内村鑑三著『基督信徒のなぐさめ』に見る「6重苦」からの復活② - 自民党高市新総裁誕生に思う
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- 10月8日
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◯徒然日誌(令和7年10月8日) 内村鑑三著『基督信徒のなぐさめ』に見る「6重苦」からの復活②-自民党高市新総裁誕生に思う
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」(マタイ4.4)
プロローグー自民党新総裁誕生
前回、内村鑑三著『基督信徒のなぐさめ』に見る6重苦からの復活」と題して、全6章のうち、「愛するものの失せし時」「国人に捨てられし時」「基督教会に捨てられし時」の3重苦について考察したところ、望外の好評を得た。続いて他の3章、即ち「事業に失敗せし時」「貧に迫りし時」「不治の病に罹りし時」についても論評して欲しいというリクエストがあり、今回、このうち「事業に失敗せし時」「貧に迫りし時」について考察する。
だがその前に、自民党総裁選挙、ないし自民党新総裁誕生について、筆者の率直な見解を述べたいと思う。
今回の自民党総裁選挙で、オールドメディアなど大方の予想に反して、新総裁に選出されたのは小泉進次郎氏ではなく高市早苗氏だった。決戦投票で 高市氏は計185票(国会議員票149、都道府県連票36)、小泉氏は計156票(国会議員票145、都道府県連票11)で、高市氏はオールドメディアと岸田・石破氏など左派系議員が押した小泉氏を破って新総裁に選ばれたのである。ちなみに第一回投票は、高市氏は党員票119票、議員票64票、計183票であり、小泉氏は党員票84票、議員票80票、計164票だった。高市氏は早速党人事の骨格を決めた。
筆者は、①安倍晋三元首相が高市氏を強く推薦されていたこと、②高市氏にははっきりした政治理念と哲学があること、③UCに対して偏見がないこと、この3つの理由で高市氏に一票を投じたので、高市氏当選は感慨深い。まさに日本初の女性総裁であり、イギリスのサッチャー、ドイツのメルケル、そしてイタリアのメローニ首相ら西洋に並び、日本は今一歩のところで没落から踏み留まった感がする。
ところで総裁選挙後半、京大教授の藤井聡氏が京大大学院研究室の調査結果を公表したが、これによると、高市早苗総裁なら岸田・石破左派政権で他党に逃げていった自民党の保守岩盤支持層が回復し、小泉進次郎総裁なら衰退すると見通した。即ち、次期衆議院選挙で高市総裁なら自民党現有の196議席から226議席に増え、自公で250となり過半数の233議席を越える。だが小泉総裁なら164議席(自公で188)に激減するという。また、「積極財政」「野党連携」「トランプ連携」「対中均衡」「対等外交」「世論の支持」という政策課題でも高市氏に部があるとした。

この調査を踏まえると、結果的に自民党が高市早苗を選んだことで、日本は首の皮一枚繋がったことになる。そしてはっきりしたことは、一つはオールドメディアの終焉である。兵庫県知事選挙でもそうだったが、今回小泉氏持ち上げ、小泉氏の勝利を煽ったオールドメディアは惨敗し、SNSが完勝した。そしてもう一つが安倍元首相の復活である。安倍氏が強く推薦していた高市氏が勝利することによって、アベイズムは力強く復活するだろう。その意味で、オールドメディアを初め誰もが予想しなかったこの奇跡的勝利は、神の見えざる手の介入があったと筆者は感じている。神がまだ日本を見放されなかったのである。だがしかし、日本の状況は依然として厳しく、誰が総理になっても前途多難であり、高市氏の力量が試される。
実は高市氏は、イギリスのマーガレット・サッチャー(1925年~2013年)を自らの政治の師匠として最も尊敬している。サッチャーは、イギリス病と言われて、長らく低迷していた英国経済を、市場原理の導入で回復させ、「福祉国家」から「自立国家」へと転換させた。
ちなみにサッチャーの生家は代々メソジストの熱心な信徒で、サッチャーは敬虔なクリスチャンであり、彼女の政治政策は、もっぱらキリスト教信仰に源泉があると言われている。 サッチャーは著書『回想録』の中で、「私は、熱烈に宗教的な家庭に生まれました。家庭はメソジズム(ジョン・ウェスレーによって興されたキリスト教覚醒運動)を中心に回っていたのです。日曜日は、ウェスレー派メソジスト教会の礼拝に欠かさず出席し、信仰に明け、信仰に暮れる一日を過ごしました」と語っている。そして生家の家訓であった「質素倹約」「自己責任」「自助努力」の精神はサッチャーに色濃く受け継がれた。(参考→ https://x.gd/Bv1hB )
そして、この「鉄の女」サッチャーの精神性を色濃く引き継いでいるのが、まさに高市早苗である。和製サッチャー高市氏に、今一度、日本を根本から洗濯してもらいたい。元オーストラリア特命全権大使の山上信吾氏は、高市氏への外交に期待を込めて次のように語った。
「習近平の中国に阿ねず、トランプのアメリカに物申す。そしてルールに基づく国際秩序を再構築していくこと。そのためには法の支配を口先で唱えるだけでは駄目で、自らの実践が大。安倍外交が築き上げた仏に魂を入れていくのです」
【三重苦からの生還ー事業の失敗と貧困】
さて今回の本題だが、内村鑑三著『基督信徒のなぐさめ』には、後半「事業に失敗せし時」(4章)、「貧に迫りし時」(5章)、「不治の病に罹りし時」(6章)の3章がある。即ち、事業に失敗し、貧に陥り、大病を患ったとき、自己自身の体験に照らし、更には聖書の言葉に立ち返って、この逆境を如何に克服すべきかを説いた。
それにしても若干32才の内村が、ここまで深く自己を見つめ達観できたとは驚きであり、また聖書は無論のこと古今東西の古典にこれ程通じているとは更なる驚きである。だが考えて見れば、イエス・キリストは30才にして宇宙の真理に通じてメシアとして立ち、33才にして贖罪の大事業をなし、後世にキリスト教を遺したのである。また我が吉田松蔭は29才で刑死したが、人生と学問を究め、明治維新をやり遂げる人と思想を残した。かように考えれば、内村鑑三が若くして後世に残る著作や思想を残し得たとしても不思議ではない。
空海は24才の処女作『三教指帰』の序で、「文章は、人が心に感動し、その感動を紙に書き記す」と語っている。内村は『基督信徒のなぐさめ』の序で、「ただ心の中の燃る思いに強いられ、止むを得ず筆を執った」と述べている。このように、内村の文書や著作が人の心を打つのは、内なる魂の叫び、内村を突き動かしている信仰の力によるものだからである。かような文章は人を変えるだけでなく、国をも動かす力になる。まさに空海と内村は、言葉の力、文章の威力を誰よりも知っていた。
<事業に失敗せし時>
内村は32才にして事業に失敗したという。内村のいう事業とは、大会社を起業したり、商売で高利益を出すといった事業ではなく、事業を、国と神のための業と考え、それを何物にも勝る事業と考えていた。即ち内村にとっての事業は、自己のための富貴ではなく、他のために祈り、神に依り頼む事業であり、従って必ず成功に至ると考えていた。
だが内村は事業に失敗した。曰く「しかるに余は失敗せり、数年間の企図と祈祷とは画餅に属せり。しかして余の失敗より来りし害は余一人の身に止まらずして余の庇保の下にある忠実なる妻、勤勉なる母の上にも来れり」(『基督信徒のなぐさめ』岩波文庫P60)と。多分、この内村がいう失敗とは不敬事件によって職を失い、やりかけた構想理想が挫折したことを指しているのではないかと思料する。
そして悪霊の声曰く、「精神のみを以て事業を為し遂げ得るというのは幼稚である。方便(策略)は事業成功の秘訣であり、正義公道といえども、人間世界においては方便が必要である」と。しかし内心より神の声があり、「正義は正義なり」(P60)と。内村曰く、「ああ余は悟れり、余の神よ、正義(義なる業)は事業より大なるものなり、否、正義は大事業にして正義を守るに勝る大事業のあるなし」(P61)と。こうして内村は、事業は正義に達する道であり、教会も学校も政事も殖産も正義に達するための道具だとした。
正義が事業の目的ならば、隆盛を極める学校事業、壮麗な教会堂の建築、帳面上の多くの洗う礼などがなくても、正義発展に力ある事業こそ成功した事業であるという。即ち、事業とは「神を信じて、万人のためにする働き」であり、この目的を外さない限り失敗はあり得ず、成功は必然であるとした。
内村は、マタイ書4章(イエス荒野の三大試練)「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイ4.4)を引用しつつ、イエスの事業について語った。イエス・キリストは一つの教会、一つの学校をも建てることなく、事業として見るべきものは僅かに12人くらいの弟子養成のみだったとし、しかれども「この人こそ世界の救世主にして神の独り子、人類の王ではないか」と問い、「実に然り、霊魂を有する人類には、霊魂救済の事業に勝る事業なし。世の事業を以て汲々たる信者は、宜しく事業上キリストの失敗に注目せざるべからず」(P66)とした。そして、キリストが名望方便を以て民を教化したのであれば、永遠まで霊魂を救う宗教にあらずして、仏教に見られる如く速やかに衰退するという。然り、「キリストの十字架上の恥辱は実に永遠にまでわたるキリスト教凱陣の原動力で、キリストの失敗は実にキリスト教の成功である」(P72)という。
しかして内村曰く、「しからば余も失敗せしとて何ぞ落胆すべき、むしろ失敗せしを感謝せざるか。義のために失敗せしものは義の王国の土台石となりしものなり」(P72)と。即ち、自分の事業が敗れたのは、敗れることのない事業に着手するためであり、失敗してはじめて「真性な事業家」に目覚めたと内村は告白した。かくのごとく、内村は一つの教会堂、一つの学校も建て得なかったが、後世に著作と人材、そして聖書研究会を残したのである。

確かに筆者も富なき無産者であり、人生で財をなした事業家ではない。大多数の信徒もまた同じであろう。しかし、内村の言うごとく、正義より偉大な事業はなく、神の言葉に殉じる福音の事業ほど高尚な事業はない。決してこれは負け犬の遠吠えではない。願わくば内村鑑三の著書『後世への最大遺物』の中で示す「高尚なる生涯」でありたいと願う。然り、高尚なる生涯とは悲嘆を歓喜に変え、その義なる生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであり、その遺物は誰にでも遺すことができる遺物ではあるまいかと内村は言う。
<貧に迫りし時>
さて内村鑑三は、不敬事件に巻き込まれて第一高等中学校を追われ、職を失い貧困に陥ったが、そこから如何なる信仰的回心によって立ち直っていったのであろうか。
内村曰く、「貧程つらきものはなし。人間万事金の世の中、金は力なり威力なり、金のみは我らに市民権を与う。金なければ学も徳も人をして一市民となすを得ず、金なき人は人にして人にあらざるなり」(『基督信徒のなぐさめ』P74)と。
貧より来る苦痛には、世の友人に冷遇されること、我が父母妻子の貧困を見ること、食のために他人に腰をかがめざるを得ないこと、卑屈な思い、孤独の念になること、絶望に沈み無限の堕落を感ずることなどがあるという(P57~60)。そして世界に存する貧の多くは怠惰より来るとし、貧がもし自分の怠惰放蕩より出たものならば、勤勉節約をして浪費した富を回復すべきであり、まさに天佑自助、即ち「天は自ら助くるものを助く」である。
しかしながら、世には「正義のための貧」、つまり「清貧」があることは疑えない事実であると内村はいう。ちなみに清貧とは単に貧乏という意味ではなく、貧富はともかく義にして清なる生活に甘んじることである。
即ち、良心の命を重んじ世俗に従わないが故に時の社会より冷遇されることがあり、或は直言直行が傭主を怒らし仕事を奪い取られることがあり、或は思想の常識通念と異なるが故に衣食を得る道が断たれることがあり(不敬事件を指す)、或は貧家に生れて貧なることがあり、或は天災に罹りて貧に陥ることがある。つまり「自己以外に因する貧」があり、努力も注意もこれを取り去ることができない場合があるとした。(P79)
故に貧が我身に迫る時には、勇気を以て信仰を以てこれを処すべきであり、以下の通り、キリスト教は貧を乗り越える知恵と力を持つとした。(以下、P79~85)
第一に、貧する時にまず世に貧者の多きを思うべしという。貧は常にして富は稀、人類の大多数は貧であるとした。また古代の英雄、智徳に優れた人が貧苦を受けたことを思えという。使徒パウロの持ち物は上着一枚と古書数巻とのみであり(2テモテ4.13)、ソクラテスは一日二斤のパンと湧き出る清水を以て満足した。水戸学の藤田東湖、文筆家の蘇軾(そしょく)、預言者エレミヤ、ダニエルなど、和漢洋の歴史いずれも貧苦における人々は枚挙に暇がないとした。
第二に、イエス・キリストの貧を思えという。彼は貧家に生れ、18才にして父を失い(伝承)、以後死に至るまで大工職を業とし父の一家を支えた。「狐は穴あり空の鳥は巣あり、されど人の子は枕する処だになし」(マタイ8.20)とはイエスの地上における境遇だった。まさにイエスは清貧の人生を生きたのである。
第三に、富とは心の満足をいうのであり、富、必しも富ならざるという。神の子のごとき義侠心、天使のごとき淑徳はむしろ貧家に多くあって富家に少なく、貧にして富むことを得るとした。そう言えばかって筆者も、一切の財を失ったどん底で、「神の言葉(聖書)は唯一最大の財産なり」との神の声を聞いた。まさに神の言葉は最上の富であり、その事実を体感したが故に、無一文だが今ほど豊かな時はない。
第四に、空の鳥、野の百合のごとく、神に委ねよという。野の花は働きもせず、紡ぎもしないが、栄華をきわめたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった(マタイ6.29)。キリスト曰く、「思い煩うな。まず神の国と神の義とを求めよ」(マタイ20.33)と。ある筆者の旧知の姉妹は、何十年も神に養われたと告白したが、人がみ旨に生きる時、確かに神は養って下さる。然り、先ず神の国と神の義を求むべし。
以上が内村流「貧に迫りし時」の処方箋だが、無論「天は自ら助くるものを助く」であり、自助の精神が根本であることは言うまでもない。
以上、「内村鑑三著『基督信徒のなぐさめ』に見る「6重苦」からの復活②」と題して、内村鑑三における苦難に際した時の蘇生の道を論考した。世の名だたる人生訓と違って、あくまでもキリスト教的信仰に依拠し、神との関係で復活の道を論じているので、とりわけ我ら信徒にとって、苦難に遭遇した時の人生と信仰の在り方について、よき指針となるはずである。(了)
牧師・宣教師 吉田宏
下の写真、1883年全国基督教信徒大親睦会時の集合写真。前から2列目、中央が内村鑑三



