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世界史講師茂木誠氏の統一教会教義認識についての疑問 統一教会の教義は聖主教、金百文のパクリなのか

◯つれづれ日誌(令和5年3月15日)-世界史講師茂木誠氏の統一教会教義認識についての疑問ー統一教会の教義は聖主教、金百文のパクリなのか


 その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない(使徒行伝5.38~39)


先日、世界史講師茂木誠氏の「韓国独立運動と統一教会の原型ー歴史の中の統一教会」と題する動画を視聴しました。この動画は、多分、昨年統一教会バッシングの最中に作成されたものと思われますが、旧統一教会の教理の歴史性について、間違った認識を示されていましたので、茂木氏への反論乃至は弁明の意味で、敢えて本項をしたためるものです。


茂木氏は、世界史に精通され、分かりやすくポイントを得た説明で筆者も時々動画を視聴して参考にしていました。そのような中で、上記旧統一教会の歴史に関する動画に出会ったわけであります。茂木氏は、宗教の必要性を強調され、信教の自由は重要な人権であり、国家による宗教への介入はよくないと明言されています。そして特定の宗教を非難したり、持ち上げたりするつもりはないとした上、旧統一教会を犯罪に手を染める「奇っ怪な宗教」と呼びました。


【茂木誠氏の誤解】


茂木氏は、宗教は歴史的文脈の中から生まれているとし、韓国における宗教、特に土着のシャーマニズムや神秘的宗教を説明し、あくまでも客観的に歴史を分析したとして、次のような見解を示されました。つまり平たく言えは教義を「パクった」というのです。


「旧統一教会の教祖文鮮明師は、金聖道の聖主教、それを理論化したイスラエル修道院の金百文から、教義を模倣した」


筆者はこの見解は、韓国・朝鮮の宗教を研究する渕上恭子氏ら、旧統一教会に否定的な感情を持つ一部の学者だけかと思っていましたが、正統派歴史家と思っていた茂木氏の見解だけにかなりのショックを受け、次のような趣旨のメールを茂木氏に送りました。


「貴殿は、統一教会の教義が、聖主教や金百文からのパクリだと動画で言われていますが、これは誤解です。拙著『異邦人の体験的神学思想』(第五章2(3))に、この見解に対する反論、弁明をしていますので、是非ご一読下さい。贈呈いたします」


この筆者の問い合わせに対して、早速、次の返事がきました。


「吉田様、Amazonで買えますので、送っていただく必要はありません。勉強させていただきます。茂木誠」


茂木氏は、朝鮮の歴史を概観し、朝鮮には二極しかなかった、即ち、搾取するものと搾取されるもの、両班と奴婢であるとした上、朝鮮の精神性の象徴は「恨み」であり、朝鮮宗教の特長は、恨を解くこと、即ち「恨解り」(はんぶり)と、シャーマニズムにあるとしました。そしてシャーマニズムが発展したのが天道教(東学)であり、シャーマニズムを取り込んだのがキリスト教だというのです。


このような背景の中で、白南柱がイエス教、金聖道が聖主教を創設し、神がかり的な神秘宗教が生まれました。金聖道にイエス・キリストが憑依してお告げがあり、2mの布12枚にお告げが書かれたといいます。そこには、エバとサタンの淫行から汚れた血統が始まったこと、イエスは独身のまま死んだので、女性再臨主が韓国に生まれて、真の結婚で血を浄めること、韓国が聖地となること、などが教えの根幹にあったといいます。そしてイスラエル修道院の金百文が、金聖道のお告げを理論化したとしました。


そして韓鶴子女史の母親は聖主教に帰依し影響を受け、文鮮明師は金百文のイスラエル修道院に通って、 ここから教義を学び、これを借用した(パクった)という訳です。いわゆる血わけ教義もこのような流れの中にあるというのです。


しかし、これらの見解は、茂木氏の推測(願望)に過ぎず、完全な誤解(間違い)であり、以下、この問題について論評したいと思います。


【原理の源泉は神の啓示と聖書】


実は、上記に見た「パクリ」や「血わけ」の風評は、茂木氏に待つまでもなく、韓国宗教を研究する一部の学者が既に指摘しているところです。特に韓国・朝鮮の宗教を研究する渕上恭子氏は、1930年代のキリスト教神秘主義に始まり、イエス教会の系譜に連なる聖主教や統一教(UC)などの教団、黄国柱などの周辺にみられた神秘主義者をすべからく「血分け教」(混淫派)と呼び、イエス教の李龍道を「血分け教の開祖」と位置付けています。


上記のような間違った認識は、左翼や反キリストが好んで使う常套句でありますが、このような認識が如何にして生まれたのか、またどこに問題があるのか、を明らかにしなければなりません。 


<新興神霊神秘主義運動の勃興>


1919年の3・1独立運動が終息したあと、神霊的神秘主義運動が韓国キリスト教の特徴になっていきました。実は朝鮮半島北部では1900年初頭から、再臨主が肉身を持ってピョンヤンにくる、と言った聖霊の啓示が降りていました。この神霊的神秘主義運動は、1930年代にイエスが自身に親臨したとして降神劇を行った劉明花やそれを支持する李龍道(イ・ヨンド)、熱狂的神秘主義の黄国柱(ファン・グクチュ)などに繋がっていきました。


李龍道はメソジスト派牧師で、著名な復興師(リバイバリスト)でしたが、白南柱(ペク・ナムジュ)の紹介で、1927年ころからイエスが「親臨」したとする神学生の劉明花との出会いがありました。この劉明花の親臨・入神・再臨の神託を、多くの反対にも関わらず李龍道はこれを受け入れました。しかし1932年1月28日、平壌長老会により降神劇は異端とされています。


そして、1933年6月3日、李龍道、白南柱、黄国柱らは、神霊的神秘宗教の「新イエス教」を設立しました。そしてこの神霊運動は、イエス教会から聖主教、腹中教に受け継がれることになります。 浅見雅一著『韓国とキリスト教』(中央新書P110)には、「この李龍道らの神秘主義的異端は、1950年代以降に生まれるカルトの母体となるものであった」と記しています。


<文鮮明師夫妻と神霊宗教との関係>


文鮮明師(以下、「創始者」と呼ぶ)の妻である韓鶴子女史の父韓承運(ハン・スンウン)は、李龍道のイエス教の中堅幹部を務め、李龍道亡きあとイエス教を引き継いだ李浩彬(イ・ホビン)の主礼で洪順愛(ホン・スネ)と結と女史婚式を挙げています。ちなみに創始者も1944年5月4日、李浩彬牧師の主礼で、崔先吉女史との婚礼を行っています(「平和を愛する世界人として」P92)。


韓鶴子女史の祖母の趙元模(チョウ・ウォンモ)、母の洪順愛(ホン・スネ)長老派の信徒でしたが、新イエス教出会って信仰生活をしましたが、新イエス教は既成教会からは異端として追われた教会でした。洪順愛女史は、李龍道・黄国柱との出会いについて、次のように語っています。


「19歳になった年に、李龍道牧師が新しい役事を起こし始めたのですが、私も3日間恵みを受けました。また同時に、李龍道牧師と同じ復興師であった黄国柱氏が人々に多くの恩恵を与えました。私は黄伝道師の妹からも大きな感銘を受けました」


その後洪順愛女史は、新イエス教と関係のある鉄山の「聖主教」に通うようになりました。聖主教は白南柱の尽力で設立され、韓鶴子女史は4才の時、聖主教に母親と行ったと証言しています。そして聖主教の教祖金聖道(キム・ソンジュ)が死んだ後、許浩彬(ホ・ホビン)が後を継ぎ「腹中教」を設立しましたが、1944年、洪順愛は、趙元模と共に腹中教に入っています。


「洪順愛さんは新しいもの好きなのか、当時異端と呼ばれた教団を渡り歩いたようです。そして神霊神秘主義教団の教義はどれも似ていたのです」との証言があります。その後、洪順愛は、南で金聖道の長男鄭錫天を通し創始者に会うことになりました。ちなみに金聖道の孫、鄭壽源氏はUCの信者(36家庭)です。


一方、創始者の家庭は、創始者が10才の時(1930年)、牧師の文潤國(ムン・ユングク)大叔父の影響で一家全員がキリスト教に改宗し、猫頭山(標高310m)のふもとにある徳興長老教会に入教し、創始者は礼拝に欠かさず出席したと言われています。次姉と兄の精神病が按手祈祷で治癒したことがきっかけになりました。


その後、ソウルでの学生時代、五旬節教会やイエス教会に通っていました。また、解放後日本から帰国し、1945年10月、ソウルのイエス教の流れを汲む金百文のイスラエル修道院を訪れ、半年くらい金百文の教会に通いました。金百文は北で白南柱の弟子でした。


その後啓示に従って北朝鮮に行き、北でも創始者は獄中で腹中教教祖許浩彬と接触しています。創始者の話によれば、外形だけを見れば李龍道→李浩彬→金百文という流れで摂理が展開されていったとしています。


このように見てみると、茂木氏指摘のように、確かに文鮮明夫妻共に、これらの神霊宗教との繋がりがありました。なお、梨花女子大学副教授でアメリカを開拓した金永雲女史は、かって李龍道牧師と出会い霊的感化を受けています。


<神霊神的秘宗教の教えとUC教義との関係>


上記したように、一部の宗教学者や左翼グループにおいて、UCの教義は神霊的神秘宗教の教えと瓜二つであり、創始者はこれらの宗教、特に金百文の教義を模倣、ないしはパクったのではないかと批判しています。


確かに神霊的神秘宗教の教えとUCの教義には似たところがあります。聖主教では、イエスは十字架にかかるために来たのではなく、十字架はむしろ神の悲しみ(失敗)であったこと、来たるべきキリストは女性の体から生まれてくること、堕落は淫乱によるものであること、韓国に主が来られること、などを主張しています。そしてこれらは神霊的神秘教団に共通している教えと言われています。


金百文は、自ら悟ったことを、1954年に『聖神神学』に著し、1958年『基督教根本原理』を著しました。反対派は、『原理講論』と金百文が書いた『基督教根本原理』を示し、酷似していると批判し、パクリだとしています。


しかし、創始者が16才でイエス・キリストから使命を託され、真理の探究に没頭し、1945年金百文に会う前に既に堕落論を含む原理の解明は終わっていました(1936年~1945年)。『基督教根本原理』(1958年)より前に創始者が書かれた『原理原本』、及び弟子の劉孝元氏が書かれた『原理解説』が出ており、批判者の言説が間違いであることは明らかです。ちなみに、原理原本は1952年、原理解説は1957年、原理講論は1966年にそれぞれ出されています。


そして何よりもUC教義は、創始者が神とイエス様から直接的な啓示を受け(16才)、その後神との一問一答に基づいて真理を見出された100%オリジナルなものです。即ち、原理講論は聖書の奥義を解明した新しい聖書の解釈論であり、聖書に霊的源泉を持つ宗教教義です。むしろ創始者は金百文とは決別し、天命により1946年6月(26才)にソ連占領下の平壌に向かい、そこで独自の教義に基づく教会を設立されています。



従って、UC批判者が主張し喧伝するように、神霊宗教で行ったとされる混淫の秘儀や金百文の「男女間の性的交際において肉体の情欲性を聖化する」といったいわゆる「血分け」の教理は、後述するように、そもそもUC教義とは完全に無関係であるということであります。


また、上記聖主教などの教えと一部共通項はあったとしても、創始者がここから学んで教義に取り入れたことなどはあり得ません。世の宗教教祖が諸国を回り、多くの宗教家や思想家との交わりを通じて真理を探求するのは世の常であり、創始者も求道時代、韓国中の聖賢、思想家を訪ね歩いたと証言され、特に聖書は何度も読んで研究されました。神は色々な宗教や聖賢を通して真理の断片を啓示されていることは歴史が示すところであります。


従って、創始者が聖主教やイエス教、イスラエル修道院などの神霊的神秘宗教の教えに触れることと、それをそのまま教義として模倣することとは峻別しなければなりません。聖書に、「人間から出たものなら自滅し、神から出たものなら滅ぼすことはできまい」(使徒行伝5.38~39)とある通りです。


前述したように、原理は、創始者が16才でイエス様から召命を受け、9年の歳月をかけ、文字通り血と汗と涙を以て聖書の奥義を解明した正にオリジナルなものです。それに金百文の教理には、歴史観が欠如しているのに比して、原理には神の救済摂理歴史(復帰摂理歴史)が大きな比重を占め、また姦淫原罪説の堕落論についても、金聖道のお告げどころか、精緻に体系的に聖書に依拠して解かれています。原理講論がイエスの召命に基づき、聖書的伝統の上にしっかり立っている「聖書の奥義を明らかにした神学書」とされる所以です。茂木誠氏におかれては、皮相な風聞ではなく、原理講論をきちんと読んで吟味・検証するなど、UC教義を詳細に研究されんことを、この場を借りてお勧めいたします。


【いわゆる混淫派「血分け」問題について】


ここで、いわゆる「血わけ」問題について、筆者の見解を述べておきたいと思います。そもそも「血分け」なる言葉そのものが、悪意を持ったブロパガンダのための造語であり、何の科学的な根拠もエビデンスもないものであり、軽々に使うべきではありません。


20世紀前半、李龍道、白南柱らが、接神女(霊媒師・いたこ)の劉明花らと交わり、神託にかこつけた降神劇を行った事が、混淫事件として問題となり、混淫派と呼ばれました。その後、前記の通り白南柱は、平安北道鉄山で「聖主」を自称する金聖道を立てて「聖主教」を設立しました。彼らは平安道粛川七里で聖主教総会を開き、そこに集まった男女40余名の会員に聖職者の按手を与えました。そして、これがいわゆる「混淫事件」と言われているものであります。


ただ、これらの事件の真相は藪の中にあり、一体どういう中身だったのか、推測の域を越えるものではありません。また、当時、洪順愛女史は聖主教に通っていましたが、彼女の口からそれらしき証言はありません。


さて、1955年7月4日、梨花女子大学事件で創始者が逮捕収監されましたが、その容疑は「兵役法違反」と「不法監禁」でした。結果的には、1955年10月4日無罪判決が言い渡されました。しかし、当局が狙っていたのは、特にメソジスト派と連携して、「姦淫問題」(血分け問題)で立件し、創始者を陥れてUCを邪教として叩き潰すことにありました。結局、姦淫とされた当事者で、嫌疑をかけられた関係者らの告訴が無く、姦淫関係の事実は立件されませんでした。(武田吉郎著『受難の源流』P189)


このように、渕上恭子氏ら一部の学者や反対派が喧伝するように、神霊宗教や金百文の神秘主義が「血分け教」(混淫派)だとし、UCがその系譜を引いているとするなどとの主張には、如何なるエビデンスもない悪質なプロパガンダに過ぎないことは明らかです。 


韓国の「新興宗教問題研究所」所長であり、いわゆる「血分け」という陰湿な響きを持つ言葉を広めた卓明煥氏は、UCのみならず多くの宗教団体についてスキャンダルや虚偽を撒き散らしてきました。UCとの裁判においても彼の言動が嘘であることが判明し、彼は1978年にUCに対して次のような謝罪文を公表しました。


「私は、出版物『統一教その実相』、スライド『これが統一教である』などで、一部の統一教会離脱者たちが提供した資料に基づき統一教会を『非倫理的邪教集団』『淫乱集団』と批判してきました。しかし、いずれもその根拠のないことがわかりましたので、ここに訂正し謝罪いたします」


また、1992年に朴正華氏が『六マリアの悲劇』という、喜劇のような嘘の本を書きましたが、利益目的で書いたと自ら証言し、1995年11月に『私は裏切り者』という本を執筆し、『六マリアの悲劇』が虚偽に満ちたものであることを自ら証言し謝罪しました。


かって吉田清治氏が荒唐無稽な扇動本『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社)を刊行し、朝日新聞がこの本の主張を丸飲みして間違った慰安婦像をでっち上げる事件が起こりました。後日、朝日新聞はこの吉田の本が何の根拠もない間違った営利本であることを認め謝罪しましたが、上記の出版物もその類いであります。


さらに、日本テレビ1995年5月19日放送の「ザーワイド」の中で中村敦夫氏は「合同桔婚式は血分けの儀式」と、テレビで発言して、UCが刑事告訴し受理されました。


中村氏によれば、血分けとは、「神の啓示を受けた人物が信者とセックスし、それを伝播することで、その血分けを受けてこそ救われる」とする教理だということだそうです。つまり、キリストの生まれ変わりであると主張する文師が、「原罪を背負った人々を清めるためにセックスをする」ということだというのです。


しかし、こういったことは上記吉田清治の扇動本と同様、事実無根の荒唐無稽な流言であり、これまで「血分け」淫乱説でUCを誹膀中傷したものは、裁判で有罪判決を受けたり、また発言内容の訂正や謝罪に追い込まれています。


確かに、UCの聖酒式、祝福儀式などの儀礼が混淫派の教えに似通っていると誤解され、初期のUCでは混淫派と同じように、「血分け」 の秘儀が行なわれたのではないかと喧伝されました。しかし、原理から導かれる「血統転換」の教理は反対派が言う「血分け」などとは似て非なるもので、神の聖書的な救済摂理に基づく救済観であり、その立ち位置はいわゆる混淫派などとは天地の開きがあり100%無縁であることは明らかです。


それにしても、著名な人物を陥れるのに、女性問題ほど威力のあるものはありません。2020年7月、ソウルの著名な現職市長朴元淳(パク・ウォンスン)氏がセクハラ疑惑告訴を苦に自殺しました。またマーティン・ルーサー・キング・ジュニアもFBIから不倫問題で脅迫を受けていたことが明らかになっています。


 創始者も「血分け教」教祖のレッテルを貼られ、自らも男女関係で様々な嫌疑をかけられてきました。しかし、この朴元淳市長と違って、只の一件の告発も告訴もなく、裁判では全て無罪です。これは、一種の「有名税」と考えるべきなのでしょうか。しかし、今では、流石にこの血分け論争は終息に向かっているようで、ほぼ過去の遺物になりました。根も葉もないことなので、当然と言えば当然の話しではありますが。


以上、茂木誠氏の「パクリ言説」が根も葉もない間違った理解であることを述べてまいりました。原理は神の啓示と聖書的霊性に基礎を置くものであり、聖書の奥義を明らかにした宗教真理であることを、もう一度、強調したいと思います。(了)

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