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キリスト教神学についての考察⑦ 近現代神学の歴史と思想(1) 正統主義神学について

🔷聖書の知識185ーキリスト教神学についての考察⑦ー近現代神学の歴史と思想(1)ー正統主義神学について


ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。(1コリント1.22~23)


今回から神学思想の歴史、特に近現代の神学の流れについて、それぞれの学派の特徴とその思想、代表的な神学者とその神学思想などについて学んでいきたいと思います。これを通じて、終末時代の再臨期に生まれた原理とどのようにつながっていくのか、キリスト教神学の落ち着きどころを探って見たいと思います。


【近現代神学の歴史と思想】


西方キリスト教神学の大きな新しい時代は16世紀から始まりました。近代の神学の歴史は、16~17世紀の「プロテスタント正統主義神学」に源を有し、18世紀に起こった「聖書批評学」の出現から始まると言ってもいいでしょう。それまで、ルターやカルバンなどを土台として、その上に築かれた、いわゆる「近代正統主義神学」の根幹をなす聖書への信頼性が、聖書批評学の登場によってズタズタに引き裂かれてしまったというのです。


その後の推移は、聖書批評学によって地に落ちた聖書信仰を克服し、正統主義神学を修正する形として19世紀~20世紀に起こった「自由主義神学」、その自由主義神学を更に高次元的に克服昇華した「新正統主義神学」、そして20世紀後半、バルト以後の「現代神学」という流れになっていきます。つまり、プロテスタント正統主義神学(16世紀~17世紀)⇒聖書批評学(18世紀)⇒自由主義神学(19世紀~20世紀)⇒新正統主義神学(20世紀)⇒現代神学(20世紀~21世紀)⇒原理神学という流れであります。


今回から、これらの神学の特徴・思想・時代背景、それぞれを代表する神学者の神学思想を検証していきたいと思います。そしてこのような作業を行う目的は、古代・中世の神学に源流を持つ近現代神学思想という大河が、幾度かの試行錯誤や試練を経て、最終的目的地である原理という大海に注ぎこまれる必然性を確認したいからに他なりません。


多少、理論的になり、取っ付きにくいかも知れませんが、出来るだけ初心者にも分かりやすく解説したいと思っていますので、お付き合いのほどをお願いいたします。


【プロテスタント正統主義神学とは何か】


先ず第一回目は「プロテスタント正統主義神学」について、その概略を解説いたします。この正統主義神学は、後世、聖書批評学や自由主義神学によって批判されることになります。


近現代史において、正統主義神学とは、16世紀~17世紀のプロテスタントの神学を指す言葉であり、主にルター派とカルバンの宗教改革に象徴される神学の系譜であります。これら宗教改革の三大理念として、「信仰義認・聖書主義・万人祭司」はよく知られている通りです。そしてスコラ神学との類似性をもってプロテスタント・スコラ主義とも呼ばれることがあります。


ちなみにスコラとは教会・修道院に付属する学校のことで、スコラ哲学(スコラ学)とは、11~12世紀に起こり、13~14世紀の中世ヨーロッパにおける思想の主流となった学問で、その内容は、主としてキリスト教の教義を学ぶ神学を、ギリシア哲学(特にアリストテレス哲学)によって理論化、体系化することであります。ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める」(1コリント1.22)とある通りです。


さて、ルターやカルバンらによる宗教改革後、特にドイツでは、ルター派、カルバン派、カトリックの三つ巴の様相を呈しており、ルター派やカルバン派は、カトリックなど他宗派との違いを教理的に説明しなければなりませんでした。 教理が必要なのは、他との違いを分ける必要があるからで、ここに神学の必要性があります。


ルター派とカルバン派は予定論や聖餐論を除いてほとんど教理的に一致し、福音主義の立場に立っていました。ルターやカルバンなどの改革者の神学は、方法の問題というより、主として聖書の説明であり、カルバンの大著『キリスト教綱要』は聖書的神学であり、聖書の基本思想を秩序だった仕方でまとめたものであるというのです(アリスター・マクグラス著『キリスト教神学入門』キリスト新聞社P227)。


そうして組織神学が発展し、ルターやカルバンの思想を受け継いだ神学者は、洗練された包括的な仕方でキリスト教神学を提示し、自らの立場の強さと相手の立場の弱さを証明しました。改革派(カルバン派)神学者のテオドール・ベーズ(1519年~1605)は、アリストテレスの論理を用いて、改革派神学の主要要素を合理的に一貫した仕方で論述し、またルター派神学者のヨハン・ゲアハルト(1582~1637)は、ルター派の神学を体系的に提示しました(『キリスト教神学入門』P228)。


なお、16世紀末に現れたピューリタニズムは、信仰の経験的・牧師会的側面を特に強調する改革派正統主義の一種であると理解されています。


しかし正統主義は、個人の敬虔な内面的心情に信仰の本質を見るルター派から派生した「敬虔主義」や、理性と合理性を重視する自由主義神学から、特に聖書観について批判されました。( ただ敬虔主義においてはなお正統神学を保持し、聖書の無謬性、言語霊感を受け入れています)


自由主義神学は、正統教理・信条・信仰告白を批判しましたが、しかし正統主義神学者でウェストミンスター神学校を設立したジョン・メイチェンは、「リベラルは聖書とイエス・キリスト自身を攻撃しているのであり、この正統信仰こそ、キリスト教の愛と生命が宿っているのである」と弁明しました。


また元日本基督神学校教授でカルヴァン主義神学者の宇田進は、正統主義を無批判に受け入れるべきではないが、プロテスタントの神学の「オリジナル版」であり、正統主義と福音派神学の連続性をはっきりと認識するべきであると述べています。また、宗教多元主義の立場からは、敬虔主義、啓蒙主義神学、自由主義神学はすべて、正統主義との対抗関係において成立しているものであると位置付けました。


一方、カトリックでは、トレント公会議(1545~1563)において、いわゆるカトリックの宗教改革というべき対抗宗教改革の理念を確立し、プロテスタントからの批判に対してカトリック神学の合理性を強く主張しました。最も広い意味での宗教改革の範疇には、ルター派、カルバン派、アナバプティスト派(急進派)と共にカトリックの改革を含めることができるでしょう。


【キリスト教正統教義】


ここでいわゆる広い意味の「キリスト教正統教義」という言葉について言及しておきたいと思います。


正統教義とは、キリスト教においては,「多数のキリスト者から支持を受け,公式の信仰告白によって公にされる、異端や異説に対する正しい真理の主張や正統的な立場」を意味する概念です。


「正統」概念は,古代教会におけるグノーシス派との葛藤、三位一体論争、キリスト論論争などを通じて確立した概念で、2世紀以降の教会において公同教会としての諸信条や信仰の規準を厳密に受け入れるかどうかが正統と異端を分けることになりました。


即ち、正統教義とは、異端との対概念であり、基本的には第2コンスタンティノポリス公会議までの古代の7つの公会議によって決定された信条に基づく教義であり、特に、4~5世紀のアタナシオス派、カルケドン派教会の時代までに生み出された信条(ニカイア・コンスタンティノポリス信条、カルケドン信条、使徒信条、アタナシオス信条)に告白されている教義のことであり、正統主義は、その教義に則る立場のことであります。


つまり、カトリック教会、ルター派・カルバン派教会内における主流派、聖公会、正教会など、正統教義を自己自認した教会を指す言葉であります。更にまた、「聖書至上主義を捨て、カトリックなどとエキュメニカル運動を行い、他宗教との行き過ぎた対話により混合宗教化しつつある」などと見なされるリベラル派・エキュメニカル派プロテスタントに対して、聖書信仰を軸とする福音主義・根本主義的信仰を持つ教派あるいは個教会を指す概念でもあります。


なお、狭義に解釈された正統主義としては、前記で見てきたように、宗教改革以後17世紀にプロテスタント教会内に形成された正統主義神学(プロテスタント・スコラ主義とも呼ばれる)を指します。


【批判に晒される正統主義神学】


しかし、プロテスタント正統主義神学は、聖書批評学の登場によって重大な危機に直面しました。ここに、「プロテスタント運動の終焉」(The end of Protestant movement)と題する故宮原亨牧師の遺稿があり、近現代のキリスト教認識が述べられていますので、これを参考に論考したいと思います。


宮原氏は、現代(2017年)のキリスト教の現状として、「聖霊が閉ざされて久しく、伝道に行き詰まり、教会の多くが統廃合される危機にある」との現状認識を示した上で、起死回生の転機をもたらす新たな宗教改革が必要だと述べています。つまり、この半世紀、伝道が進んでいないという事、教会のメッセージが現代人の心を捉えていないという事、福音が福音としての役割を果たしていないという事を指摘しました。


ルターが登場した時、「この時代の多くの聖職者は、きちんとした神学の教育を受けていたわけではなかったので、教義や聖書についての説明などはほとんどできなかった。そのため、人々はキリスト教をよく知らず、きちんと理解できたのは、分かりやすい『贖宥の仕組み』だけだった」(深井智朗著『プロテスタンティズム』中公新書P31)といいます。


「贖宥(免罪)の仕組み」とは、「人はイエスを救い主として心に受け入れ、口で告白して救われる。受洗前に犯した罪は本人が悔い改めることを条件に、イエスの贖罪によって贖われ赦される。受洗後に犯す罪については悔い改めの他に『償いの業』を備えなければならない」というものです。


本来、この「償いの業」は本人がなすべきであるが、本人が出来ないときは、丁度受洗前の罪をキリストが代わって背負ったように、修道士・聖職者が代わって罪の償いをしてくれるので、人々は受洗後の罪を償うものとして教会が発行する贖宥状(免罪符)を買えばよいというのです。これがカトリック特有の贖宥論であり、「贖宥のシステム」であります。


しかしルターは、「人は行いによってではなく、信仰によって義とされる」と主張し、カトリックの贖宥のシステムを批判しました。これがルターにおける第一原理としての「信仰原理」であり、キリストの犠牲は信ずる者の罪を贖う唯一のもので、受洗の前にも後にも有効であるとしました。


救いに関しては、神と私の間には教皇も教会組織も要らない、聖書を通し、信仰を通して誰でも自由に神の前に立てるとし(万人祭司)、教皇に代わって聖書を権威の中心に置いたというのです。従ってこのルターの主張を支える客観的根拠は聖書でありました。つまりルターの第一原理が「信仰によりて」(信仰義認)であれば、第二原理は「聖書によりて」(聖書主義)であり、前者は主観原理であり、後者はそれを支える客観原理であるというわけです。


しかし18世紀、ここに聖書を一つの古典として、客観的、理性的に分析する「聖書批評」という学問分野が登場し、科学性を失った聖書主義の主張は批判にさらされることになります。それは真理の客観的根拠とされた聖書主義が揺らぎ、教会の「砂漠化」はこの時に始まったというのです。


以上、近現代神学の皮切りに、正統主義神学とは何か、そしてそもそも正統教義とは何かについて解説いたしました。次回は正統主義神学をズタズタにした聖書批評学について解説することにいたします。(了)

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