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東京告白教会訪問記 カルバン研究の第一人者「渡辺信夫牧師」の開拓教会

◯つれづれ日誌( 令和4年1月26日)-東京告白教会訪問記ーカルバン研究の第一人者「渡辺信夫牧師」の開拓教会


私は進歩しつつ書き、書きつつ進歩する人の一人であることを告白する(アウグスチヌス書簡第7)


上記のフレーズはジャン・カルバン著『キリスト教綱要』第一篇の冒頭に書かれている言葉です。カルバンがアウグスチヌスの言葉を引用して掲げた言葉で、このフレーズにカルバンの思いが込められています。


カルバンもプロテスタントの神学を打ち立てるに当たって、試行錯誤し、格闘しながら、書いていったという気持ちが伝わってきます。


【東京告白教会】


さて筆者は、1月16日、世田谷にある「東京告白教会」の礼拝に参加いたしました。この教会は、上記カルバンの『キリスト教綱要』全巻を日本語に翻訳された渡辺信夫牧師が開拓され、60年に渡って牧師として導かれた教会であります。


筆者は宗教改革の巨人の一人であるカルバンを学んでいく中で、渡辺牧師がカルバン研究の第一人者であることを知りました。渡辺信夫著『カルヴァン』(清水書院)を読む中で、渡辺牧師が開拓された東京告白教会に行って見たいという衝動に駆られた次第です。


千歳烏山で電車を降りて、何人かに道を聞きながら、やっとの思いで礼拝が始まる10時迄に辿り着くことができました。


ある意味で予想に反して、そこは一見バラック建てかなと思うような外形で、礼拝室には10人位の信者が礼拝に参加されていました。


実は渡辺牧師は昨年96才で亡くなられ、今は金宣教師が礼拝を守っておられました。礼拝後、渡辺牧師と共に60年もの間当教会を見守って来られた長老の徳永さんの案内で、故渡辺牧師の蔵書室を案内して頂き、色々と親切に渡辺牧師とカルバンについて教えて頂きました。


おまけに、渡辺信夫著『カルヴァンのキリスト教綱要を読む』、そして同著『教会論入門』を頂き、大変恐縮いたしました。


筆者は、何故「告白教会」という一見珍しい教会名にしているのか、気になっていましたので、この長老に名前の由来を聞きましたところ、これは、ナチスの教会政策に反対した牧師、信徒たちが結成した組織であるドイツの告白教会から名前を取ったということでした。


【渡辺信夫牧師とは】


ここで、簡単に渡辺信夫牧師(1923年~2020年3月27日)について述べておきます。


<略歴>

渡辺牧師は、日本の神学者、牧師で日本キリスト教会の指導者でした。1949年京都大学文学部哲学科卒し、1977年「カルヴァンの教会論」で京都大学文学博士を取得しました。またジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』の翻訳者として知られています。(Wikipedia)


クリスチャン・ホームに生まれ、戦争中は日本軍の将校として戦い、また神社拝礼を指揮しました。しかし、神学を学ぶ過程で、神社参拝が神の前に偶像礼拝の罪であるという意識を持つに至り、そこから神社参拝を拒否して獄死した韓国長老派の朱基徹(チュ・キチョル)牧師について学び始めたといいます。また憲法改正には反対している護憲論者でもあります。


1949年に伝道師となり、1958年、開拓伝道を始め、日本キリスト教会東京告白教会を設立しました。


渡辺牧師は、日本基督教団の理念である「公会主義」の存在自体を幻想として否定しています。公会主義とは、いかなるキリスト教の教派にも属さないキリスト教無教派の理念、理想であり、日本基督教団は公会主義を継承する団体であります。


<カルバンの回心について>

カルバンは23才頃、信仰の劇的な転換を伴う回心体験をしていますが、この回心がいつどのようなものだったかは、多くを語っていませんので定かではありません。


この回心について、渡辺牧師は著書『カルヴァンのキリスト教綱要を読む』の中で、次のように語っています。


「この回心は、一応キリスト教と言われるものから、本式のキリスト教への回心でありました。それは福音主義、あるいはプロテスタンティズムへの回心と言えると思いますが、それよりむしろ、知識的・観念的信仰から、命を賭ける信仰への飛躍であると私は理解しております」(P67)


つまり、カルバンがいう「突然の回心」というのは、ある時一挙に突如として起こったというより、カルバンの思考が熟していき、あたかも蚕が孵化するように、ある日、「信仰的決断」によって飛躍し変えられたというのです。ここに、カルバンの徹底した神中心主義が確立されました。


筆者も、信仰ないしは信仰告白とは、ある種の「決断」であると言えるのではないかと思っております。即ち、神を信じる決断、キリストを受け入れる決断、罪を告白する決断、罪の贖いを信じる決断、新生に預かる決断であります。


【徳永長老のこと】


さて、礼拝から数日後、徳永長老から、私に電話がかかってきました。十日市場で会って色々話しましょうということなり、早速近くのマクドナルドでお会いした次第です。


驚くべきことに、なんと徳永長老夫婦は私が住む十日市場の、すぐ近くの若葉台に住んでいるというのです。実はこの東京告白教会は、地元世田谷に住んでいる信者は一人もいないということで、皆さん徳永さんのように、あちこちから礼拝に通っているというのです。


私が福音派の牧師だと説明すると、今、告白教会は無牧(牧師がいないこと)状態なので、聖餐式ができないので困っている、吉田牧師に頼もうかな、などと冗談まじりに話しておられました。そして、告白教会も往年には30人位の礼拝を保っていましたが 、高齢化で段々少なくなっていると胸の内を吐露されていました。


徳永さんの奥さんも敬虔なクリスチャンで、礼拝ではオルガンを弾いておられました。これから、この夫婦とは近所のよしみで、楽しいお付き合いができそうです。


これも、カルバンが取り持ったご縁で、神は不可思議な導きをされる方であると、今さらに感じたものでした。ただ、「私は渡辺牧師と違って、憲法改正に賛成だし、また靖国神社参拝にも賛成ですよ」と、釘をさしておきました。(了)