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トマス・アクィナスの神秘体験とは①

◇聖書の知識 (9月23日)-トマス・アクィナスの神秘体験とは①

すると、長老のひとりがわたしに言った、「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」(黙示録5.5)

[信徒の交わり]

半年ほど前、旧知の知人Fさんと何十年ぶりかの再会を果たしました。彼はかっては自民党の福田赳夫や田中派など大物政治家を開拓した勝共の戦士でした。

彼は私が発信するものを叩き台にして、議論を深める貴重な「み言」仲間になりました。

およそ人間関係の中で、食口間の絆ほど強固で信頼性があるものはありません。使徒信条の中に「信徒の交わり」というフレーズがあり、キリスト教でも信徒間の絆を大事にしますが、我らUC信徒の交わりにかなうものはありません。

UC信徒の交わりに匹敵するものは、ユダヤ人の信仰的、民族的な絆です。ユダヤ人は、世界に散らばる「ディアスポラ」ユダヤ人の絆を活用して世界的な情報とビジネスのネットワークを築きました。これこそ世界の金融を一手に握った理由です。

私たちUC信徒の絆は、ユダヤ人以上の絆といっても過言ではありません。一般人が何年間もかかって努力して築く人間関係を、一夜にして築くというのです。

そして上記F氏とは、何十年に渡って交流がなく、地上ではもう二度と会うことはないと思っていましたが、たった一本の電話で、一夜にしてその絆は復活しました。これこそ「み言」を共有するものの神秘です。UC信徒の交わりこそ、それが「縦的で分別されたものである限り」私たちの最大級の財産であります。

そしてそのF氏と最近最も激しく論議したのが、他ならぬ今回のテーマである「トマス・アクィナスの神秘体験」を巡る解釈であります。

トマスは、1273年12月6日、ミサの中で神の圧倒的な霊的体験に遭遇し、未だ見なかった神秘を見て、未完成の主著「神学大全」を絶筆し、以後一切を沈黙したのでした。かのバウロの回心体験(使徒9.3~5)に匹敵する神学上の大事件でした。

一体、彼は何を見て、何故絶筆し、沈黙したのでしょうか。これこそ今回のテーマです。


[トマス・アクィナスとは]

先ずはじめに、トマス・アクィナス(1225~1274年3月7日)について簡単におさらいをしておきます。

トマス・アクィナスは、13世紀中世のスコラ学の代表的な神学者で、スコラ学(哲学)を大成したと言われています。

スコラ学は中世キリスト教世界に盛んになった学問のスタイルであり、その特徴は問題から理性的に、理づめの答えが導き出されることにありました。主としてキリスト教の教義を学ぶ神学を、ギリシア哲学(特にアリストテレス哲学)によって理論化、体系化することにありました。

イタリアの貴族の家に生まれ、ドミニコ会修道士からパリ大学教授となり、アリストテレス哲学をキリスト教信仰に調和させて解釈し、信仰と理性の一致をめざしました。

トマスがモンテ・カッシーノ修道院の院長を継ぐことを期待していた家族は、彼がドミニコ会に入るのを喜ばず、強制的にサン・ジョバンニ城の家族の元に連れ帰り、一年以上そこで軟禁して翻意を促しました。家族は若い女性を連れてきてトマスを誘惑までさせたという話しは有名です。

着飾った美しい少女を送り込み、あらゆる手立てを使って誘惑させました。トマスは不覚にも肉の衝動が沸き起こるのを感じましたが、炉の中で燃える薪をとって少女を追い出し、その薪で壁に十字架を書きしるし、床に伏して祈ったと言われています。(稲垣良典著「トマス=アクィナス」P46)

トマスの最大の業績は、キリスト教思想とアリストテレスを中心とした哲学を統合した総合的な体系を構築したことであると言われています。

即ち、哲学における軸足をプラトンからアリストテレスへと移し、信仰と理性、神学と哲学の関係を整理し、神中心主義と人間中心主義という相対立する概念の難しい課題の統合を図りました。

その代表的な著作が『神学大全』(1265~1273年ごろ)で、神の存在と教会の正当性を論証する大著として、後世のキリスト教に大きな影響を与えました。「哲学は神学の婢(はしため)」という彼の言葉は、神学をすべての学問の上位におくという思想を表しています。

また、人間社会の秩序のための「人定法」、神から啓示によって与えられている「神定法(自然法)」、宇宙を支配する神の理念としての「永久法」という観念を導きだしました。

[トマス・アクィナスの神秘体験とは]

トマス・アクィナスは、1273年12月6日ミサを捧げていた時、突如心境の変化に襲われ神秘体験をすることになります。神の圧倒的な霊的体験をしたのです。そしてその後絶筆し、一切を沈黙しました。

この謎、即ちトマスが絶筆を余儀なくされ、以後一切の沈黙を守ることにまで至ったこの「霊的体験」とは何だったのか、このことこそF氏との深刻な論議でした。

さて、トマスは、理性では知り得ない事柄として、「三位一体の神秘」(神学大全)という表現を使い、これは論証されることではなく信じられるべきことだとしました。神秘とは、「あまりにも隠されているために理解することが出来ない神的な神秘」であるという意味です。(山本芳久著「トマス・アクィナス-理性と神秘」P43)

トマスは他に「キリストの神秘」「受肉の神秘」「信仰の神秘」「恩寵の神秘」といった神秘という言葉を多用しており、如何にトマスが信仰と理性の問題と戦い、人間の理性の限界を誰よりも知っていたかが分かります。だからこそ逆に、神学における理性の重要性を認識していたとも言えるのです。

トマス神学の魅力は、問題を理性の力によって探求していこうとする姿勢と、神によって啓示された神秘を手がかりに真理を明らかに

していこうという姿勢が絶妙に統合されているところにあると言えるでしょう。

トマスアキナスは、大著「神学大全」の執筆に1265年ころから取り掛かりました。

しかし上記したように、ミサの中で神からの強烈な霊的体験に遭遇し、第三部の「秘蹟の部」の途中で筆を置き、以後一切の著作活動を放棄し、かくして神学大全は未完に終わったのであります。(その後、弟子たちが書いて完成させました)

トマスは友人レギナルドスに「私にはできない。私は大変なものを見てしまった。私が見、私に示されたことに比べれば、私が書いた全てのことは藁屑のように見える」と語ったと言われています。

そしてその体験の3ヶ月後の1274年3月7日、地上での用を終えるかのように49才で他界いたしました。

一体、トマスはミサの中で何を見、何を啓示されたのでしょうか。そして何故、絶筆し以後一切を沈黙したのでしょうか。この問いに、今まで如何なる神学者と言えども正面から論評しことも、納得できる解答を与えたこともありません。いわば、永遠の神秘であるのです。

[7つの封印の巻物を見てしまったトマス]

上記F氏は、それをヨハネ黙示録5章の「7つの封印の巻物」(黙示録5.5)の中身を覗き見たからだと主張します。三位一体、十字架、贖罪、復活、再臨と言った聖書の根本奥義の驚くべき解釈を示されたというのです。激しく泣いていたヨハネ(黙示録5.4)に神が臨んだようにです。

ロマ書16.25に、「今や代々に渡って隠されていた神秘は、その神秘の啓示によって知らされる」とある通りです。

この体験により、トマスは、十字架の教理やイエスの再臨など、伝統的なキリスト教教理からのコペルニクス的転回を余儀なくされたのではないかと言うわけです。

また、そのように考えなければ、トマスの絶筆と沈黙の意味を説明できない、トマスは神に沈黙を迫られたのだ、と....。

またある著名な学者は、「理性の限界を決定的に感じさせられる体験」をして自らの神学に自信が持てなくなったのではないかと解釈し、その結果、カソリック教理の弁証と証明に費やしていたそれまでの著作に、何の価値も見い出せなくなったのでなはいかと述べました。

一方、東大准教授の山本芳久氏は、これまでに書いたものを「藁屑に過ぎない」とトマスが言ったのは、聖書の「文字通りの意味」を指したのだと解釈し、聖書の「霊的な意味」は、文字的な意味の真意を明らかにするものだから、神秘体験はそれまでの執筆活動を否定したのではなくむしろその「真義を明らかにした」のだと主張しました。

更に山本氏は、「その宗教体験によって与えられた洞察が、神学大全に書かれてあるトマスの立場を根本的に否定するようなものであったならば、トマスは決して筆を折らなかったのではないだろうか」(「トマス・アクィナス-理性と神秘」P40)と述べ「それほどまでの深い宗教体験を得ることができたこと自体が、トマスのそれまでの神学研究の成果なのではないだろうか」(同)と述べています。

しかしこれでは「絶筆と沈黙」の意味を説明できません。しかもトマスは、この体験から3ヶ月後に、トマスが得た最終的な洞察を神学大全に書き込まないまま他界し、この謎は封印されたまま永遠の謎として残されることになったのですから...。

筆者はF氏の見解にかなり近い見解を持っています。神学大全で主張してきたように、神秘と理性の調和を目指すトマスの神学理論が、決定的なダメージを受けるようなある衝撃、理性を越えた神秘に出くわしてしまったのは間違いありません。

特にカソリックやトマスの今までの十字架理解にノーを突きつけられたのではないか、そして三位一体の理解、原罪、復活、再臨の理解に根本的な修正を迫られたのです。だからこそ、「私は大変なものを見てしまった。私が書いた全てのことは藁屑のように見える」と友人に語ったのだと思われます。

パウロがそれまでの律法主義からのコペルニクス転回を余儀なくされ、これまでの人生を全否定されたようにです。しかしトマスは、パウロが回心し、以後キリストの使徒として福音伝道に殉じたようにはいきませんでした。未だ再臨の時至らず、ただ沈黙するしかなかったのです。

このトマスの謎は、キリスト教自身の手によって解明されることが望まれます。さてトマスは、一体何を見たのか、如何なる霊的体験をしたのか、読者はどのように解釈されるでしょうか。乞う、ご見解!(了)→次回に続く