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新約聖書の解説⑬ テサロニケへ人の第一の手紙

🔷聖書の知識140ー新約聖書の解説⑬ テサロニケへ人の第一の手紙


いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい(5.16~18)


【概観】


『テサロニケ人への第一の手紙』は、使徒パウロによる書簡で、パウロの書簡の中でも、もっとも早い時期(50年~52年)に、コリントにて書かれたものと言われています。


テサロニケはマケドニア州の首都であります。交通の要衝の町で、当時の人口は約20万人、タルソやアテネと同じように「自由都市」でした。つまり、自治権が与えられ、選挙で選ばれた代表による議会政治が行われていました。


そしてテサロニケのユダヤ人の会堂は、大きな力を持ち、ユダヤ教の自制心のある教えに感動する異邦人、神を敬う(神を恐れる)異邦人も多くいました。しかし一方では、偶像礼拝がもたらす道徳的堕落が蔓延していました。


テサロニケにキリスト教を布教したのはパウロが最初であり、第二次伝道旅行で、シラスとテモテを伴ってテサロニケを訪問し(使徒17.1)、そこに教会を設立しました。しかしパウロは、テサロニケでユダヤ人により妬まれて迫害され、そこを去り、ベレア、ついでアテネへ行くことになります(使徒17.5~15)。


この書簡は、ベレアに残してきたテモテが、コリントのパウロのもとへやってきて、テサロニケの教会の様子を聞かされて書いたものと考えられます(使徒18.1~5、1テサロ3.6)。


コリントで天幕造りをして自給の伝道活動をしていたパウロ の元にもたらされたテモテの報告は、吉報であり、テサロニケの教会が良い状態にあることを 感謝し喜びました。しかし一方では、自分の教えが間違ってとらえられていることにも気がつき、本書簡で彼らの疑問に答え、そして激励しています。


例えば、キリスト以前の死者たちがキリストの再臨時に共によみがえることができるのかといった疑問や、キリストの再臨の時期の問題です。キリストの再臨については、その時期の確定はないものの、彼らの生存中に来るという前提にたって書かれています。


また本書簡は、「携挙」と「再臨」を強調し、テサロニケ人への第二の手紙と並んで「再臨書簡」と呼ばれ、初代教会の切迫した終末思想が顕れています。「生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたち」(4.15)とあるように、生きている間に再臨があると信じていたことが伺えます。


その後、中世の時代(3世紀~15世紀)は、携挙と再臨が語られることはあまりありませんでしたが、19世紀初頭から終末論が強調されるようになりました。その際使われたのが、第一と第二の2つのテサロニケ人への手紙で、この2つがなければ、携挙と再臨を理解することが出来なかったと言われています。なお、ローマ書には終末思想は出てきません。


【全体構成】


全体構成は、1章~3章で、どのようにして教会が誕生し、どのようにして教会が成長し、どのようにして教会が確立されたかが書かれています。


また4章~5章では、クリスチャン生活の実践的教えが語られ、携挙、再臨への備えが教えられています。


テサロニケは、ギリシア・ローマの異教的文化に染まった町で、娼婦たちもいました。そこでパウロは、神の聖さを保つよう教えました。


「不品行を慎み、各自、気をつけて自分のからだを清く尊く保ち、神を知らない異邦人のように情欲をほしいままにせず」(4.3~5)


またテサロニケ教会には、イエスの再臨について誤解があり、労働を軽視する人たちがいました。そこでパウロは、信者は自ら働いて生活の糧を得、神に栄光を帰すと諭し、「落ち着いた生活をするように」と命じました。


「そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい」(4.11)


そして、闇の力と戦うため、「信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって慎んでいよう」(5.89)と励まし、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい」(5.16~18)と、信仰生活の最善の在り方を示しました。


また、「あなたがたの間で労し、主にあってあなたがたを指導し、かつ訓戒している人々を重んじ、彼らの働きを思って、特に愛し敬いなさい」(5.12~13)と言って、教会指導者を尊ぶよう呼びかけています。



【注目聖句】

「すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。(4.16~17)


上記の聖句は、いわゆる「再臨)「携挙」についてのパウロの考え方です。ちなみに携挙(空中再臨)とは、信者が生きたまま天に挙げられることを意味します。


パウロがテサロニケを去ってから、「眠っている人たち」(4.14)、即ち、死んだ者たちが何人か出てきましたが、死んだ者たちは、携挙の際にはその祝福に与ることができないのかという疑問を持っていました。


パウロは、イエスは死んで復活されたように、イエスにあって死んだ者には、復活の希望が与えられていること、携挙の時には、死んだ者は甦り、天に挙げられると語り、そして「キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえる」(4.16)と教えました。


主イエスは、今は父なる神の右の座に座しておられるが、再臨の時にはイエスご自身がラッパの合図で天から下って来られる様子が書かれています。即ち、「天使のかしら(ミカエル)の声」と「神のラッパの鳴り響く」うちに、「合図の声」で、天から下ってこられるというのです。


その時、キリストにあって死んだ人々(新約時代のクリスチャン)が、まず霊と体が結び合わされ、復活の体を与えられて最初のよみがえりを経験し、それから地上にいる聖徒たちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられる、即ち携挙されて空中で主に会うとされます。これらは当時の希望でした。


それにしても、キリストが天から下って来られるという再臨思想や、地上の聖徒が生きたまま空中に引き上げられるという「携挙」という考えは、現代人の理性では到底理解し難い概念であり、これは何かの比喩(メタファー)であると考えるのが妥当ではないかと思料いたします。


なお旧約時代の聖徒たちは、患難期の終わりに甦るとされています(ダニ12.2)。


「兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る」(5.1~2)


再臨と携挙について語ったパウロは、次に「主の日」について解説しています。主の日とは、旧約聖書でよく使われる言葉で、「神の裁きの日」を指し、新約時代にはこれを「大患難時代」(患難期)と呼んでいます。そして主の日がいつ来るかは誰にも分からないとされ、世の終わりを予告する人がいるなら、その人の教えは聖書的とは言えないということになります。


主の日、即ち「終わりの日」とは、キリスト教では裁きと艱難の時と考えられていますが、原理では、再臨のみ言により善悪が分別され、悪主権の世界から善主権の世界へと交差転換され、「新しい天と新しい地」(黙示録21.1)が顕れる時代とされています。


以上、再臨書簡と呼ばれるテサロニケ人への第一の手紙を解説いたしました。次回は引き続き「テサロニケ人への第二の手紙」を解説いたします。(了)



上記絵画*キリストの昇天(フリッツ・フォン・ウーデ画)