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ホームページ記事「400本記念号」 ちりも積もれば

◯つれづれ日誌(令和6年2月28日)  ホームページ記事「400本記念号」 ちりも積もれば 

 

 ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る(伝道者の書12.7)

 

はじめに、東京地裁で行われた解散請求に関する「審問」について触れておきます。この2月22日、旧統一教会の解散命令請求をめぐり、東京地裁で国と教団側から意見を聴く非公開の「審問」が初めて行われ、教団からは田中富広会長らが出席しました。 


【審問】


田中会長が意見陳述を行い、「当法人が宗教目的の団体ではなく、資金集めを目的とした団体だとの文科省の主張は明らかな間違いだ」などとしたうえで、「安倍元総理がテロリストの凶弾に倒れ、その犯人の願いどおりに、国家が全権力を動員して解散を目指して尽力するなど、極めて異常な事態と言わざるを得ない」と主張しました。即ち、教団側は、宗教法人法で「宗教団体」の定義通り、①教義を広める、②儀式行事を行う、③信者を教化育成することを行っており、「宗教団体の目的に逸脱していない」と反論し、また文科省はどの法令の何条に違反するのかを特定していないことを指摘しました。 

 

国側は、解散命令請求の理由として、約5千点の証拠資料を提出し、「信者に過度な献金や物品購入をさせて、経済的な負担や精神的な苦痛を与えてきた」などとしていますが、教団側によると、「文科省が発表した『被害規模』は和解や示談が成立した金額が含まれているなど、実態とはかけ離れている」と意見し、特にコンプライアンス宣言以降のトラブルは激減しており(この7年は訴訟ゼロ)、現在教会改革本部を設けて、更に鋭意改善していると主張しました。今後教団側は、被害を主張する元信者らの陳述書の提出や、現役信者らへの証人尋問請求を検討しています。 

 

政府による民法の不法行為を根拠とした初の解散命令請求ですが、教団側は全面的に争う姿勢であり、審理は長期化(5年~10年以上)が予想されます。「国は1年かけて証拠を集めた。こちらもそれなりの時間がかかると(審問で)申し上げた」と教団側代理人弁護士は語りました。 

 

全国弁連は、被害者救済や教団の財産散逸を防ぐため「速やかに解散命令が発令されるよう求める」との声明を出しましたが、解散請求決定を前提とした財産保全は違法であるばかりか、教団側は既に100億円の供託を政府に提示しており、そもそも財産保全などは意味を持ちません。 

 

こうして反対派の主張は破綻しており、解決の最善の策は、文科省が解散請求を「取り下げる」ことに他なりません。 

 

【400本記念版「つれづれ日誌」に際して】 

 

さて、今回のつれづれ日誌は「400本記念版」になります。つまり、2019年(令和元年)8月にスタートした令和リバイバルのホームページ(https://www.reiwa-revival.com)掲載の記事ですが、今まで日曜日の「聖書の知識」と水曜日の「つれづれ日誌」を毎週発信してきた記事が、今回で合計400本になりました。 

 

実は筆者は、2022年(令和4年)初め、約200本まできた時、「400本までやりなさい」という神の声を聞きました。この気の遠くなる話に「これから200本もとても無理だ」という思いが先にきて、一瞬気が重くなりましたが、「何か意味があるかもしれない」と思い直し、「ちりも積もれば山となる」の通り、なんとか400本までこぎつけました。今は、ともかく400本という神との約束を果した安堵感と共に、一つの区切りとしてある種の喜びを感じています。 

 

幸い、特に「つれづれ日誌」は、聖書や神学の知識だけでなく、時局や教会の在り方なども扱っていることもあり、大変関心を寄せて頂きました。一般信徒は云うまでもなく、多くのUCのリーダーが読んで参考にして頂いていることを耳にし、大変ありがたく思っている次第です。最近は、次代のUCを担う若い方々が読んで下さっているようで、次世代の方々の「教材や教養」、ないしは「信仰のヒント」になれば、これに過ぎたる喜びはありません。将来、これを取捨選択して本にして出して下さるという方が出てくれば、版権を含め全面的に移譲し委ねたいと思います。 

 

このホームページ400本と、昨年出した拙著『異邦人の体験的神学思想』、それに3年前に船橋中央家庭教会の信徒有志が出して下さった『久保木修己著「愛天愛国愛人」を読み解く』は、いわば精神の記録でもあり、臨終の際のよき置き土産になるかもしれせん。 

 

安倍晋三元首相が尊敬されていた吉田松陰は、安政の大獄の余波を受けて、30才で処刑されましたが、処刑される前、小伝馬町の牢獄で門弟たちに宛てて書いた書『留魂録』を遺して、自らの死生観を次のようにしたためています。 

 

「私は今、30歳です。何一つ成功させることができないまま、30歳で死んでいきます。人から見れば、それは、たとえば稲穂が実るまえに死んだりすることに、よく似ているかもしれません。そうであれば、それは、たしかに惜しいことでしょう。しかし私自身、私の人生は、これはこれで一つの『収穫の時』を迎えたのではないか、と思っています。どうして、その収穫の時を、悲しむ必要があるでしょう」 

 

そして、こう続けました。 

 

「もしも同志の人々のなかで、私のささやかな『誠の心』(大義の情)をあわれと思う人がいて、その誠の心を『私が受け継ごう』と思ってくれたら、幸いです。それは、たとえば1粒のモミが、次の春の種モミになるようなものでしょう」 

 

筆者はこの一文を読んだ時、イエス・キリストの言葉「一粒の麦」(ヨハネ12.24)を想起し、松陰の死を前にした悟りの境地に思いを馳せたものです。いずれにせよ、死に際して、松陰のように「人生、悔いなし」との言葉を遺したいものです。ちなみに勝海舟は、三男の嫁クララの母アンナのお墓(青山墓地)に、「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る」(伝道者の書12.7)と含蓄ある墓碑銘を自ら刻みました。海舟は77才で倒れて死ぬ前、「私はキリストを信ず」と告白し、いまわのきわで「これでおしまい」という海舟らしい悟りの言葉を残しました。 

 

思い返せば、パウロのいうごとく、「罪人のかしら」(1テモテ1.15)たる自分であり、そう褒められた信仰人生ではありませんでしたが、とにかく本を出し、400本まで書くことができて、これで一応、「納得して死ねる」というのが正直なところであります。 

 

さて400本を記念して、何人かの方から心暖まる「激励のメッセージ」を頂いていますので、下記に幾つか紹介させて頂きます。(到着順)

 

メッセージ① 五十嵐信博様 (デンマーク在住宣教師)

 

「聖書の知識」、「つれづれ日誌」の記事400本、真におめでとうございます。両記事からどれほど多くのことを学ぶことができたかと思うと、本当に感謝の念に堪えません。大変ありがとうございます。

特に、聖書と神学についての深い概要は、それらについて多少は学んできましたが、それよりもはるかに深い知識を私に与えてくれました。キリスト教国デンマークで、牧師渉外やクリスチャン伝道において、本当に役に立っています。また一対一で原理の内容について紹介していますが、その時も大きく役に立っています。 時事解説の内容も、いろいろな出来事をどのように捉えるかについて、原理的な観点から明確な解説がなされ、私自身の考え方の方向性がはっきりします。 

 

 私も時々書き物をしますので、それがどれ程大変かを知っていますが、吉田さんが400本を、一つも手抜かりなく、精魂を込めて書かれたことに心から敬服します。

  そして何よりも文章の背後に、吉田さんの憂国、救国、愛国のほとばしるような心情を感じ、読む者の心を掴んでやみません。また、絶対者への帰依からくる将来への勝利への確信に、心が安んじられます。 これからも引き続き、私たちの方向性を指し示す灯台としての記事を心から期待しています。 

 

メッセージ② 関上修悟様(松戸教会青年リーダー)

 

 400回の執筆の達成おめでとうございます。一つ一つの記事の情報量の多さ、深さはとても読み応えがあり、多くの学びと気付きを頂きました。

  今まで原理を学んできましたが、そのベースとなる聖書に出てくる聖句や歴史といったものの知識が、圧倒的に不足していたと感じてきました。それを大いに補って下さったのが吉田牧師の記事でした。また、時事問題や政局や国際情勢に触れるなど、実に広くて深い教養として、発信を続けてくださっている事に感謝いたします。 

 

  特に安倍元首相の暗殺事件以降、マスコミによる家庭連合叩きが続いています。そんな中、当初から、天の願いや摂理とは何んなのか、我々はどう信仰的に受け止めれば良いのか、などを発信して下さっていたのでとても救われる思いがしました。

  

  昨年の10月より、私は毎週駅頭にて信教の自由を訴えています。これもひとつの理由に吉田牧師の発信に励まされ勇気づけられてきたことが挙げられます。そういった面におきましても、とても感謝しております。更なるご活躍を、心よりお祈り申し上げます。 

 

メッセージ③ 松浦輝幸様 (元美術世界社長)

 

 ホームページの記事、400回達成おめでとうございます。聖書に馴染みの薄い者にとって、原理のみ言との橋渡しをしてくれる吉田牧師の解説は錆びついた頭をクリーンにしてくれます。

 また聖書解説のみならず、歴史的な出来事や現在進行中の出来事についても、神の摂理的観点から整理して頂くことによって、府に落ちる事が多々ありました。特に現下の家庭連合に対する宗教迫害に関する論評は、後世に残る歴史的な証言になると思います。 

 

  また文筆活動のみならず、有識者との交流を深める姿は、信仰者の望ましい姿として感銘を受けるものです。著書『異邦人の体験的神学思想』のみならず、この「令和リバイバル」ホームページの記事も、後世に残る名作として読み伝えられることでしょう。

  私もホームページの制作をお手伝いできたことを感謝いたします。文章の助けになればと、山登りの途中の一息つく景色のように、関連する絵画や写真を挿入しました。また読者が過去の記事を読み返すときの目印になればと思います。今後のますますのご活躍を期待しております。 

 

メッセージ④ 大川和男様 (会社役員)

 

  親愛なる吉田宏様 父母なる神様の声、天命を見事果たされました。天啓と洞察力による400本、4年に渡る感動的な文書に心より感謝、お礼申し上げます。 

 

【今後の課題】 

 

こうして「聖書を3回通読しなさい」との神の声を聞いてから8年間、ひたすら聖書と神学の研究に邁進してきましたが、この度の400本は、文字通り一つの区切りになりました。これを踏まえ、次は何を目指せばいいのでしょうか。 

 

先ず第一にやるべきことは、現在の400本のホームページの記事を再点検し、修正・加筆して更に内容を充実させることです。松浦さんが言われるように、後世に耐えれるものになれば幸いです。従って日曜日発信の「聖書の知識」は、ホームページの記事を修正・加筆したバージョンアップ版を発信いたします。 

 

第二に、今後の「つれづれ日誌」は、今までの「~です・ます調」から、新聞記事のように「~である調」にして、端的に要点をまとめ、ボリュームも今までの約半分くらいの読みやすいものにしたいと思います。時には、『徒然草』や『方丈記』のようにエッセイ風のものも考えています。 そして今までの「つれづれ日誌」から「徒然日誌」に名称を変更いたします。

 

第三は、読者からのリクエストに答えて、4月から週一くらいで30分ほどの動画を発信し、ユーチューブにアップすることです。聖書・キリスト教などの宗教知識、そして原理との対比、及び時局の出来事に関する聖書的・摂理的視点からの論評です。 


吉田宏 YouTubeチャンネルが4月より開始予定。

 

以上の3点を今後の課題として取り組む所存であり、読者の皆様の一層の励ましをお願いする次第です。 

 

【信仰告白】 

 

さて、3月からの新たな出発に際して、今までの聖書や神学の研究を踏まえ、筆者は以下の通り、改めて独自の信仰告白をまとめました。 

 

1.天地を創造された唯一の父母なる神を信じます。

2.人類始祖の姦淫による堕落により、原罪を引き継いだ罪人であることを認めます。

3.原理が聖書の奥義を解明した究極的宗教真理であること、イエス様と文鮮明師(真の父

母) が無原罪のキリストとして誕生されたメシア(救世主)であることを信じます。 

 

この信仰告白の上に立って、家庭盟誓の成就を誓います。 

 

「天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、天一国時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏と釈放圏を完成することをお誓い致します」

 

以上、400本記念に際し、心によぎったことを徒然に書き記しました。振り返れば、信仰の基礎形成時代、法律家の時代、聖書研究の時代と三期を経て、今や人生の最終章たる四期を迎えました。「地位も名誉もいらず、金もいらず、命もいらず」とは西郷隆盛の言葉ですが、筆者も西郷にあやかって、四期は命知らずの「預言者」の如く生きられれば本望です。「霊は神に帰る」(伝道者の書12.7)とある通り、今一度天地を創造された神に立ち返って、心機一転、信じるところに従って歩む所存です。(了)   ポーランド宣教師  吉田 宏

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