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東京ジャーミイ訪問記① イスラムモスク

◯つれづれ日誌(令和3年4月16日)  東京ジャーミイ訪問記1 イスラムモスク


アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である。(イスラム信仰告白)


この4月16日金曜日、筆者は代々木上原にある日本で最大のイスラム教モスクである「東京ジャーミイ」の金曜礼拝に参加してきました。「ジャーミイ」とは、アラビア語で「人の集まる場所」を意味します。


東京ジャーミイでは毎日5回の礼拝(1回約10分)と、金曜日には金曜合同礼拝(約45分)が行われています。毎日5回の礼拝への参加者は5~10人程度、金曜日の合同礼拝への参加者は300~400人程度となっています。



実は4月10日(土)にも、宗教政治フォーラム主宰の「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」見学ツアーに参加していましたので、このモスクを訪問するのは2回目になります。 さらに2月4日には、アルカディア市ヶ谷にて開かれた「宗教政治フォーラム」で、イスラム学者の塩尻和子先生から、イスラム教に関する講話を聞いていましたので、この日で3回目のイスラムに関する学びとなりました。


この塩尻先生の講話に関しては、既につれづれ日誌(2月4日)で、イスラム教の基本的知識と合わせて、論評していますので、今回は専ら「東京ジャーミイ訪問記」という形で感じたことなどを率直に記すことにいたします。


【金曜合同礼拝】


16日の金曜礼拝は、キリスト教で言えば聖日礼拝にあたります。12時45分位から始まり1時30分位で終わりました。讃美歌などを歌うことはなく、コーランの朗詠、敬拝、簡単なスピーチ、などが内容で、45分位で終わりましたので、比較的短い礼拝でした。


入口で名簿に名前を書くこともなく、出入りは自由で、思った以上に風通しがよいという印象を持ちました。案内して下さった広報担当の下山茂氏の話しだと、イスラム教は一にも二にも「神礼拝」を大切にするようです。


ちなみに1日5回の礼拝の度に唱えられる言葉にコーランの最初の「開扉」の章の下記の言葉があります。この短い言葉には、コーランのエッセンスが含まれていると言われています。キリスト教で言えば、「主の祈り」、あるいは「使徒信条」といったところでしょうか。


慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において


讃えあれ、アッラー、万世の主、慈悲ふかく慈愛あまねき御神、審きの日の主宰者。汝をこそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。願わくば我らを導いて正しき道を辿らし給え、汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。


【イスラムの女性観】


ただ、礼拝で一つ気になったのは、女性は礼拝堂に入れず、二階の女性用の場所で礼拝していたことです。何故、礼拝にも男女の区別があるのでしょうか。女性の「被り物」(スカーフ)なども合わせて、今度訪問時には、イスラム教の女性観を聞きたいと思っています。


<一夫多妻について>


コーランの4章3節「女」には、「誰か気にいった女を娶るがよい。二人なり、三人なり、四人なり」とのフレーズがありますので、いわゆる一夫多妻が認められているように読めます。実際、ムハンマドも多くの妻を持ちました。


ムハンマドは25歳のとき、15歳年長とされる金持の寡婦ハディージャと最初の結婚をしました。彼女の死後、イスラム共同体内外のムスリムや他のアラブ諸部族の有力者などから妻を娶っており、その妻の一人であるアブー・バクルの娘アーイシャが、最年少(結婚当時9歳)でした。


アーイシャ以外はみな寡婦や離婚経験者であり、これは、メディナ時代は戦死者が続出し寡婦が多く出たため、この救済措置として寡婦との再婚が推奨されていた事が伝えられており、ムハンマドもこれを自ら率先したものとも言われています。


ムハンマドは生涯で7人の子供を得ており、うち6人は愛妻だったハディージャとの間に生まれています。男子3人は早逝し、4人の娘も末娘のファーティマ以外は全員ムハンマド在世中に亡くなっています。ファーティマはムハンマドの従兄弟であるアリーと結婚し、2人の孫が生まれました。


ムハンマドは上記のとおり男児に恵まれなかっため、娘婿で従兄弟のアリーが4代目のカリフとなりました。 このアリーとファーティマの子孫こそ正統なムハンマドの後継者だと主張しているのが「シーア派」であります。


こうしてイスラム教では、1人の男性が複数の妻を持てますが、しかしその場合、男性は全ての妻に対して公平であるべきで、各妻のところで同じ数の夜を過ごさなければならないとい言われています。但し、無論姦淫は厳しく禁じられています。


ただ、聖書は「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(創世記1.27)とありますように、一人の男性には一人の女性が相対するように創造されていますので、キリスト教的には、一夫多妻はご法度であることは明らかであり、認められません。


<女性差別問題について>


「それから女の信仰者にも言っておやり、慎み深く目を下げて、陰部は大事に守っておき、外部に出ている部分はしかたがないが、そのほかの美しいところは人に見せぬよう。胸には蔽いをかぶせるよう」(二四.31「光」)


上記コーランの言葉のように、イスラム教では女性は差別的に扱われ、束縛されているというイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。


よく議題にのぼるのが、上記に見てきた一夫多妻制、さらにスカーフの着用、 全身を隠す衣装「ブルカ」の着用、女性器切除などの問題です。


コーランの真意は「男性と女性は同等の権利を持っており、同等の価値があるとされているが、同じではない」というものであり、またーランには、「仕事をして稼ぐのは男性で、家族の面倒を見るのが女性」だとありますが、しかしこれは「コーランで働くことを義務付けられているのは男性だけで、女性は働いてもよいがそれは義務ではない」と解釈されているようです。


フランスでは2004年、公立学校でのベール着用は法律で禁止されました。スイス南部のティチーノ州では、公の場でのベール着用を禁止する法案が2013年に州議会で承認されましたが、ある右派グループは、その法案を全国に適用させようと、運動を起こしています。


また女性器切除については、これは地域的な慣習であり、「イスラム教の教えであると思われているが、それは間違い」だといいます。「イスラムの教えに女性器切除はあるが、それは義務ではない」と言われ、「イスラム教での女性器切除はユダヤ教の割礼に相当するもので、元々は包皮への切り込みだけだ」と説明しています、


結論として、イスラム教で女性はどう扱われているのだろうかという問いには、「真珠」や「女王様」のように扱われているという見方があり、一方では、歴史的に見て「女性は束縛されていた」という両方の意見があります。


【唯一神の徹底と偶像の禁止】


次にイスラム教で強調されているのは、徹底した一神教へのこだわりです。 「神は唯一であり、他に神はいない」こと、そして「偶像を造っても拝んでもならない」こと、この考え方が一貫されています。


<イスラムの神>


ムスリム(信者)が拝する神、アッラーは、イスラエルの神ヤハウエ、キリスト教の父なる神と同じ神であります。しかしイスラムの神は、モーセの十戒の「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」(出エジプト20.3)、「刻んだ像を造ってはならない」(20.4)を、更に徹底したものであります。


コーランには、「彼らはアッラーを差し置いて、ラビや修道士を主と崇めている。それからマリアの息子メシアも。唯一なる神のみを崇めよと、あれほど固く言いつけられているのに」(コーラン九.31「改悛」)と記され、「多神教は汚れそのもの。多神教徒どもにアッラーの礼拝所を占領されてなるものか」(九.28「改悛」)と明言しています。


コーランは天使(ガブリエル)を通して、ムハンマドに神が直接語られた啓示の書と言われますが、至るところで自分だけが神であることを強調し、偶像と多神教を嫌っています。それは、イスラム教の信仰告白の第一の「アッラーの他に神はなし」に全てが象徴されています。これは、当時のメッカは、当にカーバ神殿に象徴される多神教の都だったという背景があり、この多神教こそムハンマドが最も忌避したものでありました。


従って、礼拝堂にはムハンマドを含め、人物の像や絵は一切なく、偶像に紛らわしいものは何もありません。礼拝堂の装飾は幾何学的なアラベスク紋様でデザインされたカラフルな図形だけで、ただひたすらメッカの方角に向かって、天地の造り主にして目に見えない唯一の神、アッラーを拝するのです。


<神と人の関係>


では、そのアッラー(神)と人間の関係は如何なる関係でしょうか。コーランはキリスト教のように、父が子に語るようにではなく、主人が僕に語るような語り口で記されています。従って、僕たる人間は、主人たる神に「絶対服従」するしかありません。全てをお見通しであり、慈悲深く慈愛あまねきアッラーに、ひたすら膝まずくのです。ちなみにイスラムとは「アッラーのみへの帰依」を意味する言葉です。


そして神と人間との関係は、直接的な一対一の関係であり、そこに如何なる中間的な媒介者、それがたとえキリストであっても、一切を認めません。神と自分とはストレートに対峙するのです。従って、イスラム教には、いわゆる神父や牧師と言った聖職者は置いていません。イマームという信仰の指導的立場の教師はいますが、イマームは人間を神に取り次ぐ祭司ではありません。あくまで人間は直接神の前に立つのです。


<神の前の平等>


もう一つのイスラムの特徴は、「信徒間の平等」です。アッラーだけが偉大で超越的存在であり、他の全ての人間は、その神の下に全き同じ平等な人間であるというのです。


従って、大統領と労働者が同じ横一列に並んで礼拝いたします。礼拝堂には絨毯が敷き詰められていますが、横一列の横縞模様が幾重にも並んだ形になっています。


これは、明治時代の「一君万民思想」、即ち天皇という超越的な存在だけがあり、その他の武士、農民、商人などは皆平等であるという思想と似ています。福沢諭吉は「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と言い、リンカーンは「神の下にある民主主義」を唱えましたが、これらは多かれ少なかれ神の下の平等という考え方が根本になっています。


【イスラムの相互扶助の思想】


池尻和子氏は「イスラームの教えを端的に言えば、神への絶対服従、平等、相互扶助、となる」(『イスラームを学ぶ』NHK出版P24) と指摘されています。


神への絶対服従と平等思想は上記で見てきましたので、次にもう一つのイスラムの特徴である「相互扶助」の思想を考えて見たいと思います。


<モスレムは何故増えているのか>


広報の下山氏は、ムスリム人口は現在世界で16億人で、まだ増え続け、やがてはキリスト教を追い抜くのではないかと語られていました。では、強い「イスラムフォビア」(イスラム嫌い、恐怖症)にもかかわらず、何故信者が増え続けるというのでしょうか。


第一に、イスラムでは、親の信仰が自然な形で子供に受け継がれるといいます。そう言えば、午後の礼拝時に、礼拝堂で走り回っている子供たちの姿が目につきました。神聖な礼拝の場で遊ぶ子供たちを、誰も咎めません。こうして子供たちは、以心伝心見よう見まねで、信仰に至っていくというのです。


そしてイスラム圏は、先進国に比べて比較的に子供が多く、その分だ信者が増えるというわけです。


第二が相互扶助の思想とシステムです。ムスリムの信仰実践として定められた「五行」とは、「信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼」の五つですが、その中の「喜捨」とは、富めるものが貧しきものに金銭などを施すことであり、これは道徳というより、義務とされています。即ち「喜捨」は信仰的義務であり、救貧法として法制化されているというのです。全体的に、孤児、寡婦、貧しき人々などを手厚く保護するように勧めています。


従ってイスラム共同体(ウンマ)は、それ自体が福祉システムになっており、かくして貧富の差は是正されてきました。イスラム教が比較的貧しい国に浸透しているのは、こう言った背景があると思われます。下山氏は、イスラムには乞食がいないと言われていました。


菅首相は、自助、公助、扶助という政策を掲げていますが、イスラムには信仰共同体自体の中に、こう言った扶助システムが組み込まれているというのです。


さて上記2点の他に、筆者はイスラムの増加要因として、もう一つの理由を指摘いたします。それがイスラムの強制的契機です。


聞くところに依れば、イスラム教は、冒頭の2つの信仰告白「アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である」を行えば入信できるが、「棄教」は原則不可であり、信仰を捨てたり、他宗教に改宗した場合は処罰されるというのです。過去には死刑が行われたことがあるようです。


姦通の罪を犯した者が既婚者ならば石打刑、 未婚者ならば鞭打ち刑に処されるのと同様に、棄教者は「棄教という罪を犯した」ので死刑に処されると言うのです。


イスラム法では、棄教はイスラム教に対する侮辱と同等の罪と規定され、預言者ムハンマドや唯一神アッラーを侮辱した場合と同様の罰を受けるというのです。無論、「棄教=死刑」というのはイスラム法の規定であり、現在のイスラム諸国ではイスラム法ではなく国家の定めた制定法が施行されているので、必ずしも全ての国において「棄教=死刑 」ではありません。


このような訳で、これでは信者が減ることはないので、結局増えるわけであります。


そして、アッラーのために犠牲になることを良しとする「ジハード」(聖戦)という考え方があり、敵に対して命がけになりますので、戦争によって異教徒を駆逐して勢力を拡大してきました。これらはいずれも強制的契機が含まれています。


つまり、イスラム教は内部信者には相互扶助で手厚く保護され、異教徒には厳しいという性格を持っているのではないかと思われます。


【イスラムの来世観】


締めくくりに、イスラム教の来世観を述べておきます。ムスリムは、現世の幸せと共に、来世への憧れを有し、これらはムスリムの励みであり、希望になっていると言われています。


イスラム教の信仰箇条として「六信」(神・天使・啓典・使徒・来世・予定)があり、ムスリムはこれらの 存在を信じています。その中でも、ムスリムは「来世」を固く信じ、現世でアッラーを信仰し善を積んだものは、来世において報われ、アッラーからご褒美を頂けるという信仰を持っています。


コーランの二.23「牝牛」には、「それほどの(美味しい)ものを食べさせて戴ける上に、清浄無垢の妻たちをあてがわれ、そこにそうして永遠に住まうであろうぞ」とあり、来世でのアッラーによるご褒美が描かれています。ちなみに清浄無垢の妻たちとは、天上の楽園に住むと言われる神女で、信仰者は死後楽園で彼女らと思う存分交われるというのです。


これらの来世観は、ジハードに利用され、無差別テロの温床になっているという指摘もあります。但し本来のジハードとは、神のためには犠牲をも厭わないという殉教精神を意味し、決して無差別テロを助長する思想ではありません。


以上、今回は「東京ジャーミイ訪問記」と題して、身近な体験から実感したイスラム教の特性を考えて見ました。この機会にコーランを一部読んでみましたが、話し言葉で率直な物言いで書かれており、良くも悪くも聖書とはまた違った意味の味わいを感じました。


ちなみにコーラン(クルアーン)は読むものではなく、声を出して読誦すべき聖典であり、20年くらいかけて断片的にムハンマドに啓示が降り、ムハンマドの口から出た言葉を、弟子たちがそのまま書き留めていったものだと言われています。そしてこれを7世紀末に編集したものです。(井筒俊彦著『コーランを読む』岩波書店P11~14)


今回の訪問で、筆者としての最大の収穫は、唯一神へのイスラム教の徹底した神観念であり、神と自分との直接的な関係を生命視している姿勢でした。ある意味で、神主義の極致を見たような気がいたします。(了)

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