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反ユダヤ主義と苦難の神義論

🔷聖書の知識92-反ユダヤ主義ー苦難の神義論


ピラトは手のつけようがなく、暴動になりそうなのを見て言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい」。 すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい(マタイ27.24~25)


ピラトの裁判・この人を見よ(アントニオ・チセリ画)


それにしても、イスラエル、つまりユダヤ人ほど世界から憎まれ、数奇な運命を辿った民族はありません。一方、ユダヤ人ほど、人類に多くの貢献をした民族もありません。


世界に一神教をもたらしたこと、イエス・キリストを生み出したこと、この2つはユダヤ人の人類への最大の貢献と言えるでしょう。


イエス・キリストを十字架にかけたことは、ユダヤ人が犯した決定的な罪ではありますが、ユダヤ人イエスが生まれていなかったら、キリスト教は存在しなかったのです。


こうしてユダヤ人は、未曾有の迫害を受けてきました。一体、これらをどう解釈すればいいのでしょうか。今回は、この最大の歴史的な謎、「ユダヤ人は何故憎まれたのか」を考察していきたいと思います。


前回の「聖書の知識90-エステル記注解」において「反ユダヤ主義」について言及しましたが、今回更に踏み込んで考えていく所存です。


【反ユダヤ主義とは何か】


前回、反ユダヤ主義、即ち「ユダヤ人およびユダヤ教に対する敵意・偏見・憎悪・迫害」

について、大きく3つに分類しました。


<反ユダヤ主義3つの源泉>

即ち、a.民族的な性格の強かった古代のもの、b.宗教的な理由によるキリスト教的なもの、c.19世紀以降の人種的なもの、の3つであります。


これを更に詳しく分析しますと、次のように整理できます。


第一に、キリスト教以前の古代メソポタミア、ギリシャ、ローマなどにおける反ユダヤ主義で、これは民族意識的な性格がありました。ユダヤ人の律法による独特の生活習慣や、選ばれし者、神に愛されし者への嫉妬、即ち「ユダヤ選民主義」への反感です。


第二は、キリスト教誕生以後の、古代・中世における、いわゆる「キリスト殺し」という宗教的・神学的な偏見を持ったもので、近代まで続きました。


キリスト紀元の最初の1000年間で、ヨーロッパのキリスト教徒(カトリック)は、すべてのユダヤ人はイエス・キリストの処刑の責任を負い(マタイ27.25)、ローマ人による神殿の破壊とユダヤ人のディアスポラは、このキリスト殺しと、キリスト教と敵対したことへの罰であるという教義を発展させ、固定化させました。


教義面でいうと、ユ ダヤ人はキリストが神であるというキリスト教の教理を否定し、イエス・キリストの神性を受け入れない姿勢が傲慢と見なされました。またユダヤ人は、三位一体の教義を多神教と見なして非難しましましたが、こらはキリスト教社会にとって看過できない異端的宗教と見なされたのです。


第三に、啓蒙時代以降、政治的、経済的なユダヤ人の「優位性への反発」があり、これは後の反セム的な人種的なものの基盤をなしました。ナチスのホロコーストに見られる、19世紀以降の人種的な「反セム主義」です。


19世紀以降の人種説に基づく立場を反セム主義またはアンティセミティズムと呼び、近代人種差別主義以前のユダヤ人憎悪とは区別して「人種論的反セム主義」ともいいます。


ちなみにセムとは、西アジア・アラビア半島・北アフリカなどに分布し、セム語系の言語を用いる諸民族の総称です。アラブ人・エチオピア人・ユダヤ人などのほか、古代のアッシリア人・フェニキア人などが含まれ、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を生みました。


<反ユダヤ主義の歴史概観>

エステル記で見たように、エステル記のハマンに見るユダヤ人殺害計画には、反ユダヤ主義の萌芽が見られます。また前2世紀には、シリアセレウコス朝のアンティオコス4世エピファネスによるゼウス神信仰の強要がありました。そこにはユダヤ人は他の民と同和せず、敵対しているとし、完全に絶やす意図があったと記録されています。


また、キリスト教に改宗し、ユダヤ教を批判したパウロは当時「ユダヤ人の敵」として、反ユダヤ主義の源ともいわれています。


66年、エルサレムが陥落し、ヨーロッパ諸国家がキリスト教を受け入れていくと、明確に「キリスト殺し」としての反 ユダヤ主義と呼ぶべき事態が生じていき、またイスラム教世界では、ユダヤ人はアウトサイダーと見なされていきました。


産業革命以後の近代社会では人種に基づく反ユダヤ主義(反セム主義)が唱えられ、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺をもたらされるに至ります。


1948年のイスラエル建国以後は中東においても反ユダヤ主義がはびこるようになりました。


【デニス・プレガー、ジヨーゼフ・テルシュキン著『ユダヤ人はなせ迫害されたか』】


デニス・プレガー,ジヨーゼフ・テルシュキン著『ユダヤ人はなせ迫害されたか』によれば、反ユダヤ主義の真因は、「ユダヤ教自体に対する反発」であることを指摘しています。


この著書は、「ユダヤ人はなぜ、これほどまで根深く、迫害されてきたのか」との問に対して、多くは、「スケープゴートが必要だから」「ユダヤ人は金持ちだから」「人種主義や宗教的な偏見」「宗教的非妥協性」「反ユダヤ主義は病気にすぎない」、などの答え方をするとした上で、実は反ユダヤ主義が「ユダヤ教自体に根ざす」と明言しました。


人類歴史上、ユダヤ人ほど憎まれてきた人々はいなかったのであり、ユダヤ人は居住したほぼ全ての国から追放されました。


西暦前の古代メソポタミアにとって、1世紀のローマ帝国にとって、15世紀以上に渡るキリスト教世界にとって、さらにナチス、アラブ世界、イスラム教徒、ソビエト連邦にとって、ユダヤ人は我慢のならない存在であり、また脅威でありました。


そして反ユダヤ主義の根本原因は、ユダヤ人をユダヤ的にしてきたもの、即ち「ユダヤ教自体に原因」があると主張し、大別して4つの理由があるとしました。 (P18)


第一に、ユダヤ人には「神」、「トーラー」、「イスラエル」の3つの構成要素、即ちユダヤ人の神観念、ユダヤ律法、ユダヤ民族国家の3つの要素があると言われており、そしてこれらのいずれもへのユダヤ人の「忠誠心の厚さ」が、反ユダヤ主義の最大の原因になったというのです。


ユダヤ人は、全人類の唯一絶対なる神を明言することによって、結果として他の国の神々を否定することになり、これが憎悪の原因になりました。また、ユダヤ人の生活全般を律する律法とそれに基づく民族的アイデンティティーを主張することで回りの反感を買いました。特に、安息日、割礼、食物規定は、他民族には奇異に写りました。


第二に、ユダヤ人は「神の掟のもとに世界を完成させる」とのユダヤ教の存在理由を掲げ、ユダヤ人の倫理上の要請を非ユダヤ教人にも求めたことで、緊張を生んだというのです。


第三がユダヤ選民主義です。ユダヤ人は、「この世を完成させる使命」を神に選ばれて託されたという教義です。これは他民族には傲慢と写り、また嫉妬の対象になりました。


第四に、ユダヤ人がユダヤ教に献身する結果として、居住してきた全ての社会で、教育、家庭生活、経済水準などが、他より高い質を維持してきたことで、嫉妬を買ったというわけです。


以上がユダヤ人が何故憎まれたかの要諦であり、その根本原因は、ユダヤ教の独特で挑戦的な性質自体にあるというのです。


【アウシュビッツにとイスラエルの回復】


<アウシュビッツにて>

筆者は、20年ほど前、ポーランドのアウシュビッツに二回訪れたことがあり、ここで、「このような悲惨な運命を背負わされたユダヤ人とは一体何者なのか」「何故ここまで憎まれなければならないのか」との強烈な問題意識を植え付けられました。


アウシュビッツは、ボーランドの古都クラクフの北一時間ほどのところに位置します。


アウシュヴィッツ第一強制収容所は、ヒットラーのナチス・ドイツが第二次世界大戦中に国家を挙げて推進したアーリア人至上主義の人種差別による絶滅政策(ホロコースト)および強制労働により、多大な犠牲者を出した強制収容所であり、収容者の90%がユダヤ人(アシュケナジム)でありました。


労働力確保の一方で、労働に適さない女性・子供・老人、さらには「劣等民族」を処分する「絶滅収容所」としての機能も併せ持ちました。


強制収容所到着直後の選別で「収容者の70%がなんら記録も残されないまま即刻ガス室に送り込まれた」と言われており、全体では150万人以上が殺害されたと言われています。



収容されたのは、ユダヤ人、政治犯、ジプシー、精神障害者、身体障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、エホバの証人、さらにはこれらを匿った者などで、その出身国は28に及びます。


たとえ労働力として認められ、収容されたとしても多くは使い捨てであり、非常に過酷な労働を強いられました。理由として、厳しい労働や懲罰によって社会的不適合者や劣等種族が淘汰されることは、アーリア人による理想郷実現の解決策の一手段として捉えられていたことにありました。


筆者は、カソリックのコルベ神父がポーランド人の身代わりになって死んだ地下にある「餓死牢」やガス室・焼却炉・銃殺刑場などを吐き気のする思いで見て回りました。


そうして、人間のおぞましさや闇の深さを痛感すると共に、ここまで悲惨な運命を余儀なくされるユダヤ人とは何かについて、深く考えざるを得ませんでした。実は筆者が旧約聖書を研究する動機の遠因が、ここにあるというのです。


<原理観とイエス様戴冠式>

原理観においては、特にイエスの十字架以降のイスラエル2000年歴史は、キリストを受け入れずして十字架にかけたことの罪を贖う、いわゆる「蕩減期間」という位置付けをしています。


世界を罪から贖うメシアとして、人類の真の父母として立つべきイエス・キリストを十字架に追いやったユダヤ人の罪は、万死に値するというのです。


しかし、あのナチスによる迫害を経て、ユダヤ人は1948年イスラエルを建国しました。あまりにも悲惨だったとは言え、償うべきものを償い、蕩減すべきを蕩減して、新生イスラエルが発足いたしました。


2003年12月22日と23日の両日、世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)主催で、エルサレムでユダヤ教、キリスト教、イスラームなど、超宗教の指導者、信徒ら約3000人が超宗教会議と超宗教平和行進をいたしました。


行事の最後に、約2万人が集まった独立公園で、「イエス様平和の王戴冠式」を挙行したのです。この戴冠式は「神の国実現のために来られた罪のないイエス様を、十字架にかけてしまったことに対して悔い改め、イエス様を人類平和の王に推戴する儀式を挙行するように」との文鮮明師の言葉によるものでした。


イエス様に対する見方が明確に違うユダヤ教、イスラーム、キリスト教らの代表がいる場で、イエス様の戴冠式を行うことは至難の業ではありましたが、神の恩寵によって奇跡的に成功したというのです。


<イスラエルの回復>

イスラエルの回復とは、ロマ書11章などを根拠として、聖書がイスラエルの回復を告げているとする教理であります。メシアニック・ジュー(イエスを受け入れたユダヤ人)は、聖書が単にイスラエルの地上の領土だけでなく、霊的にもイスラエルを回復すると語っていると信じており、イエスが約束されたイスラエルのメシアであると告白するメシアニック・ジューの存在とリバイバルがイスラエルの霊的回復であるとしています。


「兄弟たちよ。一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人が全部救われるに至る時までのことであって、こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。神の賜物と召しとは、変えられることがない」(ロマ書11.25~29)


中川健一牧師は、上記ローマ教会への手紙11章が、イスラエル民族の回復の預言であるとする立場をとり、やがてイスラエルのもとに世界が統合され、エルサレムが世界首都となるとし、やや極端とも言える主張されています。


また中田重治牧師に神が与えたとされる「イスラエル国家の建国のために祈れ」との言葉に従って、イスラエルの回復を祈り続けてきたクリスチャンがいます。またマリア福音姉妹会の祈りの本には「イスラエルのための祈り」があります。


しかし一方、伝統的キリスト教会においては、イエスを殺したユダヤ人は神に捨てられ、これに代わってキリスト教会が新しいイスラエル、即ち第二イスラエルになったとする見解(置換神学)が主流になっています。


12世紀には、ヨハネによる福音書8.44を根拠として、ユダヤ人の父は悪魔であり、ユダヤ人は悪魔の子であるとしました。 また16世紀のローマ教皇パウルス4世は、イエス・キリストを殺したユダヤ人は、永遠に神に非難される奴隷だとし、ローマ教皇インノケンティウス3世は、イエス・キリストを殺し奴隷となったユダヤ人が永久に地上をさまようとしました。


原理では、ユダヤ教は第一イスラエル、キリスト教が第二イスラエルとし、三段階完成の法理により、来るべき再臨による第三イスラエルを預言しています。 ユダヤ教、キリスト教はいわば兄弟宗教であり、この2つの兄弟宗教を抱きかかえる「父母宗教による統合」が待ち望まれます。


上記しましたようにユダヤ人が人類に与えた貢献、即ち世界に一神教をもたらしたことと、イエス・キリストを生み出したことは、永遠に消えない人類への貢献と言えるでしょう。


そして人類の罪を背負うかのような悲惨なイスラエルの歴史は、神が痛みと憐れみを持って記憶しているに違いありません。イスラエルは、再臨において救いを受け、再臨時代における洗礼ヨハネの役割を担うかも知れず、またその事を切に念願するものでります。


<ユダヤ3 つの祭り>

ユダヤ人が迫害を受け、その迫害から救われたことを祝うユダヤの祭りがあります。


即ち、パロの迫害から逃れた「過越の祭り」、ハマンの迫害から救われた「プリムの祭り」、アンティオコス・エピファネスの迫害に打ち勝った「ハヌカの祭り」の3つの祭りであります。


このように、ユダヤ人への迫害自体を、民族が長く記憶するための祭としている民はユダヤ民族に見られる顕著な特徴であります。


以上、今回は「何故ユダヤ人は世界から憎まれたのか」をテーマに考察いたしました。この民族の歴史を見れば「神がいない」などということは決して言えないことが分かります。


1948年、ナチスによる未曾有の大迫害を経ながらも、不死鳥のようにイスラエル建国を果たしました。世界で0.2%の人口しか持たないユダヤ人にもかかわらず、20%ものノーベル賞を獲得ししていること一つを見ても、良くも悪くも、いかにユダヤ人が神に目をかけられた民族であるかが分かります。


次回は、詩篇の注解です。(了)