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哀歌 註解

🔷聖書の知識100-哀歌の注解


ああ、むかしは、民の満ちみちていたこの都、国々の民のうちで大いなる者であったこの町、今は寂しいさまで座し、やもめのようになった。もろもろの町のうちで女王であった者、今は奴隷となった。(哀歌1.1)


【作者と背景】


前607年、バビロンはアッシリヤを滅ぼし、次にユダを征服し、前586年、エルサレムを滅ぼし神殿を破壊しました。エレミヤは、エルサレムの崩壊を嘆き、「哀歌」を書いたと言われています。


哀歌はエレミヤ以外の無名の詩人が書いたという説もありますが、預言者エレミヤが哀歌を書いたという説がユダヤ・キリスト教の伝統で、七十人訳聖書は、前書きを付け、「イスラエルが捕囚に引かれて行き、エルサレムが荒廃した後、エレミヤは座して嘆き、エルサレムのために哀歌を詠んで、こう言った」と書かれています。


【エルサレムの崩壊】


エルサレムは略奪され、神殿は破壊され、ユダの民はバビロンに連行されました。当にエレミヤが預言した通りのことが起こった訳です。


「ああ、主は怒りを起し、黒雲をもってシオンの娘をおおわれた。主はイスラエルの栄光を天から地に投げ落し、その怒りの日に、おのれの足台を心にとめられなかった」(2.1)


また、その頃のエルサレムの悲惨な情景が描かれています。


「わが民の娘の滅びる時には情深い女たちさえも、手ずから自分の子どもを煮て、それを食物とした。主はその憤りをことごとく漏らし、激しい怒りをそそぎ、シオンに火を燃やして、その礎までも焼き払われた」(4.10~11)


【哀歌の内容】


哀歌には、5つの歌が収められ、5章から成り、それぞれは紀元前586年におきたエルサレムの陥落とエルサレム神殿の破壊を嘆く歌であり、バビロン捕囚の時代につくられたものと考えられています。


1章は神の審判(シオンの荒廃と苦悩、その原因)、2章は神の怒り(シオンの破壊と惨状、告白)、3章は希望への道(苦難と懺悔)、4章は神の刑罰(シオンの過去と現在、惨状の理由)、5章は神への訴え(嘆きと訴え)が記されています。


これらの悲しみや苦難は、モーセが申命記28章で、不信仰がもたらす悲惨な結果を預言しており、ここに預言されている呪いが成就したとも言えるでしょう。神は、ご自身の約束通り、不信仰と不従順の罪を裁かれたというのです。神がエルサレムを裁かれるためにバビロンを用いられました。


バビロン川の畔で(アーチャー・ハッカー)、バビロン捕囚(アントニオ・プッチネリー)


「主はその計画されたことを行い、警告されたことをなし遂げ、いにしえから命じておかれたように、滅ぼして、あわれむことをせず、あなたについて敵を喜ばせ、あなたのあだの力を高められた」(2.17)


【希望のメッセージ】


しかし、過去を振り返るだけの悲しみの書ではなく、ここには、残れる者たちへのメッセージがあります。


「しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない」(3.21~22)


またそこには、罪がもたらす悲惨な結果を思い出させるためのメッセージであると共に、民を悔い改めに導き、神に立ち返れという希望のメッセージがあります。希望のない時代に、信仰を全うした人々の詩が、歴史を貫いて心の波動を伝えています。


「わざわいなるかな、われわれは罪を犯したものである。このために、われわれの心は衰え、これらの事のために、われわれの目はくらくなった。しかし主よ、あなたはとこしえに統べ治められる。あなたの、み位は世々絶えることがない。主よ、あなたに帰らせてください、われわれは帰ります。われわれの日を新たにして、いにしえの日のようにしてください」(5.15~21)



以上が哀歌の解説です。ある意味でエレミヤ書の続編とも言うべき本書は、原理創始者が日本留学の際に「可哀想な民族」について語られた言葉を想起いたします。


「先生が1941年に日本に留学するために、釜山に向けてソウル駅をたつ時、ソウル市内を眺めながら、かわいそうなこの民族に誰が責任を負うかを考えながら、たくさん涙を流しました」


次回はエゼキエル書の解説です。(了)