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社会奉仕活動における動機と源泉について

○つれづれ日誌(8月18日)―社会奉仕活動における動機と源泉について


あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである(マタイ25.40)


上記の聖句は、マザーテレサの回心聖句です。彼女はこの聖句を握って、最も貧しい人々の所、インドの貧民窟に飛び込んで行きました。


【ある社会貢献活動家との出会い】


最近筆者は、ある稀有な社会貢献活動家T氏との出会いがありました。この熱血教師「なかよし先生」の愛称で知られる社会貢献活動家は、ビジネスでも成功しましたが、既に20年に渡って恵まれない子供たちにランドセルを贈ったり(いわゆるタイガーマスク運動)、25年に渡って難病の子供をディズニーランドに招待するなどの慈善活動をされ、児童養護関係など幾つかのボランティア法人を立ち上げています。また、与えることの意義と喜びを語ったベストセラーの啓発本を出しています。


精悍にして純粋さが感じられるイケメンのこの社会貢献活動家に、筆者は冒頭、次の質問を投げ掛けました。


「精力的なボランティア活動を行う際において、その力の源泉は一体何なのでしょうか。貴方は何を動機とし、何をエネルギーの源とされているのでしょうか」


実はこの社会貢献活動家を筆者に紹介されたU女史も、「愛と幸せの七つの法則」を啓蒙し、また皇居勤労奉仕活動を行うなど、一種の社会貢献活動をされているのです。このU女史にも同じ質問をしたことがあります。


そしてこの二人は、「ひとのみち教団」(現在のPL教団)の准祖だった丸山敏雄が立ち上げた「倫理法人会」のリーダーでもあります。


【奉仕活動の動機と源泉】


これらの社会貢献活動家は、一体何が動機となり、何を力の源泉として、これらの奉仕活動をしているのでしょうか。何が彼らを奉仕活動に突き動かしているのでしょうか。今回は、いわゆる慈善活動、奉仕活動の本質について考察したいと思います。


<慈善奉仕活動の原点―宗教的動機>


冒頭の聖句(マタイ25.40)は、マザーテレサ (1910年~1997年)の回心聖句です。彼女はこの聖句に感化され、以後貧しい人々のために尽くしました。

マザーテレサは、1946年9月、年に一度の黙想を行うため、ダージリンに向かう汽車に乗っていた際、「すべてを捨て、もっとも貧しい人の間で働くように」という啓示を受けたといいます。彼女はこの召しに従い、修道院を離れて活動を行う許可を教皇ピウス12世に求めました。1948年、ようやく修道院外居住の特別許可を得、テレサは修道院を出て、カルカッタのスラム街の中へ入っていきました。


テレサはカトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者で、またカトリック教会の聖人であり、ノーベル平和賞を受賞しました。 ちなみにテレサの名は、リジューの聖テレーズ(.1873年~1897年)から名前を取ったものと言われています。


修道女のテレーズは体が弱く、24歳で結核で亡くなりましたが、死の直前に「私は地上に善を為すために天での時を過ごしましょう。私は天から薔薇の雨を降らせましょう」と言い残しました。そうして死後、彼女のとりなしによって多くの奇跡(病気の治癒、回心など)がもたらされ、それは現代に至るまで続いていると言われています。


こうしてマザーテレサは、神の声に従って、カルカッタの貧民窟に飛び込んで行きました。


また、ナイチンゲールも愛と結婚を神に捧げて、看護と病院改革のために人生を投入しました。そして彼女を突き動かしたものは、生涯4回に渡る神の啓示でした。彼女は17歳の時、イエス・キリストから「私に仕えよ」との最初の啓示を受けています。


ナイチンゲールは、この神の声に従って、生涯を神と看護に捧げる決意をしたのでした。


一方日本では、悲田院・施薬院という貧しい人、孤児、病人を救うために作られた施設が設けられました。これらは「仏教の慈悲の思想」に基づいて設立されたものです。


先ず、聖徳太子が大阪の四天王寺に悲田院・施薬院などを作りました。723年には、光明皇后が興福寺に悲田院と施薬院を設置したとの記録があります。また、鑑真により興福寺にも設立され、忍性は各地に開設しました。


このように、慈善活動や社会奉仕活動の動機と力は、宗教的動機、とりわけ聖書やキリスト教の信仰が根本になっていることが多いと言えるでしょう。イスラム教では「喜捨」という教義があり、貧しい人々に施すことが義務付けられています。


<T氏の場合―特別な原体験>

ではT氏の場合はどうでしょうか。彼の奉仕活動、即ち社会貢献活動の原点は、教師時代に障害児童のクラスを担当して、その時、筋ジストロフィーに侵された頭のいい「ヨシヒロ君」の死(13歳)に衝撃を受けたことでした。


そのヨシヒロ君が国際弁護士として世のため人のために生きる夢を持ち、また一度でもいいからディズニーランドに行きたいと言っていたことでした。彼は夭折したヨシヒロ君の夢を叶えてあげたいと思ったというのです。


そして彼の慈善活動のもう一つの体験は、ビジネス時代に過労で重病になり、二ヶ月間入院したことでした。病気になって、深く人生を振り返り、今まで見えなかったものが見えるようになり、聞こえなかったことが聞こえるようになりました。このことが奉仕活動へのきっかけになったと、著書の中で証言されています。


つまり彼は、人生のある時期、人間や社会の根本問題について、深く考えさせられる特別な出来事に遭遇し、この原体験が奉仕活動への決定的な動機になったというわけです。


他にも、自分の子供の病気や障害がきっかけとなって社会奉仕活動に目覚めるケースや、自らの特別な生い立ちが動機となる場合も多々あるようです。これらも人生の中で遭遇した「特別な原体験」と言えるでしょう。


<U女史の場合ー倫理法人会>

U女史は元アイドル歌手でしたが、歌手の他に品川倫理法人会のリーダーであり、君が代の国歌奉唱歌手、知覧研修ツアーの主宰、皇居勤労奉仕などを行っています。また、「愛と幸せの七つの法則」を訴え、「Lobby大作戦」をスローガンに社会に元気を与える活動をされています。ちなみに「Lobby」とは、「Love」と「Happy」を短縮した造語です。


彼女の「愛と幸せの七つの法則」は、倫理法人会を創設した丸山敏雄氏の著書「万人幸福の栞」が原点になっています。これは、丸山氏の倫理思想を17箇条の標語(金言)にまとめたものであります。そして丸山氏は、「ひとのみち教団」において神体験、信仰体験をしていますが、倫理法人会のバイブルと言える「万人幸福の栞」は、この丸山氏の宗教的体験が基礎になっています。


倫理法人会の前身である倫理研究会は、日本人の宗教に対するアレルギーに配慮して、戦後丸山氏が「非宗教的倫理組織」として立ち上げたものですが、その源泉は丸山氏の宗教思想であると言えるでしょう。


こうしてU女史の社会奉仕活動の動機には、丸山氏の倫理・道徳思想が大きな比重を占めていると思われます。ちなみに彼女は、小学校2年の時、キリスト教の洗礼を授かり、洗礼名を「セシリmika」と名乗ったということです。


<高い良心水準と正義感>

その他に、社会奉仕活動の動機には、高い良心基準から出たものもあります。


ある宗教家は「良心は師に優り、父母に優り、神に優る」と語り、人間の良心は目に見えない優れた心の羅針盤だとしました。またパウロ二世ローマ教皇は、「人間の心の深みには、神(善)を求める郷愁の種がある」とスピーチしました。


筆者も若きころ、自らの良心(本心)に内在する神と出会った経験があります。偶像崇拝に陥っていた筆者は、この時、神が天地を創造された「超越神」であると同時に、本心に存在される「内在神」であることを初めて知りました。以来、自らの本心に息づく神を感じ、この本心の神の声に耳を傾けて歩んできました。当に本心の神は善悪を見分ける羅針盤です。


こうして高い良心の持ち主は、特別、体系的な宗教や倫理をもたなくても、良心を動機として、より善のための社会貢献活動に奉仕することができるというのです。


また、社会的な貧困や差別を撤廃しなくてはならないと言った「正義感」から出た社会改革活動も無視出来ません。


実は筆者は、学生時代、部落差別撤廃を掲げる「部落問題研究会」の部活動に少し携わったことがありました。後で知ったことですが、ここは日本共産党の学生組織である「民青」の拠点だったのです。


筆者は正義感から部落解放活動に関与しましたが、結局中途半端に終わりました。今一筆者をかりたてる動機付けが弱かったのです。社会的正義感や、差別に対する体制への憤りだけでは長続きするはずがありませんでした。


<宣伝効果を狙う>

一方、近時企業はただ利益を追及するだけでなく、社会に貢献すること、即ち企業の社会的責任ということが求められるようになりました。また会社のイメージアップという点からも、社会貢献をしている企業が少なくありません。


さらに、個人においても、自己をアピールする宣伝効果や、果ては売名行為の類いもあり、動機は様々です。


以上の通り、慈善活動・社会奉仕活動の動機付けや在り方について様々述べて参りました。即ち、宗教的・信仰的動機、特別な原体験に基づく動機、倫理・道徳的動機、良心的動機などがそれであります。


勿論、これらが複合的に重なり、奉仕活動の動機を形成していくと思われますが、しかしなんと言っても、宗教的・信仰的動機、即ち神に根差したものが、最も活力に満ち、最も強力であり、最も永続的なものと言えるでしょう。マザーテレサを見るまでもなく、神に根拠をおくものだけが、「人生を捧げる奉仕」にまで人を駆り立てることができるというのです。


【聖書における弱者救済思想】


唯一神思想、メシヤ思想、贖罪思想と並んで、聖書には「弱者救済思想」が色濃く表れ、弱い者、貧しい人々が手厚く保護されています。これらは、慈善活動の根拠となり、現代社会における福祉制度の根幹になっていると思われます。


<聖書に見る弱者救済思想>

聖書における弱者救済思想を示す聖句は随所に記されています。以下、幾つかを見てみましょう。


イスラエルが守るべき律法を示した出エジプト記後半には、次のように、「寄留人・寡婦・孤児・貧しい者・弱い者」を大切にしなければならないとあります。


「あなたは寄留の他国人を苦しめてはならない。あなたがたも、かつてエジプトの国で、寄留の他国人であったからである。あなたがたはすべて寡婦(やもめ)、または孤児を悩ましてはならない。あなたが、わたしの民の貧しい者に金を貸す時は、これから利子を取ってはならない」(22.21~25)


そしてイザヤ書には、「飢えた者にあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見てこれに着せ、あなたの肉親を顧みることではないか」(58.7)とあり、エレミヤ書にも「寄留者、孤児、やもめを虐げず」(7.6)とある通りです。


また、イエス・キリストは次のように言われました。この聖句は聖アントニウスの回心聖句です。


「完全になりたいのなら、帰って、あなたの財産を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになる」 (マタイ19.21)


そしてヤコフの手紙には、「父である神の御前できよく汚れのない宗教とは、孤児ややもめたちが困っているときに世話をし、この世の汚れに染まらないよう自分を守ることです」(2.7)とあります。


<ルツ記の落穂拾い>

ルツ記の落穂拾いにも弱者救済の思想が見られます。落穂拾いとは、穀物の収穫において、田畑に散らばる穂を拾い集めることで、ルツ記2章3節が有名です。


旧約聖書「レビ記」19章9節から10節に定められた律法に、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない」とあります。


また「申命記」24章19節には、「あなたが畑で穀物を刈る時、もしその一束を畑におき忘れたならば、それを取りに引き返してはならない。それは寄留の他国人と孤児と寡婦に取らせなければならない」とあり、これは貧者の権利として定められた律法であります。


こうして「ルツ記」には、未亡人となったルツが義母のナオミを養うために、裕福な親戚ボアズの畑で落穂拾いをする場面が描かれています。


<安息日・安息年・ヨベルの年>

出エジプト記20章8節には「安息日」の規定があります。この規定は、7日に1日は一切の世俗から離れて、ただ神にのみ仕える聖なる日であると共に、僕や奴隷にも休息を与える福祉的な意味があると言われています。


また、7年毎の「安息年」の規定があり、この年は休耕にして大地を休ませるというのです。イスラエル人は7日ごとの安息日に則して,6年間は農耕に従事してよいが,7年目には土地を休ませ,耕作してはならないと定められました。 (出エジプト記 23.10~11,レビ記 25.4)


更に「ヨベルの年」という制度があります。レビ記第25章に基づき、ユダヤ教では50年に1度の大恩赦の年を迎えるようになっており、カトリック教会では、25年に1度「聖年」として記念してきました。


すなわち 7回の安息年が過ぎる49年目の7月 10日に贖罪の日が訪れるとされ、50年目は聖別され,すべての人に自由が与えられました。 (レビ記 25.8~15) 。この日、民は自由を得、奴隷も解放され、土地はもとの所有者に戻され、債務が帳消しになり、また畑の耕作も禁止されました。これは、金融業者に対して、債権放棄(債務免除)を命じた法令でもあります。


ヨベルの年の基本理念は「現状回復」ですが、ただ実際に、これらのことが実行されたことの記述は聖書にはありません。


【慈善・福祉制度の理念と実際】


最後に現代日本の弱者救済思想、福祉制度について見ていくことにいたします。


<自助・互助・共助・公助>

日本の福祉制度には4つの「助」、即ち「自助」「互助」「共助」「公助」という考え方があり、菅政権が掲げているところであります。


自助とは、文字通り自分で自分を助けること、即ち自己責任の原則であり、「天は自ら自ら助くる者を助く」(Self-Help)という有名な言葉に象徴されます。先ずは、この自助が最も大切だということであります。


互助とは、家族・友人・信徒仲間など、個人的な関係性を持つ人間同士が助け合い、それぞれが抱える生活課題をお互いが解決し合うということです。


相互に支え合うという意味では「共助」と共通しますが、費用負担が制度的に裏付けられていない自発的な支え合いであり、住民同士のちょっとした助け合い、NPO等による有償ボランティアなど幅広い様々な形態が想定されます。特に信徒の交わりを通じた「信者同士の助け合い」は、信仰共同体の重要な機能であります。


そして共助とは、制度化された相互扶助のことで、医療、年金、介護保険、社会保険制度などがあり、被保険者による相互の負担で成り立っています。筆者は寝たきりの配偶者を介護するに当たり、この共助、即ち日本の介護支援制度には大変助けられました。


また公助とは、困窮など自助・互助・共助では対応出来ないことに対して、最終的に必要な生活保障を行う社会福祉制度のことです。公による負担(税による負担)で成り立ち、自治体が実施する高齢者福祉事業の外、生活困窮に対する生活保護、障害福祉、人権擁護、虐待対策などが該当します。


全ての福祉制度の基礎は「自助」ですが、自分だけの力となる自助にはどうしても限界があります。つまり、自分自身で行き詰った時のサポートが必要であり、時によっては、自身がサポートする側に回ることもあり、その役割を共有し支え合う「互助・共助」が必要となります。


そして「自助・互助・共助」で支え合っていても、どうしても解決が出来ない課題には、最終的に「公助」が対応することになります。


【優れた日本の福祉制度】


上記しましたように、筆者は寝た切りの配偶者の介護に3年間携わってきて、日本の福祉制度の充実ぶりと確かさを実感し、日本に生まれてきたことを感謝しました。


それは寝た切り介護の支援のみならず、孤児施設、難病施設、障害者施設、老人介護施設などきめ細かい福祉制度が存在しています。


おそらく「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳われた憲法25条の精神が、これ程実現している国はないと思われます。非キリスト教国であり、聖書の神を知らない日本ですが、キリスト教国家を上回る福祉水準を維持していると言えるでしょう。


これら日本の福祉制度を支える精神基盤に、先祖を尊び、和と共生を重んじる「日本的霊性」があると筆者は考えています。神がこの恵まれた日本に対し、世界貢献を促されているような気がいたします。


以上、今回は慈善活動、社会奉仕、社会貢献に関して、その動機や力の源泉について考察して参りました。(了)