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アメリカ大統領と信仰③ ドワイト・アイゼンハワー

🔷聖書の知識10―アメリカ大統領の信仰3→ドワイト・アイゼンハワー

ここで、先ずアメリカ全体の宗教の考え方を鳥瞰することにいたします。

[アメリカ型政教分離]

アメリカの大統領も国民も、宗教が政治に深く関わる現実こそアメリカの社会と国家の在り方であり、アメリカ型の自由と民主主義を世界に拡大することこそアメリカに託された神の意思であるとの信念に貫かれています。

アメリカの政教分離は、「宗教と国家の分離を求めているのではなく、(特定の)教会と国家の分離を規定しているもの」なので、宗教が国家と親密な関係を持つことは、むしろ歓迎すべきことであるのです。従って、大統領がどういう信仰を持っているのか、どの程度の信仰なのか、ということは国民の関心事であり、それは大統領選挙に直結してきました。

[大統領は国の大祭司・預言者・牧師]

アメリカの大統領国の祭司であり、国民を奮い立たせる預言者であり、国民を励ます牧師としての役割を期待されています。政治の責任者という顔は日本の首相も大統領も変わりませんが、それとは別に天皇のように宗教的大祭司としての顔も併せ持つというのです。

宗教地図としては、プロテスタントが人口比で51%、カソリックが24%。プロテスタント内では、信者の多い順にバプテスト派、メソジスト派、長老派、ルター派、ディサイプル派、米国聖公会、会衆派という順になります。他にユダヤ教が2%、モルモン教が1.7%、イスラム教が0.6%ということになっています。

各大統領が所属する教会は、バプティト派、メソジスト派、長老派、聖公会、会衆派、カソリックと別れます。リンカーン、カーター、クリントン、ブッシュは信仰深いボーンアゲイン型、ワシントン、アイゼンハワー、ジェファソン、レーガンは政治に宗教を深く絡せる市民宗教型として挙げられます。


また、選挙目当てに信仰的なパフォーマンスを強調する場合も無論あります。むしろ、国民の信仰が大統領の信仰を規定したとも言えなくもありません。そしてその中でも、アイゼンハワーは特別に信仰深い大統領でした。


[アイゼンハワーの信仰]

アイゼンハワー(1890~1969年、在任1952~1960、テキサス生)は、ウエストポイント陸軍士官学校を卒業して軍歴を重ね、1944年西ヨーロッパ連合軍司令官、ノルマンジー上陸作戦の指揮、1945年陸軍参謀長となり、退役後、1952年大統領(1956年に再選)になりました。

アイゼンハワーの両親はメノナイト系のリヴァー・ブレザレンの熱心な信者で、聖書と信仰、規律・禁欲・労働を重んじました。そのため、アイゼンハワーは子供のころから日曜の礼拝を欠かさず、信仰深い人生を送ることを期待されていました。また、後に両親はエホバの証人に入信し、母親の影響でエホバの証人を信仰したことがあります。アイゼンハワーは、この両親から敬虔な宗教心を受け継ぎました。

アイゼンハワーは、大統領就任後、1953年に長老派教会で正式に洗礼を受け、その後欠かさず礼拝に参加しました。「宗教への信仰無しに戦争は戦えなかった」と述懐し、「私ほど宗教的な人間はいない」公言して、聖書の言葉や神学の述語を随所に散りばめて演説しました。

アメリカの精神復興には信仰の覚醒が必要と訴え、民主主義は、「人間の尊厳性は神に由来している」という深い宗教的信条に基礎を置かねばならないとして、公共の中に積極的に宗教性を取り入れていきました。

就任式前にはワシントンナショナル長老教会で礼拝を済ませ、閣議を始める前には祈祷を行い、大統領祈祷朝食会を開催しました。以後、これらはアメリカの慣例になりました。また、児童の国家と国旗への「忠誠の誓い」に「under God」を入れ、紙幣や貨幣に「In God We Trust」を入れたのもアイゼンハワーです。大衆伝道家ビリー・グラハムから「アメリカを代表する霊的指導者」との賛辞を受けています。確かに、知的で洗練された神学こそありませんでしたが、素朴ではあるが深い宗教的敬虔と愛国の情を持っていました。

[市民宗教の信奉者]

アイゼンハワーは、宗教学者のロバート・ベラーが唱えた「市民宗教」、即ち「アメリカ的霊性」(アメリカ教)の忠実な推進者になりました。アメリカ的霊性は、ピューリタニズムと、「神のもとにある国」「世界に特別な使命を持つ国」という聖書的選民観、そして愛国的信条が混合した霊性と言え、教派の垣根を超えた正に市民宗教です。国民がこういった信仰を基礎にして国を盛り立てていくのがアメリカ精神であるというのです。

即ち市民宗教とは、国民としての自覚を与え、国家の統治機構に正統性を付与することで国家統治の安定性を担う公共性の高い宗教を意味します。

アメリカは、神に由来する人間の尊厳・個人の自由という揺るぎない基礎の上に建てられているとし、神なき勢力(共産主義)に対抗して自由を防衛する義務を負っていると主張しました。また、アメリカの政治家にとっての聖典は、イギリスのマグナ・カルタ、アメリカの独立宣言、フランスの人権宣言だとし、その上に、聖書に基づく神への信頼が不可欠であると演説しました。

アイゼンハワーは、2期8年の間に、市民宗教を、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教を包摂する抽象度の高いものにしていきました。アイゼンハワーは、ワシントン、リンカーンと並んで、アメリカの揺るぎない市民宗教の基礎を確立した最も傑出した大統領の一人であったと言えるでしょう。次回は、セックススキャンダルで有名な異色のビル・クリントンを取り上げてみたいと思います。(了)


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