🔷聖書の知識63-創世記注解⑥-三種の供え物とイサク献祭
み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創世記22.12)
さて、創世記は、神話風の原初史、父祖の物語、ヨセフ物語の三つの部分から成りますが、これらが最終的にまとめられたのは紀元前550年前後のバビロニア捕囚期とされています。
そして私たちは今、アブラハムを中心とした父祖の物語を学んでいます。神は偶像礼拝の都ウルからアブラハムを召し、神から約束されたカナンに向かい定着していきます。このアブラハムこそ、神が「唯一の創造主」であることを有史以来初めて認識した人物であり、神はこれを小躍りして喜ばれ、アブラハムにおいてやっと着地されたと言われています。
エジプト滞在から帰ったアブラハムは、ロトと別れ、諸国の王と戦ってロトを救い出します。そのあと三種の供え物を捧げ、その後イサク献祭を命じられます。今回はこの2つの献祭について考察いたします。
[三種の供え物の意味]
アブラハムの三種の供え物の意味は以下の通りです。
<従来の見解>
我々は、「アブラハムの三種の供え物(象徴献祭)」の重要性を知っています。ところが、2000年のキリスト教歴史において、三種の供え物の意味や、鳩を裂かなかったことに起因するアブラハムの供え物の失敗に関して、あまり重要視されず、ほとんど論及も説明もされませんでした。
聖書は神がアブラハムに三種の供え物を命じられた経緯を次のように記しています。
「主は彼に言われた、『三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山ばとと、家ばとのひなとをわたしの所に連れてきなさい』。 彼はこれらをみな連れてきて、二つに裂き、裂いたものを互に向かい合わせて置いた。ただし、鳥は裂かなかった。荒い鳥が死体の上に降りるとき、アブラムはこれを追い払った」(創世記15.9~11)
上記の供え物について、「この供え物は何を意味するのか」「供え物を裂くことの意味」「荒い鳥が降りたことの意味」「鳩を裂かなかったことが罪となった理由」「エジプトでの400年苦役予告の理由」などが問題となります。
そして上記の疑問は、今までのキリスト教神学はほとんど説明せず、また解明もできませんでした。かの中川健一牧師ですら、荒い鳥が降りたことを「不吉な予感」とだけしか述べておられません。以下はこれらの問題に関する原理観(講論)の骨子です。
<供え物(象徴献祭)の意味>
前回見てきたように、アブラハムはエジプト滞在において、自分でも知らずにアダムの家庭の立場を蕩減復帰する象徴的な条件を立てました。これを土台に神は三種の供え物を捧げるよう命じられます。
アブラハムが供えた供え物は、「雌牛」「雌やぎ」「雄羊」「山ばと」「家ばと」の5つでしたが、これを原理では「雌牛」 「雌やぎ・雄羊」 「山ばと・家ばと」と3つのグループに分けています。
即ち、「山ばと・家ばと」を「蘇生」、「雌やぎ・雄羊」を「長成」、「雌牛」 を「完成」ととらえ、これを三段階で完成する全天宙(霊界を含む宇宙)を象徴する供え物と見ています。
このアブラハムの「象徴献祭」を、み心にかなうように捧げることにより、アダムからノア、アブラハムの三代にわたって、縦的に積み重ねられてきた摂理的蕩減条件を、この三つの供え物で、一時に横的に復帰し、全天宙を復帰する象徴的条件を立てることができるという訳です。
<供え物の瑕疵(失敗)>
三種の供え物について、アブラハムは鳩だけは裂かずにそのまま置いたので、荒い鳥がその死体の上に降り、アブラハムは、これを追い払ったと聖書に記されています。
そして神はアブラハムに現れ「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう」(創15.13)と言われました。アブラハムは裂くべき鳩を裂かなかったので、その上に荒い鳥が降り、それによって、イスラエル民族はエジプトに入り、400年間苦役するようになったというのです。
それでは、鳩を裂かなかったことが、どうして罪になったのでしょうか。それは善と悪とを分立させ、サタンを分別することができなかったということに他なりません。アダムを、カインとアベルに分立したこと、ノアのとき洪水で善悪を分立したことも同様の理由です。そして、裂くことで、サタンとの血縁関係を通して入ってきた死亡の血を流して、聖別する条件を立てるためでもあったというのです。
従って、アブラハムが鳩を裂かずにささげたことは、サタンのものをそのまま捧げた結果となり、結局、それはサタンの所有物であることを、再び、確認したと同様の結果をもたらしてしまったのです。
また人間が堕落したのち、神が摂理されるみ旨の前には、必ずサタンが狙うというのです。創世記4章7節には、カインとアベルが献祭をするときにサタンが門口に待ち伏せていたとあり、ノアのときにも、審判直後に、サタンがノアの家庭に侵入する機会をねらっていたということを、からすによって表示しています。(創8.7)
そして供え物に荒い鳥が降りたということは(創15.11)、鳩を裂かないのを見て、その供え物にサタンが侵入したことを意味し、聖書はこの事実を、荒い鳥が供え物の上に降りたということでもって象徴的に表しているというのです。つまり、この象徴献祭は失敗したというのです。その結果、アブラハムの子孫が、異邦のエジプトで、400年間苦役するようになったという訳です。この400年は、供え物の失敗によって失われたノアからアブラハムまでの400年を蕩減(償い)復帰するために必要になったとされています。
そして、この苦役の期間は、アブラハムの献祭の失敗による罰を受ける期間であると同時に、神が新たな摂理をなさるために、サタン分立の基盤をつくるために必要となった期間でもあったのです。
それにしても何ということでしょうか。ノアの時のハムの過ちもそうですが、平和の象徴たるひ弱な鳩を裂かなかったくらいの一見些細なことで、ノアからアブラハムまでの10代400年歴史を失い、子孫が400年も償わねばならないとは....。これは酷である、過剰制裁ではないか、と。
今までのキリスト教神学には、これら荒い鳥の理由や400年の奴隷生活の根拠を説明した形跡はありません。唯一野村健二著『統一原理とは』(光言社P242)に、「アブラハムのちょっとした不注意(軽い気持ち)のため水泡に帰した」と記されています。
しかし筆者は、その結果の重大さに鑑み、これらが「ちょっとした不注意」で失敗したとは到底思えません。そこには、鳩を裂かなかったことが重大な結果につながるもっと深刻な事情があったのではないかと考えざるを得ず、これこそ「奥義中の奥義」であります。さて、読者の見解や、如何に!
[イサク献祭とその意味]
次に有名なアブラハムのイサク献祭(創世記22章)について考察していきたいと思います。このイサク献祭の物語は、旧約聖書のクライマックスと言われています。
<イサク誕生>
三種の供え物に失敗したあと、アブラハムは妻サラの不妊のためエジプト女性のハガルを側妻にすることになります。ハガルは身籠りイシマエルを産みました。このイシマエルの子孫がアラブ諸国(イスラム圏)の国民であり、現在のイスラエルとアラブの争いはこの正妻の子イサクと側妻の子イシマエルとの葛藤に根因があると言われています。
そしてネゲブの地に移った時、アブラハムは妻サラのことを、「これはわたしの妹です」とゲラルの王アビメレクに告げることになります。(創世記20.2)これはかってエジプトのパロにサライを差し出し、取り戻した時と同じ意味を持つ摂理であり、アビメレクにサラを差し出し、神の介在により再びサラを取り戻すことになりました。
こうして三種の供え物の失敗を取り戻し、信仰基台を立てるためのお膳立てが整いました。そして、かって三人の天使がアブラハムを訪れ、イサク誕生の予告をした通り、年老いたサラは遂に念願のイサク産むことになります。
<イサク献祭の主命と摂理観>
アブラハムが「象徴献祭」に失敗したのち、再び神はアブラハムにイサクを燔祭としてささげよと命令されました。それによって「象徴献祭」の失敗を蕩減復帰する新たな摂理をされたというのです。
神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」(創世記22.2)
イサクの犠牲(レンブラント・ファン・レイン画)
アブラハムは、神の救いの摂理においてアダム、ノアについで三次目であり、この摂理を完成すべき三段階完成の原理的な条件があったので、象徴献祭に失敗したにもかかわらず、イサク献祭というより過重な条件を立てることで摂理を進めることが出来ました。
原理は、歴史を善悪分立による「蕩減復帰歴史」と見ています。具体的にはメシアを迎えるための霊的基盤を準備することにあると捉えています。つまり復帰歴史の目的は、神の所有権を決定する象徴献祭(信仰基台)と、サタンの性質(堕落性)を脱ぐための実体献祭(実体基台)を立てた上でキリストを迎え、原罪を清算することにあるというのです。
原理は、歴史の背後にこのような歴史原則を見出だし、聖書における出来事を一貫した歴史法則によって説明した画期的なものであります。従ってアブラハムのイサク献祭も、この歴史原則の中で見ていくとき、その意味が明確になっていきます。即ち、イサク献祭は失われた象徴献祭を父と子が共同で復帰し、摂理をアブラハムからイサクに相続させる役事でありました。
<贖罪と復活の思想>
それにしてもイサク献祭は信仰の極致を表しています。ここには贖罪と復活の思想が明確に表れているというのです。
神に忠誠を誓い、信仰によって約束の一人子イサクを殺すことは、アブラハムにとって自分を殺すこと以上の苦しみであり、またイサクは成人していたと言われ、何が起こっているかを理解していたイサクにとっても、自らが当に贖罪のいけにえで死ぬことと同義でした。
アブラハムもイサクも、この献祭役事によって一度死に、そして復活したというのです。復活とは死が前提となった概念であり、二人は確かに一度葬られた後、蘇って復活しました。そこには、神を信じるアブラハムの信仰と、父を信じるイサクの信仰があり、当に父子一体の勝利でした。
「神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創世記22.12 )という一句の中に神の怨恨と喜悦の心情がよく滲み出ています。こうしてサタンはアブラハム家庭から分別され、アブラハムの勝利を相続したイサクが実体献祭の中心人物として立つことになりました。
<ユダヤ、キリスト教各派の考察>
キリスト教では、イサクが自ら薪を背負ってモリヤに赴いていく姿を、イエスが十字架を背負ってゴルゴダに向かう姿と同視して、神に捧げられる至上の犠牲として描写しています。イサクは穢れなき贖罪の子羊であり、イエスもまた洗礼者ヨハネによって「(贖罪の)神の子羊」と呼ばれています。
この出来事は、三つの意味があるといわれています。第一は、この出来事は、神がこの2千年後になそうとしておられたことの予型だった、ということであります。
アブラハムは出発してから「3日目に」モリヤの地につきました。この3日間、アブラハムの心の中でイサクは死んでいました。そしてモリヤの地でアブラハムの手が止められたとき、「彼はいわば、イサクを生き返して渡されたわけである」(ヘブル11.19)というのです。そしてこれは、御子イエスが3日間死なれて復活したことの予型だとしています。
第二の意味は、神はアブラハムを試み、彼を真に「信仰の父」とすることであったというのです。イサクは、アブラハムの子孫を「星の数のように」増やすとの神の約束を果たすために与えられた子でありました。従って、その子が死ねば、アブラハムの子孫も絶えてしまうはずであります。
けれども、アブラハムは神の善なる意思を信じました。神がこれを命令される以上、「そこには必ず善い目的があるに違いない」と信じました。アブラハムは、神の全能の力を信じ、人を復活させることもできる神の力を信じたのであります。「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました」(ヘブル11.19)
そして第三の意味は、私たちが神に従い、自分の最も大切なものさえ神に捧げてゆだねるとき、神は「犠牲の子羊」を備えて、私たちを祝福して下さる、ということであります。かつてアブラハムのために、一頭の小羊を用意して下さったようにです。「主の山に備えあり」(創世記22.14)とある通りです。
またユダヤ教でもイサクの燔祭は数千年にわたって様々な議論を呼びました。こうした中で、人身御供をタブー視する信仰が生み出され、それらを悪習として排除する根拠になりました。そして、一人息子をも神のために惜しまないアブラハムの捨て身の心情が神の心を打ったことにより、子孫の繁栄と全地の祝福が約束されたという思想が形成されたといわれています。
更にアブラハムの熱烈な信奉者であった哲学者セーレン・キェルケゴールは、イサクの燔祭におけるアブラハムの心理状態を考察し、不条理極まる命令にも懐疑論に陥らなかったアブラハムを、見上げた信仰の勝利者として讃えています。キェルケゴールによれば、アブラハムには最後の手段、すなわち自殺という選択肢もあったのでしたが、その絶望の境地から甦り、一躍信仰の父としての評価を勝ち取ったとしています。
ちなみに、イサク献祭に酷似した宗教儀式が長野の諏訪神社にも伝えられています。少年が縄で縛られ神官が刃物で殺そうとしますが、神の使者がこれを止め、代わりに鹿を捧げるという儀式です。
以上、アブラハムの2つの献祭について考察して参りました。そしてこのイサク献祭は、私たちに多くの信仰的教訓を与えてくれる聖書が到達した信仰の頂点とも言えるでしょう。これを踏まえ、次回はイサクからその双子エソウとヤコブに歩を進めたいと思います。(了)
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