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新約聖書の解説㉒ ぺテロの第二の手紙

🔷聖書の知識149ー新約聖書の解説㉒ーベテロの第二の手紙


者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。(3.8、詩篇90.4)



「ペトロの第二の手紙」は公同書簡の一書で、伝承上は使徒ペトロが、迫害に苦しむユダヤ人信者と異邦人信者たちを励まし、偽教師に惑わされないために書いた手紙と言われています。(但し、有力な他者説がある)


本書簡は、イエス・キリストの使徒であったペトロが、死(殉教)を目前にした状況で書いたという体裁になっており、ペテロは次のように語っています。


「わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っているからである。わたしが世を去った後にも、これらのことを、あなたがたにいつも思い出させるように努めよう」(1.14~15)


ネロによるクリスチャンの迫害は、64年に始まっており、本書簡は、64年~68年(殉教の死の年)の間に書かれたと思われ、偽教師の誤った教えを批判しつつ、キリストの再臨があることを説くペテロが、いわゆる「終末の遅延」の問題を扱っている文書です。


即ち、この手紙は全3章で構成され、その執筆目的は、キリストの再臨を嘲笑する人々を批判し、神の言葉の権威とキリストの再臨の確かを述べて、信仰を堅く守るよう励ますものでした。


【第1章解説】


著者は、「信仰」「徳」「知識」「節制」「忍耐」「信心」「兄弟愛」「愛」(1.5 ~7)の徳目を示し、これらはイエス・キリストの知識を得るために必要なものであり、神による「召しと選び」を確実なものとすべきことが示されています。


「兄弟たちよ。それだから、ますます励んで、あなたがたの受けた召しと選びとを、確かなものにしなさい」(1.10)


1章の最後では「聖書」(この場合は旧約聖書)が聖霊に感じて書かれたものであることが述べられ、預言者の言葉が神に由来することが示されています。


「聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、まず第一に知るべきである。なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである」(1.20~21)


【第2章解説】


2章では旧約聖書の偽預言者の例を引きつつ、「偽教師」について警告を発しています。偽教師は神の啓示を捏造する「偽預言者」と違って、作り出した偽の教えを広める存在であります。


「しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている」(2.1)


その偽教師への批判において、その多くは『ユダの手紙』と共通しており、特に2章はユダ書3節から16節と非常によく似通っています。


例えばユダ書には、「主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた」(ユダ書1.6)とあり、2ペテロ書には、「神は、罪を犯した御使たちを許しておかないで、彼らを下界におとしいれ、さばきの時まで暗やみの穴に閉じ込めておかれた」(2.4)とあります。


【第3章解説】


第3章ではいわゆる「終末の遅延」の問題が扱われています。福音書に伝えられているイエスの言葉には、終末が間近に迫っていると理解できるものがあり、また、パウロも終末が間近に迫っているものと考えていました(1テサロニケ4.16~17)。つまり、パウロの手紙には彼の生前に再臨があると読める箇所があるものの、パウロが没しても終末は来ず、また、エルサレム神殿が崩壊するときが終末の到来という認識もありましたが、西暦70年に神殿が破壊されても終末は来ませんでした。


こうした状況の中、「あざける者」、即ち偽教師たちが、再臨を否定する言説を展開し、教会に対し分裂の危機をもたらしました。それに対する反論が第3章の主眼であります。ペテロは次のように語ります。


「愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」(3.8~9、詩篇90.4)


そして次のように再臨の日を描写し、しみもなくきずもない清い生活を保つように勧めました。


「しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる」(3.10~14)



以上、「ベテロの第二の手紙」を解説いたしました。次回は、「ヨハネの第一の手紙」の解説です。(了)




上記絵画*ペテロの磔刑(カラバッジョ画)