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出エジプト記注解⑤ 十戒第2戒の解説

🔷聖書の知識74-出エジプト記注解(5) ― 十戒第2戒の解説


あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。(出エジプト20.4)


神はモーセに、その指で書かれた二枚の石の板を授与されました。(出31.18)


前回、シナイ契約と十戒の内、第1戒の意義について考察いたしました。今回は引き続き第2戒の偶像の禁止について見ていくことにいたします。


【第1戒を中心とした十戒の全体構造】


神はモーセに、その指で書かれた二枚の石の板(十戒)を授与されました。(出31.18)


さて、前回述べましたように、第1戒から第4戒は信仰箇条として神への義務(愛)が規定され、いわば信仰(宗教)規範であり、第6戒から第10戒は倫理箇条として人への義務(愛)が規定され、道徳(法律)規範であります。そして第5戒は、信仰箇条と倫理箇条を結びつける橋渡しのような役割を有し、神と人の双方への義務(愛)が込められています。


そして前回も述べましたように、2戒から4戒は、1戒を守る防波堤であり、6戒から10戒は、5戒を媒介に1戒から4戒までを守る囲いになっていると言われています。(藤林益三著『聖書と契約』)


即ち、十戒の中心は第1戒の「唯一神」にあるというのです。これはイスラエルが代々最も大切にしてきた次の聖句「シェマ.イスラエル(イスラエルよ、聞け)」に象徴されています。


「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(申命記6.4~5)


この聖句はイスラエル一神教のエッセンスを凝縮したものであり、この聖句を朝夕の祈りの中心に唱え、子らに教え、家の入口の柱と門とに書きしるしたと言われます。実は世界人口0.2%のユダヤ人が、20%ものノーベル賞受賞者を出しているのは、この聖句を日々唱えていたからだとも言われています。


この点に関してイエスキリストは、上記聖句を引用して、次のように言われました。そしてこの言葉は、613個の律法全体の要約であります。


「イエスは言われた、『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。 これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」(マタイ22.37~40)


確かに、信仰箇条は神への愛を、倫理箇条は隣人への愛を定めています。そして、神(天や先祖)を愛すること、人(同胞)を愛することは、儒教や日本人の道徳の基本をなすもので、多かれ少なかれ、古今東西、全ての宗教に共通する教えと言えるでしょう。


そして律法(十戒)授与の背景には、天地創造以来、神の救いの業がアブラハムにおいて着地し、モーセにいたって神の民を見出だし、血と涙をもってエジプトからイスラエルを贖い出された神の万感の思い、そして無限の愛が込められています。


【第2戒について】


<偶像の禁止条項>

第2戒は、世にいう偶像禁止の条項で、神は刻んだ像を造ってはならない、その像を拝んではならない、と命じられました。


この条項は、「真の礼拝とは何か」を教えているものです。ヨハネ4.24に「神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」とあるように、神は目に見えない霊的超越者であり、何人もこの神を視覚化し、目に見える形にすることなどは出来ません。そして神でないもの(被造物)を拝してはなりません。


従ってイスラエルにおいては、神を可視化してはならないとされ、イスラエルの民が金の子牛を造って礼拝した際には、極刑をもって処罰されました。(出エジプト32.35)


ジャン・オノレ・フラゴナール画 (偶像崇拝した者を滅せよ)


19世紀までユダヤ系の画家・彫刻家などの芸術家が輩出されなかったのは、この偶像崇拝禁止の規定のためと言われています。


ただこの戒めは、神殿、幕屋、礼拝堂などの装飾については除外されています。十戒を与えた神は、契約の箱を、刻んだケルビムで飾るように指示されており、単にケルビムを装飾品としてそこに置くことは、偶像崇拝ではありませんでした。


このことから、像を造ることが偶像崇拝となるのは、彫像が礼拝や服従の対象となるか、礼拝の不可欠な一部となる場合においてであるということであります。


なお2戒の後半は後世の付加部分だと言われています。神は「妬む神」としてイスラエルを熱烈に愛される神でした。また「父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし」とは、父の犯した罪のゆえに子が罰を受けることではなく、先祖の罪の悪影響が子孫に及ぶということを示唆しています。しかし「恵みを千代にまで施す」とあるように、先祖の良い影響は更に豊かに長く及ぶということです。


<偶像礼拝の考察>

偶像礼拝とは、それが人であれ万物であれ彫像であれ、神でないものを神として、あるいは神のようなものとして崇めることであり、一神教では厳しく禁じられてきました。しかし一方、偶像には,神,仏,超自然力などの抽象的な信仰対象に具体的な姿をもたせ,人々に明確な信仰対象を与える力があるとも言われています。信仰の対象は、形而上的な目に見えないものより、目に見える具体的なものの方が馴染み安いというわけです。


従って、古代メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマ社会などでは偶像礼拝が盛んに行われていました。イスラエルを除いて回りは全て多神教世界だったのです。


こういった中で、イスラエルは常に偶像崇拝の誘惑に晒され、神は預言者を通して、王に対してはその腐敗を、民に対しては偶像礼拝を厳しく糾弾されました。当にイスラエルの歴史は、偶像崇拝との戦いの歴史だと言っても過言ではありません。かのソロモンでさえ、異教徒の妻の影響で、下記聖句の通りその誘惑に犯されました。


「ソロモンは、シドンの女神アシュトレイト、アンモン人の神ミルコムに従った。モアブ人の神、ケモシュ、アンモン人の神モレクに香を焚きいけにえを捧げた」(1列王11.5)


では何故イスラエルは偶像礼拝に陥ったのでしょうか。その要因には、異民族との混血による感化、豊穣や多産の異教徒の神々への魅惑、異教の神々の派手な儀式や祭、そこで行われる性的儀礼や誘惑、などが挙げられています。


そして現代の偶像崇拝の対象となるものは、古代のものほど雑ではありませんが、どんな名誉、富、快楽であっても、それらを神以上に求めるなら、それは偶像崇拝の対象となり得るというのです。ルターは「人間の心は偶像を作り出す工場」と指摘しました。


こうして私たちは、地位、名誉、金、貪欲、快楽、そして人間など、神以外のものを神として拝してはならず、まずもって唯一にして創造主である「天の父母なる神」のみを礼拝すべきであるという教訓を引き出すことが出来ました。

【偶像問題の論点】


特にキリスト教歴史の中で、この偶像崇拝問題は幾つかの重要な神学の論点となりました。以下、主だったものを考察いたします。


<キリスト教の聖像論争>

ローマ帝国内で大衆伝道の方便として使われていたマリア像などの聖像や聖画が、モーセの十戒第2項「刻んだ像を造ってはならない」に当たるか否かで論争がありました。これが聖像論争であります。


キリスト教が4世紀にローマ帝国に公認され、広く布教されていく中で、伝道の方便として、マリアや聖人の像が使われるようにななりました。


ところが7世紀に東方教会に国境を接するイスラム教がおこり、イスラーム教では徹底した偶像崇拝の否定が行われていますので、彼らはキリスト教の偶像崇拝を厳しく批判し始めました。


これを受けて、聖像の賛否を巡って論争となり、結局ビザンツ皇帝レオ3世は、726年、聖像禁止令を出し、聖像の製造禁止と破壊を命じました。


聖像擁護派は、聖像そのものを神として崇拝しているのではなく、あくまで聖像を通じて神を崇拝するのであり、聖像は偶像崇拝には当たらないと主張しました。つまり、崇敬すれども崇拝せずということであります。


しかし、この聖像崇拝論争は、東方教会内の論争にとどまらず、東方教会と西方教会の対立に発展しました。西方教会(ローマ=カトリック教会)の教皇グレゴリウス2世は、ゲルマン民族への布教を積極的に進めていましたので、その際の聖像の使用は不可欠として、レオン3世の聖像禁止令に反撥しました。


次第に東西教会の対立は決定的となり、最終的に両教会は、1054年、互いに破門し合って東西に分裂することになります。世にいう大シスマです。分裂の要因には、聖像論争の他に、ローマ教皇の地位を巡る教皇首位権問題、典礼形式の差異、フィリオクエ問題(聖霊派出問題)、聖職者の妻帯問題、などもあったと言われています。


なお東方教会においては、843年、聖像禁止令は廃止され、「イコン」(聖画)の使用が復活し、像は否定されるも、平面像のみの聖画は認められました。


<マリア信仰>

ユダヤ人は、「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である」(申命記6・4)の言葉を座右の銘として刻み、シナゴーグに偶像はありません。更に徹底しているのはイスラム教のモスクです。モスクにはマホメットの像も写真も絵もありません。そこにいるのはただアラーの神だけであるというのです。従って、ユダヤ教、イスラム教は、カソリックのマリア像は偶像に当たるとして激しく批判しました。


この批判に対してカソリックは、マリア信仰、マリア像は「崇敬」の象徴であって、「崇拝」の対象ではないので偶像崇拝に当たらないとの見解に立ちました。従ってカソリック教会では、マリア像が置かれています。但しプロテスタント教会にはマリア像はありません。


最近、UCの礼拝堂やその施設に、ご父母様の写真はもちろん、他の写真や絵も見受けることがあります。UC礼拝堂の正面には家庭連合のマーク、向かって左側にご父母様の写真が掲げられていますが、プロテスタント教会やイスラム教モスク、ユダヤ教シナゴーグで、イエス.キリストやモーセの絵や像が置かれることはありません。


礼拝堂はともかく、UC内施設にベタベタとご父母様の写真が掲げられていますが、筆者としては中心的な部屋だけにして、あとは偶像に紛らわしものは、置かない方か望ましいと思っています。これは筆者の私見ですが、できるだけシンプルにというのが筆者の意見です。無論、芸術作品なら問題ないと思いますが....。


<神道の神体は偶像か>

さてパウロは、十戒は人々に自らが道徳的破産者であることを自覚させ、キリストへ導く養育係(家庭教師)だと語りました。即ちパウロは異教徒に対して「その方を誰だか知らずに拝んでいる」(使徒17.23)と指摘した上、律法を新約の福音への「養育係」と形容したのです。(ガラテヤ3・24~26)


また釈尊は、衆生を最高真理である法華経へ導くために、先ず衆生の機根に合う仮の教え(方便)を説き、そうして次に最高真理の法華経に導きました。(方便品第二) 


同様に、神道のカミを、究極の神に導くための養育係と見ることが出来きるというのです。


神社に祭られる祭神には、記紀に出てくる神々、自然万物、歴史上の人物、地域の神々など主に4種類がありますが、これらは日本人特有の神観である「世の常ならぬ畏きもの」(本居宣長)であり、全能の絶対神ではありません。


即ち、神道の祭神は、究極的な真理に至る過渡的な「カミ」又は象徴であり、祭神を崇めるけれども万能の絶対神として他を排除していません。従って神道のカミは偶像ではなく、一神教を目指す神と言えるでしょう。


また、日本の神社の本殿には神体として鏡や剣や勾玉などが安置されています。一方イスラエルの幕屋至聖所の契約の箱には、十戒が書かれた石板、マナの壺、アロンの杖が入っています。もしこれを偶像というなら、イスラエルは幕屋という偶像礼拝をしていたことになります。


これらのいわゆる「ご神体」は、あくまで神や真理を象徴したものであって決して偶像ではありません。それ自体を拝んでいるわけではないというのです。


筆者は、イスラエルの幕屋に十戒のみ言が神体としと置かれているように、日本の8万神社に、神体として聖書(原理)が安置される日を待ち望むものです。


以上の通り、今回は主に「第2戒」の偶像禁止の条項に関して考察しました。次回は引き続き第3戒、第4戒を見ていくことにいたします。(了)

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​牧師 吉田 宏

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