね。私としては、世界平和統一家庭連合より格段とピッタリきます。お母様、顔に似合わず豪胆です。但し、「天の父母様教団」を、「天の父母教団」として、「様」は取ればどうでしょうか。

「天の父母様教団」というように、「様」という形容詞は、一般的に称号には馴染みません。韓国で、「新イエス教」がありましたが、「新イエス様教」とは言っていませんね。

「天の父母教団」とすれば、神学的にも響きがよく、より格調高く感じられると思うのですが如何でしょうか。

N氏の回答↓

両方あっていいのではないかと思われます。「学」の世界では「神様学」というのは無く「神学」です。故に神学的立場から見た場合は「真の父母様教団」より「真の父母教団」が良いでしょう。ご指摘の通り、間違いなく神学的響きはその通りではないかと思います。

そして「様」を付ける立場は「現に人格を持って生きて語り掛けておられる実存(神様)への敬意」を強調するものであろうかと思います。つまり、「信」の世界で「天の父母様教団」とするか、神学的立場で「天の父母教団」とするかの違いではないかと思われます。

名称変更に関する双方の見解は上記の通りですが、皆様の見解は如何に!

さて、まだまだ言い足りないところは多々ありますが、取り敢えず以上をもって、今回の緊急コメントとし、韓鶴子著「平和の母」の感想文とさせて頂きます。異論、反論は大歓迎です。

今、この本を読み終えて、不思議な安堵感がこみ上げて来るのを禁じ得ません。「私は道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14・6)とイエス様は語られましたが、ここには愛が抜けている(P323)、と韓女史は指摘されました。「真の父母こそが、道であり、真理であり、命であり、愛である」と。

神が送られた実体聖霊の賜物が更に世界を覆い、重生の摂理が地の果てまで進展することを心から祈念いたします。(了)