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新約聖書の解説② マルコによる福音書

🔷聖書の知識129ー新約聖書の解説②ーマルコによる福音書


それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。(マルコ8.31)


マルコによる福音書(以下、「マルコ書」と呼ぶ)は、4福音書の中でも、最も古く(65年〜70年ごろの成立か)、最も短い(16章)書であり、当初は、内容の充実しているマタイ書を「要約」したものであるという説が長く認められてきましたが、今日では、むしろマルコ書がマタイとルカ両福音書の土台となったと言われています。


つまり、マタイ、ルカ福音書は「マルコ書」および「イエスの言葉資料」(いわゆるQ資料)をもとにして書かれたというのです。


【マルコ書の概観】


以下、著者、構成、執筆対象、構成など、マルコ書の概略を記したいと思います。


<著者・年代・執筆対象>

マルコ書の著者は、ペテロの通訳を務めた弟子で、ペテロからイエスの生涯について聞き取った「マルコ」であるとされています。1ペテロの手紙5章13節は、ペテロは「わたしの子マルコ」と呼んでいます。


また「使徒行伝」によれば,マルコの母マリアの家はエルサレムにおける初代教会の集会所であり(12.12)、マルコはパウロや従兄弟のバルナバ(コロサイ4.10)とともに異邦人伝道に従事したとされています(12.25~13.13)。


執筆年代は65年~70年代と思われ、執筆場所は、ローマ説、ギリシア・小アジア説のほか、ガリラヤ説がありますが、おそらくローマだと推定されます。


そして、マタイ書がユダヤ人に向けて書かれた書であるのに対して、マルコ書は、ローマ帝国内の「ギリシャ語を話す人達」を対象に、信徒を励ますために書かれたと言われています。


その理由として、ユダヤ教の習慣が非ユダヤ教徒向けに解説されていること(7.1~4など)、他の福音書にはみられないラテン語的なギリシャ語表現が含まれていること、などが指摘され、これらのことからマルコ書の著者はヘレニストで、ギリシャ語を話すローマ人を対象に書かれたと考えられます。


またマルコは牧会者として、信仰に入って間のないローマ人クリスチャンを励ますこと、即ちキリストの弟子として生きることの意味を教えるために書いたと思われます。


<構成>

著者は著作に先立ち、奇跡物語、たとえ話、論争物語、受難物語などを、文献または口頭伝承の形で手にしていたと考えられます。


著者はこれらの資料を、次のような構成でまとめ上げ、文学的な文章というより、日常会話に近い平易なギリシア語でまとめました。


①イエスの受洗とガリラヤおよびその周辺での活動(8.26まで),

②エルサレムへの旅(8.27~10.52),

③エルサレムでの活動と受難(11.1~16.8)



そして最後の1週間の記録が全体の約36%を占めています。即ち、福音書の11章以下を下記のように振り当て、イエスのエルサレム滞在から十字架刑での死までを記録しているとする読み方があります。


・日曜日:11.1~11.11

・月曜日:11.12~11.19

・火曜日:11.20~13.37

・水曜日:14.1~14.11

・木曜日:14.12~14.72

・金曜日(十字架刑の日):15.1~15.41

・土曜日(安息日、休日):15.42~16.1

・日曜日(復活の日):16.2~16.20


【マルコ書の内容と特徴】


本書は、マタイ書やルカ書に見られる「誕生物語」の記載がなく、内容はイエスの「教え」というより、イエスの「活動とその場面」を描くことに重点がおかれ、また、神の子イエスの「受難」を語り、「十字架と復活に向って進むイエス」が描かれ、イエスの生涯を簡潔に伝えた福音書になっています。


そしてまた、イエスが「神の子」であることが強調されています。


「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」(1.1)


「そして天から声がした。『あなたは、わたしの愛する子』」(1.11)


「また、汚れた霊どもが、イエスを見ると、みもとにひれ伏し、『あなたこそ神の子です』と叫ぶのであった」(3.11)


「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方はまことに神の子であった』と言った」(15.39)


その他、権威ある教え、病を癒す権威、悪霊に対する権威、自然界を支配する権威、死に打ち勝つ権威などで、イエスが神の子であることを証言しました。


また後世において反ユダヤ主義の論拠として利用された箇所も散見されます。たとえば、パリサイ派を偽善者、悪者として描く場面(12.38~40)や、サンヘドリンが陰謀をめぐらしてイエスに罪を着せ、処刑に陥れたというくだりなどです。


さらにマルコ書はもともと口述されたものであったことをうかがわせる部分があります。たとえば「すぐに」(ユーセイス)という言葉が42回使われていますが、これは他の福音書ではあまりみられず、「すぐに」という表現は、ギリシャ語に特有の過去のことを現在法で記述する「歴史的現在形」という用法と関連があります。


「イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った」(1.17~18)


「それから、一行はカペナウムに入った。そしてすぐに、イエスは安息日に会堂に入って教えられた」(1.21)


その他、有名な箇所としては、早天祈祷の姿(1.35)、メシアの秘密(8.30)、変貌山の記録(9.2~8)、宮きよめ(11.15~18)、最も重要な掟(12.29~31)、ナルドの香油(14.3)、などがあります。



【受難予告ー編集句】

また20世紀になると、福音書には、イエスの伝承や断片記録を福音書記者が、自らの信仰信条に基づき再解釈して編集した「編集句」が挿入されているとする「編集史学派」が生まれました。


共観福音書の様式史的研究においては,主として伝承断片を生み出した「生活の座」を解明することに目標がおかれていたのに対し,それらの伝承断片を福音書という一個の文書に編集した福音書記者の神学を解明しようとする研究であります。


典型的な編集句は、マルコ福音書8章31節、9章31節、10章33節~34節の3つの「受難予告」だと言われています。


「それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして三日の後によみがえるべきことを、彼らに教えはじめられた」(8.31)


「人の子は人々の手にわたされ、彼らに殺され、殺されてから三日の後によみがえるであろう」(9.31)


「見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行くが、人の子は祭司長、律法学者たちの手に引きわたされる。そして彼らは死刑を宣告した上、彼を異邦人に引きわたすであろう。また彼をあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺してしまう。そして彼は三日の後によみがえるであろう」(10.33~34)


これらの受難予告は、マルコが福音書を編集する際に、自らの判断で編集句として事後挿入したものと言われています。師イエスが十字架で殺害された事実、即ち、神の子の考えられない罪人としての死に直面した弟子たちにとって、この死の意味を如何に解釈すべきかは深刻な問題でした。


そうして、イエスの復活と相まって、この十字架が神の必然的なプログラムの中で実現したこと、即ち十字架は人類の罪を贖うための予定であったことを説明するための布石として、この挿入句を入れたというのです。こうして、十字架により救いが成就し、復活によって罪と死に打ち勝たれたキリスト像が誕生しました。


以上、マルコによる福音書を解説いたしました。次回はルカによる福音書の解説です。(了)


ペテロの否認、 十字架上のキリスト、 復活したキリスト (カール・ブロッホ画)




上段:キリストの洗礼、 中段:変貌山のイエスとモーセとエリヤ(カール・ブロッホ画)