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信仰のリバイバルを期して



イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない(申命記6.4~5)


筆者は、この度、『異邦人の体験的神学思想』という本を出版しましたが、本書のテーマは「多様性中の宗教間の一致」と、現代における「リバイバルの必要性と必然性」であります。


【出版の趣旨】


本書『異邦人の体験的神学思想』を書いた趣旨、及び目的は概ね次の3点であります。


第一に、先ず聖書・神学・キリスト教の基礎知識を述べ、これを踏まえ、その本質と特徴を他宗教との対比、特に「原理(家庭連合の教義)との対比」を意識しつつ論じました。そして本書が、求道者の入門書、信徒・牧会者のキリスト教理解の教材になれば幸いです。


第二は、宗教間の対話と一致をテーマとし、特に聖書と原理、キリスト教とUCの「橋渡し」を意識しました。


第三は、「神に還れ、神の言葉に還れ!」をスローガンとする新しいキリスト教福音信仰の[

「リバイバル(霊的覚醒)の口火」になればとの思いです。


【リバイバルとは何か】


「リバイバル」(revival)とは、本来、再復興、再復活を意味し、再生を意味するルネッサン(Renaissance)と親和性のある言葉です。そして宗教用語としての「リバイバル」(霊的覚醒)は、キリスト教における信仰復興、即ち「信仰の原点」に立ち返ろうとする運動のことを指す言葉であります。


<リバイバルの原点>


では立ち返るべき原点とは何でしょうか。それこそ「神」であり、「神の言葉」に他なりません。もう一度、神の言葉を再発見し、天地を創造された父母なる神に再結合されなければなりません。これは申命記の次の言葉に象徴されています。


「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(申命記6.4~5)


生命と愛の根源である創造主なる神を失い、神と断絶したことが、全てのわざわいの究極的な原因であることは明らかであり、「神を知ることは、知識のはじめ」(箴言1.7)とある通り、リバイバルとは失われた神を取り戻すこと、即ち個人と家庭と日本に「神を復権」させることに他なりません。そして神の言葉に回帰することであります。


<世俗的ヒューマニズムの致命的欠陥>


人類の文明の行き詰まりは、神なき文明、反宗教的文明に陥ったことにあり、その根は、ギリシャ、ローマ文明のヘレニズムにあります。即ち偏ったヘレニズムの人間主義、神なき「世俗的ヒューマニズム」に問題の根因があり、それは唯物思想の温床となりました。そして究極的には創世記3章がその「起源」であり、具体的には創世記4章のカイン・アベルに象徴される「歴史の二流」に遡ります。


即ち、世俗的ヒューマニズム(世俗的人本主義)とは、超自然性の存在(神)を否定し、人間的で浅薄な倫理や道徳を振りかざす無神論的ヒューマニズム思想であり、信仰を核とする「キリスト教的ヒューマニズム」と対極にある概念です。つまり、世俗的ヒューマニズムは、神の代わりに人間を最高の価値と考える「人間中心の思想」であり、そこには神の占める座はありません。


この神なき世俗的ヒューマニズムの典型がテレビのワイドショーに象徴される現代日本の左傾化したマスコミと、そのマスコミに洗脳された世論に端的に顕れております。そして現下の岸田政権がその世論に忖度して、一種の衆愚政治に陥っているというのです。


このマスコミに代表される現代日本の宗教嫌悪、信仰否定、過度な人権思想は、やがて日本の社会に致命的な結果をもたらすことになるでしょう。


リンカーンの「人民の、人民による、人民ための政治」という有名なゲティスバーグの演説は、アメリカ民主主義の原点とされますが、最後に「IN-GOD」即ち「神の下での民主主義」を謳っています。また、アメリカの独立宣言には「創造主によって与えられた人権」という神中心思想があり、本来の民主主義は神に基礎を置く人権というキリスト教的ヒューマニズムの上に立つべきであります。


従って、個人も社会も日本も、今こそ宗教の復権、神への回帰が急務であり、神を見失った日本社会に真性な神と神の言葉を取り戻すこと、即ちリバイバルが急がれます。


安倍晋三元総理が長州の吉田松陰や高杉晋作を尊敬されていたこともあり、本年元旦に世田谷の吉田松陰神社に参詣しました。神主の話しによれば、神社本殿に安置されている「ご神体」は何と吉田松陰の「脇差し」だということでした。イスラエルの幕屋の至聖所(神社の本殿に該当)には、モーセの十戒を刻んだ石板が安置されていますが、同様に、神社のご神体として聖書ないしは原理講論、即ち神の言葉を安置すれば日本の霊的基盤は確固たるものになるのではないかと感じたものです。


ちなみに、これを機会に幕末維新の歴史を学び直しましたが、この時代ほど神が働かれた時代はなく、神の霊妙なご計画の中で大変革がなされたと実感しました。即ち、日本を再臨摂理に用いんがために、神が導かれて日本を近代化されたという実感です。


【リバイバルの歴史とその特徴】


さて、キリスト教歴史を特徴づけるキーワードーとして、筆者は「殉教」「異端」「リバイバル」の3つを挙げていますが、その中でも、リバイバルは最大の特徴であり、キリスト教歴史の中で、周期的にそして必然的に勃興しました。


ペンテコステ(ファン・バウティスタ・メイノ画)


前記しましたように、リバイバルとは、第一に、信徒が霊的に覚醒・復興されること、そして信仰の回心に導かれることであり、第二に、それが信者の劇的な増加、教会の成長をもたらすことであります。


教会が形式化し 、信者の信仰が沈滞化した時、リバイバルが勃興し、信徒に内的な覚醒の動機を与え、新しい神の霊を招き寄せて、新しい霊的自我に目覚めさせました。


<リバイバルの歴史>


リバイバルは原始キリスト教時代以来、繰り返し勃興し、特にアメリカでは典型的な数度のリバイバルが起こりました。


原始教会最初のリバイバルは、使徒行伝2章の「ペンテコステ」(聖霊降臨)であり、キリスト教の創立は、このペンテコステに起源があると言われています。


「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。(使徒行伝2.1~4)


そしてパウロなどによるギリシャ・ローマ社会(異邦人世界)への福音宣教の拡大と、ローマ帝国によるキリスト教の公認・国教化が続きます。


また496年、フランク王国の王クロービスのアタナシウス派キリスト教への改宗、988年、キエフ大公国の王ウラジミールのギリシャ正教への改宗・洗礼も一種のリバイバルと言ってもいいでしょう。


特にルター、カルバンによる宗教改革は画期的な信仰復興の時代であり、続く長老派のジョン・ノックス(1510~1572)のスコットランドのリバイバルやメゾジスト派のジョン・ウェスレー(1703~1791)によるリバイバルも霊的復興をもたらしました。東洋では、1907年の平壌リバイバルも見逃せません。


そうして最も注目すべきは、アメリカでの典型的な数次のリバイバルであります。(後述)


<リバイバルンの特徴とパターン>


ここで、各リバイバルの特徴とパターンを確認しておきたいと思います。


リバイバル、なかんずくアメリカのリバイバル運動は、例外なく1人又は数人の無名の牧師、キリスト者の「悔い改めの回心」から草の根運動として始まりました。その思想は、a.悔い改め(repent)、b.回心(convertion)、c.新生(born again)の3つが核になっています。


そしてアメリカの第二次リバイバルを担ったチャールズ・フィニーに代表されるように、リバイバリストは、例外なく祈りの人、み言の人、悔い改めの人、そして劇的な回心体験の持ち主でした。正に、悔い改め→回心→許し→新生→復活→永遠の生命、という救いのプロセスを辿り、そうして神と神の言葉に回帰しました。


更にリバイバルの特徴を付け加えると、聖霊のハプテスマの強調、形式に拘らない大衆的情熱的説教、超教派的運動、使徒的教会への原点回帰と福音伝道、異言・癒し・奇蹟・悪霊の追い出しなどの聖霊の働き、を挙げることができるでしょう。


尾形守著『リバイバルの源流を辿る』によると、どのリバイバルも「悔い改めの祈り」から始まり、聖霊ご自身が源となり、そしてリバイバルは「どん底や絶望的な行き詰まり、人間の無力さやへりくだりをとことん経験した無名の一人のキリスト者の回心」から始まっていると指摘しています(P244)。


つまり、リバイバルは、草の根的な無名の牧師やクリスチャンの「悔い改めの回心」と「聖霊の働き」から生まれたというのです。そういえば洗礼ヨハネもイエス・キリストもベテロも、宣教の第一声は「悔い改めよ」でした。(マルコ1.4、マタイ4.17、使徒2.38)。


「バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えていた」(マルコ1.4)


「この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、『悔い改めよ、天国は近づいた』」(マタイ4.17)


「すると、ペテロが答えた、『悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい』」(使徒2.38)


一方、リバイバルへの非難と反対運動は常に存在しました。とかくリバイバルは、教会の不一致や混乱を招き平和を乱す一時的な熱狂運動だとされ、また神学修得の軽視を問題にされました。典礼的志向の強いプロテスタントやローマ・カトリックのエキュメニカル派は、リバイバルを否定的に見る傾向が強いと言われています。


【アメリカのリバイバル】


アメリカはルター、カルバンらによるプロテスタントの宗教改革が、ピューリタンの移住によって結実した国であり、アメリカは、聖書に基づいて建てられた神に選ばれた国であり、世界に自由の鐘を鳴らす使命を帯びているとの自覚を持っていました。


1630年、ジョン・ウインスロップ牧師の説教「全ての人々の目が注がれる丘の上にある町」(マタイ5・14)は有名で、新たな選民的自覚のもとに、神との聖なる契約に入ったことを宣言しました。


「丘の上の町」は、イギリスにおける国家的宗教弾圧を逃れて新大陸アメリカに渡った清教徒たちがつくろうとしていた「自由で公正な神の国」を表す象徴として用いられ、「神に選ばれた特別な国」との自己認識の原点になりました。


しかし神に選ばれた国にも、キリスト教信仰の形骸化や沈滞化は押し寄せました。そうして、その度に、周期的、必然的に勃興したリバイバル(霊的覚醒運動)は、教会を革新し、信徒の信仰を蘇らせました。


即ち、アメリカキリスト教(プロテスタント)の最も注目すべき特色は、周期的に信仰を改革し、回復させるリバイバル(大覚醒)の勃興であり、超教派的な4回の大覚醒(The Great Awakening)が起こっています。


<第1次リバイバル>


第一次リバイバル(1730~1740)は、移民後100年が過ぎ、信仰が沈滞・形骸化し霊的な力を失っていた時でしたが、会衆派のジョナサン・エドワーズやメソジストのホイットフィールドに主導されて霊的覚醒運動(the Great Awakening)が起こりました。


会衆派の神学者・牧師・宣教師のエドワーズ(1703~1758)は、神の国に入るには「個人的な回心」が必要であることを訴え、絶望に陥っていた教会の霊的風潮は一変しました。エドワーズの説教「怒れる神の御手の中にある罪人」は有名です。


このような中で、メソジスト派、バプティスト派、長老派が発展し、一方ではアメリカ教とも言えるアメリカ的霊性、即ち「市民宗教」が形成されていきまさした。 ちなみに市民宗教とは、ピューリタン思想、聖書的選民観、愛国的心情の総体とも言うべきアメリカの霊性であり、アメリカの見えない国教ともきうべきものであります。


<第二次リバイバル>


第二次リバイバル(1800~1830)は、1776年の独立後、一度冷めてしまった信仰心を蘇生させようとする運動であり、また理神論やフランス革命の啓蒙主義の影響で形骸化していた霊性を復興させようとする運動でもありました。


著名なリバイバリストであるチヤールズ・フィニー(1792~1875)が主導し、多くの人々が回心に導かれ、メソジスト、バプティスト、ホーリネス教会が成長しました。


以下、「フィニーに見るリバイバルの要諦」を考察いたします。


フィニーはアメリカで最も有名なリバイバリストであり、キャンプ・ミーティング(野営天幕集会)などで集会が行われ、50万人もの人々を福音に導きました。


フィニーは苦学し独学で神学を学びましたが、1821年10月10日(29才)、次の聖句で回心に至ります。


「もしあなたが一心にわたしを尋ね求めるならば、 わたしはあなたがたに会う」(エレミヤ書29・12~14)


フィニーはこの聖句に感応し、聖霊のバプティスマを受け、劇的な回心を遂げることになります。フィニーの回心の原点には、神に激しく求める求道心と、罪に対する深刻な悔い改め、そして聖霊との出会いがありました。


「わたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ」(エゼキエル18.31)との聖霊の声です。


フィニーは苦学して、28才で弁護士になりましたが、著著『上よりの力』によると、29才になるまで聖書を読んだことがなかったといいます。


しかしその町の牧師と親しくなったフィニーは、教会に出席するようになりました。当時よく使われた教科書「法律註解全書」の著者ブラックストンがクリスチャンだったこともあって、テキストには聖書からの引用(十戒など)が多く、それに応じてフィニーは聖書を読むようになったというのです。


そして上記の通り、29才の時に、劇的な回心に至ります。森に入り跪いて神に祈っていると、旧約聖書エレミヤ書19章12節~14節の言葉が示されたというのです。


その晩、弁護士事務所に戻ったフィニーは聖霊のバプテスマを受けました。愛の波のように、体と魂を突き抜けていく、聖霊の波動を感じたというのです。


もし救われたのなら、福音を解こうと決意していましたので、1824年、フィニーは32才で長老派教会の牧師になりました。


独学で神学を学んだ点と聖霊による回心体験から、牧師にとって重要なのは神学の知識ではなく、救いの体験と共に、いかに多くの人を救ったか(回心させたか)であるといいます。


フィニーの福音伝道メッセージは原稿なしに行われ、法律家らしく、論理的に明快であり、加えて人を新しくする霊的な力に満ち、そしてイエス・キリストの愛を説きました。フィニーは真理をはっきりと説き明かし、聞く者に罪を深く自覚させ、救いの必要性を理解させて 、その人生を一変させました。しかし、リバイバルは努力の末に訪れるもので、奇跡ではないとも語っています。


1835年、オーバリン大学の教授になり、後に学長になり、一方では奴隷解放運動にも関っています。


フィニーはその著著『上よりの力』(角笛出版)で次のように語っています。(抜粋骨子)


「上よりの力とは、神の霊の注ぎ、即ち聖霊のバプテスマを受けることであり、それは罪の自覚、救いの必要、救いの確証、宣教の力を伴う」


「聖霊のバプテスマによって、教える力、福音を伝える力、異言を語る力、奇跡を行う力、霊感の賜物、精神的勇気、が与えられる」(P19)


「人々への霊的感化は、たった一つの文章、一つの何気ない言葉、一つの身振り、ほんの一瞥、を通しても現れる。そして上よりの力を与えられるためには、罪を告白し、真剣に祈ることか不可欠である」

(P22)


「上よりの力が与えられることを信じ、与えられるまで祈り続けよ。私は、祈らない限り、何事も行えなかった」


「 奇跡や異言は、福音を人々に理解させるための手段(方便)であり、人々をキリストにつなぐことは、全てのクリスチャンの特権であり責務である。

全生涯を献げてでも人々の魂を救いに導きこうと心の底から思っているかどうかということである」(P81)


「主は説教の言葉を与えて下さり、集会で上よりの力が激流のように押し寄せる」


<第3次リバイバル>


第3次リバイバル(1850~1900)は、南北戦争前後(1861年~1865年)にかけての混乱の中で、中断した信仰を甦らせれることになりました。


苦学し独学で神学を学んだドワイト・ライマン・ムーディー(1837~1899)が中心になりました。ムーディーはまともな学校教育も受けず、神学校にも縁がなく無学でしたが、靴屋で働いていた時(18歳)、回心を体験し信仰生活に入っていくことになります。


ムーディーはビジネスで成功し、スラム街などの貧しい人々に福音を説いていきました。普段着のままで分かりやすい説教を行い、人気を得て、独立系教会の優れた指導者になり、1886年には聖書学院を設立しています。


この時期にホーリネス、ナザレン運動、クリスチャンサイエンス、エホバの証人などの教派が生まれています。


<アズサ・ストリート・リバイバル>


1900年初頭から始まったペンテコステ運動は、ウイリアム・シーモアによりロサンゼルスのアズサ・ストリート・リバイバルから始まりました。


アズサ・ストリート・リバイバル(Azusa Street Revival)は、1906年にアメリカ合衆国カリフォルニア州のロサンゼルスのアズサ通りで起こった聖霊運動のリバイバルで、ペンテコステ運動の発祥になりました。


チャールズ・バーハムの弟子である黒人のシーモア(1870~1922)が主導し、アズサ・ストリート・リバイバル(聖霊の役事)は3年間続きました。この聖霊の賜物重視の運動は世界に広がり、ペンテコステ派は多くの信者を獲得しました。


シーモアのペンテコステ運動は、その後、1960年に聖公会司祭ベネットから始まったカリスマ運動「聖霊の第2の波」、1980年代からの福音派による「聖霊の第3の波」などに大きな影響を与えました。


現代、ペンテコステ派、カリスマ派、聖霊の第三の波派を合計すると約5億人を超え、全プロテスタントの多数を占めています。


【リバイバル宣言】


ヨハネ書に「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない」(ヨハネ14.18)とありますが、今や私たちは、天地を創造され、生命と愛の根源なる父母なる神を離れて、さながら親を失った孤児のようです。つまり、堕落とは神と断絶したこと、そして神の言葉を喪失したことに他なりません。


「神を知ることは知識の始め」(箴言1.7)とある通り、失われた神との回復、即ち、個人と社会と日本に神を復権すること、そして神の言葉に回帰することこそ、何にもまして一大事というべき課題であります。


人類の文明の行き詰まりは、神なき文明、反宗教的文明に陥ったことにあり、偏ったヘレニズムの人間主義、神なき「世俗的ヒューマニズム」に問題の根因があり、それは、正に唯物思想の温床となりました。


即ち、世俗的ヒューマニズム(世俗的人本主義)は、神の存在を否定し、浅薄な道徳観を振りかざす無神論的ヒューマニズム思想であり、信仰を核とする「キリスト教的ヒューマニズム」と対極にある概念です。


この神なき世俗的ヒューマニズムの典型が、テレビのワイドショーに象徴される現代日本の左傾化したマスコミと、そのマスコミに洗脳された世論に端的に顕れております。そして現下の岸田政権がその世論に忖度して、一種の衆愚政治に陥っているというのです。


このマスコミに代表される現代日本の宗教嫌悪、信仰否定、過度な人権思想は、やがて日本の社会に致命的な結果をもたらすことになるでしょう。


従って、個人も社会も日本も、今こそ宗教の復権、神との再結合、神の言葉への回帰が急務であり、神を見失った日本社会に真性な神を復権すること、即ちリバイバルが急がれます。


今やUCと信徒は、未曾有の大試練の中に晒されていますが、かってイスラエル民族もバビロン捕囚という大艱難に遭遇しました。国を失い、神殿は破壊され、家は焼かれ、王共々バビロンに捕囚されました。その民族的な危機のなかで、民意は二分され、民族を救えなかった無能な神ヤハウェを捨てて、他の神々に走る人々と、一方では、この大艱難の意味を偶像崇拝と不信仰の罪に帰し、深く悔い改め、試練の中で神と再結合し、神の言葉(律法)に回帰する「イスラエルの残れる者」がいました。こうしてイスラエルは、この大艱難の中でモーセ五書とユダヤ教を確立し、再びメシアを迎える民として甦りました。


私たちもかのイスラエルのように、再び甦らなければなりません。試練・艱難・迫害は、教会改革のチャンスであり、リバイバルの合図でもあります。そしてそれは、真摯な悔い改めをもって神に還ることに他なりません。


神は日本を再臨摂理に用いんがために、その「霊妙なご計画」をもって、かの明治維新を導かれて、アジアでいち早く近代化に導かれました。同様に、私たちが直面する大試練にも「神の深い計らい」があることを信じ、そして告白いたします。(了)

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