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異端を考える③ カソリックとプロテスタントの異同について

◇聖書の知識32ー異端を考える(3)ーカソリックとプロテスタントの異同について

ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。(ガラテヤ1・7)

思えばUCは、最初期から異端として追われる立場にありました。北においても、南においても、ソウルでも、釜山でも、大邱でも、ほかの福音(ガラテヤ1・7)とされ「異端の頭、追放せよ」と追われたのです。(真の父母経第三篇、第二章第四節14) そしてキリスト教初代教会も異端として追われる立場でした。無論、日本においてもUCは、キリスト教の三大異端の筆頭に挙げられ理不尽な差別に晒されてきました。

しかし、47年間メソジスト系教会の牧師をされてきた鈴木崇巨(たかひろ)牧師は、その著書「福音派とは何か」(P189)で、我々三大異端教派を異端視せず、プロテスタントの一派として認めた上で、聖書の「傷ついた葦を折らず」(イザヤ書42・3)を引用して次のように語られています。

「彼らは異端といういやな言葉のレッテルを貼られ、反論することなく、涙をこらえている傷ついた葦、受難者たちです」と。

1948年、文先生はキリスト教会から嫉妬され「ひつじ泥棒」とのレッテルを貼られて密告され、大同保安署、興南監獄に収監されました。(真の父母経第一章第二節) しかし、それでもなお私たちは、再臨のために準備されたクリスチャンに、この新しい福音を伝えていかなければなりません。そこに摂理があるからです。

それにしても、カソリックとプロテスタントの異端論争ほど大規模で歴史的なものはありません。前述しましたように、カソリックにとって、プロテスタントは最大の異端であり、またプロテスタントにとってカソリックは打倒すべき異端でありました。

相互に異端とするこの二つの教派において、何処がどのように違い、何処が同じであるか、そしてそれをどのようにして和解させていくのか、を問うことは、キリスト教の未来にとっても、原理のより深い理解のためにも、大いに意義のあることだと思われます。今回、「異端を考える」の最終項として、この両派の異同を改めて考察したいと思います。

1、宗教改革の理念ー信仰義認について

宗教改革の三大理念は、a信仰のみ、b聖書のみ、c万人祭司、の3つと言われています。以下、この3つの思想を見ていきたいと思います。          

先ず、aの「信仰義認」とは何かです。

信仰義認とは、人間が義とされること、即ち無罪と宣告されて救われるのは、修行や善行などの「行い」ではなく専ら信仰によるというものです。ルターは、ロマ書1・17の「信仰による義人は生きる」の聖句で回心に至りました。ルターの信仰義認論は、次の聖句で端的に示されています。

「わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである」(ロマ書3・28)



又、ルターは、著作「キリスト者の自由」の中でも「キリスト者が義とされるには信仰のみで十分なのである。どんな行いも必要ではない。キリスト者は、どんな行いも必要としないことであらゆる戒めや律法から解放され、それ故自由なのである。これこそがキリスト者の自由であり、信仰のみということである」と述べています。

そしてこのルターの信仰義認の思想は、パウロの救済思想の再解釈、アウグスチヌスの恩寵救済論の再生でもあります。又神の主権の絶対性を主張するカルバンの予定説は、人間の自由意思に基づく善行(努力)を更に無意味化いたしました。又ルターは、その信じるという信仰行為自体も神の賜物なしにはなし得ないとし、神の不可抗力的な恩寵を強調しました。

アウグスチヌスも救いにおける神の恵みを強調し、罪からの救いは恵み(恩寵)が第一で、善行(功徳)は第二としました。そこには、罪深い人間の無力、自らの力ではいかんともしない罪(原罪=情欲)の深淵を見た者の悟りがあります。自力で救いに至ることは不可能であり、神の恩寵にすがるしかないというこの思想は、一方では神の恵みを教会の聖典礼を通して受けとるという客観的思寵論をも生み出しました。

浄土真宗の教祖親鸞の思想は、崇める対象こそ違いますが、上記ルターの信仰義認論と瓜二つです。親鸞は、法然の他力思想をより徹底させ、念仏を唱えて一切を阿弥陀仏の慈悲に身を委ねる「絶対他力」の思想を確立していきました。この親鸞の絶対他力の思想は、その思想形成過程を含めてルターの罪観、信仰義認の救済観と酷似しています。

これに対しカソリックは、「義認は過程であり、真の信仰は必ず善行を伴う、即ち信仰と善行が救いをもたらす」として、信仰と善行は一体のものとしました。カトリック神学は、「救いの実現は神と人の協力による」(神人協働説)と明言しており、救いは、人間が我儘勝手に自分は救われたと思い込む(Mind Cure)ことではなく、神の愛と人間の道徳的努力との「交響楽」なのであるとし、プロテスタント神学の信仰義認による救いを主観主義として批判しました。

しかしルターは、「善行は救いの結果に対する感謝のしるしであり、善行そのものに救いの効力があるのではない。では何故命がけで宣教に赴くのか。それは救われた者の必然的な愛の発露であり、又義務(使命)でもある」と反論し、善行は義認の原因ではなく結果としてのみ作用するとしました。かくしてカソリックの贖宥状(免罪符)を否定しました。

確かに聖書には、両面が記されています。ルターが強調するごとく、「行いによるのではなく信仰によって義とされる」(ローマ3・28、ガラテヤ2・16)という聖句がある一方、他方で、それと全く対立する「人が義とされるのは、行ないによるのであって、信仰だけによるのではない」(ヤコブの手紙2・24)という聖句もあります。

又、「善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである」(2コリント5・10)、「わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか」(ルカ6・46)と行いを強調する言葉も記述されています。

では原理観から見た信仰義認論はどうでしょうか。                

原理には「責任分担」と「成長期間」いう教理があります。み旨は、成長期間において、神の責任分担と人間の責任分担の共同作業で成就されていくという思想で、むしろカソリックに近いかもしれません。ただ、カソリックとの違いは、人間側の「行い」を、責任分担、成長期間という創造の原理として、きちんと位置付けたという点にあります。神の宇宙創造という偉業(神の責任分担)の完成に際して、「取って食べずに、み言の完成実体なるべし」という人間側の信仰(人間の責任分担)を要したというのです。

そしてその人間の責任分担は、神の創造性を相続し、萬物の主管者となり、神の子となるために、神の恩寵として人間に付与されたもので、神自体も干渉できない領域であると主張します。著名な神学者ポーキングホーンは、「神が全てをなし給うのなら、人間は神の操り人形(ロボット)に過ぎなくなる」と指摘しました。

文先生も「人間の責任分担というこの明確な思想的根拠によって、蕩減復帰という最も嫌な怨恨の述語が出てきました」と言われ、「有史以来、責任分担を完成した人はいない、そもそも責任分担自体を知らなかった」と語られ(天聖経弟四篇)、責任分担という思想を明らかにされました。

ここに贖罪と蕩減の違いがあります。ユダヤ・キリスト教の贖罪思想は、神とキリストの贖いによる恵みを強調し受動的ですが、蕩減には償いを為す人間側の「成長期間を完成させる責任分担」という視点があり、人間の役割が内包されています。敢えて言えば「蕩減的贖罪」ということでしょうか。

ただ、人間の責任分担と言っても、神の創造の偉業から比べれば、ごく小さなもので取るに足りないものですが、人間側から見ればそれが全てなのです。従って、責任分担割合からすれば、神100%、人間100%ということになるでしょう。

では、信じて救われて何もしなくていいのでしょうか。ルターが「善行は、救われた者の感謝のしるし」とし、「救われた者の愛の実践であり使命」と言ったとおり、救いを得た者の当然の発露としての善行があるというのです。又、救われた者が、さらに聖化(善化)されていくためには、善行や修行は欠かせません。我がUCにおいて祝福結婚の一連の儀式を通じて原罪が清算されたとしても、残存している悪い性質(堕落性)や蕩減問題を解決して、み言の実体になっていくためには、さらなる切磋琢磨が必要であるのと同様であります。

又、ルターが主張するように、「義と救いは信仰によるものであって善行自体が救いの要件ではない」にしても、善行が信仰にいたらせる下地になることは否定出来ません。パウロも、「律法は福音に至らせる養育係り」(ガラテヤ3・24)と言っている通りです。

ルターが信仰義認の再発見に至ったのも、厳格な修道生活の努力があってのことであって、ルターがいう「求めもせず、尋ねもせず、探しもしない者」に与えられるものではありません。従って、善行(行い)は、信仰の導き手としても、聖化の養分としても、更には使命の実践においても、信仰者に不可欠であることは自明の理であります。

このように、信仰と行いは主体と対象、コインの表裏の関係にあり、自由には責務が伴うように、信仰には義務(行い)が伴うということでしょうか。陽明学には、知(知ること)と行(行うこと)は同じ心の作用として両者は切り離せないとする知行合一という思想があります。

それにしても、「信仰のみ」というルターの救済思想は奥が深く魅力的であることは確かです。


2、聖書主義ー聖書のみ


又、ルターは、教皇や教会の権威や聖性を信仰することは、必ずしもキリスト教の本質ではないと考えました。ローマ・カトリック教会の宗教的権威を否定し、信徒は聖書を通じて神の前に自由に立つことができると考えたのです。

ルターは、「教会や聖人を通さずとも、人は誰でも聖書を読むことで神に祈り、直接神の前に出て神の恵みを受けることができる」と説きました。救いは教皇や教会にあるのではなく、個々人が聖書を通して神と直接つながることにあるとし、信仰の判断基準や救いの原理を、教皇よりも聖書に権威を置いたのです。

上記、信仰による義認がより内的な実質原理であるとすれば、恵みによる義認を受け取る器としての聖書は形式原理といえるでしょう。主観真理と客観真理とも言えます。信仰義認という主観真理を聖書という客観真理で保証したのです。

しかし、カソリックは、ルターの聖書主義について、「伝承(聖伝)を否定し聖書のみを主張する福音主義は、仮面を剥げば結局、救いは人間が我儘勝手に自分は救われた、と思い込む主観主義の粗野な哲学にすぎない」(岩下壮一著「カトリックの信仰」講談社学術文庫)と批判しました。

さらに「聖書だけを採用して、聖書の基礎となった聖伝を捨てるに至っては、最も滑稽である。キリスト教の信仰が、原始教会内における最初の著述に先立って既に説かれたのは、疑う余地もなき明白な事実で、新約聖書自身がそれを証している。福音書は使徒らのキリストの生涯と奇蹟と教訓とについての説教の一部に過ぎない」と反論しました。

筆者は、聖書とは「聖なる書」の意味として広く捉えています。旧約、新約、成約における神の言葉は、全体として聖書と言えます。この聖書に立ち返り、この神の言葉に最高の存在根拠を置くことが聖書主義であるとするなら、私は立派な聖書主義者であり、ルターの信奉者であります。

3、万人祭司主義とは

更に、信徒は聖書を通じて神の前に自由に立つことができ、聖書に従って信仰を行う者全員を司祭とするというプロテスタントの「万人祭司主義」が確立されていきました。万人祭司とは、すべてのキリスト者が祭司であるという教理で、宗教改革においてルターが強く主張したプロテスタントの根本的な教理の一つであります。

ルターは、神の目からはキリスト者がすべて「祭司」であると主張し、「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。」(1ペテロ2・9)を根拠聖句としました。

聖職者と平信徒との区別はなく、皆が祭司として執り成しの役事が出きるというのです。モーセの幕屋の掛け幕はイスラエルと異邦人を区別し、聖所の入口の幕は祭司と一般のイスラエルを区別し、垂れ幕は大祭司と祭司を区別しましたが、今やそれが全て取り払われ、われわれは至聖所まで入ることができるというのです。

ルター派は、牧師は信者に対する助言者であるとして、万人祭司の考え方が貫かれています。カルバンは長老制による教会政治を唱えました。カソリックの司教制度(教皇・枢機卿・大司教・司教・司祭)を否定し、牧師と信者の代表である長老による教会運営を主張しました。牧師、教師、長老、執事はその職種であります。

カソリックの教会制度が封建的教会運営であるとすれば、カルビン派は議会制民主主義、ルター派は直接民主制といったところでしょうか。カルバンはジュネーブにおいてこれらの思想に基づき強権的な神権政治を行いました。

しかし、上記の教会制度についてもカソリックは次のように反論しています。「プロテスタント教会の実状は、信者はやはり牧師の教える所に従い、長老は事実教会を統率しているのではあるまいか。而してローマ法王の権威や世界的教会の教権は、独断的なものではなく、聖伝と教会法によって明らかに限定された言わば立憲的なものであるに反し、プロテスタントの小法王たる牧師らの権威と群小教会の教権に至っては、まさに暴君の独裁専制のようだ」と批判しました。

ルターの万人祭司主義は、UCの個団摂理における「個団」と類似した概念であると思われます。聖職者と一般信徒の垣根を超え、出家者と在家者の区別をなくして、神を信じるすべての敬虔な信者が、自由かつ直接的に神の前に立てるという思想であります。

只、自由は放縦ではないことは、言うまでもありません。ルターは自由を重視し、カソリックは秩序を重んじてきたと言えなくもありませんが、「独裁はアナーキー(無政府)に優る」という言葉にもありますように、真の自由を享受するためには秩序も必要だということでしょうか。

そして、以上みてきた「信仰のみ、聖書のみ、万人祭司」という宗教改革の理念は、要するに教皇を中心としたカソリックの壮大な権威を打ち破る思想的武器であったことは間違いありません。

4、対抗宗教改革について

以上見てきた宗教改革の理念は、カソリック、正教会と並ぶプロテスタンティズムの潮流を形成しました。信仰義認、聖書主義、万人祭司の思想はルター、カルビンなどプロテスタンティズムの共通の理念となりましたが、宗教に留まらず、やがて自由主義、民主主義、資本主義といった近現代の潮流を生み出す源泉になったことは多くの識者が認めているところです。

ではカソリックに取って、ルターやカルバンらよってもたらされた宗教改革の意義とは何でしょうか。それは、プロテスタントの誕生が、カソリックに緊張感をもたらし、自己改革の導火線になったことであります。以下、カソリックの対抗宗教改革を見ていきたいと思います。

<カソリックの対抗宗教改革とは>

カソリックの改革刷新運動は宗教改革以前にも断続的にありましたが、ルターらによるカソリック批判を契機に、これを刺激とし反面教師として、本格的な自己改革と失地回復の努力をすることになりました。

その骨子としては、①聖職者や教会組織の粛正と自己改革、②イエズス会の発足と世界宣教、 ③トリエント会議での教理の再確認、④異端審問所と思想統制、の4点を挙げることが出来るでしょう。

改革は、先ず教会の刷新から始まりました。聖職売買(シモニア)の禁止と規律の向上、司祭の再教育と知的水準の向上、人間性の重視と信心の深化、教会法の遵守などの自己改革です。ドミニコ会などの修道会の刷新も行われ、審問や討論を通じてルターと論戦いたしました。

そして1540年にはイエスズ会が托鉢修道会として誕生することになります。清貧と貞潔の誓いを立てて誕生したイグナチウス・ロヨラ率いるイエズス会は、教皇への絶対服従と軍隊的規律をもって内部の信仰の革新に努めたばかりでなく、積極的に海外伝道を進めました。南米やアジアへの宣教、そして日本にもイエズス会士フランシスコ・ザビエルが1549年に上陸し、キリスト教を伝えたことは周知の通りです。又多くの慈善活動にも携わりました。

このカソリックの対抗宗教改革は、1545年から1563年にかけて断続して行われたトリエント会議において、その成果を結実することになります。カソリックはこの会議で、伝統的なカソリックの教理を改めて確認いたしました。即ち、次のような教理が再確認され、宗教改革の信仰思想を拒否しました。

ニカイア・コンスタンティノポリス信条を再確認し、教会の真理と規律は聖書と伝統(聖伝)によること、又ヴェルガータ訳を公式聖書として採用すること。

②救いは、神の恩寵が義化の根本であるが、人間の協働(行為)も必要とすること。(神人協働説)

7つの秘蹟を再確認。ことに聖餐の秘蹟では、聖変化によりパンとワインがキリストの体と血となる実体化体説を確認。ちなみにルターは実体共存説 ツイングリーは象徴説、カルバンは準象徴説(調停的聖餐論)の立場にそれぞれ立っている。

④司祭叙階は秘蹟であること(秘蹟により魂に消えない印が刻印される)や婚姻の秘蹟(司祭と二人の立会人で行われ、離婚を認めない立場に立つ)も確認される。

⑤贖宥状は廃止するも、その意義は認めること。

⑥聖人や聖遺物の崇敬、巡礼、修道院制度、煉獄説、諸聖人の通効などの教会の伝統に由来する教義の有効性を確認。

又、カソリックは、異端審問所を設置して魔女狩り的な裁判を行い、禁書目録を作成するなどして思想統制を強めていきました。

5、教派間の対話と和解の潮流

近時、カソリックとプロテスタントは対話と一致を模索しています。カトリック教会でも長く続けていた異端審問や宗教裁判について、1971年2月4日、ローマ教皇庁は「今後は異端および破門という呼び方、考え方を無くする」と発表し、ここにカソリックにおいて異端と破門の問題は終結しました。今や世界は、教派・宗派の枠を越え宗教間の一致に向かっていることは間違いありません。

キリスト教が超教派で対話と和解、一致を目指す「教会一致運動」(エキュメニカル運動)は、プロテスタント諸派が1910年に開催したエジンバラ世界宣教会議から始まったといえます。1948年、多くのプロテスタント教派と正教会などが加わる超教派の「世界教会協議会」(WCC)が設立され、長年、教会一致運動に取り組んできました。

ローマ・カトリック教会もこれに呼応し、教皇パウロ6世は、1965年にコンスタンティノ一プル総主教アシナゴラスとともに、1054年以来続いていた東西教会相互の破門宣告を取り消しました。

日本でも1984年から日本福音ルーテル教会とカトリック教会双方のメンバーで構成する「ルーテル、カトリック共同委員会」が対話を続けています。

以上、宗教改革の理念とカソリックの反論及び原理観、カソリックの対抗宗教改革、などを見てまいりました。これらの分析を通して、新しい福音の理念とその在り方への羅針盤になれば、これに過ぎたる幸いはありません。これをもって異端に関する項を終わることにいたします。次回は、ルターやカルバンなどの宗教改革者に強い影響を与えたキリスト教最大の神学者であるアウグスチヌスの思想を見ていくことにいたします。(了)

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<資料>

以下、カソリックとプロテスタントの一般的な違いについて、参考資料として列挙しておきます。(カソリックをC,プロテスタントをPと表記します)

①信者数はキリスト教世界全体で23億人、その内Cが約12億、Pが7億人である。

権威の所在はCが神→教皇・教会→聖書→信徒の順で、Pは神→聖書→教会(信徒の集まり)の順になっている。

③聖書に関する態度としては、Cは教会の信仰と規律は正典たる聖書と伝統とするのに対し、Pは伝統や諸規定に権威を認めず、ただ聖書のみを権威とし、聖書のみが神と人との媒介者であるとする。

Cは聖書の最終的解釈者を教皇とし、聖書解釈の統一性が維持されているの対して、Pは聖書解釈が各人により、教派毎に主張が異なる傾向がある。Pにおける聖書解釈の無政府性が指摘されている。

Cは伝統を重視し、ヒエラルキー的な組織(教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭)を持つが、Pは伝統から解放された自由な信仰、自由な教会設立と運営を主張し、牧師と信徒は原則平等とする。

Cは、神父(公式には司祭)は男性のみで独身が原則で、儀式は司祭のみが行う。修道院制度(ブラザー、シスター、出家僧)があり、マリアや使徒などの聖人信仰がある。又7つの秘蹟(洗礼、堅信、聖体、告解、塗油、叙階、結婚)の儀典がある。告解儀式は重要で、告解室がある。洗礼によって罪(原罪+洗礼以前の罪)が許され、告解儀式(悔い改め、告解、償い)によって洗礼後の罪が許されるとする。幼児洗礼を認め、ミサは共通で聖餐の儀式は毎回行われる。磔刑の十字架、マリア像などが飾られる。

➆上記に対してPはかなり異なる。教職者は牧師と言われ、女性も牧師になれ、又牧師の結婚は許されている。修道院、マリア信仰がなく(ルーテル、聖公会系は別)、教会堂も十字架もシンプルで、これらは偶像の排除、清貧の思想の表れといわれる。主要儀式は洗礼と聖餐のみでCの他の5つのサクラメントは聖書に根拠無しとして認めない。幼児洗礼には賛否がある。

⑧Cでは、神父を聖職者と呼び、Pでは牧師を教職者と呼ぶ。祭司とは、もともと儀式を行う特権を持つ人のことだが、Cは神父のみに儀式が認められ、Pでは原則信徒も儀式を行える。信徒全体が平等に神と繫がり、牧師と信徒は平等(宗教的民主主義)との思想がある。ルターは「キリストに従う者は、誰でも儀式を行う権利を持つ」と言った。

⑨日曜礼拝をCではミサという。ミサとは、パンとぶどう酒をキリストの肉と血として信者に分け与えキリストと一体となる典礼である。Pでは礼拝といい説教が重視される。Cは聖歌、Pは賛美歌と呼び、聖歌は祈りの言葉であり、賛美歌は神を讃える歌とする。

➉その他、葬儀について、Cは故人の罪のゆるしを請い、永遠の命にいたることを祈るが、Pは葬儀は神と遺族の慰めであり故人への礼拝はしない。教育についてCはマナー・長幼の序を重視するが、Pは個性尊重し自由にのびのびと育てる。Cは器具や薬を使っての人工的な避妊は不可とし、Pは干渉せず個々人に委ねるとする。Cは妊娠中絶を禁止するが、Pは一部で許容する。

以上の通りですが、次の教理はカソリック,プロテスタント共に共有しており、ここから外れれば異端となり、もはや正統なキリスト教とは認められません。即ち、①聖書を正典とすること、②三位一体の神を受け入れること、③イエス・キリストを罪を取り除くメシアと信じ、福音の3要素(十字架による贖罪、墓に葬られたこと、3日目に復活されたこと)を信じること、であります。又主の祈り・使徒信条・洗礼・聖餐も共通しています。(以上)