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韓国のキリスト教② 第二次世界大戦後のキリスト教、そして韓国は何故キリスト教国になったか

🔷聖書の知識41ー韓国のキリスト教② 第二次世界大戦後のキリスト教、そして韓国は何故キリスト教国になったか

全世界に出て行き、すべての作られた者に、福音を宣べ伝えなさい。(マルコ16・15)

前回、韓国のキリスト教について、李朝時代と開国から日本統治時代を概観しましたが、今回は第二次世界大戦後のキリスト教の動向を考察し、「韓国は何故キリスト教国になったか」を明らかにしたいと思います。

鈴木崇巨著『韓国は何故キリスト教国になったか』(春秋社)によれば、a.キリスト教という宗教そのものが韓国人をひきつけたこと、b.純粋な心を持った韓国人の民族性がキリスト教に合致したこと、c.殉教の歴史から来るキリス教徒への信用があったこと、の3点をあげられ、更に、「あなた方は行って、すべての民を私の弟子にしなさい」(マタイ28.19)とのイエス・キリストの宣教命令に応えた信者の「熱心な祈りと伝道」があったことを指摘されています。

これらは全て筆者も同意するものですが、以下、更に掘り下げて考えていきたいと思います。

【第二次世界大戦後のキリスト教】


1945年8月15日は日本においては敗戦、韓国にとっては解放記念日であります。これ以降、韓国で信教の自由は保証されキリスト教は発展していくことになります。司令官のダグラス・マッカーサーは「朝鮮人の人権及び宗教上の権利を保証する事」と布告し、韓国人に対して信教の自由を認め、また、キリスト教優遇政策をとりました。

しかし、38度線を境に、北はソ連の影響下に、南はアメリカの影響下に置かれ、北の金日成政権下では宗教は弾圧されました。終戦時、朝鮮半島全体のキリスト教信者のうち75%は北にいましたが、1960年代には北の宗教抹殺政策がほぼ完了したと言われています。

1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発し、1953年7月27日に休戦協定が成立しましたが、この朝鮮戦争での死者は、北約272万人、南約133万人、アメリカ軍は戦死者3万3686人、戦闘以外での死者は2830人、戦闘中行方不明は8176人にのぼりました。3年年余り続いた戦争は決着がつかず、1953年7月27日、休戦という形で終了しました。朝鮮戦争の結果、南北の分断は決定的となり、1000万人とも言われる多くの家族が南北間で離れ離れになってしいました。

その間、400万人~450万人が北から南へ逃げてきたと言われ、その中には多くのキリスト教信者がいて、これらのクリスチャンは韓国キリスト教発展の核になりました。その南への避難民の中には韓鶴子親子、文鮮明先生も含まれています。こうして朝鮮動乱の血の犠牲はキリスト教進展の養分となり、また動乱で韓国のために犠牲となった米兵の存在は、アメリカ文明とその根本にあるキリスト教を受容するよき土壌となりました。


1961年朴正煕軍事政権が樹立され、また1965年に日韓基本条約が締結されて、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展の時代が始まりますが、その経済発展とソウル一極集中ともいうべき都市化に合わせるかのように、キリスト教信者は急増致しました。

軍事独裁期には、かってキリスト教が抗日運動の主役であったように、キリスト教会が反独裁運動、民主化の重要な拠点となりました。代表的なものとして、金大中を支援し共闘した天主教正義具現司祭団などが挙げられます。民主化闘争を担ったカトリックの金大中や長老教会幹部の金泳三らは現実の政治闘争への参加を呼びかける民衆神学の信奉者でした。

現在、単独の教会としては、カトリックが500万人を組織し最大で、プロテスタントでは、長老派、メソジスト派、その他を合わせて1200万人に登っています。朝鮮戦争後は米国の強い影響下に汝矣島純福音教会などメガチャーチも出てきて、様々な教派が教勢を広げました。

以下は、解放後の韓国キリスト教の信徒数及び信者の人口比率の推移です。(鈴木崇巨著『韓国は何故キリスト教国になったか』(P115)より、以下、Pはプロテスタント、Cはカトリック)

1945年 P30万、C10万、人口比率2%

1950年 P60万、C15万、人口比率3.8%

1960年 P150万、C43万、人口比率7.7%

1970年 P320万、C78万、人口比率12.6%

1980年 P710万、C140万、人口比率22.6%

1990年 P1190万、C240万、人口比率35.6%

2010年 P1200万、C510万、人口比率35.7%

上記にみられますように、特に1960年から1990年までの急激な成長には、驚くべきものがあります。韓国が何か世界的規模で神から摂理されているのではないかとさえ感じさせる勢いがありました。但し、1990年から今日まではプロテスタントは足踏み状態になり、むしろプロテスタントからカトリックへの移籍が見られるようになりました。


【 韓国は何故キリスト教国になったか】


では、韓国は何故クリスチャンが激増し、キリスト教の国になったのでしょうか。このテーマは、多くの識者によって論じられていますが、浅見雅一・安延苑著『韓国とキリスト教』中公新書には、キリスト教浸透の要因として次の4点が挙げられています(134ページ)。


①韓国の原信仰が一神教的要素を持ち、一神教であるキリスト教を受容する下地となった。

②朝鮮王国の朱子学の理気二元論には、キリスト教の世界観に類似する点があった。

③儒教の倫理を重視する姿勢が、キリスト教倫理への接近を容易にした。

④植民地時代にキリスト教が抗日独立運動の精神的支柱になっていた。


以下、a.韓国の霊性や思想的背景の視点、b.韓国キリスト教会自体が持つ特色からの視点、c.社会的側面から見た視点、の3つの視点から考察したいと思います。


<韓国の霊性・思想的背景から見た激増の要因>

先ず、韓国の霊性や思想的背景から激増の原因を見ていきます。


第一に、キリストは韓国人の心性と歴史性において基本的に相性が合う宗教であることです。韓国人の独特の情緒を表す言葉として「恨」という言葉があり、韓国は「恨の民族」と言われます。「恨」とは、いわゆる復讐心を伴う「うらみ」とは異なる概念であり、浅見雅一氏は、「理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所への憧れと、それを得られない無念さ、哀しみが入り混じった感情」(『韓国とキリスト教』P139)と定義しました。広島大学名誉教授の崔吉城(チェ・キルソン)著『恨の人類学』では、恨を「長い受難と抑圧の中で、永久的な絶望が生んだ諦念と悲哀の情緒」と表現しました。また、「単なる恨みではなく、対象のない誰にもぶつけることができない悲しみや怒りや辛さが、心の中に雪のように静かに降り積もっていく感情」(太田洪量著『恨を解く』)と言われています。


以上の定義を要約すれば、恨とは韓国の過酷な歴史から生まれた「願望がかなわない諦念と悲哀の心情」と言えるでしょう。韓国は、中国、ロシア、日本、アメリカといった大国の狭間で翻弄され、受難の民として悲惨な歴史を余儀なくされて来ました。そして今なお南北分断という民族の十字架を背負っています。目に見えない過酷な運命にさらされてきた民族の感情を「恨」と表現したのです。

そして、その感情は、イスラエル民族やイエス・キリストが背負ってきたものであり、韓国人は、イスラエルの受難の歴史や、イエス・キリストの十字架の受難の中に自らの運命をダブらせてきました。イスラエルは、悔い改めと信仰の力で、受難をヤハウェとのより深い関係を結ぶきっかけとして昇華していきましたが、韓国では未だ消化しきれていないものが恨として積もってきたのです。そして、キリスト教は韓国人の「恨」を解放するきっかけを与えました。


その意味において、キリスト教は韓国人が共感できる要素を持っている宗教であり、そもそもキリスト教は、韓国人にとって相性の合う宗教だというのです。

第二に、浅見雅一・安延苑著『韓国とキリスト教』で指摘しているように、韓国には唯一神(ハナニム)の神観念の土壌があり、キリスト教的一神教を受け入れ安かったことです。

韓国では伝統的に神を「ハナニム」(唯一のお方)と呼んできました。ハナミムは本来はシャーマニズムの最高神、宇宙の中心にある存在と言われ、この神観は、キリスト教の一神教の神に近く、キリスト教を受け入れやすい土壌になりました。実際、キリスト教の神を同じ「ハナニム」と翻訳し、唯一の神ハナニムに創造神という意味が加わりました。後述するように、韓国の原宗教には汎神論的なアニミズム的巫教(シャーマニズム信仰)がありますが、一方では一神教的な要素があるというのです。


中国でも、「天・天帝」という宇宙を司る神の観念があり、いまや8000万人のキリスト教人口を擁しています。逆に日本では八百万の神を持つ多神教の土壌の中にあり、キリスト教が苦戦している原因の一つになっています。

第三に、キリスト教の「聖別思想」が韓国人の気質と合致することです。

 

キリスト教には、善と悪、神とサタンというように、白黒をはっきりさせる分別思考(聖別思想)があり、内村鑑三は『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』(P227)で「キリスト教の優れた特質は、この光と闇、生と死との峻別であります」と語っています。そしてその考え方は、自己主張がはっきりし、原色を好む韓国人気質に合っているというのです。韓国人の気質として、感情的である、自己主張がはっきりしている、原色を好む、熱心で動的、といったことを挙げられ、逆に日本人は、理性的、控え目、淡色を好む、静的で、対立を避け和を重んじる傾向があります。韓国人は感情を司る右脳7割、理性を司どる左脳3割で、逆に日本人は右脳3割、左脳7割だというのです。


第四に、キリスト教の世界観や倫理観が、儒教的世界観や倫理観と一致したことです。李朝の儒教は朱子学の理気二元論であり、キリスト教の世界観に類似し、また儒教倫理はキリスト教倫理の土壌になったというものです。ちなみに理気二元論とは、宋代に興った朱子学(宋学)の中心概念で、宇宙万物の形成を、宇宙の根本原理としての「理」と、物質(質料)を形成する原理の「気」の一致として説明する存在論です。これは、「浅見雅一・安延苑著『韓国とキリスト教』」で指摘された②と③に該当します。


李王朝は、高麗時代の仏教を排除する意味でも儒教の朱子学を国教として取り入れ、その中心思想である理二元論を重視しました。日本では儒教は選択的に一種の学問として取り入れましたが、韓国では宗教として全面的に取り入れました。また日本では陽明学を取り入れていますが、韓国ではほとんど受け入れていません。


<韓国キリスト教会自体が持つ特色からの激増要因>

次に韓国のキリスト教自体が持つ激増の要因ですが、先ず第一に、李王朝時代における迫害によって、おびただしい殉教の血が流されたということです。韓国の教会は、この血の犠牲の上に立っており、これがキリスト教発展の条件につながりました。

二番目は、特にプロテスタント教会には熱心な祈りと熱心な伝道がありました。韓国の教会には、「早天祈祷会」の伝統があります。これは1906年吉善宙牧師(キル・ソンジュ、1869年~1935年)による「夜明け前祈祷会」に起源があり、早朝の祈りに始まり祈りで終わる伝統が現在まで続いています。吉善宙牧師は朝鮮平安南道出身の長老派牧師で、韓国のキリスト教に見られる「通声祈祷」(声を出して泣きながら絶叫して祈る)の創始者でもあります。(昨今、UCでも「徹夜祈祷会」がもたれているが、これは吉善宙牧師の「通声祈祷」に類似している)


このように韓国の教会は、万事が祈りで始まり、祈りによって事が運ばれ、祈りのよって終わるという伝統があります。


また、家族、親戚を通じての伝道をはじめとして、総じて韓国の教会は純粋な信仰で熱心に伝道すると言われています。世界にもアメリカに次いで多くの宣教師を派遣しており(2万人)、日本にも多くの宣教師が来て主に在日韓国人に布教しています。文字通りイエスの宣教命令「全世界に出て行き、すべての作られた者に、福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)を実践しています。


第三には、韓国には古来、巫俗(ふぞく)という民間宗教がありますが、これを取り込んだことです。以下、この点について詳しく見ていきます。


巫俗 とは、朝鮮のシャーマニズムであり、ムーダン(巫堂)というシャーマン(職業的宗教者)が「クッ(굿)」という神を憑依させ、お告げを行う祭儀で、古代から続く朝鮮土着の信仰です。神や霊魂と直接に接触・交流し、託宣、予言、病気治しなどを行う宗教的職能者をシャーマン(shaman)といい、シャーマンを中心とした信仰をシャーマニズムといいます。シャーマニズムとは、あらゆる物に精霊が宿るとするアニミズム(精霊信仰)から派生しているもので、汎神論的・多神教的な性格があります。この巫俗シャーマニズムをキリスト教信仰に取り込んだことが成長をもたらした大きな要因だと言われています。韓国人の心性にはシャーマニズム的要素が残存し、クリスチャンであっても占いや風水を信じる人がいると追うのです(「浅見雅一・安延苑著『韓国とキリスト教』P133)。


クリスチャンアカデミー編『韓国教会聖霊運動の現象と構造』によると、「知性的神学を全面に出して布教に失敗した日本のプロテスタントとは対象的に、韓国のプロテスタント教会にはシャーマニズムとキリスト教が共存・混雑しており、主に宗教的熱狂主義を根元とする心霊復興によって大きく成長した」とあります。(崔吉城著『キリスト教とシャーマニズム』(ちくま新書)P200)


つまり、韓国のプロテスタントは、キリスト教が一般的に忌避するシャーマニズムの神秘主義を大胆に取り入れ、これが韓国の風土と合致し、教会の急成長をもたらしたというのです。まさにパウロが1コリント9章20節で「ユダヤ人にはユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである」と語っている通りです。この神霊的神秘主義を端的に表現する言葉として、「通声祈祷」(声を出して絶叫して祈る)「聖霊臨在」「異言」「治病」「接神」「降神劇」などが挙げられます。


これらは1930年代から始まった神霊的神秘宗教である、李龍道、白南柱、黄国柱らの「新イエス教」、これを受け継いだ「聖主教」、「腹中教」にも共通性が見られます。ちなみに韓鶴子女史の祖母の趙元模(チョウウォンモ)女史、母の洪順愛女史は新イエス教や聖主教・腹中教の熱心な信者でした。


韓国シャーマニズム研究の第一人者である崔吉城(チュキルソン)は著書『キリスト教とシャーマニズム』(ちくま新書)の中で「韓国におけるキリスト教の核心部分ではシャーマニズム的要素がつよく、教会で行われている病気治療のための祈りなどはシャーマニズムと変わりがない」(P18)と指摘した上、多くのクリスチャンはシャーマニズムを迷信と見なしており、韓国のキリスト教にシャーマニズムが潜んでいることに気づいていないと指摘しました。韓国にはこういったムーダン(シャーマン)の仮面をかぶっている教会が多いと言われています。(呉善花著「新スカートの風」)


更に崔吉城氏は、韓国ではシャーマニズムが生活全般、つまり職業、結婚、留学、離婚、事業、健康などに深く関わり、イエスが病気の癒しをしたように、ムーダンは病気を治療すると指摘しました。この霊的恩恵の感謝のしるしとして、教会が献金を受け取るように、ムーダンは献金にあたる「別費」を受けとるというのです。また、「伝統的教会が忌避する傾向があるシャーマニズムを神秘主義に引き込み、巫俗的神秘主義と韓国の風土が合致して教会の急成長をもたらしました」と語り、「宗教から神霊性を強調する神秘主義を抜いてしまった場合は宗教性が弱くなりますが、反対にそれを過度に強調した場合も神学自体が無視されます」とし、これらの「適度な調和」が宗教発展に要求されるとも指摘しました。


この巫俗シャーマニズムは現世利益的な傾向を持っていますが、韓国の牧師は現世利益をはばからず、そのために祈りました。これを「祈福信仰」といい、人々はシャーマンのところに行く代わりに牧師のところに行くというのです。特に数万から数十万の信徒を有するメガチャーチでは、病気の癒し、貧乏からの解放、ビジネスの成功、即ち「貧・病・争」を売りにしました。80万人もの信徒を持つ趙鏞基(チョー・ヨンギ)牧師率いる汝矣島(ヨイド)純福音教会では、これを地でいっています。ちなみに趙鏞基牧師は、10代に重度の結核になり、キリスト教信仰で九死に一生を得た経験があり、この信仰体験が原動力になっています。また、慈善家で長老派の永楽教会の韓景職( ハン・ギョンジ)牧師も結核で生死をさ迷いましたが、キリスト教の信仰で奇跡的に完治されました。このように、カリスマ的牧師には、自ら「癒し」の原体験を持っています。


つまり韓国のキリストには、ソウルの明洞聖堂に代表される「理のキリスト教」と、趙鏞基の純福音教会に代表される「気のキリスト教」の2つのタイプがあると言われています。理のキリスト教は論理的・合理的側面を重視し、気のキリスト教は神秘主義的側面を重視しました。前者は神学理論を、後者は巫俗信仰を取り込んでいきました。

 

社会的側面から見た激増の要因>

次に社会的側面から見た激増の要因ですが、1960年代からの経済成長と都市化は著しく、特にソウル周辺に人口が集中しました。キリスト教は、これら農村地域から都市に流れた人々(若者)の心をつかみました。こうして知識層に広がった日本に対して、庶民に広がった韓国と言われています。

とくにプロテスタントの宣教師のなかには、説教壇で神憑りするような現象が少なくなく、宣教師の熱狂的な説教によって、信者たちが神憑り状態に陥ることもあります。前記したように、シャーマニズムと習合したキリスト教は、病気治療などの現世利益の実現を約束して庶民の信仰を集めていきました。宗教学者の島田裕巳氏は、「日本でも、高度経済成長の時代には、創価学会をはじめとする新宗教か急増しました。韓国では、日本の新宗教の代わりをキリスト教が果たしました」と言っています。

また、アメリカ人が朝鮮戦争で多くの血を流しましたが、この事実は、アメリカの文化、アメリカ宣教師を受け入れる条件になったと言われています。そして戦前の抗日独立闘争や戦後の民主化運動を牧師、神父、キリスト者が担い、これらが国民の共感、キリスト教への信頼を得ることになりました。


特に韓国には指導者層にキリスト者が多く国会議員の4割がクリスチャンだと言われています。金大中はカトリック、金泳三は長老派幹部、李明博は熱心な長老派であり、1980年代、兵士の40%、将校の70%がキリスト教信徒でした。なお年中行事として、各界、各宗教界の代表的人材を集めた「大統領朝食祈祷会」が行われています。(この大統領朝食祈祷会に我がUCは招かれているのだろうか) 

【韓国キリスト教会の現実と課題】


韓国キリスト教は、今やアメリカに次ぐ世界第二の宣教師派遣国(2万人)で150ヶ国に及んでいます。また、世界に散る700万人(日本は110万人)もの韓国人を対象とした教会が各国に計7000も存在しています。

宗教人口は総人口の55%で非宗教人口は45%、仏教が20%、プロテスタントが23%、カトリックが12%、儒教0.2%となっています。ちなみに、創価学会は140万人、天理は25万人の信者を韓国内に抱えていると言われています。プロテスタントの三大教派は、長老派、メソジスト、ホーリネス教団で、アッセンブリーオブゴッド、バプテスト、聖公会、救世軍、その他派生宗教など数多くの教派が存在しています。いわば宗教の百貨店です。

しかし、一方では抱えている問題も多く、特にメガチャーチ牧師の金銭流用問題、家族による教会の私物化や相続問題、課税問題などが勃発して批判を浴びています。また、行き過ぎた現世利益、極端な個別教会主義の弊害が出てきて、教会内での独善化や地域社会との隔絶が問題になっています。韓国内には、極端な学閥主義、財閥主義、賄賂政治の横行、地域意識の先鋭化などの社会的な問題があり、それらとの癒着が問題視されています。

そうして、韓国のキリスト教は、1990年を境に、以後30年間、信徒数は頭打ちになっています。キリスト教の伝統通り、沈滞やマンネリを打破するリバイバルは起こるのでしょうか。

東学から発展した天道教がキリスト教理解の下地となったことや、先祖崇拝を取り込んだことなど、未だ語り足りないところは多々ありますが、大方の韓国のキリスト教事情を述べてきました。上記に述べた要因の全部又は一部が要因となってキリスト教の激増につながったと考えられます。これらを要約すれば、先ず、先人の殉教の血の上に、キリスト教の神観、世界観、倫理観が、韓国の宗教的土壌と合ったこと、次に熱心な祈祷と伝道があったこと、更に巫俗シャーマニズムを取り込み現世利益に応えたこと、そしてこれらが経済成長と都市化の波に乗ったことであります。

そして最後に見落としてはならない点として、韓国におけるキリスト教の激増の背後には「再臨摂理」が密接に絡んでいるということであります。神は何故韓国キリスト教会を豊かに恵まれ、かくも祝福されたのでしょうか。あの1960年から1990年における韓国キリスト教の躍進を見て、識者の誰しもが「この国に神は何かをさせようとされておられる」と感じたのです。それはひとえに再臨摂理を助けるためではなかったのでしょうか。

今、韓国キリスト教会は、UCを異端と位置付け、監視委員会まで作って警戒しています。かってユダヤ教がイエス・キリストを磔にしたように、本来最大の証人になるはずのキリスト教が、今やUC最大の障害になっているというのです。そもそもおよそ高等宗教は、キリスト教にしろ仏教にしろ、発生地では拡がらず、むしろ異教徒の国で発展しました。ユダヤ教は2000間、ユダヤ人イエス・キリストを拒絶してきたのです。この韓国キリスト教の壁を如何に打ち破るかは再臨摂理の関ヶ原です。増大した韓国キリスト教が、かってのパリサイ派のようになっては、元も子もありません。韓国キリスト教は再臨摂理に合流してこそ意味を持つからです。

それには、UC教義の更なる洗練深化、UC組織の大胆な改革、UC信者のリバイバルの3つが不可欠であります。我々の霊的回心なくして、これら神が用意されたキリスト教を屈服させることはできません。

次回は、これらの現実を踏まえ、UCを異端とする理由、とりわけ戦前の李龍道のイエス教など神霊的神秘主義教団とUCとの関係、いわゆる「混淫派」などとのレッテル張りや流言飛語の真実、既成キリスト教会の既得権益の打破、などについて論評したい思います。(了)



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