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新しい革命的な教会への挑戦 二人の牧師からのヒント

◯つれづれ日誌(令和6年1月10日) 新しい革命的な教会への挑戦 二人の牧師からのヒント 

 

ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである(マタイ18.20)


奇跡の漁り(ラファエロ画)


令和6年「甲辰(きのえたつ)・龍の年」、日本は年明け早々から激しいパンチを喰らいました。一つはあろうことか元旦の能登半島大地震であり、9日の時点で石川県の死者202人、安否不明者102人、避難者は2万6181人に登っています。もう一つが2日、羽田空港での、日本航空516便と海上保安庁航空機との衝突です。この事故で海上保安庁の6人が死亡し、日本航空の乗員・乗客14人がけがをしました。海上保安庁航空機は能登の被災現地に向かう途中でした。 

 

筆者はこのニュースを聞いた時、昨年来再三に渡って警告したように、岸田政権の反宗教政策に対して「神の報復」が始まったと感じました。反宗教政策とは「LGBT法案の強硬採決」と前代未聞の「旧統一教会解散請求」であります。

 

加えて中東では、ガザ、レバノンでのハマス幹部らの爆殺が続き、またイランでのソレイマニ司令官を追悼する式典最中の爆発では95人が死亡し、中東情勢のさらなる不安定化が懸念されます。更に丸2年にならんとするウクライナ戦争も予断を許さず、何が起こってもおかしくない不安定な状況にあり、こうして世界は正に黙示録が予言する終末的様相の中にあります。

  

【2人の牧師の画期的な取り組み】 

 

このような最悪の新年をスタートした日本ですが、最近筆者は、型破りとも言える教会を運営している若い二人のプロテスタント牧師との出会いがありました。一人はいわゆる教会堂なしの完全オンラインの教会「クラウドチャーチ」を運営している小林拓馬牧師(32才)、もう一人が、やはり教会堂なしの「会いにいくキリスト教会」を運営している石川有生(通称ともみん)牧師(35才)であります。 

 

この二人は、今までの教会堂(建物)を中心としたオーソドックスな教会ではなく、エクレシア(教会)とはキリストを信じる者の「集まり」という考え方から、新しい教会の在り方、伝道の在り方を提示しており、筆者も大変参考になりました。なお自分たちを牧師ではなく、通称「牧仕」と称していますが、牧師は信者に「仕える」人だという気持ちの現れだと思います。 

 

また二人はユーチューブで掛け合い漫才よろしく「まったり聖書ラビ」という、聖書のトピックスや意外な一面を分かりやすく解説する動画を発信しています。最近、山本七平著『空気の研究』という本を題材にして、「日本でキリスト教が広がらない唯一の理由」というテーマの動画をアップされていましたが、なかなか説得力があり、筆者も寝物語に気軽に視聴していますがとても参考になります 

 

<鋭い小林拓馬牧師の状況分析> 


さて、小林拓馬氏は、1992年長野県で生まれ、山奥の田舎で幼少期を過ごした後、父親の転勤でアメリカへ渡りました。その際、家族がプロテスタントの教会につながり、その縁で聖書と出会いました。帰国後、日本の学校に馴染めず中卒のままカナダ・アメリカを放浪しましたが、16歳の時に、日本で聖書の言葉に共感し個人的にイエスを信じるようになりました。 

 

高卒認定試験を経て、早稲田大学国際教養学部に入学し、大学在学時にイスラエルのハイファ大学に1年留学してヘブライ語やユダヤ教を学んでいます。卒業後はTBSテレビ「news23」のディレクターや政治部記者として安倍首相、自民党の谷垣幹事長や二階幹事長らを担当し取材しました。2021年3月にTBSを退職し、同4月に完全オンラインのプロテスタント教会「クラウドチャーチ」を立ち上げました。 

 

上記のような風変わりな人生を辿った小林氏ですが、筆者が小林氏に関心を持ったのは、たまたま小林氏の次の3つの動画を見たことにあります。即ち「LGBTは罪-聖書)」「TBSの酷すぎるイスラエル・ガザ偏向報道」「旧統一教会解散命令はおかしい!」の三本であります。この動画で主張する小林氏の見解は正に正論であり、筆者が主張してきたこととほとんど一致していましたので、いたく共感しました。以下、小林氏が動画で語った骨子を簡潔に紹介いたします。 

 

先ず第一に「LGBTは罪」の動画ですが、この中で小林氏は「聖書は同性愛を罪とはっきり言っている」と明言し、LGBT法に聖書的視点から断固反対しています。そして2022年、キリスト教会の支援を受けて当選した金子みちひと参議院議員(グッド・サマリタン・チャーチ牧師)が LGBT法案に賛成の票を投じたことを問題にし、「 金子氏は彼に投票したすべての保守クリスチャンを裏切った偽善者です」 と批判しました。 

 

第二に、「TBSの酷すぎるイスラエル・ガザ偏向報道」では、「悪いのは残虐なテロを行った武装テロ組織ハマスなのに、今やイスラエルが悪者になっている」と問題提起した上、反ユダヤ主義が色濃く台頭している風潮に懸念を表明し、特に古巣のTBSのひどい偏向報道には怒りを露にしました。即ち、悪いのは先制攻撃を仕掛けてきたハマスであるのに、いつの間にかガザ空爆で民間人を犠牲にするイスラエルが悪者にされ、反ユダヤ主義の亡霊が台頭しているというのです。小林氏はテロリストが美化される風潮は危険であると明言しましたが、正に然りその通りであります。 

 

小林氏は、現代の人権・自由・民主主義・法の支配・人道といった価値が(無論、それ自体は尊重すべき価値だが)、ともすれば絶対的な普遍的価値として身勝手に横行することの危険性を述べ、これらは人間を絶対視した神なき世俗的ヒューマニズムに陥りやすい旨を指摘しました。人権・人道・民主といった価値観はあくまでも人間が定めたもので、大事なのは神が定めた掟であるというのです。神はときにはイスラエルにアマレク人を絶滅することさえ命じられることがあり(1サムエル15.2~3)、人類全体にとって何が真の人権・人道なのかを神の基準、聖書の基準で検証しなければならないというのです。 

 

第三に「旧統一教会解散命令はおかしい!」の動画では、岸田政権による解散命令請求問題が包含する問題点を鋭く分析しています 。プロテスタントの小林氏は、旧統一教会は異端でありカルト宗教だと明言し、決して旧統一教会を擁護するつもりはないと前置きした上で、文科省が宗教法人審議会の全会一致(?)の形ばかりのお墨付きをもらって、解散命令請求を裁判所に申し立てたことに対して、次のように当該解散請求の反宗教性を問題にしました。 

 

先ず、「法治国家として日本は大丈夫か」という問題提起です。小林氏は、宗教法人法81条1項の「法令違反」は明らかに刑法違反であるとし、旧統一教会は刑法違反していないと明言しました。そして岸田首相は、従来から「81条1項の法令違反は刑法違反を意味する条項である」と一貫して国会答弁していたにも関わらず、一夜にして解釈を変え、「法令違反には民事の不法行為も含まれる」と変更したことを問題にし、これは「旧統一教会許すまじ」という日本を覆う得体の知れない非論理的な世論、即ち「空気」に感染されての政治判断だったと断定しました。作家の山本七平がいう「空気が法に勝る国」に象徴される選挙目当ての政治判断だというのです。 

 

山本七平は、世論の空気(ムード)は強力な規範となって各人の口を封じ、判断の基準として全てを統御すると指摘し、「それに抵抗する者を異端として社会的に葬るほどの力を持つ」(山本七平著『空気の研究』文春文庫P22)と述べています。正に「旧統一教会は悪いカルト」というマスコミに煽られた「根拠のない空気」に抗しきれず、岸田首相はUCの解散請求という理不尽な判断をしたというのです。 

 

そして小林氏は、これは法を曲げて政治が宗教に不当に介入した事例であり、信教の自由を謳った憲法違反であるとし、これを許せば他宗教にも波及する恐れがあり、キリスト教も他人事ではないと懸念を表明しました。 

 

次に小林氏は、テロリスト山上被告が「テロ行為の目的を達成することになってしまった」ことへの危険性を指摘しました。つまり、「旧統一教会に迷惑をかけて潰したい」という山上被告の目的が、テロという犯罪によって成就する結果になり、これを放置すれば、模倣犯・再犯罪が続出することになると警告しました。旧統一教会は一切犯罪に関係ないどころかむしろ山上被告の被害者であり、これは前述したハマスを美化し、イスラエルを悪者にする反ユダヤ主義と同じだというのです。 

 

更に小林氏は、信徒50万人~60万人の旧統一教会を解散するくらいなら、数々の問題を抱える800万人を擁する創価学会こそ解散すべきだと主張しました。高額献金の問題は創価学会をはじめ、多かれ少なかれどの宗教も抱えている問題であり、明日は我が身であるというのです。そして旧統一教会と政治家の関係を問題にするなら、創価学会と公明党、公明党と政権との関係こそ問題にすべきだと述べました。つまり、今回の旧統一教会解散問題は宗教界全体の問題であり、小林氏は旧統一教会解散請求が信教の自由規制への第一歩になりかねないことを懸念しました。なお小林氏は、旧統一教会信者の拉致監禁・強制改宗に関わった一部の牧師の行為は、犯罪だと批判しています。 

 

以上の論議は正に正論であり、小林拓馬氏の勇気ある発信に敬意を表すると共に、宗教界の奮起を促したいと思います。 

 

<うつ病を克服し「会いにいくキリスト教会」を立ち上げた石川有生牧師>

 

前述したように、「会いにいくキリスト教会」を立ち上げた石川有生牧師(通称ともみん)は、前記の小林拓馬牧師とコンビで聖書を分かりやすく解説する「まったり聖書ラビ」という動画を発信しています。 

 

1989年、神奈川県逗子市で生まれ、東北大学理学部を卒業後、牧師になるために神学大学院へ進学しました。高校生の時に親友が病死をしたことを機に生きる意味を考え始め、そんな中、大学1年の時に誘われて教会に通い始め、聖書の教えとキリストの愛に感動しクリスチャンとなりました。また大学2年の時に東日本大震災を経験し、以後、7年間ボランティアに関わり、そして今度は自分がキリストの福音を伝えるために牧師となりました。 

 

その後一般の教会で牧師として働きましたが、激務や人間関係の狭間などで「うつ病」を3年半ほど患いました。そのうつ病を克服し、2019年、思いを新たにして、教会堂を持たない「会いに行くキリスト教会」を始めました。待っていても人は教会に来ないからです。今までの教会は信者が教会に集うというスタイルですが、逆にこちらから日本中どこにでも誰にでも、無料で会いに行く活動スタイルを思い付きました。会いに行って交わるところが教会であるというのです。ネット上で検索しての依頼がほとんどですが、会いたいという人は決して断らず、年間500人以上に会って人生相談という牧会を4年続けています 。 

 

そして石川氏は、これまでの体験を著書『人の話は、ただ聞けばいい』(自由国民社)にまとめました。本書には「解決策がなくても、聞くだけで解決になることがある」「人は成功物語より、失敗物語の方が励みになる」といったことが述べてありました。 

 

以上の通り両牧師は、従来の会堂を持ち、そこで毎週主日礼拝を行う伝統的な教会の枠を越えて、完全オンラインの「クラウドチャーチ」や「会いにいくキリスト教会」を設立して福音を宣べ伝えるという新しい型の教会を立ち上げました。これら二人の牧師の教会の在り方は、今日のネット社会において福音伝道の新しい型として斬新であり、筆者も今後の牧会活動のよいヒントを頂きました。そこで以下において、もう一度「エクレシア(=教会)とは何か」、「福音伝道とは何か」を整理しておきたいと思います。 

 

【エクレシアとは何かー聖なる公同の教会】 

 

キリスト教会のメジャーな信条に「使徒信条」がありますが、その中に「聖なる公同の教会」というフレーズがあります。使徒信条でいう「公同の教会」とは何かということですが、これは神学では教会論に属するテーマであります。一般的に教会には、「普遍教会」と「地域教会」と呼ばれているものがあり、先ずこの問題から論じることにいたします。 

 

<普遍教会と地域教会> 

 

ラテン語の「エクレシア」は教会という言葉ですが、「呼び出されたもの」「選り分けられたもの」という意味があり、本来教会は建物ではなく神によって呼び出された「信徒の集まり」を意味します。聖書的には、「キリストは教会のかしら、教会はキリストのからだ」(エペソ1.23)と位置付けされます。 

 

その信徒の集まりたる教会には、各個具体的な地域の信徒の集まりである「地域教会」と、キリストに与る全てのクリスチャンの目に見えない共同体としての「普遍的教会」があるというのです。普遍的教会とは「ホーリー・カトリックチャーチ」と呼び、目に見えない教会として、初代のペンテコステ以降、終末までの全ての信者から構成され、キリストを受け入れた時点で、私たちは先ず普遍的教会に属することになります。 

 

そして、その見えざる普遍教会が各個別教会として具体的に現れるのが「地域教会」で、見える教会としてそれぞれの地域教会に所属する具体的な信徒の集まりであります。例えば横浜海岸教会、銀座教会、大和カルバリチャペルというように。この地域の各個の教会は、礼拝・教育・儀式の執行、信徒の交わり(互助互恵)、信仰の励ましや迫害に耐える力、利便性など、神の国実現に不可欠であるとされています。前記二人の牧師の教会「クラウドチャーチ」「会いにいくキリスト教会」は、この地域教会の延長にある、形を変えた新しい型の教会と言えるでしょう。 

 

<教会とは信徒の集まり>

 

このように、教会は正に「信徒の集まり」であり、二人三人でもキリストに与るところは、すべからく教会であります。「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18.20)とある通りです。 従って内村鑑三の無教会主義においても、即ち「信徒の交わり」を意味し、立派な教会であります。 

 

教会には、カトリック、メシジスト派、バプテスト派といったいわゆる「教派教会」の他に、どの教派にも属さない「単立教会」、或いは「スモールチャーチ」と呼ばれている教会もあります。ホームチャーチ(家庭教会)は形の上では無牧の単立教会と言え、また一人教会(ワン・パーソン・チャーチ)も立派な教会であります。祭壇は教会の中にあり、家庭の中にあり、ひとり一人の心の中にもあるというのです。ある牧師は、「教会は各人の心のなかにある。あなたの居るところ、あなたの居る場所が教会です」と語りました。 

 

内村鑑三は、教会のあり方に失望して、或いは捨てられて、無教会主義を唱えましたが、二人、三人の信徒が神の名によって交われば、そこは(無教会の)教会であるというのです。主にあって志を一つにした信徒の交わりは、聖霊が働く場となり信仰を高める場となることでしょう。札幌農学校のクラーク博士は牧師ではありませんでしたが、教え子を自宅に招き、家庭で礼拝しました。この家庭教会から佐藤昌介ら札幌農大一期生や、その後に続く新渡戸稲造、内村鑑三など多くの著名なクリスチャンが出ています。 

 

<「会いにいく教会」も立派な教会>

 

従って、前記の「クラウドチャーチ」「会いにいくキリスト教会」も立派な教会であります。もともと初代原始教会には教会建物などなく、イエスもパウロも、村や町に自ら人々に会いに行って福音を宣べ伝えました。出かけて行って人に会うその場所が教会であり、またクラウドチャーチのように、ネットという文明の利器を使って文書や動画を発信して福音を伝える場も一種の教会であります。 

 

そして語るコンテンツは、聖書の解説であり、信仰体験であり、また世界情勢の聖書的分析であり、また「聞くだけ」でありますが、そのコミュニケーションの場こそエクレシアであります。筆者もこういった新しい教会の型に学んで、目に見えないネットの教会、ラインの教会、文書の教会、人生相談という教会を目指していきたいと思います。 

 

<伝道とは救いを語ることである> 

 

では、前記した様々な教会において何を語り、何を伝えるのでしょうか。伝道とは「救われた喜びを他に分かち合うこと」に他なりません。内村鑑三は、「伝道とは自分に罪があることを世に表白し、救い主を世に紹介すること、即ち伝道は自分の心に体験した神の救いを世に発表することである」(感想十年)と語っていますが、正に目から鱗です。 

 

では救いとは何でしょうか。筆者は「救いとはキリストによる解放である」と理解しています。何からの解放かと言えば、自らを束縛しているものからの解放であり、それは、罪であり自分(自我)であるというのです。即ち、罪と自分自身から解放されて自由になること、筆者にとってこれが救いに他なりません。 

 

かって敬虔なクリスチャンであり、台湾総統だった李登輝は、長い間、「自我」に苦しみましたが、ある時、「自分でない自分」を発見して自我から解放されて救われたことを告白しました。回心聖句は次の一句です。 

 

「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである」(ガラテヤ2.20)

   

以上、二人の牧師を事例に、新しい教会の在り方、新しい福音伝道の方法について学び、伝道とは何かの本質的意味について論考しました。今私たちは未曾有の試練の只中にありますが、この不当・違法な岸田政権の解散請求に打ち勝つ最大の力こそ「繁殖の力」に他なりません。打たれてもなお成長する教会の姿、即ち、50万信徒から100万人に、100万人から500万人に繁殖すること(成約のリバイバル)こそ、何にも勝る岸田政権への反論であり、回答であります。(了)

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