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日本基督教団闘争史、及びプロテスタント系の超教派機構について

◯つれづれ日誌(令和5年2月22日)-日本基督教団闘争史、及びプロテスタント系の超教派機構について


からだは一つ、御霊も一つである。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。(エペソ4.4~6)


正論3月号の徳永信一弁護士の論文に、小林貞夫著『日本基督教団実録教団紛争史』の本から引用され、その中に、万博出展反対運動を皮切りに、幾つかの教団内における紛争について、次のように記されていました。


「日本基督教団は日本最大のプロテスタント教団であるが、1969年の万博反対運動を契機に極左集団と連携した造反派が『教会は革命の拠点である』と主張し、教団の機構、教会、学校を相次いで乗っ取り、信仰は崩壊した。教団は反差別を訴え、天皇制打倒を叫び、部落解放運動に取り組むようになった(同第11章「反差別・部落解放」)(正論P248)


更に次のように記載されています。


「かって首相の靖国神社参拝に対し、全国各地の裁判所で違憲訴訟を提起した人たちの中心に日本基督教団の牧師らがいたし、沖縄辺野古周辺で埋め立て工事を妨害する座り込み指揮している牧師もいる。彼らは日本を軍国主義の権化とみなし、日本の朝鮮統治を史上最悪の植民地支配といい、世界中のプロテスタント教会に強制連行や慰安婦奴隷が事実であると訴え、韓国の従北勢力と連携して活動していた」(正論P249)。


徳永氏は、2014年の安倍晋三首相による靖国神社参拝が憲法違反であると訴訟を起こされた際には、靖国神社を支援する側の代理人を務めていますので、靖国神社参拝違憲訴訟を提起した原告の中に、日本基督教団の牧師がいたことをご存知であり、またその流れで『日本基督教団実録教団紛争史』を読まれたのだと筆者は推測しています。


【日本基督教団の紛争の深層】


実は筆者は、日本基督教団にこのような紛争があった事実について、順序立てて聞いたのは初めてのことであり、早速『日本基督教団実録教団紛争史』を取り寄せて一読いたしました。なるほど1969年の反万博運動に端を発する日本基督教団内で、「造反派」(社会派)と「教会派」の対立による紛争が細かに記載されていました。


造反派とは毛沢東の造反有理から発した暴力革命も辞さずとの思想を信奉する人たちであります。つまり教団内に、反万博、反靖国、反天皇、反改憲、反部落差別、反辺野古、などを唱え、「教会は革命の拠点であり、反政府、反体制でないものは教会ではない」との左翼思想が吹き荒れ、信仰が混乱したというのです(紛争史P27)。そしてこれらの紛争は、2006年10月24日の総会で一応の終結を見ています(紛争史P107)。


造反派が暴力によって主張したのは、聖書聖典、信仰義認、信仰告白の否定であり、その結果、伝道を否定することになり、教団紛争の後遺症は深く残りました(紛争史P107)。以下、『日本基督教団実録教団紛争史』、ウキペディアのなどの情報を参考に、日本基督教団、及びプロテスタント系の超教派機構についておさらいをしたいと思います。


<日本基督教団とは>


日本基督教団(The United Church of Christ in Japan)とは、もともと1941年6月24日に「宗教団体法」に基づく政府の強い要請により、日本国内のプロテスタント33教派が合同して成立した合同教会であり、公会主義を継承する団体であります(富田満牧師が教団統理者に就任)。ちなみに公会主義とは、教派主義と対極にある教会の在り方で、いかなるキリスト教の教派にも属さないキリスト教無教派の理念と理想で、日本基督教団は公会主義を継承する団体であります。


教団の設立当時は、1937年から始まった日中戦争中で、「皇紀二千六百年奉祝全国基督教信徒大会」(1940年10月7日)において「プロテスタント諸教派が合同して宣教・伝道の任にあたる」という決議に基づき成立しています。そのために、戦時中はもっぱら戦時体制に貢献し、創立総会では「われら基督教信者であると同時に日本臣民であり、皇国に忠誠を尽くすを以って第一とす」と宣誓しています。


1945年の敗戦(日本の降伏)により、連合国軍占領下で宗教団体法が廃止されると、教団も1946年には教憲・教規を定めて会議制に移行するなど、戦時体制の清算と新たな体制への移行につとめました。しかし、1941年の合同そのものを良しとしない教派、合同教会のスタイルと相容れない教派、海外ミッションとの関係がある教派は、教団を離脱することになります。一方、教団に残留することになった各教派・各教会は、戦時体制を脱却した新たな教団の形成に向かうこととなります。そして1954年「日本基督教団信仰告白」の制定にいたりました。


教団に残留した教派として、日本組合基督教会、メソジスト教会、(旧)日本基督教会の一部、米国バプテスト同盟系の一部、ホーリネス教会の一部、日本自由メソジスト教会の一部などがあります。日本基督教団は、日本のプロテスタント最大の教派とされ、2020年度時点で、全国に教会1666、信徒161103人、現任教師1931人を擁しています。


また教団を離脱した教派として日本キリスト教会、旧福音ルーテル教会、日本バプテスト連盟、日本バプテスト同盟、ホーリネス教会の一部、日本自由メソジスト教団、日本ナザレン教団、日本聖公会の一部、救世軍、キリスト教会同盟などがあります。


<戦争責任告白>


1950年代に入ると、教団はかつて日本が植民地や戦場とした周辺諸国の教会との交流を復活させていきましたが、その中で、戦争中に教団がこれらの地域で行なった戦争協力(植民地・戦地での伝道、神社参拝の要請など)について厳しい問いかけがなされることとなります。


それまで、教団は自身の戦争責任について自覚的ではなく、周辺諸国からの反応は深い驚きをもって受け止められました。しかし、当時すでに、ドイツにおける戦中の告白教会による「バルメン宣言」や、戦後のドイツ福音主義教会による「シュトゥットガルト罪責告白」などはよく知られており、教団としても戦争責任を悔い改めていくべきではないかという声もあって、1967年3月のイースターに、教団総会で議長名で「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(戦争責任告白)が発表されました。戦時中における罪責の反省から在日大韓キリスト教総会と協約を結び、その中で在日韓国・朝鮮人問題を取り組むことが唱われています。


しかし、教団内でも戦争責任の有無やとらえ方にさまざまな立場があり、1941年の教団成立の経緯の理解も含めて、戦争責任告白の存在を「日本基督教団信仰告白」の地位をおびやかすものだと考える人々も一部にあるなど、その評価は必ずしも一定していません。


<教団紛争>


1969年「反万博闘争」に端を発して、キリスト教会の社会的役割を重視するグループ(社会派)とキリスト教会の形成や伝道を重視するグループ(教会派)との対立が深まりいわゆる「教団紛争」が勃発しました。「九・一、二(きゅうてん いちに)事件」と呼ばれる、1969年9月1日の教文館会議室で行われた会議の紛糾より、教団紛争に突入しました。教会派と社会派との紛争です。


1970年に日本万国博覧会(大阪万博)が開催され、日本キリスト教協議会(NCC)とカトリック教会は「キリスト教館」を出展しましたが、これに反対する社会派と推進派の教会派の対立が激化しました。反万博の論理は「万博は大資本の繁栄の驕りであり、アジアからの収奪である」(紛争史P32)というものでした。


NCC議長大村勇と東京神学大学(東神大)教授の北森嘉蔵は万博キリスト教館推進派でありましたが、東京神学大学では、万博反対派の学生たちが「東京神学大学全学共闘会議」を組織し東神大闘争を展開しました。


これに対し東神大教授会は機動隊を投入して造反派(社会派)の学生を排除しました。社会派と教会派の対立により、1971年5月の東京教区総会は、乱闘、流血の事態となり、その後の19年間、東京教区総会が開かれることはなく、こうして社会派主導の教団執行部と教会派の対立が続きました。社会派と教会派の対立の余波を受け、青山学院大学神学科、関東学院大学神学部は廃止されることになりました。


これが反万博騒動の顛末ですが、キリスト教界にも左翼が色濃く浸透していったことが読み取れます。


その後も、1995年のナイフ事件、反靖国紛争、など継続して紛争は続きました。戦前に権力に迎合したことに対する負い目から、キリスト教は急速に反権力、反天皇主義に傾斜していきました。この反権力とか反天皇と思想的に相性が良いのが左翼であり、共産党や旧社会党などと結び付いて反靖国運動、天皇制反対運動、部落差別反対運動、反核運動などを展開し、左翼に乗っ取られてしまうような状況になります。そして教会の霊性は枯渇し、キリスト教伝道の衰退が始まりました。


これらの紛争は、2006年10月24日の総会で一応の終結を見ましたが、議長となった山北宣久牧師は、紛争が終結した2006年の教団総会で、社会派が主導権を持ち、教会派と対立した40年間を「荒野の40年」と評しました。





【日本キリスト教協議会、日本福音同盟について】


さて、教会を束ねる大きな団体グループとして、「日本キリスト教協議会」(NCC)と「日本福音同盟」(JEA)がありますが、これらの団体の概観とその特徴、及び日本基督教団との関係について整理したいと思います、


<日本キリスト教協議会>


日本キリスト教協議会(NCC, National Christian Council Japan)とは、日本のキリスト教エキュメニカル運動団体であり、前身は、1923年(大正12年)に日本のプロテスタントキリスト教諸教派・団体の相互連携と海外教会との連絡を目的に設立された日本基督教連盟であります。ちなみにエキュメニカル運動とは、20世紀に起こった、プロテスタントを中心とするキリスト教の「教会一致運動」で、現代のキリスト教における大きな潮流の一つとなっています。


1948年(昭和23年)には、日本基督教団からのプロテスタント諸教派の再分立などに伴い、プロテスタント系の超教派機構「日本基督教協議会」として設立され、その後、「日本キリスト教協議会」(NCC)と改名し、現在に至っています。NCCは世界教会協議会(WCC)の下部機構をなしており、前述の日本基督教団もNCCに加盟しています。


NCCは、日本基督教団、日本聖公会、日本福音ルーテル教会、日本バプテスト連盟、日本バプテスト同盟、在日韓国基督教会の6教団と日本YMCA同盟、日本YWCAなど約30のキリスト教系団体で構成されています。国内では教派間の連絡協議機関として、また、協力の活動形態としての役割を果たしています。


NCCの基本姿勢は「日本国家によるアジア・太平洋地域への侵略戦争に協力した日本基督教連盟から続く過去の歴史を自らのものとして受け止め、神とアジア・太平洋地域の人々になした罪責を告白し、正義と信頼に基づいた平和な関係を築く努力を続ける」というものであります。即ち、日本のキリスト教界が太平洋戦争中、自ら積極的に戦争協力を行なった反省に立ち、戦争を「日本国家による欧米の植民地であるアジア・太平洋地域への侵略戦争」と規定し、日本の戦争犯罪を追及しています。特に従軍慰安婦では韓国のキリスト教団体と協力して、国際問題にしました。


天皇制、有事法制、旧・日本領であった台湾・朝鮮半島などへの植民地政策、原子力発電、慰安婦問題、憲法改正、(愛国心教育を盛り込んだ)教育基本法改定、靖国神社参拝、死刑制度、に対しても、批判的な立場からの取り組みを行なっており、正に左翼政党の政策と瓜二つです。


以下は主な取り組みです。


2004年(平成16年)6月には、日本の国旗「日の丸」・国歌「君が代」の強制に反対する声明を発表。


2016年(平成28年)2月17日 、慰安婦問題日韓合意に対して、白紙撤回および「 明確で公式的な方法での謝罪、謝罪の証としての賠償、 日本政府保有資料の全面公開と更なる真相究明、歴史教科書への記述と追悼事業」を、韓国だけではなく北朝鮮を含んだ全世界に向けて行うことを求める宣言を発表。


2018年(平成30年)、日本共産党の呼びかけに応じて「広げよう 安倍9条改憲NO!3000万人署名」に信者50名を率いて参加。


2022年(令和4年)、暗殺された安倍晋三元首相の国葬計画に対し「世界平和統一家庭連合(旧統一協会)と深い関係を築いてきたことが明らかになりつつある」として反対声明を行う。(以上、ウキペディア)


以上の通り、参加教派が一様にこのような政策に賛同しているとは思えませんが、NCCの姿勢はまるで左翼団体を彷彿とさせるような内容となっています。戦前、日本軍部に協力したという負い目があるにせよ、ここまで左翼思想に染められているとは驚きです。この点、UCの基本政策とは真逆というしかありません。


<日本福音同盟>


次に、NCCとは一線を画す福音派の超教派機構である「日本福音同盟」について見ておきます。


日本福音同盟(JAE,Japan Evangelical Association)は、1968年に創設された日本の福音主義教会の交流・協力機関で、「世界福音同盟」に加盟しています。福音派は、「聖書を誤りなき神の言葉」と信じ、自由主義神学に対しての福音主義、エキュメニカル派に対しての福音派と定義しています。福音派は、WCC系のエキュメニカル派を福音主義でないとし、エキュメニカル派に対抗するパラチャーチの組織を提唱しています。


1959年、プロテスタント宣教百周年記念行事が、エキュメニカル派と福音派で別々に開かれました。福音派(聖書信仰派)は日本宣教百年記念聖書信仰運動を展開し、翌年、「日本プロテスタント聖書信仰同盟」(JPC)の発足を見ました。この日本プロテスタント聖書信仰同盟は、日本福音連盟、日本福音宣教師団と共に、JEAの三創立会員の一つであります。


日本福音同盟が創設される以前には、日本政府に対する教会の声は、エキュメニカル派の日本キリスト教協議会(NCC)を通してしか届かなかったこともあり、福音主義を代表する機関の設立という意図・目的を持って「日本福音同盟」が結成されました。創立からしばらくは、日本プロテスタント聖書信仰同盟、日本福音連盟、日本福音宣教師団の三者が、三創立会員制としてそれぞれ独自性を持ちながら、協力し合い、聖書信仰にたって交わりを育て、福音宣教に協力し合い、諸問題に取り組んできました。


1980年代、1千万人救霊、聖書の無誤性の論争、カリスマ運動の問題が起こり、それまでの三創立会員によるあり方では不十分であることが言われ始め、1986年にそれまでの三創立会員制を廃止して、教団や教会を会員として、伝道団体を協力会員とする再編成を行いました。同時に理事会が立ち上げられて、初代理事長に泉田昭が就任しました。またカリスマ条項でもって聖霊派を排除していたJEAは、1988年1月11日の理事会ではじめてペンテコステ派の日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の加盟を承認しました。


1990年の時点で51の会員、約1600の教会、約10万人、31の協力会員を擁しています。参加教派として、ホーリネス・メソジスト系、バプテスト系、メノナイト系、ルーテル系、改革派・長老系、カペナント系、アドベンチスト系、ベンテコステ派・聖霊派系、独立系、単立教会系、などがあります。


以上、日本の教派グループには、大きく日本キリスト教協議会・日本基督教団のエキュメニカル系と、日本福音同盟の福音系の二つがあるということになります。


【日本キリスト教の課題】


では、唯一にして天地を創造された聖書の神を信じる日本基督教団が、何故神を否定する共産主義に長期に渡って汚染されたのでしょうか。


一つは、前述したように戦前の侵略戦争に加担したという反省から、大東亜戦争を「日本国家によるアジア・太平洋地域への侵略戦争」と規定し、反国家、反天皇を標榜するようになったことです。そしてこれらの認識は、正に左翼思想と親和性があり、教団に共産主義思想が入り込む下地になりました。


もう一つは、弁証法的唯物論に基づく共産主義の唯物史観を克服する歴史観と実践論を持ち得ていなかったことです。共産主義では、歴史を階級闘争史と規定しますが、原理では神とサタンの善悪闘争史と見て、共産主義はサタン側思想の集大成としています。このように、共産主義思想の本質を見抜けなかったことで、教団が共産主義思想に汚染されることになりました。


しかし、一方では、NCCや日本基督教団の歴史認識に真っ向から異を唱えるキリスト者グループもあります。「日本を愛するキリスト者の会」はその一つです。


「日本民族総福音化運動協議会」の総裁で「日本を愛するキリスト者の会」の副総裁である手束正昭牧師(1944~2024)の著書『日本宣教の突破口ー醒めよ日本』には、「大東亜戦争は本当に侵略戦争だったのか」と題する一章があり、大東亜戦争(太平洋戦争)の日本悪玉論はGHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(自虐史観)による洗脳であるとし、また、南京事件の数字にも疑義を呈しています。


つまり大東亜戦争は、欧米の支配からアジアを解放するという目的を持った自存自衛の戦いであると共に、中国による華夷秩序の形成を阻止し、アジアに自由互恵の新秩序を打ち立んとした「アジア解放戦争」だったというのです(『日本宣教の突破口』P293) 。 また、島田秀夫牧師が代表を務められている「聖書と日本フォーラム」も、神社や天皇に敬意を表し、自虐史観を否定しています。


さて、日本基督教団も有力な構成員として加盟している「日本キリスト教協議会」(NCC)は、2022年10月18日、世界平和統一家庭連合(旧統一協会)の問題に関する声明を公式サイトで発表しました。その中で聞き捨てならない間違った認識に基づく内容がありましたので、この際、指摘したいと思います。


声明は旧統一教会について、「キリスト教を装い、聖書を著しく歪曲した独自の『原理講論』を絶対化した上で、旧統一協会のみを正統だとし、他の宗教や思想に触れることを禁じている」と指摘しました。


これは全くお門違いも甚だしく、UCほど、宗教間の対話や一致に尽力してきた宗教団体はありません。超教派・超宗派活動はUCが最も重視する分野で、如何なる宗教にも大きく門戸を開いています。かって、「神様会議」を提唱し、「世界経典」まで作成して宗教の一致に心血を注いできました。原理講論は聖書を著しく歪曲しているどころか、未だ解明されざる聖書の奥義を明らかにし、むしろ聖書解釈の混乱に終止符を打ち、聖書を完成させるものであります。


更に声明は、UCの日本と韓国を巡る教義については、両国の歴史問題を悪用したものだと批判し、「旧統一協会は、韓国を『アダム国』、日本を『エバ国』と位置付け、悪を行ったエバ(日本)はアダム(韓国)に対して罪を償わなければならない」と教え、韓国側に多額の送金を続けてきたとしました。


このNCC声明の認識は、正に全国弁連や左翼マスコミの主張と瓜二つで、如何にUC教義への認識が浅薄であるかを如実に示しています。このアダム国家・エバ国家論は、今まで「つれづれ日誌」で繰り返し述べてきたとおり、神の復帰摂理から来る国家の役割分担に基づく「相対的国家観」であります。父と母、夫と妻、男と女、即ちアダムとエバに上下主従がないように、日本と韓国は正に対等な関係であります。従ってUCに自虐史観など一切なく、これはUCの関連団体である世界日報の愛国的な論調を見ても明らかです。確かに日本UCは、世界福地化を目指す世界宣教のために、アメリカ世界本部や韓国世界本部を通して物心両面で協力してきました。しかし、韓国自体に(自虐史観に基づいて)金銭を拠出してきたことなど一切ありません。むしろ慰安婦問題など戦争責任問題で、自虐史観に基づいて謝罪と補償を声だかに求めてきたのはNCCではなかったのでしょうか。


以上、日本基督教団の紛争史やNCCの組織や基本政策を見てきましたが、キリスト教は過去を清算すると共に、大きく変わらなければならない時に来ていることは確かです。ただでさえ、今キリスト教会は「斜陽業界」として、年々信者の目減りや礼拝参加者の減少が顕著であり、大胆で革命的な改革がなければ失地を回復し成長することはできません。


神は一つ、真理は一つ、神のみ旨は一つでありますので、キリスト教を始めとする全ての宗教の一致を切に祈念するものです。エペソ書4章に、「すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである」(エペソ4.6)とありますが、全ての宗教は神のみ旨のためにあり、天地を創造された唯一の神に源を持つものであります。筆者は、この人類の根源者たる「父母なる神」に完全に立ち返ることで、宗教の一致は可能であると思料するものであります。(了)



上記写真*第35回日本基督教団総会(2006年10月24日・ホテルメトロポリタン)

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