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宗教改革と対抗宗教改革⑥ 新しいプロテスタンティズムの誕生

🔷聖書の知識125-宗教改革と対抗宗教改革⑥ー新しいプロテスタンティズムの誕生


前回まで、ルター、カルバンの宗教改革とその理念、カトリックの対抗宗教改革、カトリックとプロテスタントの違いなどを述べて参りました。


今回は、これらルターらの宗教改革を更に進展させた第二次宗教改革とも言うべき「新しいプロテスタンティズム」について論述することにいたします。


【近世400年における神の摂理】


さて、原理講論によれば、ルターの宗教改革が始まった1517年から、第一次世界大戦が終結した1918年の400年間を、「メシヤ再降臨準備時代」と呼び、神の復帰摂理(救援摂理)から見て、更に、この期間は「宗教改革期」(1517~1648)、「宗教および思想の闘争期」(1648~1789)、「政治と経済および思想の成熟期」(1789~1918)の三期間に区分されるとしています。(P510)


今回論述する「新しいプロテスタンティズム」は、第二番目の「宗教および思想の闘争期」に勃興したプロテスタント各派に重なるものであります。ウェストファリア条約によってプロテスタントの新教運動(宗教改革)が成功して以後、信教と思想の自由から生じる神学および教理の葛藤と分裂や、思想・哲学の対立を免れることができなくなっていきました。


宗教においては、イギリスのハーバート(Herbert 1583~1648)を祖とする超越神教(Deism=理神論)が起こり、トマス・アクィナス(Thomas Aquinas 1224~1274)以来、天啓と理性の調和に基礎をおいて発展した神学に対し、超越神教は単純に、理性を基礎とした神学を立てようとしました。この神観は、単純に、神を、人間と宇宙を創造したという一つの意義にのみ局限させようとし、神の啓示や奇跡は必要ないと主張しました。


また、ヘーゲル左派であるシュトラウス(D.F.Strauss 1808~1874)は『イエス伝』を著述して、聖書に現れた奇跡は後世の捏造であるとして否定し、フォイエルバッ(Feuerbach 1804~1872)は著書『キリスト教の本質』の中で、社会的または経済的与件が宗教発生の原因になると説明し、このような学説が唯物論の基礎を形成したのでした。


こう言った合理的、唯物論的な潮流に対して、宗教的情熱と内的生命を重視し、教理と形式よりも神秘的体験に重きをおく、新しい運動が起こるようになりました。その代表的なものが敬虔主義(Pietism)で、これはドイツのシュペーネル(Spener 1635~1705)を中心として起こった神秘的な体験に重きをおいたものでした。また、この敬虔派の運動が波及し、イギリスのウェスレイ(J. Wesley 1703~1791)兄弟を中心とするメソジスト派(Methodists)が誕生しました。この教派は、沈滞状態に陥っていた当時の英国教会に大きな復興の気運を起こしました。


また英国には、神秘主義者フォックス(Fox 1624~1691)を祖とするクェーカー派(Quakers)が生まれました。フォックスは、キリストは信徒の霊魂を照らす内的な光である、と主張して、聖霊を受けてキリストと神秘的に結合し、内的光明を体験しなければ聖書の真意を知ることができないと主張しました。つぎに、スウェーデンボルグ(Swedenborg 1688~1772)は著名な科学者でありながら霊眼が開け天界の多くの秘密を発表しました。(以上、原理講論P521~524)


左から、シュペーネル、ジョン・ウェスレイ、フォックス、スウェーデンボルグの肖像画


以上の通り論述されているように、キリスト教の内的生命や神との神秘的合一を強調し、より信仰の自由を求める流れとその歴史認識は、以下に記す、第二次宗教改革ともいうべき新しいプロテスタンティズムと軌を一にするものであります。


【新しいプロテスタンティズムの誕生】


「宗教改革は中世に属す」とは神学者エルンスト・トレルチ(1865~1923)の言葉です。この言葉に象徴されるように、ルター派もジュネーブのカルバンの改革も、教会体制から見れば、一つの政治的領域の支配者たちのものであり、改革も政治主導で行われる点では中世カトリックと変わっていなかったというのです。


<新プロテスタントの誕生>

前記しましたように、1555年のアウグスブルクの宗教和議でルター派・カルバン派(プロテスタント)は容認され、カトリックと並ぶ存在になりました。しかし信徒がどの教会を所属先するかといった信仰の選択については、信者個人にではなく領封君主に宗教選択権が与えられるという、いわゆる「領封教会体制」でありました。


従って今日見られるような各人の自由な信仰に基づく「自由な教会選択」と「自由な教会設立」とはほど遠いものでした。こういった「不徹底な宗教改革」に異議を唱え、より自由な教会を目指したのがバプティスト派に代表される諸宗派であります。


即ち、ルター、ツウイングリー、カルバンらの改革は、一つの政治的領域を支配する宮廷や支配者による改革であり、一つの政治的支配領域には一つの宗教という原則を前提にしていました。しかし宗教改革の不徹底を主張した改革者たちは、そのような既存の政治システムと結びついた改革者らの姿勢を批判しました。


トレルチは、これを従来のプロテスタントと区別して「新プロテスタンティズム」と呼びました。(深井智朗著『プロテスタンティズム』中央新書P107)即ち、改革の改革、いわば第二の宗教改革であります。


<新プロテスタンティズムの特徴>

プロテスタンティズムとは、16Cの宗教改革から生まれ、この継承者と理解する全てのキリスト教会、諸クループ、運動の集合体と言えますが、一方では「聖書を読む自由」というプロテスタントの特徴が、近代の社会システムに与えた影響の総称であるともいえるでしょう。


前述しましたように、ルターらの宗教改革は、教皇・皇帝が、領主に代わっただけで、その意味で保守化することになりました。ここに宗教改革の不徹底を批判し、「国家や諸侯から解放された自由で自発的な結社・教派・教会設立」を目指すバプティスト運動、個人主義的神学運動、スピリチヤリズム(神秘主義)など、いわゆる「新プロテスタンティズムの勃興」が始まりました。まさに改革の改革です。(深井智朗著「プロテスタンティズム」P102)


特にバプティスト運動は、16C、17Cに大陸と英国で生まれ、教会は領主の所有物ではなく、自発的な結社が自由に宗教(教会)を設立し、自由にその信者となる権利を主張しました。今では信教の自由として当然のように認められていますが、当時は政治の教会への関与は想像以上に強かったのです。


バプティスト派は、カルバンの流れを汲むイギリスの分離派に多く、幼児洗礼を否定し、自覚的な成人の洗礼だけが正しい洗礼(浸礼バプテスマ)であると主張し、アナバプティスト派とも呼ばれています。「聖書主義・万人祭司主義の徹底・信仰の自由・各個の教会の自主独立・政教分離」などを標榜し、アメリカでは地歩を得て最もメジャーな教派になっていきます。


また前記したように、教理や形式より神との直接的な合一を重視するドイツ敬虔主義に代表される神秘主義、内的霊性の覚醒を標榜するジョン・ウエスレーのメソジスト、フォックスのクエーカー派などが誕生しました。


これらの新しいプロテスタンティズムの特徴は、「教会選択の自由、「教会設立の自由」、そしてこれらを担保する「信仰の自由」であります。それは市場における自由な競争というセンスであり、宗教の市場を民営化、自由化した人々でした。つまり、自力で伝道し、信者を獲得する教会の誕生であります。


【ピューリタンとその思想―アメリカの新プロテスタンティズム】


このような新プロテスタンティズムは、新大陸アメリカで結実していきます。多くの新プロテスタンティズムの担い手が、信仰の自由を求めてアメリカに渡っていきました。


特に1620年にピルグルム・ファーザーズと呼ばれるピューリタンがアメリカに渡り、ニューイングランドを建設したのは有名です。


清潔、潔癖と言った意味を持つピューリタンとは、16C~17Cのイギリスにおける「カルバンの影響を受けた改革派プロテスタントの総称」であります。彼らはイギリス国教会の改革を徹底させ、国教会からの分離を主張しました。


アメリカに渡ったピューリタンとは、特定の宗派ではなく、「会衆派・長老派・バプテスト派・クエーカーなどの総称」で、様々なグループがあり、アメリカニューイングランドの支配的な教会となっていきました。


このイギリスからのピューリタンの移住は、国営の教会によって独占されていた宗教市場を自由化、あるいは民営化し、アメリカのアングロサクソン世界の形成に大きな影響を持つようになりました。つまり、国家から切り離された自由な教会の設立こそが、アメリカ建国に関わった人々によるアメリカ社会のグランドデザインでありました。(深井智朗著「プロテスタンティズム」P172)


中でも会衆派は、カルビン神学の流れを汲むロバート・ブラウンらによるイギリスの分離派で、各個教会の教会政治において、会衆制と呼ばれる教会員の「直接民主制」に近い制度を採りました。


会衆派は、契約神学に基づき「各個教会の独立自治」を重視し、いかなる信仰的・世俗的権威(国家)からも自由として、ニューイングランドにおける中心的役割を果たしました。ちなみに契約神学とは、キリスト教信仰の核心を神と人間との契約と見ること、つまり神が人間に救いを約束し、人間は神に従うことを約束するという神学です。


これら民間重視のピューリタン精神は、アメリカの民主主義、人権意識、自立思想などの形成を促進したほか、禁欲的に世俗の職業を行うこと(禁欲的職業倫理)を重視し資本主義精神を育成しました。


アメリカの2014年公共宗教研究所の調査によると、宗教はキリスト教が78.2%で、内訳としてはプロテスタント60%、カトリック25%、正教0.8%、ユダヤ教2%、イスラム教2%で、南部のバイブルベルトと呼ばれている地域はキリスト教根本主義が盛んであると言われています。


【プロテスタンティズムの課題とリバイバル】


宗教改革によって誕生したプロテスタントですが、問題がなかった訳ではありません。即ちプロテスタントには、聖書解釈の無規律と教派の乱立という課題がありました。また一方ではリバイバルのよき伝統がありました。


<二つのアナーキー(無政府)>

ルターが、「教皇も誤る可能性がある」と述べ、その権威を相対化することにより、教皇の権威に依存していた既存の社会の仕組みが揺らぎ始めました。


では教皇でないなら何が権威をもつのか、ルターはそれを「聖書」だと言ったのです。それだけでなく、彼は誰でも教皇と同じように「自由に聖書を読み、解釈してよい」とも言い、それまで教皇によって独占されていた「聖書解釈権」をすべての人に解放してしまったのです。


そうなると理論上は聖書を読んだ人数分だけ、解釈が生じることになり、プロテスタントは、ただ一つの正当な教えがあるカトリックとは違って、聖書の解釈によって争い、分裂する宗教とならざるを得ません。ある意味で聖書を自由に解釈し、その妥当性を競うことがプロテスタントの特徴となり、「聖書解釈のアナーキー」(無政府状態)が始まりました。


本来、聖書は、教典として、信者たちの考えや行動の唯一の規範や基準であるべきですが、同時に自分の思想、政治的決断、学問を裏付け、それに権威を与えるために使用してよいものとなり(聖書の政治利用)、実際そのような自由な利用が始まりました。しかし一方では、プロテスタントが政治や文化、学問に大きな影響を与えるようになっていき、近代の自由思想、人権、抵抗権、良心の自由、民主主義の形成に寄与することになっていきました。


今一つは、特に新プロテスタンティズムにおいて顕著になる、教派・教会設立の自由による「教会統治のアナーキー」です。聖書解釈の違いによっていくつもの分裂が生じ様々な教派が誕生し、それぞれがそれぞれの仕方で教会運営を行っていくという、よく言えば多様性に富むとも言えますが、実際的には教会の乱立と教会統治のアナーキーであります。


<リバイバルの伝統>

一方、キリスト教には歴史的にリバイバルの伝統があります。前記の二次に渡る宗教改革もその象徴でありあります。とりわけアメリカにおける断続的、循環的なリバイバルには目を見張るものがあります。アメリカのリバイバルについては後述しますが、アメリカのキリスト教史においては、信仰が衰退し形骸化した時、信仰を復興し内的生命を取り戻すリバイバル運動が周期的に勃興しました。近時のペンテコステ運動やカリスマ運動はその流れにあります 。 


そのような中で、昨今、プロテスタント内における教派の一致、カソリックとプロテスタントの和解と融合、といった超教派運動が注目されてきました。そしてこのようなキリスト教一致運動を成功させるためには、「聖書の新しい統一的解釈原理の提示」が欠かせないと思われます。


『キリスト教は文明を救いうるか』の著者W・M・ホートンによれば、現代において文明を救うとは、「全人類的地球的な世界文明が創造されることだ」と言い、それには生きた宗教が必要であり、それがキリスト教であるとしたら、「徹底的に改革された新キリスト教」でなければならないと述べています。


【新・新プロテスタンティズムの登場】


前記しましたように、今やキリスト教は、プロテスタントにおける2つのアナーキーという課題を抱え、またキリスト教社会の道徳律の退廃、信徒の減少、聖職者の堕落などに苦しんでいます。今ほど新たなキリスト教のリバイバル、即ち第三の宗教改革が望まれるときはありません。


歴史はある意味でヘブライズム思想とヘレニズム思想の葛藤と融合の歴史であったと言えなくもありません。原理ではこれをアベル型思想とカイン型思想と呼んでいます。


BC4Cにアレクサンドリア大王の東方遠征によってヘレニズム思想が席巻し、392年のローマにおけるキリスト教の国教化によってヘブライズムが復活しました。14Cには、人本主義ルネッサンスによるヘレニズムの再生運動がヨーロッパを巻き込みましたが、16Cに神本主義の宗教改革によってヘブライズムが復興しました。


こうして16Cには、宗教改革による霊的復興によって、ヘブライズムの復権がなされましたが、19Cから20Cにかけて、ヘレニズム思想の鬼子とも言うべき共産主義が世界を席捲しました。


この変形的ヘレニズムの集大成とも言うべき無神論のマルキシズムは、1991年のソ連邦解体と共に終焉していきました。(但し、未だ「赤い龍」に象徴される中国共産党が残存しています) 


この文明の変遷は、ヘブライズムの集大成としての、あるいはヘブライズムとヘレニズムを昇華総合したものとしての新ヘブライズムの登場、即ち第三の宗教改革とも言うべき「新・新プロテスタンティズム」によって収束されていくのが歴史の必然であります。


神学においても、カソリック神学の集大成と言われるトマス・アキナスの『神学大全』、プロテスタント神学の古典であるジャン・カルヴィンの『キリスト教綱要』を踏まえ、その次に来るものこそ、カソリック神学とプロテスタント神学の総合たる「新しい神学」の登場は歴史が指し示すところであります。ここに十全な神霊と真理を携えた新しい霊的覚醒の復活があると信じるものです。


次回は、新プロテスタンティズムの象徴ともいうべきアメリカのピューリタンについて更に論述したいと思います。(了)