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現代の選民論 UC教義に反日思想はない

◯つれづれ日誌(令和4年9月14日)-現代の選民論ーUC教義に反日思想はない


だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ(ルカ3.8)


【セミナーでの話し】


この9月10日、埼玉県久喜で「日本的霊性」をテーマにした第二回のセミナーがあり、筆者は講師として参加いたしました。主宰者から、最初に今回の安倍暗殺事件について見解を聞かせて欲しいとのリクエストがあり、以下の三点に絞って持論を述べた次第です。


即ち、今回の事件を総括する言葉として、「ご計画」「証」「新生」の三つキーワードを挙げました。


先ず、今回の事件の背後には、全知にして全能なる神(イザヤ46.10)の「見えざるご計画」(ロマ11.33)があるのではないかということです。もちろん、これを吉とするか凶とするかは私たちの責任でもありますが、亡くなった安倍晋三元総理は、この件でUCが葬られることを決して良しとされていないはずであり、また岸信介以来三代の家系は、終末時代における選ばれた神の摂理の証人として日本を導かれるはずであり、このことは筆者の揺るがない確信であります。


次に、ある意味で今回のマスコミ報道は、良くも悪くも、UCの全貌を満天下に明らかにしました。もちろん、ネガティブな情報が大半ですが、中には公平な言論や「本物は打たれるものだ」といった擁護論もあり、「UCの教義とは何か、そもそも教祖の文鮮明師とは何者で、何をしたのか」といった本質的な問題も議論されるようになりました。考えようによっては、広告費を支払うことなく、返ってUCを証すことにつながるというのです。正に黙示録7章の「144000人」とは、このマスコミの反UC洪水の中にあって、なお主を証する「印を押された統一の群れ」と言えなくもありません。


三番目は、この事件は、私たちに悔い改めの機会を与え、UCが生まれ変わり、組織の体質を大転換するための「新生のチャンス」であるということです。筆者は内部の第三者を入れた諮問委員会を設置し、抜本的な改革案を取りまとめるよう提案しています。


「悪名は無名に優る」との言葉があり、ロッキーではありませんが、叩かれることによってむしろ注目を浴びることがあるというのです。「窮鼠猫を噛む」の通り、私たちにもはや失うものは無く、 是は是、非は非として、堂々と正論を主張していきたいものです。


【原理観から見た現代の選民論】


さて、現下、偏向したマスコミにより、UC教義に「自虐史観」があること、UCが「反日団体」であることが喧伝され、大きな誤解を招いています。以下、この点について持論を延べ、反論することにいたします。


前回も述べましたが、文藝春秋九月号「安倍元首相暗殺と統一教会」には、いわゆる自虐史観と選民論に関わる問題が記載されてします。


つまり、「日本はエバ国家で、姦淫の原罪により、日本は韓国に尽くさなければならないという教えが根幹にある」というくだりです。この文春の間違った認識は、原理をよく勉強もしていない者による、神学的知識に欠けた浅薄な議論です。


日本総合研究所会長でリベラル派の寺島実郎氏が11日、TBS系「サンデーモーニング」に出演し、霊感商法などの「反社会性」を指摘すると共に、もう一つは「日本の弱者に食いついて『朝鮮半島を支配していた贖罪でもって日本は金を出すべぎだ』という形で入り込んできた」と述べ、その「反日性」を強調しました。


このように、教義の間違った解釈を敢えて喧伝することで、寺島氏同様、UCの反社性、反日性を煽り、返す刀で反安倍に結びつけるというマスコミの意図が透けて見えるというものです。


<原理観から見た現代の国際関係>


文春の主張は、韓国は「アダム国家」、日本は「エバ国家」であり、罪深いエバ国家日本は、アダム国家韓国に尽くさなければならないという意味だと思われますが、このような解釈は教義上、あり得ません。


そこで先ず、アダム国家、エバ国家の教義的な意味を考えておきます。次の文先生の言葉は、原理観から見た現代の国際関係を端的に言い表しています。


「エデンの園において堕落したアダムとエバと天使長との関係と、堕落した家庭の最初の結実であるカインとアベルとの関係が、世界的に拡張されたものが、今日の韓国と日本、そしてアメリカと世界の関係なのです。六千年の全体歴史を総蕩減する終末において広がった国際関係も、摂理的な理解から探ってみなければなりません」(『平和経』摂理観から見た韓国、日本、アメリカの位相P1432)


即ち、創世記において記載されているアダム、エバ、天使長が関与した失楽園の堕落物語(3章)、そしてそれに続くアダム家庭におけるカインとアベルの関係が(4章)、現代社会の国家間の国際関係として反映され、堕落の罪を償って元返して元通りにするという蕩減復帰の摂理が世界的次元で展開されるというのです。


つまり、失楽園で堕落に関与したアダム、エバ、天使長が、今日の国際社会においては、それぞれ韓国、日本、アメリカであり、カイン、アベルは、アメリカを長子とする 子女の立場にある世界の国々ということになるというのです。アメリカは摂理的には天使長の役割を果たし、また世界の国々との関係では長子の立場に立っています。


<アダム国家、エバ国家の教義的意味>


では何故韓国がアダム国家とされ、日本がエバ国家とされ、アメリカが天使長国家とされるのか、その原理的な意味はどこにあるのでしょうか。


韓国がアダム国家(男性国家)として召されたのは、教祖の文鮮明師、即ち再臨のメシアを生んだ国であり、かってユダヤ人に神の言葉が委ねられたように(ロマ書3.2)、韓国に原理のみ言葉が委ねられたからに他なりません。即ち、イエスと福音を生み出したイスラエルと同じ立場であります。


そして日本がエバ国家(女性国家)に召されたのは、以下、文先生のみ言から読み取ることができるでしょう。


文先生は、第二次世界大戦後、キリスト教が再臨のみ言を受け入れておれば、本来キリスト教国で島国の海洋国家であるイギリスがエバ国家として召される筈だったと言われています。結局、世界のキリスト教が文先生を拒絶し、責任を果たせなくなることによって、エバ国家(母の国)になるべきイギリスの代わりに、同じ海洋国家である日本が選ばれました。この点、次のように言われています。


「日本の文化圏は英国の文明圏でもあるのです。英国のすべての文明と制度を移し入れたのが日本なのです。アジアにおける英国のような国です。英国を中心として世界を制覇していたそのような時代を再現するのが日本なのです」(1987.6.14)


つまり、神様の中心摂理であるキリスト教圏とは関係の遠い日本ですが、天の特別な恩恵、即ち、文先生の強い推挙で選ばれたというのです(『平和経』同P1427)。


そして近代日本の繁栄の意味を次のように語られました。


「このような文明史の推移を、神様の摂理として理解すれば、今日、天運の中心的な立場に置かれている島嶼国家は、正に日本であると考えざるを得ません。日本は神様の摂理を通して、人類歴史の舞台に立ったのです。日本の繁栄は、神様の摂理との関係において説明できるのであり、それ以外の理由では説得力がありません」(『平和経』二十一世紀における島嶼国家の役割P1365)


つまり、戦後日本が天運の中心に躍り出て、奇跡的な繁栄を享受できたのは、母親国家として、世界の子女国家を育み養うことにこそ意味があるというのです。


また日本が母性国家(女性国家)であることは、次のみ言からも説明できます。


「地球は、陸地と海でできていますが、今日の科学は、海を舞台として最も単純な最初の生命が誕生して広がったと説明しています。これは、海が生命を身ごもる母の役割を果たしてきたことを物語っています。このような理由から、海を女性の象徴として考えるならば、陸地は当然、男性を象徴するものと考えることができます。したがって、海洋に位置した島嶼国家は女性を表す国家であり、大陸国家および大陸に連なっている半島国家は男性を表す国家であると言えます。(『平和経』同P1365)


確かに日本は、伝統的に女性神である天照大神を信奉する国であり、美しい自然と女性の特質である和と清浄を好む民族性を持っています。


また何故アメリカを天使長国家であると言っていたのかということですが、本来、天使長の役割はアダムとエバを保護することにありました。同様に、アメリカは韓国(アダム)と日本(エバ)を安全保障の面で保護する立場にあったので天使長国家と言われていました。現在は、アダムとエバが子女を生んで父母になったので、韓国を父の国、日本を母の国、そして他の国は父母が生んだ子女国家であって、アメリカは他の兄弟国家を指導する長子の国であると言うようになっています。


<アダム国家、エバ国家は相対概念>


人間が霊と肉によって成り立っているように、み言葉が委ねられたアダム国家韓国と、繁殖と豊穣のエバ国家日本が一体となって、父母の立場で世界を生み返すことが神のみ心であり、従ってアダム国家とエバ国家とは相対的な対等な関係であって、上下の関係にあるのでないというのです。あたかも、夫婦関係が主従関係でも、また権利と義務の関係でもなく、相対関係、即ち愛と美の関係にあるのと同様であり、正にこれが原理観であります。


そして、アダム国家、エバ国家とは、あくまでもその国の役割や使命を神が託した相対的な概念であって、その役割が果たせない場合は、かのユダヤ人からキリスト教に選民たる資格が取って代わられたように、韓国や日本に代わって次の国家や群れが担うことになるというのです。


ですから、文春らが主張するように「日本は贖罪として、韓国に尽くさなければならない」などという自虐史観的な思想など教義のどこにもなく、UCが反日団体であることを国民に植え付けんがための、マスコミの印象操作であることは明らかです。


文鮮明先生は次のように、自らの韓国観について語られています。


「先生の教える主義は韓国式ではない。先生は韓国人ではない。韓国で生まれたが、韓国から今まで迫害されてきたものである。先生の主張するのは韓国の歴史にない主義を唱えている。風習、風俗、みな韓国式でなく神様の願う方式である」(1972.4.23)


即ち、それが韓国教会であれ、アメリカ教会であれ、はたまた世界各国の教会であれ、それがみ旨であれば、日本が世界宣教の一翼を担い、一定の役割を果たすことは道理でありまた誇りであります。ましてや自虐史観に基づいて韓国に賠償しなければならないなどといった教義はありません。


また文春は、「日本はエバ国家で、姦淫の原罪を持っている」と記載していますが、原罪を背負っているのはエバだけでなく、アダムも天使長も皆同じ姦淫の原罪を背負っているのが原理観であり、エバだけが罪を背負っているのではありません。


ただ、エバは失楽園でアダムより先に天使と関係して堕落したという意味で、復帰摂理において、より積極的な役割を担う責務が願われていることは確かです。またキリスト教では「選ばれた」ということは、他者よりも多くの責任を負い、より多くの自己犠牲を義務づけられていると考えられています。


【選民とは何かー選民思想の光と影】


さて、ここで、「選民とは何か、選民思想の光と影」とのテーマで選民について論考したいと思います。


韓国はアダム国家、日本はエバ国家、アメリカは長子の国というように、神が救援摂理を進めるにあたって、ある特別な使命を託された個人、宗教、民族、国家のことを、キリスト教では選民と呼んでいます。


即ち、選民とは、特定の個人、宗教、民族、国家が、血統などの独自性に着目して、神が選ばれた特別な存在となる(と信じられる)ことであります。 そして神が最初に選民として選ばれたのは、アブラハムでありイスラエル民族でした(創世記12.1~3)。


<多様な選民観>


歴史的にはイギリス人が唱えた「白人の責務 」(the white man's burden)、ナチスの主張した「ゲルマン民族(アーリア民族)の優越」、中国における「中華思想」、そして戦前の日本の「神国思想」などはいずれも一種の選民思想であると言えるでしょう。


とりわけイスラエル選民思想は、神に選ばれ、神と特別な契約関係に入った民族であり、世界を導く使命を担った民族であるという典型的な選民思想と言えます。


こうした選民思想は、キリスト教にも受け継がれ、特にピューリタンたちは、革命に参加して腐敗した絶対君主を打倒して信仰の自由を実現することが、神に選ばれた者の証であると考えて市民革命の原動力となりました。


またドイツでは、アーリア人種の優越性と「血の純潔」の思想が強調されました。第一次大戦後のナチズム運動のなかで、「ゲルマン民族の優越性」と「反ユダヤ主義」が高唱され、世界に冠たるドイツという国歌の下に、ドイツ民族の統一を図り、ドイツ人による世界支配を正当化する思想が喧伝されました。


そしてアメリカの建国精神である「アメリカは神に選ばれて、世界の自由を守るために創られた国」という思想や行動は、一種の選民思想と言えるでしょう。


一方、キリスト教の聖書解釈の一つに「置換神学」という神学思想あります。これは、選民としてのユダヤ人の使命が終わり、キリスト教会が新しいイスラエル(第二イスラエル)になったとする説であります。


つまり、キリスト教徒(教会)がイスラエルの民に代って新しい選民になったという思想であり、イスラエルの三つの称号である「神の宝」「祭司の王国」「聖なる民」(申命記7.6)はキリスト教会が引き継いだとするものです。いわゆる第二イスラエル選民論です。


「だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ」(ルカ3.8)


<ユダヤ選民思想の光と影>


さてユダヤ選民思想とは、前記したように神から選ばれ、神と特別な契約を結んだ民族であり、世界史を導く使命をもつという思想(信仰)であります。


「あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は地の面のあらゆる民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた」(申命記7.6)


しかし、ユダヤ選民思想は、「選民」という名前故に、非ユダヤ人(異邦人)からは嫉妬されたり、排他的思想と誤解され、ユダヤ人の過度な選民意識に基づく態度や行動も相俟って、歴史的に非難や迫害を受ける一因になりました。


ではユダヤ人は何故世界から反発され、嫌われ、迫害されてきたのでしょうか。


反ユダヤ主義の先駆けとして、エステル記3章13節に「ハマンの布告」があります。「ある反逆的な民の律法は、ほかのすべての民の律法に相反して、この民だけが、全人類と絶えず悶着を起こし、法にそむき、秩序ある国の安定に逆らう」としました。


「そして急使をもってその書を王の諸州に送り、すべてのユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取れと命じた」(エステル3.13)


結局、ハマンの策謀はユダヤ人王妃エステルの愛国的な信仰によって阻止さますが、このような反ユダヤ主義の主だった理由には、a.ユダヤ教は強烈な選民思想・排他的な思想を持ち、他の民から嫉妬と反感を買った、b.安息日や割礼などの独特異質な習慣があり、他民族と馴染まず絶えず悶着を起こす、c.金融業(高利貸し)などで財をなすなど、社会的に高い地位を占めることへのやっかみ、そして、d.イエス・キリスト殺害の張本人(イエス殺し)、といったものがあります。


特にキリスト教社会では、何と言っても「キリスト殺し」という汚名です。これがユダヤ人が迫害される最大の要因になりました。同様に 現下のUCも「安倍殺し」の冤罪のレッテルを貼られようとしているというのです。


また1902年ロシアで、ユダヤ人が世界征服を企んでいるとする、いわゆる「シオンの議定書」(プロトコル)なるものが作成されましたが、これは典型的なユダヤ陰謀論であります。議定書の制作者はロシア秘密警察と断定されており、これは、当時ロシア民衆が持っていた不満を、ユダヤ人を「スケープゴート」にして、民衆の不満をロシア皇帝からそらす意図で作成された捏造本と考えられています。


このような陰謀論は、今のマスコミのUC叩きにも見られます。即ち、霊感商法や合同結婚式など独特異質なことを行う反社会的と写るUCを、安倍事件と結びつけてスケープゴートにし、カルト集団として葬ろうとするマスコミの陰謀にも強く表れています。


こうしてユダヤ人への嫌悪や偏見、即ち反ユダヤ主義が形成されていきました。これらの反ユダヤ主義の結果、十字軍による迫害、目印着用の強制、宗教裁判、ユダヤ人共同体の強制立ち退き、シナゴーグやユダヤ経典類の破壊、一般社会からの隔離(ゲットー)、黒死病(ペスト)のスケープゴート、肉体的虐待や死刑、ポグロム(帝政ロシアの集団的迫害行為)、そして、ナチスのホロコーストヘとつながっていきました。


しかし、償いの期間は過ぎ、刑期を終えて1948年イスラエルは建国されました。イスラエルは、神から見て、アメリカやイギリスや日本と同様、同じ普通の国になったというのです。


【選民とはー第三イスラエル選民】


選民とは神の摂理を中心的に引き受ける「摂理の担い手」であり、中心史の変遷によってその摂理の担い手も変遷しました。旧約時代はイスラエル選民が摂理歴史を担いましたが、その失敗により新約時代はイスラエルに代わってキリスト教が第二イスラエル選民として摂理を担いました。


前記したアダム国家、エバ国家は相対概念であり、その使命が全うできなければ、他に代わっていくというのです。原理講論予定論には、神の創造目的を完成するための「み旨」に対する神の予定は絶対であるが(イザヤ46.11)、「み旨成就」はそれを担う人間の責任分担の遂行如何にかかっているとされている通りです(原理講論P241)。


選民がユダヤ教(第一イスラエル)からキリスト教(第二イスラエル)に移行したように、責任遂行如何によっては、選民たる韓国キリスト教から再臨主を信奉する統一の群れに移行していくというのです。そのことに関して、原理講論再臨論で次のように述べています。


「神が、イエスを排斥したユダヤ人達を捨てられたように、再臨のイエスを迫害するキリスト教信徒達も捨てられる他はないであろう(マタイ7.23)。そうすれば、再臨主を信奉して、神の第三次の摂理を完遂しなければないその民族(統一の群れ)は、第三イスラエル選民となるのである」(『原理講論』P587)。


以上のことから、選民とは神のみ旨を遂行する個人、宗教、民族、国家のことであると言えるでしょう。即ち、「み旨を行う信徒が選民であり、み旨を行う宗教・国家が選民である」というのです。韓鶴子総裁もWCLAの集会で、世界の牧師、聖職者を前に、「ここに集まっておられる皆様こそ、神の選民であります」と語られました。


こうして、「日本はエバ国家で、姦淫の原罪により、日本は韓国に尽くさなければならないという教えが根幹にある」といった文藝春秋の言説など、UC教義のどこにも無い、荒唐無稽のフェイクニュースであることが明らかになりました。


従って、UCが自虐史観を掲げる反日団体であることなどあり得ないことは自明の理であり、それどころか、かって1960年代から80年代にかけて、日本が共産化の危機に瀕した時、「共産主義は間違っている」とはっきり言い切って、共産主義と断固戦った唯一の愛国団体であることは多くの識者が認めるところであります。




以上の通り、UCは反日団体どころか、日本を選民国家として、神の心情に刻み込むために、日本を代表して、信じられない犠牲と献身を払ってきた愛国団体であるというのです。このことは、マスコミの度を過ぎたUCバッシングにも関わらず、やがて歴史の中で全貌を顕すことでしょう。(了)