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反ユダヤ思想とUCバッシング 国家的弾圧に直面して

○つれづれ日誌(令和5年9月20日)-反ユダヤ思想とUCバッシング-国家的弾圧に直面して


ピラトは言った、「それではキリストといわれるイエスは、どうしたらよいか」。彼らはいっせいに「十字架につけよ」と言った。しかし、ピラトは言った、「あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか」。すると彼らはいっそう激しく叫んで、「十字架につけよ」と言った。ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい」。すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」。そこで、ピラトはバラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。(マタイ27.22~26)


上記の聖書箇所は、ローマ帝国の第5代ユダヤ総督ポンテオ・ピラトが、群衆の声に迫られてイエス・キリストに死刑(十字架刑)を宣言する場面であります。即ち、ピラトは「わたしはこの人になんの罪もみとめない」(ルカ23.4) とイエスの無罪を知りながら、「十字架につけよ」との群衆の声を制しきれず、十字架刑を宣告したというのです。実はピラトは、妻から、「あの義人には関係しないでください。わたしはきょう夢で、あの人のためにさんざん苦しみましたから」(マタイ27.19)と言われていたのです。


ピラトの裁判(アントニオ・シセリ画)


こうしてピラトは、人々を満足させるために不当な死刑判決を認めたのであり、ピラトの動機は自分の政治生命 を守ることだったというのです。


「これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、『もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です』」(ヨハネ19.12)


【岸田首相は現代のピラトか】


筆者は、岸田首相が主導して行ってきたUCとの断絶宣言、質問権行使、過料申し立てなどの一連のUCに対する仕打ち、そしてこれからやろうとしているUC解散請求を見るにつけ、上記ピラトの群衆に動かされた政治判断と瓜二つだと心底思わざるを得ませんでした。


岸田首相は、秋にも予定していると言われている総選挙のために、世論に忖度して人気の悪いUCをスケープゴートにして臨もうというのです。口では法と正義に照らして粛々と判断するといいながら、結局ピラトと同様、世論への忖度と自己の政治生命を守ることでしかありません。 9月18日一面で世界日報は次のように論評しています。


「内閣改造、家庭連合の解散請求は、衆院解散・総選挙に向けての環境整備の一環とみられる。解散時期についてはさまざまな見方があるが、いずれにしても、恣意的な法律解釈によって、特定宗教団体をスケープゴートにするなど、最悪のポピュリズムであり、法治主義、民主主義の根幹を崩しかねない危険をはらんでいる」


最終的に岸田首相が解散請求に踏み切るというような反キリスト的な判断をしたなら(実際、現実味を帯びているが)、岸田文雄氏はかのピラトのように、未来永劫に「自己保全のためにキリストを十字架刑にした男」「宗教の敵」といった汚名を免れないばかりか、その血の責任は、百代の子孫の上に降りかかることでしょう。これは脅しではなく真実であり、諫言であります。


【解散請求の意味】


確かに巷間、「刑事犯罪が皆無のUCを裁判所が解散させる訳はないので、とりあえず形だけ解散請求しておけば禊(みそぎ)になり、いつまでもUCとの関係をとやかく言われなくて済むし、禊の済んだUCなら付き合っても非難されない」といった政府・自民党の思惑が取り沙汰されています。


また、今回内閣に入ったある議員は、かってUCとの接点をマスコミに指摘されたとき、「破壊的なカルトや反社と認定されている団体ならともかく、決してそういうわけではなく、今後の付き合いについても何も変えるつもりはない」と語りました。


しかし、前回述べたように、解散そのものの是非は法律に照らして裁判所が判断するとしても、公権力たる岸田首相が解散請求するということは、国家がUCを全否定して、社会的に非適格団体として認定したことに他ならず、教団と信徒にとって深刻な災厄になることは否めません。しかし日本政府に、再臨摂理を担う日本UCを全否定するような取り返しのつかない罪を犯させてはならず、従って、岸田首相にゆめゆめ間違った判断をしないよう、最後まであらゆる手段を講じて、思いとどまらせなければならないことは謂うまでもないことです。


このようなUCと信徒が立たされている未曾有の大試練に際して、私たちは如何なる備えをし、如何なる姿勢をもって臨むべきでありましょうか。以下、歴史上、何度も民族絶滅の危機を経験し、史上希に見る迫害に晒されてきたイスラエルの歴史体験に学び、そこから霊的なヒントを得たいと思います。


【反ユダヤ主義と迫害の歴史、そして甦り】


日本共産党の志位和夫委員長が、共産党100周年記念演説において、共産党は100年間、順風満帆な時は一時もなかったと述懐し、「何故常に弾圧され、かくも激しい批判に晒され続けてきたのか」と自問し、「それは共産党が、社会を根本から変えようとしてきた革命政党であるからです」と自答しました。これをUCに当てはめれば、「何故UCは常に世論の批判に晒され、カルト呼ばわりされてきたのか」、それは「人間と世界を最も本質的なところから変えようとしてきた革命的宗教」であるからに他なりません。


そして正にイスラエルは常に偏見や差別の迫害の中で呻吟し、反ユダヤ主義の坩堝の中で歴史を綴ってきました。ちなみに反ユダヤ主義とは、ユダヤ人およびユダヤ教に対する敵意、憎悪、迫害、偏見のこと、或いは、宗教的、経済的、人種的理由からユダヤ人を差別・排斥しようとする思想のことです。


それにしても、ユダヤ人ほど、人類に多くの貢献をした民族はありません。 世界に一神教をもたらしたこと、イエス・キリストを生み出したこと、この2つはユダヤ人の人類への最大の貢献と言えるでしょう。また世界人口の0.2%でありながら、20%ものノーベル賞学者を排出しました。


しかし一方、「反ユダヤ主義」の名のもとに、ユダヤ人ほど世界から憎まれ、数奇な運命を辿った民族はありません。何故かくもユダヤ人は迫害されたのでしょうか、一体、これらをどう解釈すればいいのでしょうか。反ユダヤ主義ならず「反UC主義」が跋扈する今こそ、この問題を考えたいと思います。


<反ユダヤ主義>


反ユダヤ主義、即ち「ユダヤ人およびユダヤ教に対する敵意・偏見・憎悪・迫害」は、大きく3つに分類できるでしょう。即ち、a.民族的な性格の強かった古代のもの、b.宗教的な理由によるキリスト教的なもの、c.19世紀以降の人種的なもの、の3つであります。


これを更に詳しく分析すると、次のように整理できます。


第一に、キリスト教以前の古代メソポタミア、ギリシャ、ローマなどにおける反ユダヤ主義で、これは民族意識的な性格がありました。ユダヤ人の律法による独特の生活習慣や、選ばれし者、神に愛されし者への嫉妬、即ち「ユダヤ選民主義」への反感です。


第二は、キリスト教誕生以後の、古代・中世における、いわゆる「キリスト殺し」という宗教的・神学的な偏見を持ったもので、近代まで続きました。


キリスト紀元の最初の1000年間で、ヨーロッパのキリスト教徒(カトリック)は、すべてのユダヤ人はイエス・キリストの処刑の責任を負い(マタイ27.25)、ローマ人による神殿の破壊とユダヤ人のディアスポラは、このキリスト殺しと、キリスト教と敵対したことへの罰であるという教義を発展させ、固定化させました。 また教義面でいうと、ユ ダヤ人はキリストが神であるというキリスト教の教理を否定し、イエス・キリストの神性を受け入れない姿勢が傲慢と見なされました。


ちなみに令和4年7月8日、安倍晋三元首相が奈良で暗殺されましたが、日本UC(家庭連合)は、キリスト殺しならず「安倍殺し」という冤罪で激しいバッシングを受け、今や未曾有の大艱難に直面しています。正に反ユダヤ主義ならず「反UC主義」の横行で、文字通り罪なき罪で十字架に架けられたキリストと同様の冤罪の中にあります。


第三に、啓蒙時代以降、政治的、経済的なユダヤ人の「優位性への反発」があり、これは後の反セム的、人種的なものの基盤をなしました。ナチスのホロコーストに見られる、19世紀以降の人種的な「反セム主義」です。


19世紀以降の人種説に基づく立場を反セム主義またはアンティセミティズムと呼び、近代人種差別主義以前のユダヤ人憎悪とは区別して「人種論的反セム主義」ともいいます。ちなみにセムとは、西アジア・アラビア半島・北アフリカなどに分布し、セム語系の言語を用いる諸民族の総称です。アラブ人・エチオピア人・ユダヤ人などのほか、古代のアッシリア人・フェニキア人などが含まれ、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を生みました。


なお上記した反ユダヤ主義3つの要因とダブりますが、デニス・プレガー、ジヨーゼフ・テルシュキン共著『ユダヤ人はなせ迫害されたか』によれば、反ユダヤ主義の真因は、「ユダヤ教自体に対する反発」であることが指摘されています。 即ち、反ユダヤ主義の根本原因は、ユダヤ人をユダヤ的にしてきたもの、即ち「ユダヤ教自体に原因」があると主張しました(P18)。


以上がユダヤ人が何故憎まれたかの要諦であります。


<反ユダヤ主義の歴史概観>


前述した理由により、人類歴史上、ユダヤ人ほど憎まれてきた人々はいなかったのであり、ユダヤ人は居住したほぼ全ての国から追放されました。西暦前の古代メソポタミアにとって、1世紀のローマ帝国にとって、15世紀以上に渡るキリスト教世界にとって、さらにナチス、アラブ世界、イスラム教徒、ソビエト連邦にとって、ユダヤ人は我慢のならない存在であり、また脅威でありました。


エステル記に記述されている、ペルシャの宰相ハマンに見るユダヤ人殺害計画には、反ユダヤ主義の萌芽が見られます。


「そしてハマンはアハシュエロス王に言った、『お国の各州にいる諸民のうちに、散らされて、別れ別れになっている一つの民がいます。その法律は他のすべての民のものと異なり、また彼らは王の法律を守りません。それゆえ彼らを許しておくことは王のためになりません。もし王がよしとされるならば、彼らを滅ぼせと詔をお書きください』」(エステル記3.8~9)


王妃エステル(ヤン・フィクトルス画)


このハマンのユダヤ人絶滅の陰謀は、ユダヤ人モデルカイとユダヤ人王妃エステルの知恵と信仰によって事なきを得ました(エステル記7章)。


また前2世紀には、シリアセレウコス朝のアンティオコス4世によるゼウス神信仰の強要がありました。前167年にエルサレム神殿にゼウスやオリンポスの神を導入し、ユダヤ教禁止令を発布し、ヘレニズム化強行しました。ユダヤ人は他の民と同和せず、敵対しているとし、完全に絶やす意図があったというのです。


このアンティオコス4世の反ユダヤ教政策に対して、ハスモン家のマカベアを指導者として、アンティオコス4世の圧政・宗教弾圧に対してマカバイ戦争(前167年)を起こし、前165年12月25日、エルサレム神殿からヘレニズム的な司祭を追放し、異教の祭壇を撤去することで神殿を清め、再びヤハウェ神に奉納を行いました。この出来事を今も記念するのがハヌカと呼ばれるユダヤ教の祭です。そしてユダ王国滅亡以来450年余の前140年、遂にユダヤ人はハスモン家のもとに独立国家を回復しました。


更に66年、エルサレムが陥落し、ヨーロッパ諸国家がキリスト教を受け入れていくと、明確に「キリスト殺し」としての反ユダヤ主義と呼ぶべき事態が生じていき、またイスラム教世界では、ユダヤ人はアウトサイダーと見なされていきました。


産業革命以後の近代社会では人種に基づく反ユダヤ主義(反セム主義)が唱えられ、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)をもたらされるに至ります。


<アウシュビッツ>


20年ほど前、筆者はポーランドのアウシュビッツを2回訪れたことがあり、ここで、「このような悲惨な運命を背負わされたユダヤ人とは一体何者なのか」「何故ここまで憎まれなければならないのか」との強烈な問題意識を植え付けられました。


アウシュビッツは、ボーランドの古都クラクフの北一時間ほどのところに位置します。 アウシュヴィッツ第一強制収容所は、ヒットラーのナチス・ドイツが第二次世界大戦中に国家を挙げて推進したアーリア人至上主義の人種差別による絶滅政策(ホロコースト)および強制労働により、多大な犠牲者を出した強制収容所であり、収容者の90%がユダヤ人(アシュケナジム)でありました。


労働力確保の一方で、労働に適さない女性・子供・老人をガス室に送り込み、さらには「劣等民族」を処分する「絶滅収容所」としての機能も併せ持ちました。強制収容所到着直後の選別で「収容者の70%がなんら記録も残されないまま即刻ガス室に送り込まれた」と言われており、全体では150万人以上が殺害されたと言われています。


収容されたのは、ユダヤ人、政治犯、ジプシー、精神障害者、身体障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、エホバの証人、さらにはこれらを匿った者などで、その出身国は28に及びます。 たとえ労働力として認められ、収容されたとしても多くは使い捨てであり、非常に過酷な労働を強いられました。理由として、厳しい労働や懲罰によって社会的不適合者や劣等種族が淘汰されることは、アーリア人による理想郷実現の解決策の一手段として捉えられていたことにありました。


筆者は、カトリックのコルベ神父がポーランド人の身代わりになって死んだ地下にある「餓死牢」やガス室・焼却炉・銃殺刑場などを吐き気のする思いで見て回りました。そうして、人間のおぞましさや闇の深さを痛感すると共に、ここまで悲惨な運命を余儀なくされるユダヤ人とは何かについて、深く考えざるを得ませんでした。実は筆者が旧約聖書を研究する動機の遠因が、ここにありました。


<受難の象徴ー3つの祭>


そしてイスラエルの受難と復活は、ユダヤの3つの祭に象徴されています。イスラエルには、「過越しの祭」「7週の祭」「仮庵の祭」という三大祭りがありますが(レビ記23.4~38)、特にユダヤ人が迫害を受け、霊妙な神の御手によってその迫害から救われたことを祝う3つの祭りがあり、「過越の祭り」「プリムの祭り」「ハヌカの祭り」がそれであります。


「過越の祭り」とは、イスラエルが エジプトを脱出した記念の祭です。


エジプト人の奴隷であったユダヤ人の先祖が,モーセに率いられてエジプトを脱出したとき、神はエジプト中の初子(ういご)を殺しましたが、小羊の血を入口に塗ったヘブライ人の家だけは過ぎ越されたという故事に由来するもので、最も大事にしている祭であります。


「その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない」(出エジプト12.13~14)


次に「プリムの祭り」ですが、これはエステル記に出てくる祭で、エステルがユダヤ人を救った伝承の記念の祭です。


ユダヤ人の殺害を企てたペルシャの宰相ハマンが王に讒言し、「くじ」(プリム)を引いて殺害の実行日を決めますが、この計略をユダヤ人の王妃エステルが、決死の覚悟で王にその実行を思いとどまらせ、ユダヤ人が奇跡的に救われました(エステル記9.28)。


また「ハヌカの祭り」とは、シリア王アンティオコス4世によるユダヤ教禁止の圧政から勝利しエルサレム神殿の奪回を記念した祭です。


前述した通り、アンティオコス4世は、神殿を略奪し、ゼウスを始めとする数々の偶像を据え、ユダヤ人にその偶像を拝むように強要し、安息日や割礼、捧げ物等ユダヤ教の律法を一切守ることを禁じ、従わない者は死刑としました。この圧政に耐えかねたユダヤの祭司の家系のマカベアは民を率いて反乱を起こし、3年間の戦いの末に勝利し、B.C.165年、エルサレム神殿を開放し、神に再奉献しました。ハヌカとはヘブル語で「奉献」を意味します。


左・過ぎ越しの祭り、中・プリムの祭り、右・ハヌカの祭りに関する画像


以上見てきたように、ユダヤ人への迫害自体を、民族が長く記憶するための祭としている民はユダヤ民族に見られる顕著な特徴であり、如何に受難に晒された民族であるかが分かります。そして迫害、民族の絶滅危機というどん底の中から甦ったイスラエルの背後に、歴史を摂理される確かな神の働きをまざまざと感じるものです。


<イスラエルの復活とイエス様の戴冠式>


しかしイスラエルは、2000年の流浪の末、不死鳥のように甦りました。1948年5月14日に独立を宣言し、遂にイスラエルは再建され復活しました。内村鑑三は著書『研究第二之十年』の中で、「人生最大の奥義は復活の信仰である。それは試練を経て臨む大なる光明である」と語りましたが、死からの甦り、即ち「復活」はキリスト教信仰の原点です。


原理によると、ユダヤ教は第一イスラエル、キリスト教は 第二イスラエルとし、来るべき再臨による第三イスラエルを預言しています。 UC創始者は、ユダヤ教は長男、キリスト教は次男、UCは三男と言われました。


そうして2003年12月22日と23日の両日、世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)主催で、エルサレムでユダヤ教、キリスト教、イスラムなど、超宗教の指導者、信徒ら約3000人が超宗教平和行進が行われました。行事の最後に、約2万人が集まった独立公園で、「イエス様平和の王戴冠式」を挙行したのです。この戴冠式は「神の国実現のために来られた罪のないイエス様を、十字架にかけてしまったことに対して悔い改め、イエス様を人類平和の王に推戴する儀式を挙行するように」との創始者の言葉によるものでした。


イエス様に対する見方が明確に違うユダヤ教、イスラム教、キリスト教らの代表がいる場で、イエス様の戴冠式を行うことは至難の業ではありましたが、神の恩寵によって奇跡的に成功したというのです。正にこの戴冠式は、イスラエルの復活を象徴する出来事でした。


【エピローグ】


正に解散請求は、幾度も民族の絶滅に直面してきたイスラエルの受難になぞらえることができるでしょう。迫害の度に甦えり、どん底の中でより強く神と再結合し、より深く神の言葉を再発見したイスラエルは、私たちの直面する受難に、これ以上ない指針と励ましを与えてくれます。


先般、「日本保守党」を立ち上げた百田尚樹氏は、特に自民党国会議員や自民党支持者から、批判・中傷・罵倒・揶揄に晒されていると告白しました。「わざわざ保守を割るようなことをするな、野党を利するだけだ」といった罵倒です。しかし百田氏は、自民党は完全にリベラルに変質し、もはや保守政党ではないとし、今や自民党を内側から変えることは不可能だと明言しました。LGBT法を強硬に成立させ、完全にリベラル化した自民党への激しい怒りです。


私たちも、ひどい反キリスト的政策を進める自民党岸田政権に「ノー」を突き付け、権力の驕りを糾弾すると共に、退化したマスコミと国民世論を戒める「令和の預言者」「思想的日本の核」として、しかと立っていきたいと思います。徹底的な自己改革に務め、究極的な宗教真理を有する私たちに、もはや失うものなど何も無く、恐れるものはありません。天地を創造され歴史を摂理される全能の神は、かのイスラエルを導かれたように、私たちをも導かれる神であることを固く信じるものです。 既に腹を決めた不撓不屈のUCとその信徒に栄光あれ! (了)


                   家庭連合ポーランド宣教師 吉田宏

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