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創世記注解⑨ ハランでの21年、エソウとヤコブの和解

🔷聖書の知識66--創世記注解(9)--ハランでの21年、エソウとヤコブの和解


するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびをかかえて口づけし、共に泣いた。 (創世記33.4)


ヤコブがイサクから長子の祝福を受け、実体基台の中心人物になるべく、また兄エソウの怒りを避けて、苦難の旅にハランへ向かいました。ハランに着いて従姉妹のラケルに出会い、ヤコブはラケルの父ラバンの天幕に入りました。


ヤコブは、21年に渡りラバンに仕えて働き、妻子と財物、奴隷を得てエソウの待つカナンに向かうことになります。そうしてエソウ、ヤコブの和解、即ち家庭的な実体基台の成就を歴史上はじめて勝利することになりました。


今回は、上記の道行き、即ち、ベテルで神の祝福を受けた後ラケルと出会い、ハランで妻子財物奴隷を得、ヤボク川で天使からイスラエルの称号を得て、実体基台の中心人物たる条件を立てた上、エソウと一体化して実体献祭を成功させる一連の路程を辿ることにいたします。


[ヤコブの婚約]


ヤコブは結果的にラバンの二人の娘、姉のレア、妹のラケルと結婚することになり、ここからイスラエルの12氏族が生まれて来ることになります。


しかし、この三人の結婚ほど、男女の葛藤、嫉妬、危うさ、そしてロマンに富んでいるものはありません。男と女、女と女の闇と光がこれ程巧みにに表現されている物語はなく、私たちはこの短い物語から多くを想像し、また多くを学ぶことができるでしう。


<ヤコブの最初の7年>

「ヤコブはラケルを愛したので、『わたしは、あなたの妹娘ラケルのために七年あなたに仕えましょう』と言った。 ラバンは言った、彼女を他人にやるよりもあなたにやる方がよい。わたしと一緒にいなさい」(創世記29.18~19)


こうしてヤコブはラバンのもとで七年の間ラケルのために働くことになりましたが、ラケルを愛したので、ただ数日のように思われました。


<結婚と初夜、及びその顛末>

そして時が満ち、いよいよラケルとの結婚の日がきました。


しかし結婚の夜、ラバンはラケルの姉である娘レアをヤコブに与え、ヤコブは彼女の所にはいりました。朝になって見ると、それはラケルではなくレアであったので、約束が違うとヤコブは怒りましたが後の祭りです。


当時の風習では妹を姉より先にとつがせる事はありませんでした。また、天幕は真っ暗で、当時、初夜には花嫁は顔にベールをかけていて、そばに寝ているのがレアであることに気づかなかったという訳です。


結局、レアがラケルから正妻の座を奪った形になりました。そして婚礼の週の後、ヤコブはラケルも娶り二人を妻にしました。


モーセの律法は、妻の姉妹との結婚を禁じています。「あなたは妻の存命中に、その姉妹に当たる女をめとり、その女を犯してはならない」(レビ 18.18)とある通りです。しかし、この時代はモーセの律法以前であるので、許されていました。


そしてヤコブはもう七年ラケルのためにラバンに仕えて働くことになりました。ヤコブは「レアよりもラケルを愛して、更に七年ラバンに仕えた」(創29.30)とある通りです。それにしても、14年も花嫁料としてラケルのために働いたのですから、ラケルは女冥利に尽きるというものです。


「主はレアがきらわれるのを見て、その胎を開かれたが、ラケルは、みごもらなかった」 (創29.31)


そう言えば、サライもリベカも不妊の女性でしたね。摂理的な女性は、先ず神の試練を受けるのでしょうか。 しかし後日、遂に神はラケルの胎を開かれ、摂理的人物ヨセフを産むことになります。(創30.22~24)


[女の戦い、そして12部族の誕生]


<ヤコブの子孫>

「レアは、みごもって子を産み、名をルベンと名づけて、言った、主がわたしの悩みを顧みられたから、今は夫もわたしを愛するだろう」「彼女はまた、みごもって子を産み、主はわたしが嫌われるのをお聞きになって、わたしにこの子をも賜わった」(創29.32~33)


こうしてレアは長男ルベン、次男シメオンを産み、また、レビ、ユダというイスラエルの中核を担う子を産みました。


ヤコブはラケルを愛しましたが、神は夫に疎まれるレアに配慮されたというのです。夫に嫌われるレアの心情はいかばかりだったでしょうか。それでもレアはヤコブを愛しつくしたのです。


それにしてもレアの信仰は見上げたものです。自分を疎み嫌う夫を愛していったというのです。神がレアを愛されたのです。レアはそれを霊的に感じており、この神の愛を拠り所に夫に仕えていきました。筆者はこのレアの女性像に、限りない共感と拍手を送りたいと思います。


そうして女の戦い、つまり夫の愛を奪いあう女の戦いは、以下の聖句が描いている通り、凄まじいものがあります。


「ラケルのつかえめビルハはまた、みごもって第二の子をヤコブに産んだ。 そこでラケルは、『わたしは激しい争いで、姉と争って勝った』と言って、名をナフタリと名づけた」(創30.7~8)


ラケルは、自分の下女ビルバを通してでも子を儲け、姉を見返そうとしたというのです。当時は、下女が産んだ子は主人ラケルの子になりました。こうして、レアとラケルの正妻の座を巡る戦いは果しなく続きました。


結局、ヤコブは4人の妻を持ち、12人の息子をもうけることになります。即ち、ラバンの娘レアの子がルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ラケルの下女ビルハの子がダン、ナフタリ、レアの下女ジルパの子 がガド、アシェル、ラケルの子がヨセフ、ベニヤミンで、これらがイスラエルの12部族となっていきます。


<レアとラケル>

「レアはラケルに言った、『あなたがわたしの夫を取ったのは小さな事でしょうか。その上、あなたはまたわたしの子の恋なすびをも取ろうとするのですか』。ラケルは言った『それではあなたの子の恋なすびに換えて、今夜彼をあなたと共に寝させましょう』」(創30.15)


上記の聖句が示す通り、こういったレアとラケルの夫を奪いあう戦いの背後には、神の摂理が働いているというのです。


ラケルにはヤコブをレアに奪われた恨がありました。ことの成り行きの立場上、レアは正妻、ラケルは妾の立場になり、レアはラケルの夫を奪った恩讐になりました。レアとラケルは夫を奪い合う愛の恩讐になったというのです。


ラケルには妾の立場から長女の立場を回復する摂理的役割があり、レアは長女権と正妻権をラケルに与えるべきだったというのです。本来ラケルが正妻になっていればヤコブが愛したラケルの子孫からメシアが来るはずだったと言われています。サタン側の正妻ではなく神側の妾の流れが救援摂理の中心に来るずだったという訳です。


正妻と妾の関係には、エバ一人が犯した罪を二人の女性が分担して清算するという摂理がありました。堕落の結果二流の子女(カイン・アベル)が生まれることになり、弟が兄の立場になるという長子権復帰の摂理があるように、妾が神側の正妻になるという摂理がありました。しかし、結局ラケルは長女権を回復出来ず、かくしてヤコブ路程における女性のカイン・アベル一体化は成就しなかったというのです。(周藤健著「成約摂理解説」)


このレアとラケルの葛藤は、一つのパターンになってカナン偵察の分裂やイスラエルの南北分裂(10支派と2支派)の遠因となり、十字架の遠因の一つとなりました。


[ヤコブ、ラバンから逃亡]


「ラケルがヨセフを産んだ時、ヤコブはラバンに言った、『わたしを去らせて、わたしの故郷、わたしの国へ行かせてください。 わたしがあなたのために働いた骨折りは、あなたがごぞんじです』」(創30.25~26)


こういってヤコブはハランを去ろうとしますが、ラバンはヤコブをもう6年間引き止めます。


「ラバンは彼に言った、『もし、あなたの心にかなうなら、とどまってください。わたしは主があなたのゆえに、わたしを恵まれるしるしを見ました』。また言った、『あなたの報酬を申し出てください。わたしはそれを払います』」(創30.27~28)


ヤコブは10回も報酬を騙されますが、よくラバンに仕えて働きました。そしていよいよハランを去りカナン に向かう時がきました。


「主はヤコブに言われた、『あなたの先祖の国へ帰り、親族のもとに行きなさい。わたしはあなたと共にあるであろう』」(創31.3)


こうして21年間ラバンに仕えた後、そこで得た、妻子をらくだに乗せ、また、すべての家畜と、彼が得たすべての財産を持って、カナンの地にいる父イサクのところへ出発しました。


そのとき、ラバンは自分の羊の毛を刈るために出ていたので、ヤコブは、ラバンに内緒で逃れ、ユーフラテス川を渡り、ギルアデの山地に向かいました。ここはヨルダン川の東にある高原、カナンの地に入る前に通る最後の場所です。


三日目に、ヤコブが逃げたことがラバンに知らされたラバンは、ヤコブを追いギルアデの山地でヤコブの一行に追いつきました。


ヤコブはラバンに次のように胸の内を吐露しました。


「わたしはこの二十年あなたの家族のひとりでありました。わたしはあなたのふたりの娘のために十四年、またあなたの群れのために六年、あなたに仕えましたが、あなたは十度もわたしの報酬を変えられました」(創31.41)


夢で、ヤコブと争うなと告げられていたラバンは、ヤコブとギルアデで和解の契約を締結することになります。契約のしるしとして立てた石の柱と石塚とは、以後境界線となりました。


ヤコブを散々苦しめたラバンでしたが、最後に父親らしい情を示しました。


「もしあなたがわたしの娘を虐待したり、わたしの娘のほかに妻をめとることがあれば、たといそこにだれひとりいなくても、神はわたしとあなたとの間の証人でいらせられる」(創31.50)


こうしてヤコブは、ハランで僕としての期間を終え、実体献祭の中心人物たる条件を満たして、舞台はいよいよエソウとの再会に進んでいくことになります。


[エソウとヤコブの和解]


<天使との組み打ち-主管性の復帰>

ヤコブはエソウをなだめるため、贈り物を先立たせ、その贈り物は彼に先立ってヤボク川を渡り、彼はその夜、宿営にやどりました。


その後彼は、ふたりの妻とふたりのつかえめと十一人の子どもとを連れてヤボクの渡しをわたりますが、ヤコブはひとりあとに残りました。そうして、ヤボク川でひとりの人(天使)と夜明けまで組打ちし、ヤコブのもものつがい(股関節)がはずれましたが、これに勝利します。


そうして組み打ちした天使からイスラエル(勝利者)との称号を得ることになりました。この勝利によって、堕落人間がはじめて実体的に天使を屈服させ、人間の天使に対する主管性を回復した成功事例になりました。


こうしてヤコブは、エソウから長子権を獲得してイサクの祝福を受け、ハラン21年路程で実質的な長子の嗣業条件を満たし、天使への主管性を復帰して、実体献祭のアベル的位置を確立したヤコブはエソウとの出会いに臨んでいきます。


<エソウとの再会>

ヤコブは、兄エサウに前もって使者と贈り物を送りました。贈り物の内容は、雌やぎ200頭、雄やぎ20頭、雌羊200頭、雄羊20頭、乳らくだ30頭とその子(30頭)、雌牛40頭、雄牛10頭、雌ろば20頭、雄ろば10頭の合計580頭です。これによって、エサウをなだめようとしたのです。


しかし、エサウは400人を引き連れてやって来るとの情報が入り、ヤコブがそれを聞いて非常に恐れました。


ヤコブは家族の先頭に立ち、地に7回もひれ伏して兄を迎えました。


聖書には「するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびをかかえて口づけし、共に泣いた」(創33.4)とあります。



こうしてエソウとヤコブは恩讐を越えて一つとなり、イサクの家庭における実体献祭は勝利し、歴史上、はじめて失われたカイン、アベル一体化の摂理が成就することになりました。


この実体献祭の成功について原理は次のように記しています。


ーこれでエサウとヤコブは、神がアベルの献祭を受けられるときの、カインとアベルの立場を確立したので、彼らが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるには、エサウはヤコブを愛し、彼を仲保として立て、彼の主管を受ける立場で従順に屈伏し、祝福を受けたヤコブから善を受け継いで、善を繁殖する立場に立たなければならなかった。しかるに、事実においても、エサウは、ヤコブがハランで二十一年間の苦役を終えて、天の側の妻子と財物とを得てカナンへ帰ってきたとき、彼を愛し、歓迎したので(創33・4)、彼らは「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることができたのであるー(原理講論)


<豊臣秀吉、徳川家康を拝す>

余談になりますが、1586年9月9日、秀吉は正親町天皇から豊臣の姓を賜り、12月25日には太政大臣に就任し、ここに豊臣政権が樹立しました。


そして諸国の大名を大阪城に集めて披露を行いますが、この集会の前日、秀吉は自ら家康の邸宅を訪れます。そこで秀吉は、家康の前に頭を下げ平伏し、明日上席で家康を家来として扱うことの承諾を乞いました。


この場面は、ヤコブがエソウに贈り物を差し出し、七度身を屈めてエソウの前に拝跪した情景を想起させられます。上に立つ者はどこまでも謙虚でなければならないことを示しているのでしょうか。


以上、ヤコブの結婚からエソウとの和解迄を概観して参りました。次回は、その後のヤコブ、ユダとタマルの話し、そしてヨセフ物語の始まりを考察いたします。(了)




*上記絵画:天使と組み討ちするヤコブ(レンブラント・ファン・レイン画)、エソウとヤコブの和解(フランチェスコ・アイエツ画)