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UCが何故クローズアップされるか - 霊的核としての宿命

  • 執筆者の写真: matsuura-t
    matsuura-t
  • 7 時間前
  • 読了時間: 11分

○徒然日誌(令和8年2月4日)  UCが何故クローズアップされるか-霊的核としての宿命

 

愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。(ロマ書12.19)

 

プロローグ

 

1月31日、高市早苗首相が十日市場駅(横浜市緑区)すぐのグランドに来られ、地元の三谷英弘衆議院議員の応援演説をされた。グランドいっぱいの人、人、人で高市人気の凄まじさを実感した。ちなみに十日市場駅は筆者の家の近く6分である。隣のおじさん曰く、「素晴らしい! これじゃトランプも李在明も好きになるのも無理はない」と(笑)。力のこもった説得力ある演説で、目に見えない手に導かれた高市さんに心からのエールを送りたい。

 

前回の徒然日誌で、高市首相とルツ記のルツを対比して論評し、この二人の女性に、「目に見えない手」に導かれた運命と、危機にあっての「大胆さ」という共通項を論じた。今回は、野田佳彦中道改革連合代表に関連して、「恩を仇で返す」人間の醜さと、それを許す人間の美しさを、イスラエルの王サウルとダビデを対比して論じたい。また、良きにつけ悪しきにつけ、たかだか数十万人足らずのUCが、何故かくもクローズアップされ国を動かすほどの論議の的になるのか、その霊的意味を考えたい。

 

【野田佳彦氏とUCー恩を仇で返す】

 

さてこの1月25日、インターネット番組「デイリーWiLL」が報じた「一枚の写真」が大きな衝撃を与え、総選挙の帰趨に少なからず影響を与えた。中改連代表の野田佳彦氏が、2001(平成13)年6月12日、千葉県船橋市内にある老舗料亭で、UCの友好団体国際勝共連合幹部と会合していた写真である。この会合は野田氏のための後援会「佳勝会」(かしょうかい)の事実上の発足会で、横田浩一勝共連合理事長(当時)やUC船橋教会長などUC関係者が複数参加していた。「佳勝会」とは野田佳彦氏の「佳」と、勝共連合の「勝」をとって付けられたという。

 

<野田氏を熱心に支援したUC・勝共連合>

 

勝共連合は、野田氏の父親が地元の陸上自衛隊習志野駐屯地の元自衛官であることや、本人も強い保守思想の持ち主だとして、民主党から出馬した平成12年(2000年)の衆院選で全面支援し、野田氏は返り咲いた。翌13年には勝共連合が「佳勝会」という後援会を結成し、その後、15年、17年、21年の衆院選でも勝共連合は野田氏を支援し当選に貢献した。

 

UCの古参信者で千葉県八千代市の小笠原裕さん(62)によると、12年の衆院選の際、教団の船橋教会での礼拝後、野田氏が現れたという。そして「巨人の星」の主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」の替え歌を作り『ゆけゆけ佳彦』と歌って激励したという。また野田氏は、平成31年(2018年)1月にも、前記の横田氏や梶栗正義勝共会長と衆院議員会館で面会し「UPF(天宙平和連合)ワールドサミット」への参加を要請され、親しく懇談している。

 

野田氏は「覚えていない」とシラを切るが、後援会や応援歌まで作って貰い、10年間も支援された恩義をまさか忘れてはいないはずである。ちなみに替歌の応援歌は次の通りである。

 

(1番)

思い込んだら政治の道を

行くが男のど根性

真っ赤に燃える王者のしるし

選挙区トップをつかむまで

血の汗流せ涙を拭くな

行け行けヨシヒコ

どんと行け

(2番)

やるぞどこまでも命をかけて

行くが男のど根性

泥にまみれ正義のために

勝利の凱歌をあげるまで

血の汗流せ涙を拭くな

行け行けヨシヒコ

どんと行け

 

<問題の本質>

 

前記のように、野田氏が長い間UCに支援されたことは事実であるが(いくつも証拠はある)、それが悪いというのではない。また百歩譲って、「記憶にない。よく調べて見る」とシラを切ったことだけなら、まだ許せる。問題は、今まで自民党議員にUCとの僅かな関係をも厳しく追及し(特に萩生田光一氏など)、UCとの関係を何十年にも遡って散々糾弾しておきながら、他方では自らのズブズブの関係を棚にあげてシラを切るダフルスタンダードである。

 

即ち、許せないのは世話になったUCを反社会的団体呼ばわりし、自民党議員の説明責任を執拗に追及しておきながら、自らは何もなかったかのように振る舞う卑劣な野田氏の態度である。今回の総選挙では、UC潰しの急先鋒で創価学会から仏敵とされている有田芳生を刺客に立ててUCを選挙の争点化するという。また1月30日には、高市早苗首相が代表の自民党支部が開いた政治資金パーティーを巡り、UCの関連団体が、たかだか4万円のパーティー券を購入した疑いがあると高市首相に説明を要求したが、野田氏とUCのズブズブは高市首相どころの話ではない。またUCと「接点」があった自民党議員を苛烈に非難しておきながら、野田佳彦氏のUC問題は棚上げにするオールドメディアや立憲民主党の二重基準は醜悪である。

 

このように野田氏の二重人格とダフルスタンダードは甚だしく、溺れる犬に石もて打ち、「恩を仇で返す」とはまさにこのことで、政治家である前に人間として失格である。今や大変なブーメランが野田氏を直撃しているが、筆者は野田氏が温厚で良識ある政治家だと思っていただけに残念である。

 

そもそも宗教教団が自らの政策を実現すべく政治家と関係を持つのは、当然の権利(憲法15条参政権)であり、また政治家が宗教教団の支援を受けるのは違法でもなんでもない。オールドメディアや左翼が、UCと政治家が関係を持つことを悪いことのように報じるのは人権侵害である。UCは、憲法改正、反共産主義、日本の伝統文化の尊重、スパイ防止法制定推進を理念として掲げているが故に、左翼から目の敵にされているのであり、レッテルを貼ってカルト・反社会的団体呼ばわりされるのは甚だ心外である。

 

<ダビデの教訓ーわたしが報復する>

 

前記したように、野田氏のUCへの仕打ちはまさに「恩を仇で返す」ことに他ならず、政治家である前に人間としての卑劣な行為として、厳しく問われる問題である。ここで聖書からその典型例を挙げ、もって教訓としたい。


1サムエル記にはダビデを裏切ったサウル王の話が出てくる。ダビデは悪霊に苦しむサウル王のために竪琴を弾いて癒し(1サムエル16.23)、ペリシテのゴリアテを倒し(1サムエル17.49)、何度も出陣して王国を救い(1サムエル18.5)、心身共にサウル王に仕えた。しかしサウルはそのダビデを妬み、何度も殺そうとしたのである(1サムエル記18章~26章)。まさにこれ以上ない忠誠と、これ以上ない裏切り、即ち「恩を仇で返す」典型である。

 

サウルは既にサムエルから油を注がれていたダビデを(1サムエル16.13)、自らの地位を簒奪するかもしれない者として霊的に感知していたのかも知れない。サムエルがダビデに油を注いだあと、主の霊がはげしくダビデの上に臨み、逆に主の霊はサウルを離れ、悪霊が彼を悩ましたとある通りである(1サムエル16.14)。

 

ダビデは2度もサウルを殺せる機会を得るが(1サムエル24.8、26.9)、だがダビデ曰く、「彼を殺してはならない。主が油を注がれた者に向かって、手をのべ、罪を得ない者があろうか」(1サムエル26.9)と。そして更に曰く、「主は生きておられる。主が彼を撃たれるであろう」(1サムエル26.10)とも。即ちダビデは自分を殺そうとするサウルの運命を神に委ねたのである。聖書に「復讐するは我にあり」(申命記32.35)とある通りである。

 

こうしてダビデは、何度も自分を殺そうとするサウルを神の手に委ね、まさに「恨みに報ゆるに徳を以てす」(老子第63章)との精神を発揮した。結局サウル王はペリシテ軍に追い詰められ、ヨナタンなど3人の息子共々悲惨な死を遂げた(1サムエル31.4)。だがダビデはサウルとヨナタンの死を聞いて、追悼の歌『弓』を捧げたという(2サムエル1.17)。聖書は次のように言う。

 

「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」(ロマ書12.19)

 

以上がサウルとダビデの物語であるが、筆者は決して野田佳彦氏個人を非難しているのではない。彼はもともと恩情ある苦労人だったし、党首という立場故に、「旧統一教会」というキーワードを政治的に利用せざるを得なかったのかも知れない。だが今回、公明党と理念なき野合を推進した野田氏は、早晩、神と国民の審判を受けることになるだろう。

 

【統一の群れは民族の霊的核ー144000人】

 

では、たかだか数十万人のUCの群れが、良くも悪くも、何故かくも大きくクローズアップされ、朝野を挙げて論議の的になるのであろうか。これはUCが国家の霊的核である証左であり、むしろ神の作戦なのかも知れない。聖書的に言えば、統一の群れが、黙示録にある「印を押された144000人」(黙示録7章、14章)であると言えなくもない。神の摂理を担った人々は常に少数派であり、受難者であった。役割の大きい者は、また試練も大きい。だが神の業はいつも最悪から最善の逆説を辿る。聖書に次のようにある。

 

「なお、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っていた。また、十四万四千の人々が小羊と共におり、その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた」 (黙示録14.1)

 

<印を押された144000人とは>

 

ちなみに「144000人」とは、神に忠実であり続ける「少数の霊的イスラエルの核、証人共同体」を象徴的に描いた数字である。また「印を押された」とは、偶像崇拝や女に汚されていない純粋な信仰を保っている者である。

 

原理によると「再臨主が降臨されたとき、最初に信じ侍って、すべての人間に先立って原罪を脱ぎ、創造目的を完成した人たちが『復帰摂理路程の全体的な、また世界的な蕩減条件を立てる聖業に協助する人々』である」(原理講論P224)ということになる。 つまり、再臨主が降臨されて、全体摂理遂行のために立てられ 、「再臨主を証しする聖業に同参する信徒の象徴的な数」である。(参照 黙示録の十四万四千人とは→ https://x.gd/EW1sJ )

 

<霊的核としての出エジプトのイスラエルとアメリカ建国の祖父>

 

実はモーセに率いられた出エジプトのヤコブの子孫も、信仰の自由を求めて太平洋を渡ったアメリカ建国の祖父たちも少数派だった。

 

聖書には「イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約六十万人であった」(出エジプト12.37)とあるが、この60万人は歴史的に見て、あまりにも非現実的であり、実際にモーセに率いられてエジプトを出たのは数千人だと思われる。(月本昭男著『物語としての旧約聖書』NHK出版P120)

 

この少数の出エジプトの体験の記憶が、やがてイスラエル民族全体の記憶、建国神話として共有されるのである。即ち出エジプトした少数の人々はイスラエル民族・国家の霊的な核となった。過越祭(ペサハ)は、古代エジプトで奴隷状態にあったユダヤ人の先祖が、神の力により解放・脱出したことを記念する、ユダヤ教の最も重要な春の祝典であり、民族全体の記憶として、出エジプトの物語を語り継いでいる。

 

また、アメリカの建国の祖父たち、即ち信仰の自由を求めメイフラワー号に乗ってイギリスから太平洋を渡ったピューリタンは、乗組員をあわせてたかだか102名だった。1620年12月21日、厳寒のプリマスに入植したピルグリム・ファーザーズだったが、その後、1630年には、1100人が、ジョン・ウィンスロップに率いられてアメリカに渡り、1620年から1630年代までの間に2万人を超える移民がイギリスから移住してきた。これらの人々はWASPと呼ばれるアメリカの骨格を形成したのである。(参照 アメリカのピューリタン→ https://x.gd/YCNk2

 

アメリカでは、11月の第4木曜日に「感謝祭」(Thanksgiving day)という伝統ある国民の祝日がある。プリマスにピルグリム・ファーザーズが移住した際、冬に大勢の死者(半数)が出たが、インディアンのワンパノアグ族からトウモロコシなどの作物の栽培知識を教えられ、ピューリタン達は生き延びて秋の収穫を祝った。この神の恵みをワンパノアグ族を招待し、感謝して食事を共にしたといわれ、これが感謝祭の始まりである。この少数者の記憶が今や3億4千万人アメリカ全体の神話的記憶になったのであり、まさに建国の祖父たちはアメリカ全体の霊的核なのである。(参照 アメリカの感謝祭→ https://x.gd/290RH )

 

アメリカ建国の祖父たちは、民族神話や王朝神話こそ作らなかったが、代わりに作ったのは、独立宣言(1776)であり、合衆国憲法(1787)であり、権利章典(1791)であった。2026年1月16日、トランプ大統領は、1786年1月16日にバージニア州法に成文化された「バージニア信教自由法」に基づき、信教の自由の原則を次のように宣言した。

 

「400年以上前、疲弊した開拓者たちの一団が、信教の自由を求めてメイフラワー号に乗り込み、大西洋を横断する危険な航海に出発しました。これは、世界史上、自由と信仰のための最も壮大な闘争の始まりでした。それから1世紀以上が経ち、神から授かった権利を守るための血みどろの独立戦争を経て、バージニア州議会は英国王室の専制的な法律を廃止し、自由な国民にふさわしい法令に置き換える動きを見せました。その努力から、伝説的なバージニア州信教の自由法が生まれました。


この歴史的な宣言の中で、建国の父トーマス・ジェファーソンは、神は『心を自由に創造した』こと、そしてすべての個人は『宗教に関する自らの意見を自由に表明する権利を有する』ことを宣言しました。1786年1月16日にバージニア州法に成文化されたこれらの原則は、後に合衆国憲法修正第1条の基礎となり、信教の自由な行使をインクで永遠に刻み込んだのです。今年、アメリカ独立250周年を祝うにあたり、我が政権は大胆に信仰を公共の場に戻します」(トランプ大統領自由の日宣言)

 

然り! まさに信教の自由と政教分離の原則を定めた「バージニア信教の自由法(Virginia Statute for Religious Freedom)」は、アメリカ建国思想の霊的コアを最も純粋な形で言語化した文書である。

 

以上の通り、霊的な核、即ち「レムナント」(イスラたるエルの残れるもの)は常に少数派だった。今やUCは国家的論議の的としてクローズアップされているが、それはUCが、かの出エジプトのイスラエルやアメリカの建国の祖父のように、民族・国家の霊的な核としての宿命を担っているからに他ならない。

 

以上、「UCが何故クローズアップされるか-霊的核としての宿命」とのテーマで、現代の世相を聖書的視点から論考した。これは筆者の偽らざる思いであり、またインスピレーションでもあるが、異論・反論は歓迎したい。(了)

 

                           牧師・宣教師. 吉田宏



上段:ダヴィデを攻撃するサウル(グエルチーノ画) 中段:プリマスでの最初の感謝祭(ジェニー・ブランズクーム画) 下段:アメリカ独立宣言(ジョン・トランブル画) 

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