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創世記1章 神についての考察② 聖書の神と一神教の成立

  • 2020年10月19日
  • 読了時間: 26分

更新日:7月13日

🔷聖書の知識53-創世記1章 神についての考察② 聖書の神と一神教の成立

わたしは主である。わたしのほかに神はない、ひとりもない。光をつくり、暗きを創造し、繁栄をつくり、わざわいを創造する者 (イザヤ45.5~7)

プロローグ

前回、神を信仰の対象としている宗教について、その定義、類型、態様などについて論考しました。今回その上で、聖書の神観、神相(構造)、神性(人格)について考察し、聖書の神の大きな特徴である神の唯一性を標榜する一神教について論考いたします。


「はじめに神は天と地を創造された」(創世記1.1)というフレーズほど、聖書の神観を端的に表現しているものはありません。ここには、先ず神は所与の神であること、創造主であること、そして唯一の神であることが暗示されています。そして 旧約聖書の神を端的に言えば、「アブラハム・イサク・ヤコブの神」、即ちイスラエルをエジプトから解放され、約束の地に導かれた神(ヤハウェ)であり、新約聖書の神は、イエス・キリストを死より甦らされた父なる神であります。 

【神とはー神の原理的定義】


聖書に「神を恐れる(知る)ことは知識のはじめ」(箴言1.7)とある通り、世界のあらゆる知識の中で神を恐れる(敬う)こと、即ち「神を知る知識」こそ最も大切な知識であります。故にイスラエルでは「シェマ・イスラエル(聞け、イスラエル)、われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(申命記6.4)というフレーズを朝夕唱えてきました。しかしイスラエルでは、神が存在するか否かとは問わず、神は当然存在する所与のものとして認識され、従って聖書は神の存在を当然の前提として、その神が人間に語られる(啓示される)というスタイルを取っています。先ず、はじめに神ありきです。


しかし堕落人間は神との関係が断絶しているので(堕落とは神との本来の関係が断絶したことであり、救いとは神との関係を回復することである)、先ず神が存在するか否か(神の存在証明)、存在しているとすればどうやって神を知ることが出来るか(一般啓示・特別啓示)、そしてその神はどういうお方であるか(神の定義)を知らなければなりません。これが神学上の神論であり、創造論であります。以下、①神の存在証明 、②神の自己啓示としての一般啓示と特別啓示、③神の定義、という順で話を進めていきたいと思います。 


<神の存在証明>


前述したように、聖書は神の存在を証明などしようとしません。神の存在は大前提にある所与のものであり、これこそがヘブライズムの根本であります。イスラエル人にとって、神の存在など自明の理であり、そもそもその存在を証明する対象ではありませんでした。しかし敢えてこれを試みた人々がいます。 その人々は、神の存在を、理性の力でぎりぎりまで証明しようとしました。カントはその一人です。カントは理論理性では神の存在証明はできないとしましたが、神の存在を証明しようと試み、以下の4つに分類して説明しています。

 

a. 目的論的証明

これは、自然神学的証明ともいい、極大から極小まで、世界が秩序整然としと規則的であり、かつ精巧なのは、単なる偶然ではなく目的を持って世界を創造した、人知を超越した存在である「神」がいるからだと主張します。 分子生物学の権威である村上和雄氏は、人間の持つ60兆個の細胞の核の中の一つ一つに30億の遺伝子情報があり、しかも調和的にしなやかに機能しているというのです。「一体誰がこの染色体に遺伝子を書き込んだのか、単なる偶然とは思えない」、村上氏はこれを「サムシンググレート」(神)と呼びました。 

 

b. 宇宙論的証明

宇宙論的証明とは、物事を因果律に従って原因の原因の原因の…と遡って行けば、その根因があるはずで、この根因、即ち第一原因こそが神だとする考え方です。 

 

c.存在論的証明

これは、本体論的証明ともいい、可能な存在者の中で最大の存在者とは神であるとし、「存在する」という属性を最大限に持ったものが神だと主張しました。 

 

d.道徳論的証明

この考え方は、理性の必然的な対象である最高善の実現のためには、ぜひとも神の実在が「要請」されねばならないとするものです。 神なしに道徳・倫理は生まれないとしました。


 このように、人間はぎりぎりまで神の存在を理由付けようとしました。では私達は、その神を如何にして知ることができるのでしょうか。それは以下に記す「一般啓示」と「特別啓示」、及び「個々人の神体験」であり、神は自らを色々な方法で既に啓示されているというのです。 

 

<一般啓示>


一般啓示とは、クリスチャンでなくても、神は全ての人に普遍的に自らを顕されるということです。即ち、神は、自然の中に、良心の中に、そして歴史の中に啓示されます。 

 

a.神は自然の中に自らを啓示される

聖書の中に、「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(創世記1.27)とあり、「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」(ロマ書1.20)とある通り、神は自然の中に自らを啓示されといるというのです。 


神の実体対象として、神が自らに似せて創造された自然万物の中に神の真善美が顕れていることは明らかです。従って私達は自然を観察することによって神を知ることができるというのです。人間が自然に憧れ、山河を歩くのは、そこに人間の心を打つ神々しさ、即ち神の真善美を感じるからに他なりません。イエスも、 「野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」(ルカ12.27)と言って、自然の神秘を表現しました。 

 

b.神は良心の中に自らを啓示される

私達の良心は、誰に教わらずとも、何が善で何が悪かを知っています。善悪を判別する良心の主体が神であるからです。人は悪を行った場合、良心の呵責を感じますが、それは良心の主体たる神との関係で、直感的に感じるものです。 「神は人の心に永遠を思う思いを授けられた」(伝道の書3.11)とありますように、人の良心は究極的に、永遠なる神の世界に憧れているというのです。人間の永遠の真理を求めるあくなき欲求は、良心に働く神の力に起因しているからに他なりません。ローマ教皇のパウロ二世は、「人間の心の奥底には、神を求める郷愁の種がある」と語りました。また文鮮明先生は、「良心は師に優り、親に優り、神に優る」と言われ、これからの時代は「み言と良心が導く」と語られ、「良心は第二の神」と言われました。 

 

c.神は歴史の中に自らを啓示される 

また神は、人類歴史の中に自らを啓示されています。特に神はイスラエルの神「ヤハウエ」とイスラエルへの「神の働き」の中に、自らを顕されました。 全世界が多神教と汎神論の中に沈んでいた時、アブラハムの子孫たちだけが、神を「唯一にして創造主なる存在、人格的な啓示の神」と認識していたことは注目に値します。アブラハムはノアと並んで一神教を受け入れた人類最初の人物であります。 更には、旧約聖書が示すように、この神に似せられた高貴な人間が堕落して罪と呪いと死をもたらすに至ったこと、犠牲による贖罪、メシアによる救い、終末における審判とメシア王国、といった神の摂理歴史を理解していたことは実に驚くべきことであります。これらはイスラエルに対する神の啓示による理解以外の何物でもありません。 


また、イスラエル民族の多難な歴史とその栄枯盛衰からの復活を見ても、神の働きは明らかです。取るに足りない小国でありながら、全世界が眼を見はるような存在であり、受難の中にあって不死鳥のように蘇り、1948年には遂に建国いたしました。世界人口の0.2%でありながら、ノーベル賞受賞者は20%に昇っています。これら神が導いて来られたイスラエルの歴史を見れば、神の存在を疑う余地は有りません。 筆者はポーランドのアウシュビッツを二度訪問したことがありますが、奇跡の民ユダヤ人との強烈な出会いをして、ユダヤ人の歴史に思いを馳せるざるを得ませんでした。

 

マルクス主義は、歴史を階級闘争の歴史と見ましたが、キリスト教では「神とサタンの闘争史」(黙示録)と考えました。そして原理では、歴史を善悪分立による「蕩減復帰歴史」と捉え、歴史には一定の法則(同時性)が支配しているとしています。蕩減復帰とは、歴史の失敗を代価を払って罪を清算し元返していくという意味です。聖書が示すように歴史は人類始祖の堕落以来、摂理的人物の責任分担の失敗により、歴史は繰り返されてきたと説明しています。トインビーは文明は誕生・成長・挫折・解体・消滅を繰り返すと述べましたが、何故歴史が繰り返すのかは説明していません。何故歴史は繰り返すのか、神の救済摂理において、摂理的人物の「責任分担の失敗」に起因し、その失敗を償う内容が、時と方法と程度を異にしながら同様の内容の「同時性」として典型的に展開されてきたと原理は人類歴史を明らかにしました(講論後編第二章第二節)。


即ち、ユダヤ・キリスト教の歴史を分析、精査することによって、神の救済摂理の原則とパターン、即ち歴史の数理的法則を見出すことができ、神は歴史の中に自らを啓示されているというのです。文先生は「人類の歴史の背後に、一つの公式とパターンのあることを悟り、歴史の秘密の全てを解明してその法則と原理を見出したのです」(『御旨と世界』創立以前の内的教会史P596)と語られています。

 

<特別啓示>


神は、聖書の中に自らを啓示されています。 聖書には神の摂理とその働きが示されています。いわゆる特別啓示です。そこには、神からの語りかけがあり、神の霊の注ぎがあり、奇跡を通し、預言者を通し、そしてメシアを通して、自らを特別に啓示されました。 聖書は、1600年もの長きに渡って、40人もの著者によって書かれましたが、そこには一貫して貫かれる「唯一神思想」と「メシア思想」があり、これは背後に真の著者である思想的核心、即ち神が存在していることを強く暗示しています。 

 

更に神は、各人の信仰体験を通じて自らを啓示されます。信仰生活の中で私たちは、回心体験、即ち神体験をいたします。本心に内在する神、導きの神、恩寵の中で感じる神、試練の中で会う神、そして共にある神を体験することによって、私たちは生きた神を知る(出会う)ことが出来ます。神は信仰体験を通じて自らを啓示されるからです。筆者は20才前半に、良心(本心)に内在する神と出会いました。彦根での開拓の最中、神は人間的な偶像の中でも、山の彼方の空遠くでもなく、自らの「本心に内在」することを体験しました。神は超越神であると共に内在神であること、即ち本心に内在する神、これが神との最初の出会いでした。 「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」(1コリント3.16)とある通りです。 

 

<神とはー神の定義>


聖書1章1節「はじめに神は天と地を創造された」が示すように、「神は唯一にして創造の神であり、絶対、不変、永遠なる存在」(天聖経P48)です。そして、全知全能にして愛の神、即ち「人格神」であります(天聖経P66)。 神は自らが造った世界を見て「それは、はなはだ良かった」(創世記1.31)と喜ばれたとされていますが、これは神が喜怒哀楽を持つ人格神であることを顕しています。即ち、聖書の神は、永遠(イザヤ40.28)、普遍(使徒17.28)、唯一(申命記6.4)、全知(へブル4.13)、全能(ヨブ42.2)の神であると共に、知・情・意・愛(ヨハネ3.16)を有する人格神でもあります。UCの統一思想では、神の人格的属性(神性)として、「心情・ロゴス・創造性」の三つを挙げ、人格神を認めると共に、その神の人格の中心を愛の更に根源にある「心情」としました。ちなみに心情とは「愛を通して喜ぼうとする情的な衝動」と定義されています(『統一思想要綱』光言社P52)。  


統一思想の原相論、即ち神(原相)に関する捉え方には、構造の面を扱う「神相」と、性質(人格)の面を扱う「神性」の両面があります。神の構造、即ち神相について、神は「本性相と本形状の二性性相の中和的主体」と定義され、その属性として本陽性(男性性相) と本陰性(女性性相)を有するとされます。従って、この人格的な神は父性的(男性性相)な父としての性質と、また母性的(女性性相)な母としての性質を併せ持つ存在、即ち「父母」であるとも表現できます。そして被造世界との関係では神は陽性的な男性格主体とされ、この神が陰性的な女性格対象としての被造世界を造られる時、性相と形相、陽性と陰性を有する被造物が生まれたというのです。原理講論では「神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性の二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給う」(P47)と定義しています。

 

一方、神の性質、即ち「神性」については、前記の通り心情、ロゴス、創造性の3つを挙げています。心情とは、「愛を通して喜びを得んとする情的な衝動」乃至は「愛そうとする情的な衝動」であり、愛よりもより内的な愛の源になっている概念(内的愛)で、神の人格の中心になっています。心情は対象たる天地創造がなされる前の神の内的性相でもあります。 即ち、先ず神の心情とその果実としての愛があり、それがより具体的なロゴス(構想・理法)となり、その構想に従って世界が創造されるというプロセスになります。


【古代オリエントの多神教】

 

さて、前記の神概念を前提に、イスラエルの神の歴史性について、即ち、イスラエルの神観の特徴である唯一の神、即ち「一神教」について、その起源から確立までを見ていきたいと思います。下記に述べますように、古代オリエントにおいては、この小さな集団であるイスラエル共同体を唯一の例外として、他の全ての民族、国家は多神教世界でした。そこで先ず、「古代オリエントの多神教世界」について見ていくことにいたします。

<古代オリエント、古代メソポタミア概観>

古代オリエント文明は、現在の中東地域に興った古代文明で、これには、古代メソポタミア(現在のイラクやシリア)、古代ペルシア(現在のイランやアフガニスタン)、古代エジプトなどが含まれ、時期としてはシュメールが勃興したBC4千年紀から、アレクサンドロス3世(大王)が東方遠征を行ったBC4C頃までが相当すると考えられています。またメソポタミアは、イスラエルの祖とされるアブラハムが生まれたカルデアのウルがある地域であり、従ってイスラエルの発祥の地であります。

メソポタミアとは、ギリシャ語で「2つの川の間」の意味で、チグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野であり、現在のイラクにあたります。古代メソポタミア文明は、メソポタミアに生まれた複数の文明を総称する呼び名で、世界最古の文明であるとされてきました。文明初期の中心となったのは民族系統が不明のシュメール人であります。古代メソポタミアは、シュメールから始まり、アッカド、バビロニア、ヒッタイト、アッシリア、古代ペルシャの国々の勃興があり、興亡を繰り返しました。

イスラエルの始祖アブラハムは、メソポタミアの都市ウルの出身(創世記11.31)とされています。エデンの園はメソポタミアの都市を、バベルの塔はジッグラト(神が宿る巨大な祭壇)を、ノアの洪水は当地で起こった大洪水を元にした逸話との説があり、またノアの洪水物語は、旧約聖書に先駆けて、古代メソボタミヤ最大の文学作品であるギルガメッシュ叙事詩の中に既に記録があります。

以下、主なメソボタミヤ興亡の年代を記します。

BC4000年紀に民族系統不明の世界最古の文明を担ったシュメール人の都市国家が発達

BC2334~2050 セム系アッカド帝国(サルゴン一世)

BC 22C~2004 シュメール系ウル第三王朝

BC2000年頃、セム人系アムル人が古バビロニア王国建設(バビロン第1王朝)

BC1700年頃、古バビロニア王国、第6代のハンムラビ王(前1729年~前1686年)がメソポ

 タミアを征服し、ハンムラビ法典が作られる

BC18C~17Cころ、セムの子孫テラの長子アブラハム(創世記11.27)の召命→カナンへ

BC1595年頃、ヒッタイトにより古バビロニア帝国は滅ばされる

BC1200年頃、ヒッタイト帝国滅亡

BC14世紀中頃、セム人系の民族アッシリアが勃興→紀元前13世紀、アッシリア帝国がバビ

 ロンを占領し、BC745年頃メソポタミア全域とシリア、パレスチナを支配

13世紀頃イスラエルの民はモーセに率いられてエジプトを脱出

紀元前722年、アッシリア帝国によりイスラエル北王国が滅亡、BC671年、エジプトを支配

 し、アッシリア帝国はオリエント地域全体を支配する大帝国になる

BC609年、新バビロニアとメディアにより、アッシリア帝国が滅亡→70年間の4帝国時代に

 入る(メディア、新バビロニア、小アジアのリュディア、エジプト第26王朝)

BC593年、BC586年、ユダ王国(南王国)が新バビロニア捕囚される(バビロン捕囚

 →BC538年ペルシアのキュロス王に解放)

BC539年、アケメネス朝ペルシアのキュロス2世が新バビロニアを滅ぼし、オリエント全域

 を領土とする大帝国建設

BC331年ペルシャはアレクサンドロスにより滅亡


<古代メソポタミヤの多神教>


古バビロニアがアッシリアを征服したBC1750年ころに神話が成立し、ギルガメシュ叙事詩(BC20~16世紀)には天地創造物語と共に「ノアの洪水物語の原型」があります。メソボタミヤは様々な神々の存在を許容した多神教世界で、エンリル(シュメールの神々の王、風、嵐)、エンキ(知恵)、マルドゥク(バビロンの最高神、エンキの長子)、イシュタル(イナンナの別名で最高女神、豊穣、愛欲、戦争の象徴)などの神々がいました。即ち、メソボタミヤには、1000以上の神々がいて(後30位に吸収合併)、擬人的で、人間的側面があり、また全知、全能的で不死でもありました。

シュメール、アッカドの女神イシュタルは、その系譜であるアシュタルテ(フェニア)、アナト(カナン)、アフロディア(ギリシャ)、ヴィーナス(ローマ)などの女神信仰の源流になっています。性には寛容開放的で、同性愛、異性愛、娼婦、男娼が容認され、女神イシュタルには、熱狂的な舞踏と性的逸脱の祭祀が捧げられました。メソポヤミア多神教は数千年この地域の宗教でしたがAD1C~3Cに衰退しました。


<古代エジプトの多神教>


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エジプトではBC3000年に都市文明が誕生しました。過酷な自然とナイルの賜物の中で、自然信仰、動物信仰が生まれました。2000もの神々の中で、王権の守護神ホルスに習合されていきます。

また、太陽神ラーを宇宙の創造神としました。テーベ(ルクソール)の守護神アメンは太陽神アメン・ラーとなり、ファラオは太陽神の化身と考えられました。

更に、エジプトの統治神オシリスと妻イシスの神話があります。弟セトに謀殺された夫オシリスを、妻のイシスは繋ぎ合わせて再生(復活)させ、来世信仰(死者の書、ミイラの風習)が生まれます。イシスは、復活したオシリスとの間に王ホルスを産み、死者の守護神、生命の女神、宇宙再生の豊穣と慈愛の女神として崇められ、キリストの聖母マリアの原型とも言われています。

なお、アテンを唯一の神とするアクエンアテン(在位BC1364~1347)の一神教革命が、一時期例外的に一神教をもたらしました。

<カナンの地の多神教>

セム系フェニキア人などが定着していたカナンにはバアル信仰がありました。嵐と雨の神、豊穣と多産を願う神々で、性的祭儀、恍惚の乱痴気騒ぎが伴いました。エリアにより、バアルの預言者450人、アシュラの預言者400人を滅ぼした記録があります。(1列王18.19)

バアル信仰は、イスラエルの預言者達には偶像崇拝の多神教、不道徳な迷信的信仰と見えました。しかし、バアルとヤハウエの混同がされるようになりイスラエルは偶像崇拝に陥っていきます。→バアル偶像礼拝については、次回の「偶像崇拝を考える」で詳述します。

また、アシュラ(豊穣の女神、生産、生殖)、イシュタル(女神)、ダゴン(海の神、人身御供、ペリシテ、申命記12.31)、モレク(豊作、人身供養)などの神々がいました。

<ギリシャ・ローマの多神教>

ギリシア神話において、オリュンポス山の山頂に住まうと伝えられる12柱の神々、即ち、主神ゼウスをはじめ、アポロン、ビィーナス、ポセイドンなどの神々がいました。

またローマ人は、紀元前6世紀ころから ギリシアの影響を受けて、ローマ古来の神々をギリシア神話の神々と同一視する、いわゆる「ギリシア語への翻訳」が行われました。その結果、ローマ固有の神に対応するギリシアの神が決まっていき、さらに、ギリシア神話の物語を積極的にローマ神話へ取り入れたため、ローマ神話はギリシア神話と密接な関係を持つようになりました。

以上が古代メソボタミヤの多神教世界の概観であります。次に、いよいよイスラエルの一神教について見ていきます。

【一神教の起源とその確立】

古代イスラエルで生まれた神概念は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの一神教の神観になりました。旧約聖書を経典とし、唯一にして創造主たる神を信じる一神教であります。イスラエルの民は、創造主としての神をエロヒム(神)と呼び、契約の神、救済の神としてはヤハウエ(主)と呼びました。この一神教の世界観は、前記創世記1章1節に象徴的に示されています。

神の言葉を託された啓典の民、選民イスラエルは、人類を代表して神と契約し、アブラハム、モーセ、預言者らに一神教が啓示されました。そしてこのイスラエル一神教は、アブラハムに端を発し、モーセで成立し、バビロン捕囚前後に確立(体系化)されることになります。前記見ましたように、他のオリエント諸国が全て多神教であったのに対し、ひとり少数のイスラエルだけが一神教の神を崇めていました。そして一神教を人類にもたらしたことは、イエス・キリストを生み出したことと並んで、イスラエルが人類に貢献した最大の業績と言えるでありましょう。

思えば、イスラエルほど神から愛され、また自らも神を愛した民族はいませんでした。また逆に、それ故に他民族から憎まれました。しかし、イスラエルの信仰とは、言い変えれば、それはわが神ヤハウェに対する「愛」(申命記6.5)であり、それだけは疑いなき事実であります。

<イスラエル族長時代の拝一神教>

ただ、族長時代のイスラエルの神観念は、民族内においてはヤハウェのみの一神を信仰しますが、他民族が信仰する神々までは否定しないという、いわゆる「拝一神教」であり、純粋な意味での一神教ではありませんでした。拝一神教とは、前回の神の類型でも解説しましたが、他民族の神の存在を前提としますが、イスラエル民族内では一神のみを崇拝するという神観であります。

勿論、イスラエルが信じるヤハウェは、イスラエルの神に留まらず、世界を創造し 歴史を経綸する唯一にして絶対的な神でありますが、族長時代のイスラエルにとってはあくまで民族内の至高神という認識でありました。そして拝一神教から一神教へという過程は、その歴史を通じて一連の信仰上、思想上の様々な革新(イノベーション)が繰返されて確立していったというのであります。

先ず何といっても一神教の端緒は、有名なアブラハムの召命であります。アブラハムは、多神教の地であるウルにて、セム系偶像商テラの長男として生まれます。正に典型的なサタン的立場の只中にあったアブラハムでしたが、神ヤハウェはこの中からアブラハムを召し、聖地カナンに導かれて一神教の基とされました。

「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。 わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」(創世記12.1~2)

そうしてこのアブラハムの神はモーセによって高められ、シナイ山で一神教は理念的に成立しました。神はシナイ山にてモーセを通じて一神教の理念が刻まれた十戒をイスラエルに授けられたのです。

「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない」(創世記20.3~4)

しかし、モーセの十戒から申命記改革までは理念的な一神教に留まり、なお拝一神教的神観といえるでしょう。十戒の一戒はいまだ他民族の神までは明確には否定せず、民族内においては神は唯一であるが、他民族の神までは否定していないというのです。

例えば、出エジプト20章5節や34章14節に見られる「妬む神」という表現は他国の神の存在を前提とした対比の観念であると言えるでしょう。そして、申命記改革期からバビロン捕囚を経て第二イザヤ(イザヤ書40章~55章)において、排他的唯一神の純粋な一神教の観念が確立されていきます。

<神命記改革>

南北朝時代には、バアル信仰や偶像崇拝を非難する預言者が続出しました。そうしてBC9Cのエリア、BC8Cのアモスらが、アッシリアの帝国的支配が台頭する中で、民族を超える普遍的な神を模索していきます。特にバビロン捕囚前後のイザヤ、エレミヤ、エゼキエルらは、普遍性のある超越神を求めました。神ヤハウェはアッシリアなどの異教徒の国を用いてイスラエルの偶像崇拝を裁かれるという訳です。

南王国ヨシア王(BC639~609)の治世第18年(BC622年)、祭司ヒルキアにより「律

法の書の巻物」が発見されたと記録されています(2列王22.8)。この「律法の書」は、申命記の主要部分を構成し、原申命記と言われています。

これを読んだ王は驚き、民の前でこれを朗読し、ヤハウェとの契約を結び直して大規模な宗教改革を行いました(2列王23.1~25)。その改革は、地方聖所を廃しヤハウエ祭儀をエルサレム神殿に集中する「祭儀集中」であり(2列王23.8~9)、もう一つは、あらゆる異教的な要素を排除する「祭儀浄化」、即ち、偶像崇拝の分別でありました(2列王23.11~12、申命記12.2~3)。ここでは、今までの拝一神教に、より強い「排他性」が加わってきます。しかし、この申命記改革は、一定程度の普遍性を示していたBC8C頃の文書預言者と同様、まだ民族神的拝一神教の性格を持っていました。申命記改革はヨシア王の死によって未完に終わります。

なお 申命記などモーセ五書は、申命記改革前から捕囚期前後にかけて申命記派とでも呼べる人々によって書かれたと考えられ、申命記の理念と精神を引き継いだ人々によって受け継がれました。また、申命記史書と呼ばれるヨシュア記、士師記、サムエル記、列王記は、統一的な神学構想のもとに申命記史家によって同時期にまとめられたと思われます。

<バビロン捕囚>

BC597年の第一次バビロン捕囚、BC 586年の第二次捕囚(神殿破壊)の絶望的な受難に直面して、なおヤハウェへの信仰を貫こうとする人々は、ヤハウェの無力への懐疑や不信を持つ者に対して、これを論駁しヤハウェ信仰の正当性を主張しなければならなりませんでした。

国が滅亡し、 神殿が破壊され、指導層がバビロンに曳かれるという未曾有の受難に際して、民心は二つに分かれていきます。

この破局はヤハウェの無力、無能を示すもので、こういう敗北の神など信じるに値しないとして神を捨て去っていく人々がいました。一方、申命記改革の継承者達は、国家破局が、ヤハウェの敗北でも無力でもなく、イスラエルの不信仰の罪、契約違反の罰であると解釈し、悔い改めて神に立ち返り、神と再結合していく道を選択していったのであります。この真の信仰者たち、即ち「イスラエルの残れる者」(レムナント)こそ旧約聖書の根幹を編集した人々であります。「神に還れ!、神の言葉(律法)に還れ!」、これこそレムナントの標語でした。

ちなみに、前記イスラエルの受難に対し、よく似た受難の歴史を持つ国として韓国が引き合いに出されます。そして、韓国の独特の情緒を表す言葉として「恨の民族」という言い方をいたします。「恨」とは「理想的な状態、あるべき姿への憧れと、それを得られない無念さ、哀しみが入り混じった感情」(浅見雅一著「韓国とキリスト教」P139)と言われ、また恨は、「長い受難と抑圧の中で、永久的な絶望が生んだ諦念と悲哀の情緒」と表現されています。「単なる恨みではなく、対象のない誰にもぶつけることができない悲しみや怒りや辛さが、心の中に雪のように静かに降り積もっていく感情」とも言われています。

一神教の確立ー神との再結合>

上記の通り「イスラエルの残れる者」は、受難の原因を自分たちの背信にあると考え、捕囚は不信仰に対する罰と捉えて(苦難の神義論)、戦争に負けた神ヤハウェを弁護(弁神論)しました。この確信に基づき、悔い改めて神に立ち返り、更に神との絆を深めて、律法に従う信仰の共同体が生まれていきました。シナゴーグとユダヤ教の成立であります。

そして、受難の民族を救う世界的・普遍的な唯一の神の観念が生まれていきました。「ヤハウェのみが唯一の神で他に神はいない」との観念であります。唯一にして世界を支配される普遍的な神は、イスラエルの不信仰をアッシリアやバビロニアを用いて審かれ、またペルシャのキョロス王を用いてバビロンから解放されたというのです。バビロンからの解放は第二の出エジプトとも譬えられ、キョロスがモーセの役割を担ったと考えました。

即ち、ホセア、イザヤ、エレミヤの見方は、ヤハウェはアッシリア、バビロニアをイスラエルに罰を与える道具とされたが、第二イザヤは、神はペルシャ王キュロスを用いて解放の道具としたと主張しました(山我哲雄著「一神教の起源」P345)。ちなみに第二イザヤとはイザヤ書40章~55章を指します。ドイツ神学者ドウームは、この箇所はバビロン捕囚が前提となっており、BC8Cのイザヤとは別人であると考え、捕囚期末期の「第二イザヤ」によって書かれたものであることを論証しました。(同P341)

そして 第二イザヤ(40章~55章)では、ヤハウェこそ唯一の神で世界に他の神は一切存在しないことが宣言されます(イザヤ45.5~7)。こうして神観の革命的な一点突破の飛躍とも言える「排他的唯一神教」の神観が確立したというのです。いや、確立したというより、本来のヤハウェの姿を「再発見」したというべきであります。時に世界はヤスパースの言う歴史の枢軸時代が到来していました。

申命記の中にも他の神々を原理的に否定した聖句が置かれています(申命記4.35、4.39)。これらの箇所はバビロン捕囚が前提とされたもので、バビロン捕囚がヤハウェの敗北ではないことを示すために、後で書き加えられた編集句と言われています。信仰の危機の克服には、より強力な絶対的排他的な唯一神が必要だったという訳です。

ちなみに、最も典型的な唯一神教的神観が、イザヤ書43章~46章に表明されていると言われています(43.10、44.6、45.5~7、46.9)。ここに主権、国土、国民、神殿を奪われた喪失感と救済への期待感、この民族的受難をどう考えるかという思索の中で、次の聖句が語る唯一、普遍、排他的な神をあがめる神観が姿を表しました。文字通り一神教の確立(再発見)であります。

「わたしが主、私をおいて神はない。ひとりもいない。光を造り闇を創造し、平和をもたらし災いを創造する者」(イザヤ45.5~7)

また、第二イザヤでは、唯一神の観念と共に救済と解放の神観念が結びつけられました。

あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を主の手から受けた」(イザヤ40.1~2)

<一神教確立の5段階>

 

なお、上記に見てきたイスラエルの唯一神教が成立する経過として、山我哲夫著『一神教の起源』によると「5段階の革命」が述べられています。

 

第一段階ーヤハウエを民族共同体内の神として排他的に崇拝する出エジプト時代

第二段階ーエリア、エリシャ、BC8Cの文書預言者らによる、異邦人(アッシリア)を用い

 てイスラルを罰するという世界神として描く理念的な普遍的神観

 第三段階ー 申命記改革時代の祭儀集中、祭儀浄化に見られるより排他性を持った神観

第四段階-- 国家の滅亡、バビロン捕囚の受難をイスラエルの罪の結果と見て、より普遍性

 のある唯一神の神観の確立

 第五段階--ヤハウエ以外の神の存在を原理的に否定した第二イザヤによる唯一神観の宣言


<教訓>

そして私たちは、以上の通り見てきた一神教確立(再発見)の歴史から重要な信仰上の教訓を得ることが出来ます。それは試練に遭遇した時の信仰者の内的な姿勢の在り方に関してであります。


イスラエルは、あのバビロン捕囚に象徴される民族の未曾有の受難に際して、なお信仰を失わず、むしろより深い神との結合を果たしたレムナント(イスラエルの残れる者)がいたという事実を侮ることは出来ません。苦難と試練の中にあって、深い悔い改めから生まれるイスラエルの神への信仰と愛は、私たちはこれを自らの人生になぞらえることができるでありましょう。「悔い改めて神に立ち返れ、神の言葉に返れ、そして神を愛せ!」これは私たちの標語でもあります。

UC創始者も次のように語られました。

「神様は終わりの日になれば、人類の前に7年の大患難があるだろうと予告されました。人間の絆がみな壊れていき、信じられない環境にぶつかる時です。その時は、希望が揺れる時であり、私たちが信じている信仰の中心が揺れる時であり、信じて従った指導者が揺れる時です。では、神様はなぜそのような患難をつくっておかなければならないのでしょうか。それは『真の神様、歴史的に苦労した神様と同参したという価値』を与えるためです。信じされないような患難の中でも『神様を愛する、神様と共に生きる』と言い得る真の息子、娘を探すために、そのような時が来るというのです」(み言集)

以上の通り、今回は、神について論考し、徳にイスラエル一神教、即ちモーセ十戒第一の「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」を解説してきました。次回は、モーセ十戒第二戒である「汝、刻んだ像を造ってはならない」(出エジプト20.4)に象徴される「偶像崇拝」について考えていくことにいたします。(了)

                            牧師・宣教師 吉田宏


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​ユニバーサル福音教会牧師
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