神がイスラエルを愛された民族の記憶 神(親)に愛された者は神を見失うことはない
- matsuura-t
- 6月27日
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更新日:6月28日
◯徒然日誌(令和7年6月25日) 神がイスラエルを愛された民族の記憶ー神(親)に愛された者は神を見失うことはない
神はエジプトの地と、ゾアンの野でくすしきみ業を先祖たちの前に行われた。神は海を分けて彼らを通らせ、水を立たせて山のようにされた。 昼は雲をもって導き、夜は、よもすがら火の光をもって導かれた。 神は荒野で岩を裂き、淵から飲むように豊かに彼らに飲ませ、 また岩から流れを引いて、川のように水を流れさせられた。(詩篇78.12~16)
プロローグ
6月13日、イスラエルがイランに対する先制攻撃に乗り出し、核施設を破壊し、軍の要人らを殺害して以降、双方の攻撃の応酬は激しさを増した。イスラエルはイランの制空権を確保し、20日、イランの首都テヘラン中心部で核兵器の開発を目的とした研究拠点やミサイル工場など、あわせて数十か所を空爆したと発表した。
6月16日、G7は首脳声明を出し、イスラエルの自衛権を認めること、イランは地域の不安定及び恐怖の主要な要因であり、イランが決して核兵器を保有できないことを宣言し、G7が結束していくことを確認した。ドイツのメルツ首相は17日、「私たちのために汚れ仕事をしてくれた」とイスラエルを称賛した。「イスラエルのイラン先制攻撃を認められない」と発言した石破首相と大きな違いである。
そしてトランプ大統領は、日本時間の22日午前11時すぎからホワイトハウスで演説し、「アメリカ軍はイランの3つの主要な核施設を標的とした大規模な精密攻撃を行った。イランの主要な核濃縮施設は完全に消し去った」と述べ、「われわれの目的はイランの核濃縮能力の破壊と、世界最大のテロ支援国家がもたらす核の脅威を阻止することだった」と述べた。フォルドゥの地下核施設への攻撃にはB2ステルス戦略爆撃機により、特殊な爆弾「バンカーバスター」が6発使われ、また、ナタンズとイスファハンの核施設にはアメリカの潜水艦から「トマホーク」30発で攻撃したという。
こうした中、トランプ米大統領は23日、交戦を続けるイスラエルとイランが「完全な停戦に合意した」とSNSで発表した。停戦は約6時間後(日本時間24日午後1時ごろ)から段階的に始まると述べた。こうしてイスラエルとアメリカのイラン攻撃が功を奏し、イランでの核保有は遠のくことになった。
それにしてもイスラエルほど数奇な運命の中で悲惨な歴史を辿ってきた民族はない。古くはエジプトでの奴隷生活から始まり(前12世紀出エジプト)、前586年の第一神殿の破壊とバビロン捕囚、70年のローマによる第二神殿の破壊とディアスポラ(離散)、以後、宗教的偏見による十字軍の虐殺、キリスト殺しのレッテル貼りによる西洋キリスト教国家からの差別・虐殺・追放、陰謀論的冤罪の押し付けによるロシアのポグロム(破壊)、そして人種差別主義によるナチスヒットラーのジェノサイド。こうして何度も民族絶滅の危機を乗り越えてきたイスラエルだが、1948年、ようやくパレスチナの地、即ち約束の地に建国したのである。(参照→徒然日誌 令和7年6月11日 イスラエル神殿の崩壊とバビロン捕囚)
今回のイスラエルによるイランの攻撃は、血肉の犠牲を払ってやっと手にした祖国を、イスラエルの消滅を国是とするテロ輸出国家国イランの核武装から断固死守しなければならないとの強い意思の表明であった。
原理講論総序に、「(文鮮明先生は)人間として歩まなければならない最大の試練の道を、すべて歩まなければ、人類を救い得る最終的な真理を探し出すことは出来ないという原理を知っておられた」とあるが、まさにイスラエルはメシアを迎える民という民族の宿命を背負って、生死の境を通過する最大の試練の道を余儀なくされたのである。文鮮明先生(以下、「創始者」と呼ぶ)は、「この身が贖われる(血統的転換)ためには、死ぬか生きるかの、その境地を通過しなければ清められない。生死の境。そこを基準として悪の血統が清められていく」(血統的転換 水沢里1970.10.13)と言われた。
【詩篇に見る神に愛された民族の記憶】
このような数奇な運命、悲惨な歴史を舐めてきたイスラエルであったが、何故神を見失うことなく、律法を再発見し、神と再結合して国の再建を果たすことができたのであろうか。それは神に愛された民族の記憶があるからである。イスラエルには、かって神に選ばれ、律法を与えられ、試練の中でも神が導かれたという記憶、即ち神に愛された愛の記憶がある。
<詩篇に見る民族の記憶>
神に愛された民族の記憶は詩篇の中に繰り返し唱われている。
旧約聖書の「詩篇」は新約聖書の中で最も多く引用され(58回)、また最も多くの人々に親しまれ、詠まれてきた。マルティン・ルターはアウグスチヌス修道院に入ったが、その修道院での日課は詩篇を毎日7回朗読することだったといわれ、詩篇はルターの座右の書であったという。
詩篇はダビデ以前 (前11世紀) からマカベア期 (前1世紀) までの1000年に及ぶ歌の収集であり、特にイスラエルのバビロン捕囚後、再建された神殿(第二神殿)の礼拝用讃美歌として詠まれた神を讚美する詩集である。天地を創造し、怒り、許し、愛し、そして涙される神、この聖なる神への限りない讚美こそ、詩篇の真骨頂と言える。また神への讚美と共に、感謝、嘆願(訴え)、叫び、悔い改めの信仰告白でもある。
また詩篇は、神がアブラハムを選んで祝福(契約)を与えたこと、奇跡をもってエジプトの奴隷から解放されたこと、シナイ山で十戒を与えられ律法の民となったことの想起、そして捕囚の民となり、異邦人に蹂躙された試練の中にあって、なお神を称え、神を讚美し、神に祈ったイスラエルの一大抒情詩である。
詩篇は内容的には、大きく①歴史的詩篇、②メシア的詩篇、③預言的詩篇、④悔い改めの詩篇、⑤神の裁きを求める詩篇に分けることができるという。その中でも今回取り上げるのが歴史的詩篇(詩篇78篇、105篇、106篇、135篇、136篇)で、神がどのようにイスラエルを導かれたか(愛されたか)の民族の記憶が詠われている。
<歴史的詩篇>
詩篇78篇には、神がイスラエルを覚えて、エジプトから如何にして贖い出されたかの民族の記憶(先祖からの言い伝え)が回顧されている。

「神はエジプトの地と、ゾアンの野で先祖たちの前にくすしきみ業を行われた。神は海を分けて通らせ、水を立たせて山のようにされた。昼は雲をもって彼らを導き、夜は、よもすがら火の光をもって導かれた。神は荒野で岩を裂き、淵から飲むように豊かに飲ませ、また岩から流れを引いて、川のように水を流れさせられた。 見よ、神が岩を打たれると、水はほとばしりいで、流れがあふれた。神は上なる大空に命じて天の戸を開き、彼らの上にマナを降らせて食べさせ、天の穀物を彼らに与えられた」(詩篇78.12~25)
また、イスラエルの解放を妨げるファラオへの神の怒りと審き、そして荒野で羊の群れのように安らかに導かれた記憶が回顧されている。
「神はエジプトでもろもろのしるしをおこない、ゾアンの野でもろもろの奇跡をおこない、彼らの川を血に変らせて、その流れを飲むことができないようにされた。 神ははえの群れを彼らのうちに送って彼らを食わせ、かえるを送って彼らを滅ぼされた。 また神は彼らの作物を青虫にわたし、彼らの勤労の実をいなごにわたされた。神はひょうをもって彼らのぶどうの木を枯らし、霜をもって彼らのいちじく桑の木を枯らされた。神は彼らの家畜をひょうにわたし、彼らの群れを燃えるいなずまにわたされた。神はエジプトですべてのういごを撃ち、ハムの天幕で彼らの力の初めの子を撃たれた。 こうして神はおのれの民を羊のように引き出し、彼らを荒野で羊の群れのように導き、彼らを安らかに導かれた」(詩篇78.43~53)
詩篇105篇には、神がイスラエルと結ばれた契約が回顧されている。
「主はとこしえに、その契約をみこころにとめられる。これはよろず代に命じられたみ言葉であって、 アブラハムと結ばれた契約、イサクに誓われた約束である。主はこれを堅く立てて、ヤコブのために定めとし、イスラエルのために、とこしえの契約として 言われた、『わたしはあなたにカナンの地を与えて、あなたがたの受ける嗣業の分け前とする』と」(詩篇105.8~11)
また、ヨセフ物語、エジプト寄留、モーセの召命と導きが回顧されている。
「また彼らの前にひとりをつかわされた。すなわち売られて奴隷となったヨセフである。王は人をつかわして彼を解き放ち、民のつかさは彼に自由を与えた。王はその家のつかさとしてその所有をことごとくつかさどらせ、その心のままに君たちを教えさせ、長老たちに知恵を授けさせた。 その時イスラエルはエジプトにきたり、ヤコブはハムの地に寄留した。 主はその民を大いに増し加え、これをそのあだよりも強くされた。主は人々の心をかえて、その民を憎ませ、そのしもべたちを悪賢く扱わせられた。主はそのしもべモーセと、そのお選びになったアロンとをつかわされた。彼らはハムの地で主のしるしと、奇跡とを彼らのうちにおこなった」(詩篇105.17~27)
更に、詩篇106篇には出エジプトの様子が回顧され、135篇にはイスラエルの選び、136篇には、エジプトから贖い出された神への讚美と感謝が記されている。
以上に見るように、イスラエルにとってアブラハ契約と出エジプトは忘れることが出来ない民族の記憶として深く刻まれ、民族のアイデンティティの骨格になった。創世記12章には、アブラハムの召命・祝福・契約が記され、モーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)には、出エジプトから約束の地に至るまでの、イスラエルの民の信仰の歴史が書かれており、イスラエルの救いの歴史の原点となっている。
そしてこうしてイスラエルは耐え難い試練の中にあっても、かってイスラエルと契約された神、エジプトから贖い出された神を想起し、神がイスラエルを愛して導かれた記憶を回顧し、その愛の記憶を拠り所に試練を乗り越え、神を決して見失うことはなかったのである。
<イスラエルの三大祭>
さて、イスラエルの3大祭りとは、「過越祭」(ペサハ)、「七週の祭り」(シャブオット)、 「仮庵祭」(スコット)の3つである。
「過越祭」とは、出エジプトに際し、家の門柱とかもいに、子羊の血を塗った家庭は神の裁きが過ぎ越していった出来事を祝う祭で、出エジプト記12章13節の「その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう」に由来する。
「七週の祭り」は、イスラエルの民がファラオを退け紅海を渡ってから50日目にシナイ山に着いて神と出会ったことを記念した祭である。また大麦の初穂をささげる「初穂の祭り」から50日目(七週目)に行なわれるため、五旬節(ペンテコステ)とも呼ばれる。
「仮庵祭」はイスラエルが出エジプトの路程で、40年間荒野で天幕に住んだことを想起する祭で、祭りの際は木の枝で仮設の家(仮庵)を建てて住むという。
このように、イスラエルの三大祭はいずれも出エジプトの出来事に関わる祭りであり、如何に出エジプトの出来事がイスラエルの記憶の中に深く刻まれているかが分かるのである。
なお詩篇113篇~118篇は「エジプト・ハレル」(賛美)詩篇と呼ばれ、イスラエルがエジプトから救い出されたことを祝う歌で、三大祭でエルサレムの神殿に礼拝に向かうときに、あるいは神殿において歌う歌である。また、イエスが弟子たちとともに過越の食事をし、主の晩餐をしたときにも歌われる。
【神に愛された者は神を見失わない】
以上の通り、イスラエルは過酷な受難の中にあって、なお神を見失うことなく、ユダヤ人としてのアイデンティティを保ってきたが、それは神に愛された民族の記憶があったからである。イスラエルにとって、アブラハム契約と出エジプトの記憶は、神に愛された記憶であり、この愛故に決して神を見失うことはなかった。
そしてそれは私たちの信仰路程にも言えることであり、神の愛、あるいは親の愛を体験した者は決して神を見失うことはない。
<神の愛の痕跡としての南米摂理>
かって筆者は、南米でUC創始者がなされてきたことを聞きながら、「これは、神が南米を愛された愛の記録だ」との思いが沸き上がってきた体験がある。創始者は、1995年に「サンパウロ宣言」を出されたが、これは神が南米を愛される「愛の記録の始まり」だった。
即ち、アベル的立場にある北米での勝利と祝福を、カイン的立場にある南米に移転し相続させること、そして北米のプロテスタントと南米のカトリックを統合することは、この宣言の摂理的核心であった。更にこの勝利圏を、ユダヤ教、イスラム教、他宗教へと連結していく 、そしてこれはまた必然的に南北朝鮮の統一に帰結するという。
創始者は、南米に4カ国の摂理国家(ブラジル・アルゼンチン・ウルグワイ・パラグワイ)を定められ、「パンタナールは南米大陸の子宮であり、パラグワイ川は新しい生命(文明)を生み出す産道である」と言われた。更に、パンタナール・レダは世界最大の湿地地帯で、「万物創生の原点、神の保護地、原焦的・根源的・勝利的聖地」との原理観を語られた。まさに神の啓示的で卓越した南米観で、このような南米観を唱えた人は世界で創始者ただ一人である。
創始者は、1995年にサンパウロ宣言を出されたあと、南米に対して物心両面にわたって投入され、アメリカで培った全てを惜しみなく投じられたのである。人的投入で言えば、UTS卒業生を南米33カ都市に派遣し、4200名の日本女性宣教師を派遣された。
また物的投入としては、ジャルジンにおける理想家庭教育本部の設立、南米全ての国に教会本部を建設、ウルグアイへの巨額投資(ホテル・銀行・新聞社・船団買収)、アルゼンチンなど南米各地に新聞社を設立、ブラジルでサッカーチームの購入、広大な土地の確保(ジャルジン数万ha・レダ8万ha・カサド60万ha・コリエンテス数万ha)などがあり、そしてこれらを上回る精神的、霊的投入があった。

これらは皆、世界のメシアとしての愛の投入に他ならない。創始者は世界のメシアとして、韓国を愛し、日本を愛し、アメリカを愛し、ヨーロッパを愛し、アフリカを愛し、中東を愛し、そして南米を愛されたのである。とりわけ、南北アメリカは世界の象徴で、時間とエネルギーと心情を惜しみ無く投入された (参照→つれづれ日誌 令和5年7月26日 修道院について-パンタナール・レダ開拓の意義 )
かってイスラエル民族が霊肉共に極度の試練に見舞われた時、紅海で、レピデムで、そしてシナイの山で神に愛された愛の記憶を想起して立ち直ったように、将来南米が大きな困難に遭遇した時、神が南米を愛された愛の記録を手掛りにして、きっと立ち上がるに違いない。そして、レダはまさに「神が南米を愛された愛の記録の象徴」なのである。
<神(親)に愛された者は神を見失わない>
さて、昨今何十年も真面目に信仰の道を歩んできた信徒が、信仰を失ったり、横道にそれたり、はたまた分派的な道に走ったりするのを散見する。これは悲しいことだが現実である。では何故、信仰を見失うのだろうか。それは神の愛が分からなくなるからである。
前記で見た通り、イスラエルは過酷な受難に遭遇したが、神から愛された愛の記憶を手掛かりに神と再結合していった。南米も、大きな困難に遭遇した時、神が南米を愛された愛の記録を手掛りに復活するだろう。
筆者は、両親から愛されて育った信徒は決して神を見失わないと確信している。何故なら親の愛は神の愛に通じるからであり、親の愛を十分受けた信徒は神を見失わない。従って、親は子に十分愛情を注がなければならないのである。紆余曲折はあったものの、筆者が今日まで神の愛を見失わないで来れたのは、幼少年期に両親の愛情をたっぷり受けたからである。
然り、「神は愛」(1ヨハネ4.16)であり、神はすべての信徒を等しく愛されている。問題は神から愛された愛の記憶をどこまで想起し、各人の心に蘇らせることが出来るか否かである。あるいは神の愛と出会った信仰体験をいかに有しているかである。「神体験」、即ち神の愛との出会い、これが信仰の一丁目一番地である。
以上、イスラエルが過酷な受難の中にあって、神に愛された愛の記憶、即ちアブラハム契約と出エジプトの記憶を拠り所に信仰をまっとうしてきたことを見てきた。確かに、メシアとして来たりたもうたイエス・キリストを十字架につけたことは、民族の取り返しのつかない大失敗だった。しかし受難の中でも神を愛し讚美する純粋な信仰は見上げたもので、学ぶところは大である。そして私たちも、信仰生活の中で神(親)に愛された記憶を想起し、あるいは神と出会った神体験を拠り所に、ぶれずたゆまず、信仰をまっとうしたい。(了)
牧師・宣教師 吉田宏