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山上徹也被告の母の祈りと信仰 週刊文春の記事に思う

◯徒然日誌(令和6年5月1日)   山上徹也被告の母の祈りと信仰ー週刊文春の記事に思う 

 

涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう(詩篇126.5~6)

 

この4月28日、衆議院補欠選挙の投開票が行われ、東京15区(江東区)、島根1区、長崎3区の全区で立憲民主党候補が当選した。この立民の勝利は立民の勝利というより、岸田政権への鉄槌である。神は岸田政権の反宗教的政策、即ち、自民党裏金問題と共に、LGBT法、宗教教団への解散請求などを審判されたのである。時に神は、悪霊を用いて試練されることがあるというのである(ヨブ記1.12)。この結果、日本の政治・社会状況は一気に流動化し、混沌化する恐れがある。 

 

実は筆者は、東京15区から立候補した日本保守党の飯山陽(あかり)さんに期待していた。その立ち位置、思想、政策、立ち振舞に強い共感を持っていたからである。日本保守党のネットや街頭演説の盛り上がりから、「ひょっとしたら」という一抹の期待があった。だが、組織票のない無名の候補にしてはよく善戦したものの、結果的に4位に甘んじ、日本保守党は新党としての最初の試練に遭遇することになった。この教訓を、今後どう生かして建て直すか、百田尚樹氏や有本香女史の手腕と不屈精神を見守りたい。 

 

それにしても投票率の低さには呆れるばかりで、ネットで盛り上がった東京15区でも、40.7%と前回の58.73%に比して18%も低く、過去最低だった。有権者、国民の政治的無関心に、この国のいく末を案じるのは筆者だけではない。 

 

【山上徹也被告の母ーその信仰と深層心理】 


さて、週刊文春5月2・9日ゴールデンウィーク特大号に、「安倍暗殺山上徹也母に直撃100分」と題して、母親へのインタビュー記事が掲載された。山上被告の母にフォーカスした初めてのマスコミ報道である。「情状証人出廷は子どものため」「目標は徹也と家族の修正」「解散命令請求はおかしい」との副題が続く。 

 

<母親の近況ー揺るぎない信仰> 

 

今、山上徹也被告の母(71才)は、奈良県のアパートに一人住まいで年金暮らしをしている。事件について考えない日はなく、安倍元首相の月命日には事件現場で手を合わせ、山上被告が入っている大阪拘置所には毎月面会に行っているという。どんな息子であっても、母の子への愛情に変わりはないのだ。山上被告は母親の面会を拒絶しているが、毎回自筆の手紙を置いていくという。一体、この母親の手紙にはどのような思いがこめられているのだろうか。母親の手紙に記されたものこそ、山上被告の犯行動機と親子関係の修復を図る鍵がある。 

 

ところで母親は、1991年5月、統一教会の教義と出会い、ここに救いを見出して統一教会に入教した。母親36才、山上被告11才の時である。だが入教前、彼女は壮絶な家庭的不幸に遭遇している。 

 

1980年9月10日に山上被告が生まれたが、その次の年、彼女のよき理解者だった母が白血病で死去し、精神的支柱を失った。1984年には夫がうつ病とアルコール中毒でマンション屋上から飛び降り自殺した。翌年、娘(山上の妹)が生まれたが、長男(山上被告の兄)に小児がん発覚し、抗がん剤で片目を失明した。(この長男は2015年自殺している)

 

次々と襲う不幸に宗教に救いを求め、実践倫理の朝起会に通ったこともある。そのような中で、統一教会の原理に出会ったというのである。山上被告の叔父(元弁護士)は、「徹也の母は、今、社会から強く非難される立場になった。ただ、母が多額の献金をしてしまうまでには一族内でいろんなことが起きている。母にとって、何かにすがらないと自分を保てないような現実があったのも事実だ」と語った。 

 

今は統一教会のネット配信の動画を見たり、祈りつつ信仰を保っているといい、あの大事件が起きてからも、今なお原理と文鮮明夫妻への信仰に揺るぎはない。文春記者は、「宰相の死をもってしても、彼女の信仰心に何ら変化は訪れず、凶行から約二年を経た今もなお、洗脳状態が続いていることに記者は驚かされた」(週刊文春P17)と記している。しかし、「洗脳状態に驚かされた」ではなく、「信仰を貫いていることに驚かされた」と書くべきであり、この記者はまだ彼女が洗脳状態にあると思っているのだろうか。徳川時代のキリシタン迫害に何千、何万人というキリシタンが殉教したが、これらは皆、洗脳された結果だというのだろうか。信仰は得てして他人には理解しがたく、本物の信仰は、艱難辛苦にあってますます燃え上がるのが常である。 

 

「殺人犯の親が偉そうに言えないが」、と断りつつも、彼女は、「どうしてマスコミは反対弁護士や被害者ばかりを報道するのか。解散命令請求は国家権力を使って信仰の自由を制限することで、あってはならない怖いことだ」と明言した(週刊文春P16)。母親の信仰は今なお輝いている。 

 

<犯行の動機>

 

マスコミは、「母が統一教会に入信して家庭を顧みず、多額の献金をして家庭がめちゃくちゃになった。教会と母を恨んでいる」という警察によってリークされた山上被告の犯行動機を強調するが、果たしてそうだろうか。元弁護士の叔父も指摘しているように、山上被告が犯行に及んだ原因は一つではなく、さまざまな要因が複合的に絡み合って起きた事件である。『奈良の変』(ターサン出版)を書いた理学博士の高田純氏は、山上被告以外の手による暗殺を指摘している。 

 

文春記者は、「母親の過度な献金による家庭崩壊が事件の根底にある」と書いた上で、しかし、「母親の目に映る真実は別にある」とも付け加えた。では一体、「母親の目に映る真実」とは何であろうか。ここに社会的常識通念では計れない信仰の本質がある。 

 

筆者は山上被告の犯行には(単独犯とした場合)、責任転嫁と甘えの構造があるのではないかと思わざるを得ない。彼は母親の献金のせいで大学進学できなかったというが、志があれば、奨学金制度もあるし、現にアルバイトをしながら大学に通っている学生もいる。彼は消防士になるための公務員試験に向けて予備校に通い、何度か受験したという。教会からも5000万円の献金の返還を受けているし、人生を開く道はいくらでもあったのである。一体彼は、母親の献金から20年間も、それを恨み続けていたというのだろうか。あまりにも飛躍があり、責任転嫁も甚だしい。ましてや、それが何故安部元首相暗殺につながるのか、支離滅裂というしかない。また彼の妹は同じ境遇の中で、母親の信仰を恨んでいないし、しっかり前向きに生きている。 

 

<山上被告を救う涙の祈り>

 

母親は、毎月大阪拘置所に面会に行き、手紙を置いていく。秋には公判がはじまるが、母親は情状酌量のためなら出廷するという。「統一教会には申し訳ない」といつも語る彼女も、犯行の動機については口をつぐんでいる。山上被告の罪が少しでも軽減されることを願っているからである。 

 

ちなみに、すべての偉人の影には母の涙がある。アウグスティヌスの母モニカが、アウグスティヌスを回心に導くために生涯涙の祈りを捧げた話は有名である。アメリカの16代大統領リンカーンは、「私が今あるのは、母の聖書のおかげです」と述懐した。34才で亡くなった貧しい農夫の母ナンシー・ハンクスは、幼いリンカーンにいつも聖書を読み聞かせていたといわれ、「汝は百エーカーの農場を持つよりも、一冊の聖書を持つ者となりなさい」と教えたという。またメソジストの開祖となったジョン・ウェスレーの母スザンナは、子どもたちに毎日の時間割による日課(祈り・聖書・勉強・家事の手伝い)を課し、忍耐をもって根気強く教えた。 


リンカーンの母ナンシー・ハンクス      アウグスチヌスの母モニカ


そして作家の佐藤優氏も、「私はプロテスタントのキリスト教徒ですが、それは私の母親の影響(感化)が決定的でした」と述懐し、「キリスト教を生んだ『感化の力』と『洗脳』の違いは、そこに自己犠牲があるかどうかだ」という。沖縄の久米島で生まれ育った佐藤氏の母親は、太平洋戦争の壮絶な沖縄戦で九死に一生を得、その中で絶対的な神の存在を確信し、キリスト教徒になったというのである。 

 

筆者は、この長い裁判の中で、母と子のもつれた関係が修復され、母親の涙の祈りによって山上被告が回心に導かれることを信じたい。そしてそれは、母と子の深い悔い改めによってもたらされるのである。「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る」(詩篇126.5)とある通りである。 

 

以上の通り、山上被告の母に焦点が当てられた今回のマスコミ報道に、筆者は目に見えない神の深謀遠慮を感じ、山上被告の母親に思いを馳せた。この重い十字架を背負う母親のために祈りたいと思う。(了)  家庭連合宣教師  吉田宏

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