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エレミヤ書 註解

🔷聖書の知識99-エレミヤ書注解


「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした」(エレミヤ1.5)


『エレミヤ書』は、旧約聖書の三大預言書(イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書)の一つで52章からなります。エレミヤは捕囚期前の預言者で、エレミヤという名前は「ヤハウェは建てる」という意味であります。


【エレミヤについて】


先ず、預言者エレミヤについて、述べることにいたします。


<召命>

エレミヤは冒頭に記載した聖句にありますように、生来の預言者として神から召命を受けました。しかし、まだ若いことを理由に一旦は断ります。


「ああ、主なる神よ、わたしはただ若者にすぎず、どのように語ってよいか知りません」(1.6)


しかし、「わたしがあなたと共にる」との神の励ましと神秘体験を受けて預言者としての人生が始まりました。


<涙の預言者>

エレミヤは、イザヤと並ぶ大預言者で、40年に渡って預言活動を行いました。「涙の預言者」として知られ、他の預言者の誰よりも、きめ細かい心情を表現しています


「ああ、私の頭が水であったなら、私の目が涙の泉であったなら、私は昼も夜も、私の娘、私の民の殺された者のために泣こうものを」(9.1)


彼は、繊細で慎み深い人物でありますが、神は、その彼を、ユダの罪を激しく糾弾する奉仕に召されました。エレミヤは、「背信」という言葉を11回も使用し、民に悔い改めを迫りました。


3章では、イスラエルを妻と見立て、他の神々と浮気をして姦淫を行う妻を嘆き、背信という言葉を5回も発しました。


「彼女はすべての高い丘にのぼり、すべての青木の下に行って、そこで姦淫を行った。わたしが背信のイスラエルを、そのすべての姦淫のゆえに、離縁状を与えて出したのをユダは見た。しかもその不信の姉妹ユダは恐れず、自分も行って姦淫を行った」(3.68)


エレミヤが指摘したユダの罪とは、傲慢から神を捨て、情欲的な偶像崇拝に走ったこと、この二つでした。


「それは、わたしの民が二つの悪しき事を行ったからである。すなわち生ける水の源であるわたしを捨てて、自分で水ためを掘った。それは、こわれた水ためで、水を入れておくことのできないものだ」(2.13)


エレミヤはイスラエルの不信仰を糾弾し、悔い改めを促す役割を神から命じられました。従ってエレミヤは、同時代の人たちから拒否され、迫害されました。拒否され、打たれ、足かせにつながれ、投獄され、売国奴の烙印を押されました。遂に「悩みの歌」(20.7~18)で自らを呪います。


「わたしの生れた日はのろわれよ。母がわたしを産んだ日は祝福を受けるな」(20.14)


そして彼は、預言者を止めたいとまで思いましたが、主はそれを許されませんでした。


「私は、主のことばを宣べ伝えまい、もう主の名で語るまい、と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」(20.9)


また、エレミヤは結婚を禁じられました。彼が住んだ時代は、悲惨な時代だったからです。


「あなたは妻をめとるな。またこの所で、ほ息子や娘を持つな。」(16.2)


嘆きのエレミヤ(レンブラント・ファン・レイン画)


<イスラエルの回復と新しい契約>

しかし、エレミヤは神の愛と希望、イスラエルの回復を語ることを忘れませんでした。


「主はこう言われる、バビロンで七十年が満ちるならば、わたしはあなたがたを顧み、わたしの約束を果し、あなたがたをこの所に導き帰る」(29.10)


「主は言われる、見よ、わたしがわが民イスラエルとユダの繁栄を回復する日が来る。わたしは彼らを、その先祖に与えた地に帰らせ、彼らにこれを保たせる」(30.3)


また新しい契約の訪れを預言しました。


「見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。わたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす」(31.31~33)


ここには律法の古い契約ではなく、福音の新しい契約の概念が表明されています。また外的な石に刻まれた契約ではなく、内的な心に刻む契約が言い表されています。


その後エレミヤは、エルサレムの陥落とバビロン捕囚を目撃しました。


エルサレムに残った人たちがエジプトに逃げようとしたとき、エレミヤは反対しました。しかし、エジプトに逃げる人たちとともにエジプトに下ることを強要され、エレミヤは、エジプトで死んだと言われています。(伝承では、同胞による石打ちで死んだ)


【時代背景について】


次に時代背景や国際情欲について、概観していきます。


<時代背景>


「アモンの子、ユダの王ヨシヤの時代、その治世の第十三年に、エレミヤに主のことばがあった。それはさらに、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムの時代にもあり、ヨシヤの子、ユダの王ゼデキヤの第十一年の終わりまで、すなわち、その年の第五の月、エルサレムの民の捕囚の時まであった」(1.1~3)


上記の通り、エレミヤはヨシヤ王の第13年(前627年)から働きを開始しました。ヨシアの時代には、神殿で巻物が発見され、礼拝が回復されています。


次にエホヤキム(前608~597年)が統治しましたが、エホヤキムは悪王で、エレミヤを激しく迫害しました。エレミヤは、最後の王ゼデキヤ(597~586年)の捕囚に至るまで預言者として活動しました。


<国際情勢>

エレミヤが活動を開始した当時は、アッシリヤが覇権国でしたが、エジプトとバビロンがその力を増しつつありました。


前607年、バビロンはニネベを攻略し、アッシリヤを滅ぼし、ユダに侵攻してきました。エレミヤはバビロンと手を結ぶよう主張しますが、ユダの国粋主義者は、エジプトに援助を求めるように王に進言しました。エレミヤは、悔い改めによって主に立ち返り、神により頼むことを訴えました。


しかし、敵国(バビロン)への隷属を問くエレミヤは売国奴と呼ばれ迫害の日々を送ります。遂に彼は神に問を発します。いわゆるエレミヤの神義論であります。


「悪人の道がさかえ、不信実な者がみな繁栄するのはなにゆえですか」(12.1)


結局バビロンはユダを征服し、エルサレムを破壊しました。(前586年)。エレミヤは、エルサレムの崩壊を嘆き、『哀歌』を書いています。


【エレミヤ書の構成とメッセージ】


エレミヤ書は、概ね次のような構成になっています。


①ヨシヤの治世での召しと、ゼデキヤの治世以前のエルサレムとユダに対する預言(1~20章)

②ゼデキヤの治世下での預言(21~29章)

③イスラエルの回復と12部族の将来に関する預言(30~39章)

④エジプトへの逃亡、周辺諸国に対する預言、エルサレム崩壊の預言の成就(40~53章)


またエレミヤ書の中心メッセージは、神を捨て偶像礼拝に走った罪への糾弾、ユダの滅亡と70年の捕囚預言、捕囚からの帰還と国の再建、新しい契約の預言、であります。


【エレミヤとイエスの対比】


キリスト教会では、イエスとエレミヤの類似性がよく議論されます。


エレミヤもイエスも結婚をせず独身を貫いたこと、双方とも自分の民から拒否されたこと、エレミヤは、バビロンの脅威が迫り来る中で預言活動を行い、イエスは、ローマの脅威が迫り来る中で福音を述べ伝えました。


エレミヤは、ユダの民から「売国奴(裏切り者)」と見なされ、イエスも、自分の民から「売国奴(裏切り者)」と見なされました。エレミヤは偽預言者たちの攻撃を受け、イエスも、パリサイ人や律法学者たちの攻撃を受けました。


エレミヤは、エルサレムのために涙を流し、その崩壊を預言し、イエスもまた、エルサレムのために涙し、その崩壊を預言しました。 またエレミヤは、少人数の弟子しかいなかったように、イエスも、少人数の弟子しかいませんでした。


しかしエレミヤは、上記しましたように、新しい契約を預言しました。


「主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る」(31.31)


イエスもまた、新しい契約を結ばれました。


「イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、『取って食べよ、これはわたしのからだである』。また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、『みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である』」(26.26~28)


【内村鑑三とエレミヤ書】


おしまいに、内村鑑三とエレミヤについて付言しておきたいと思います。


<エレミヤへの親愛>

内村は、イエスを最大の預言者とみなし、聖書の大部分は預言書であると考えました。そして預言者の中でも、エレミヤを自分と一番近いと感じていました。


内村は、1888年(27才 )、ハートフォード神学校の神学に失望し、退学して帰国しましたが、帰国後、新潟の北越学館に赴任し、北越学館ではエレミヤ書を講義しています。


著書『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』において、「エレミヤ書は、実に分かりやすく、予言ではなく現世への警告に満ち、奇跡を行わない人間エレミヤが、強さと弱さをむき出しの姿で示されている」と語りました。


「余はイザヤを尊崇し、エゼキエルを敬い、ダニエルを称賛する。しかし、エレミヤにいたっては親愛する。余が最も親しんだ預言者はこの涙のエレミヤである」と述べ、「エレミヤはユダヤが生んだ優れた預言者であり、エレミヤが分からずして聖書は分からない、イエスキリストは分からない」とも述べました。


<エレミヤと内村の類比>

エレミヤは生前から召され、内村はこれを、「預定の教義」と呼びました。また、エレミヤは先天的な神の捕虜であったとも語りました。


エレミヤは、最初神の召しを拒絶し抵抗しましたが、「共にある」との神の言葉や神秘体験で、召しに答えることになりました。内村は、この「神が共にある」は、ヘブライズムの根本思想だと述べています。


そしてエレミヤと同様、内村も当初「イエスを信ずる者の誓約」に無理矢理署名させられたとし、この煮えきれない心の葛藤は、8年の準備を経て、シーリー先生の言葉で真の回心に至るまで続きました。


また、エレミヤは民と王から迫害を受け、牢獄に繋がれましたが、内村も教会や権力から追われ、この意味でも親近感を持っていました。


<イスラエルの預言者と日本の預言者>

内村は、エレミヤの指摘した原罪は、神の放棄(傲慢)と偶像礼拝(姦淫)の二つであるとし、神の放棄は人間の傲慢をもたらし、人間の傲慢の不安定さが情欲の偶像礼拝をもたらしたと指摘しました。


聖書は世界最大の書であり、預言書は最大の聖書であるといい、「日本の偉人たち(西郷隆盛、に上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮)は、神を知らなかったにも拘わらず、神によって既に語りかけられ、神によって預言者として立てられていた」と実感したと語りました。


エレミヤとの出会いで、日本の文化的伝統の中に旧約が生きていると感じたとし、「武士道は日本国最善の産物である。武士道の台木にキリスト教を接いだものが世界最善の産物であって、日本のみならず、全世界を救う能力がある」と主張しました。


こうして内村は、聖書に出てくる預言者を自分と一体化させ、預言者モーセがイスラエルをエジプトから解放させたように、日本を神の義に脱出させようとしたと言われています。


以上、エレミヤ書を解説いたしました。当にエレミヤは、「預言者は時代から捨てられ迫害を受ける」との宿命を地でいった典型的な預言者でした。次回はエレミヤの作とされ、エルサレムの陥落とエルサレム神殿の破壊を嘆く歌『哀歌』を解説いたします。(了)