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新約聖書の解説⑨ ガラテヤ人への手紙

🔷聖書の知識136ー新約聖書の解説⑨ーガラテヤ人への手紙


人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。(2.16)


「ガラテヤの人への手紙」(以下、「ガラテヤ書」と呼ぶ)はパウロ書簡の一つで、著者パウロは小アジアの中部、ガラテヤという地域のキリスト教徒の共同体にあててこの手紙を書きました。1章2節に、「ガラテヤの諸教会」と書かれており、ガラテヤ地方とは、今のトルコあたりであり、パウロは、第1次伝道旅行でこの地方に複数の教会を設立しました。(ピシデヤのアンテオケ、イコニオム、ルステラ、デルベの諸教会)


但し、この手紙のあて先は,彼が第1伝道旅行で訪れた属州ガラテヤの南部地域か,第2伝道旅行で訪れた元来のガラテヤ地方か、争われていますが、大多数の学者たちは小アジア南部のローマ帝国での呼称が「ガラテヤ」であったと考えています。


これらパウロが設立した諸教会を、元パリサイ派で、律法を守ることに固執していた「ユダヤ主義者」と呼ばれる人々が誤った教えを説いて回っていました。 パウロは、これらユダヤ主義者の教えに反論する必要を感じ、この書簡を書いたもので、恐らく、アンテオケで紀元48年頃に執筆、タイミングとしては、エルサレム会議の前であると思われます。


こうして本書は、異邦人のキリスト教徒がユダヤ教の律法をどう考えればいいかという問題を扱っており、この問題は初代教会では重要な問題でした。


ガラテヤ書は、ローマ人への手紙の短縮版と言え、宗教改革の土台となった書簡であります。つまり「ローマ人への手紙」とならんでパウロの神学思想がもっとも明快に示された書簡であり、特にルターの宗教改革の信仰義認の思想に大きな影響を与えました。


即ち、ルターの個人的宗教体験に客観的な裏づけを与えたものは、ローマ人への手紙とガラテヤ人への手紙でした。「九十五ヵ条の提題」で表明された彼の批判と信念は、教皇が、贖宥状(免罪符)の購入のごとき外的な行い(功績)に免じて、信徒の罪そのものを赦す特別の力をそなえていると思うのは誤りであり、「真の内的な悔い改めと,救い主キリストに示される神の恩寵への全面的な信仰によってしか魂は救われない」という根本的確信に他なりませんでした。


【背景】


前述のように、ガラテヤの共同体はパウロ自身が創設したものであり、信徒たちはかつて異教徒であったものがほとんどでした(使徒16.6、ガラテヤ1.8)。


この共同体はパウロが離れた後で、教師と呼んだ「異なる福音」を伝えるものたち(ユダヤ主義者)が現れ、信徒の間に混乱をひきおこしていたことがうかがえます。


「それは福音というべきものではなく、ただ、ある種の人々があなたがたをかき乱し、キリストの福音を曲げようとしているだけのことである」(1.7)


そしてパウロは、このような教えに耳を貸さないようガラテヤの共同体の信徒たちに強く求めました。

「ああ、物わかりのわるいガラテヤ人よ。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に描き出されたのに、いったい、だれがあなたがたを惑わしたのか」(3.1)


書簡にあらわれる「反対者たち」とよばれる教師たちには諸説ありますが、彼らが「ユダヤ教から改宗したキリスト教徒」であり、彼らは「異教徒から改宗したキリスト教徒」に対し、ユダヤ教の律法を完全に守るよう要求していたようです。即ち、割礼、安息日の遵守、モーセの律法の遵守などを巡って意見が戦わされたことがうかがえます。  


ユダヤ教からの改宗者たちはアブラハムを引き合いに出して、契約のしるしとしての割礼の意味を強調し、さらに彼らは、義人ヤコブに従うエルサレムの教会を支持することで、パウロの使徒として正統性に疑義を呈しました。また、このような教師たちの言動がガラテヤの信徒たちに大きな動揺を引き起こしたこともわかります。

 

パウロはガラテヤの人々の信仰的動揺を叱咤し、自分の伝えた福音が「律法からの自由」であり、自らの回心の経緯を告白し、「信仰によって義とされる」ことを強調しました。そしてパウロは「アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」(創世記15.6) の意味を再解釈して説明しました。


「このように、アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められたのである。だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである」(3.6~7)


【構成・内容】

上記の通り、ガラテヤ書は「律法とキリスト教徒の関係」について述べています。即ち、当時のユダヤ教徒およびユダヤ教出身のキリスト教徒たちが持っていた「律法の遵守なしに人間は義化されえない」という立場に対する「反論の書」という性格があります。


先ず冒頭部分で、挨拶並びに神への賛美が述べられます。


第1章では、まず異なる福音が信徒を惑わせていることを嘆き、パウロは自らの使徒としての正統性をあらためて主張します。


第2章から第4章においては、パウロが異邦人への使徒となったこと、異邦人を区別していることでペトロを非難したこと、律法主義によって福音の精神が傷つけられていることを述べ、そして律法を行うことではなく信仰によって義とされこと、即ち信仰義認の教理的な教えを披瀝しました。


「人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである」(2.16)


「そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、『信仰による義人は生きる』からである」(3.11)


そしてパウロは、律法を定義し、その役割を示しました。ここにパウロの律法観が現れています。


「律法は違反を明らかにするため、付け加えられたので、約束されていた子孫(イエス)が来るまで存続するだけのものであり、かつ、天使たちをとおし、仲介者の手によって制定されたものにすぎない」 (3.19)


「信仰が現れる前には、わたしたちは律法の下で監視されており、やがて啓示される信仰の時まで閉じ込められていた。このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育係となったのである」(3.23~24)


5章と6章はキリスト者の自由について述べられ、結びの言葉となります。


ヨハネ8章32節に「真理は、あなたを自由にする」とありますが、パウロも「自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さった」(5.1)としました。しかし、その自由は愛を持って隣人に仕える自由であり、自由には責務が伴うことを付け加えました。そして肉の業と霊の結ぶ実について言及されています。


「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。律法の全体は、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』というこの一句に尽きるからである」(5.13~14)


こうしてガラテヤ書は、特に2章から4章において、ユダヤ人の伝統的宗教行為とキリスト教徒の信仰、すなわち「律法の行いに拠る」義と「イエス・キリストへの信に拠る」義を対比して論じています(2:16)。


つまりガラテヤ書とロマ書は共に、義化が道徳的な行いや儀式によってではなく、信仰により、神の恵みによって与られると告白しました。


【注目聖句】


おしまいに、注目すべき二つの聖句を紹介いたします。


「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである」(2.19~20)


上記の聖句は台湾元総統李登輝の回心聖句です。李登輝は、敬虔なクリスチャンとして、生涯三回の大きな信仰体験をしていますが、第三回目の信仰体験で、李登輝はようやく「自我」から解放されました。李登輝を最後まで苦しめ手こずってきた自我からの解放です。


李登輝は、自分を拘束しているものが、他ならぬ自分自身であり、その「自分(自我)から解放されることが真の自由」であるという真理を悟りました。それは「自分でない自分」を見出だすこと、即ち、自我が一度死んで復活した「新しい自分の発見」であります。その回心聖句が、上記、ガラテヤ書2章20節でありました。


次に注目すべき聖句は次のガラテヤ書3章24節です。


「このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育係となったのである」(3.24)


パウロは、律法は人間が大人になるまでに必要な養育係、つまり家庭教師のような役割であると述べました。


律法は、イスラエル民族の生活と信仰を事細かに規定し、イエスの時代には、食べ物の決まりから食事の作法、安息日の守り方などが具体的に細かく定められて、何百というきまりがありました。これらの規則や決まりは、人間にとって必要なものですが、あまり煩雑になると反って害になり、自由な人間性を疎外することになりかねません。


律法は、あくまでもキリストが来られるまでのものであり、キリストが来ればもはや律法の下ではなく、福音の下にあるというのです。つまり律法はキリストにバトンタッチするまでの役割を担うもので、パウロは 律法を「養育係」と呼びました。


同様に、日本の神社仏閣の八百万の神々(途中神)も、真の神、即ち唯一にして創造主である父母なる神に導く養育係と考えられなくもありません。こう考えれば、日本の文化伝統とキリスト教は矛盾することはないというのです。「神を知らなかった当時、神ならぬ神々の奴隷になっていた。しかし、今では神を知っている」(4.8~9)とある通りです。


内村鑑三 や高砂教会の手束正昭牧師は、日本的なキリスト教、即ち日本の文化・伝統に則ったキリスト教を提唱し、パウロが下記「1コリント9.19~22」で指摘するように、真理を提供する側の工夫と努力があれば、キリスト教と日本の文化・伝統は対立しないと主張しました。


「ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。 律法のない人には律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。 弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。」(1コリント9.19~22)



以上、ガラテヤ書の解説をいたしました。ガラテヤ書はロマ書と並んでパウロの信仰義認の教理を明らかにしたもので、神学書と言うべき書であります。次回は、「エペソ人への手紙」を解説いたします。(了)




上記絵画*賢者の対話(聖ペテロと聖パウロの会話)(レンブラント・ファン・レイン画)「ガラテア人への手紙」がモチーフとされている


パウロの伝道旅行の行路