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検証-自民党総裁選挙 巷の喧騒から超然と!

  • 執筆者の写真: matsuura-t
    matsuura-t
  • 9月24日
  • 読了時間: 13分

◯徒然日誌(令和7年9月24日)  検証-自民党総裁選挙-巷の喧騒から超然と! 

 

山々が生まれる前から、大地が、人の世が、生み出される前から、世々とこしえに、あなたは神(詩篇90.1~2)

 

プロローグ 

 

自民党総裁選挙は風雲急を告げている。高市早苗か小泉進次郎か、誰がなっても行く手は多難である。日本の政治は未曾有の大変革期に直面している。今回は「検証-自民党総裁選挙」と題して筆者の率直な感想を述べると共に、聖書の言葉「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、神の言葉はとこしえに変ることはない」(イザヤ書40.8)という「超然思想」を提起したい。 

 

だが、その前に韓国における宗教弾圧の実体について言及しておく。 

 

UCの韓鶴子総裁が、17日、韓国の特検(特別検察)に出頭し、検察の事情聴取に応じた。李在明政権は前尹大統領を支援したキリスト教団の弾圧を行い、今までUCの他に、汝矣島(ヨイド)純福音教会、新天地、サラン第一教会、釜山世界路教会、極東放送(キリスト教系ラジオ局)など7つの教団が弾圧を受け、3人の牧師が既に拘束されている。ちなみに汝矣島純福音教会は世界最大の信徒数を誇るペンテコステ派教会である。まさに李政権は宗教の自由をなりふり構わず弾圧している。 

 

特検は韓鶴子総裁の逮捕状を請求し、ソウル中央地裁が22日に逮捕状発付の是非を判断したところ、理不尽にも地裁は証拠隠滅の恐れがあるとして勾留の判断をしたという。証拠隠滅や逃亡の恐れがなく、高齢(83才)で病身の韓総裁を拘束するとは前代未聞の暴挙であり、検察と李在明大統領は内外の激しいバッシングに晒され、その報いを受けるだろう。 

 

最近、ユン前本部長は法廷で韓総裁の指示はなかったと証言し、事実に対しても検察陳述の信憑性を自ら否定したと言う。また、韓総裁も請託容疑をきっぱり否定している。確たる証拠がなく冤罪であることは明らかであり、韓総裁は、まさに権力闘争に巻き込まれた被害者と言える。ちなみに夫の文鮮明師も、1984年7月20日、米国コネチカット州のダンベリー連邦刑務所に冤罪で収監された。また天理教の中山ミキ教祖も、89才で逮捕勾留された。中山教祖は堂々とし、かえって信者を励ましたという。韓鶴子総裁も堂々として信者を励ましている。 

 

トランプ大統領は、「韓国ではまるで粛清か革命が起きているかのようだ」と宗教弾圧を非難し、またギングリッチ元米国下院議長は Xで次のように明言した。 

 

「韓国の新しい左翼政権は複数の宗教を攻撃し、今年83歳で、重い心臓疾患で病院に入院している韓鶴子総裁を身の危険に関係なく尋問しようとしている。これは非人道的であり、直ちに中断すべきだ」 

 

【検証-自民党総裁選挙】 

 

さて自民党総裁選挙(22日告示、10月4日投開票)は5人の候補者(茂木敏充、林芳正、小林鷹之、高市早苗、小泉進次郎)で争われるが、高市早苗氏と小泉進次郎氏が有力視されている。そこで、高市、小泉両氏の内、どちらが総理総裁として適任であるか、その理念、政策、人望について検証し、私見を述べることにする。


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<高市早苗を押す理由> 

 

筆者は9月14日、「X」に次のように投稿した。 

 

「ジャーナリストの三枝玄太郎氏は、小泉氏がやった事は、レジ袋有料化と中国系太陽光発電パネル販売で、議員立法ゼロで無能と評し、京大教授の藤井聡氏は、小泉氏が総裁になれば、日本は立ち直れぬ程のダメージを被ると明言した。筆者は安倍元首相が高市早苗氏を強く推薦されていたことの一点をもって、高市氏に一票を投じる」 

 

筆者が何故高市氏を押すのか、その理由は次の3点である。 

 

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第一に安倍晋三元首相が強く推薦されていたことで、これが最大の理由である。この点、加藤勝信財務相が小泉氏の選対本部長に就任し周囲を驚かせたが、加藤氏の義姉にあたる加藤康子元内閣官房参与は、FBに「勝信さんが小泉陣営を応援すると聞いて、驚きました」と書き込み、「生前、安倍晋三先生に高市応援を頼まれ、勝弘さんにも頼んでいた」と振り返った。結局、安倍元首相に可愛がられた加藤氏は裏切ったことになってしまったが、筆者は安倍元首相への信義を守り「高市早苗」と投票用紙に書く所存である。 

 

第二は、高市氏にははっきりした政治理念と国家観、歴史観、そしてパッション(愛国的熱情)があり、他候補にはそれが見られない(稀薄)ことである。それは次の基本的な政治理念に端的に現れており、9月19日の記者会見でも述べた。 

 

――国の究極の使命は、「国民の生命と財産を守り抜くこと」(国民)、「領土・領海・領空・資源を守り抜くこと」(国土)、「国家の主権と名誉を守り抜くこと」(主権)だと考えます(高市早苗著『美しく、強く、成長する国へ』P28) 。その使命を果たすためには、総合的な国力の強化が必要です。それは、「外交力」「防衛力」「経済力」「技術力」「情報力」「人材力」です―― 

 

高市氏が最も尊敬し目標ともしているイギリスのサッチャーは、生家が代々熱心なメソジストのキリスト者で、サッチャーの政治信条の根底にはキリスト教信仰があったという(冨田浩司著『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(新潮選書)。またドイツのメルケルも、父親がルター派福音教会の牧師であり、著書『私の信仰-キリスト者として行動する』という本を出している。 また総じてアメリカの歴代大統領は、演説にはしばしば聖書を引用し、キリスト教的政治理念と選民的国家観を持つ。歴代アメリカ大統領は就任式で聖書に手を置いて宣誓し、政策の根本に聖書的世界観、歴史観を有する。しかし悲しいかな日本政治家には政策の根本となる(宗教)理念がなく、ましてやキリスト教には距離がある。 

 

だが高市氏は、キリスト教的な一神教ではないものの、政治理念と国家観・歴史観を有する数少ない政治家の一人である。従って、政策にぶれがなく、一貫性があり明確である。高市氏の国家観・歴史観は、キリスト教や仏教といった特定の宗教や思想から来ているというより、「自然・先祖・天皇を大切にし、日本の伝統・文化を尊重する」といった、いわゆる「日本教」(日本的霊性)を拠り所とする政治家だと思われる。 

 

高市氏は著書『美しく、強く、成長する国へ』の中で日本人が大切にしてきた価値とは何かについて、「ご先祖様に感謝し、礼節と公益を守り、しっかり学び、勤勉に働くこと、そして困っている方が居られたら、皆で助けること」(P11)と述べ、こういった価値観が、日本が世界に称賛されてきた源泉だったと語っている。これらの価値観はまさに日本教、即ち日本的霊性そのものと言え、筆者はこの日本的霊性を「真の神への途中神」(養育係)と位置付けた。 (参考 「 日本的霊性とは何か」→  https://x.gd/68kFU )。 

 

即ち、高市氏の国家観・歴史観の淵源は日本教(日本的霊性)にあり、彼女が帰依する多神教的な日本教に、サッチャーが信じる神、唯一の神の観念がはいれば鬼に金棒になる。 このような高市氏の首相誕生は、日本に思わぬ運勢をもたらし、何かが大きく変わるのではないかとの予感がする。 

 

第三は、UCへの間違った偏見がないことである。テレビでも「旧統一教会を反社会的団体と決めつけるのはいかがなものか。そもそも反社会団体の定義が曖昧である」とコメントし、UC関連のメディアにも出たことがある。 

 

以上、筆者が「何故高市早苗を押すか」の理由を述べた。無論、高市氏の政策、即ち、「経済強靭化の諸政策(経済安全保障・食料安全保障・エネルギー・資源安全保障・国土強靭化)」、「危機管理投資・成長投資」、「サイバーセキュリティ対策の強化・セキュリティクリアランス導入」、「毅然とした外交安全保障政策」、「憲法改正」、「男系皇統の死守」、「夫婦別姓反対」など、まさに日本の保守主義の本流を行く政策に共感することは言うまでもない。 

 

高市氏は22日の自民党所見発表会で、男系皇統を守るための皇室典範の改正、自衛隊を憲法上位置付けるための憲法改正、日本経済の強靭化の3本柱を明言し、坂本竜馬の言葉「日本を今一度せんたくいたし申候」を引用して演説を締めくくった。日本初の女性総理、即ち和製サッチャーへの期待は大きい。 

 

ちなみに高須クリニックの高須幹弥医師は、「高市早苗が総理大臣になるべき理由」として、a.国家観、思想信条がはっきりし、政策にぶれがないこと。b.憲法改正を明言し、村山談話、河野談話を否定していること、c.積極財政、成長投資を明確化していることの3点を挙げ、高市氏の記者会見を見て涙が流れたと告白した。 

 

高市氏は、神戸大学経営学部・松下政経塾卒、衆議院当選10回、自民党政調会長、総務大臣、経済安全保障担当大臣といった燦然たる経歴の反面、女性としての悲哀も体験してきた。彼女は、婦人科の治療を受けてから子供を産めない体になり、子供を切望したにも係わらず、子を産めなかった悲しみをネットで吐露している。少子化対策の政策を行っている時、「自ら子供を産んでから言って欲しい」などと心ないことを言われ、辛い心情を通過した。 

 

<保守とは何か> 

 

岸田・石破左傾政権の体たらくで、岩盤保守からそっぽを向かれた自民党の唯一の再建策は、しっかりした保守理念を取り戻せるリーダーを立てることであり、5人の候補者で真に「保守」と呼べるのは高市氏しかいない。 男系皇室と日本の伝統文化を守護し、夫婦別姓に反対して日本の家族制度を守り、憲法を改正して安全保障を確かにすること、移民政策や太陽光バネルの見直して経済強靭化を実現すること、これらは急務であり、これこそが日本の保守の政策と言える。 

 

では保守とは何か、これが問題になる。 

 

保守主義とは、フランス革命を批判したイギリスの政治思想家エドマンド・バークが源流だと言われている。革命などの過去との断絶を伴う急進的な改革に対し、その社会で伝統的に累積された社会的・政治的・宗教的な価値を大切にしなければならないとする立場であり、その理念的背景には、近代の啓蒙主義や合理主義の行き過ぎに対する懐疑(批判)がある。 人間は罪深く不完全な具体的存在であるとの人間観、そのために歴史的な伝統から謙虚に学び、これを尊重することが必要だという。しかしバークは、「保守するとは、古いものをそのまま維持することではない。保守するためには変わらなければならない」と主張した(宇野重規著『保守主義とは何か』中央新書P53) 。 

 

即ち、保守とは守るべき価値を知るものであり、守りながら改革し、改革しながら守るという思想である。ひらたく言えば保守主義とは、伝統の中で、いいものは断固として守り、時代遅れのものは毅然として改革するという、むしろ「革新的な政治思想」だと筆者は理解している。従って、「自由・人権・民主・法の支配・市場経済」といった自由主義世界の「普遍的価値」を保守する(守る)ためには、絶えず変わ(自己変革)らなければならないのである。 

 

そしてこの保守思想は、国家だけでなく、あらゆる組織、とりわけ宗教団体にも適用されるものであり、筆者はUCにおける時代遅れの制度や習慣、社会的に違和感のある運営の在り方に対して、いくつかの改革案を提言してきたが、それは真に守りたいUCの伝統的価値、即ちキリストと福音を保守せんがためのものである。 

 

<保守論客の小泉評>

 

さて小泉進次郎氏についての保守論客のコメントは手厳しい。前述の高須幹弥医師は、「小泉進次郎氏が総理大臣になってはいけない理由」として次のように述べた。 

 

小泉氏は人柄がよくマスコミ受けもよいが、左傾化したマスコミに人気がある政治家は得てして国益を損ねるポピュリズムや親中派が多く、むしろ叩かれている政治家の方が国益に資する傾向があるという。そして小泉氏からしっかりした国家観や歴史観を聞いたことがなく、何を考えているか分からず、改憲や安全保障についても具体性がない。つまり政治理念や政治信条が欠落しているのではないかと高須氏は指摘した。 

 

また小泉氏にはマクロ経済の理解がないので、財務省の言いなりになって、結局緊縮財政に陥ってしまうと懸念した。エネルギー政策や移民政策も危うく、そもそも小泉氏には政策能力が不足しているという。即ち前回の総裁選挙で政策音痴で「頭の中が空っぽ」であることがはっきりし、とても国益を背負ってトランプや習近平と渡り合えないとした。 

 

また、日本保守党の北村晴男議員や島田洋一議員は、小泉氏を総理にしてはいけない理由として、a.財務省の言いなること、b.左翼オールドメディアに迎合すること、c .中身がなくパフォーマンス優先であることを指摘し、小泉氏では日本を危うくするとした。更に作家の門田隆将氏は「岸田・石破路線の継続を宣言した小泉進次郎氏を阻止しなければならない」とし、藤井聡氏は「小泉氏は反財務省の国民世論に正面から喧嘩を売り緊縮財政推進を言外に宣言した」と警戒心を露にし、総じて保守論客は小泉氏に手厳しい。 

 

筆者は、小泉氏の人柄の良さや人間性は評価するが、生き馬の目を抜く政治を取り仕切るには、色々な面で経験不足(若すぎる)であると思料する。安倍元首相が第一次安倍政権で挫折を味わったが、その後、5年間研鑽して見事に立ち直ったように、小泉氏も今から10年研鑽を積んでも遅くはない。父親の純一郎氏も「50才になって考えるべし」と意味深な忠告をしている通りである。 

 

【巷の喧騒から超然と】 

 

さて、内外情勢は刻々と動き、流転変化する。前記にみた自民党総裁選挙は、まさに諸行無常の世界である。平家物語の冒頭に、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし」との有名な一節がある。この一節ほど日本人の無常観を端的に表した言葉はない。ちなみに「諸行無常」「盛者必衰」とは仏教の思想で、どんなに栄華を極めた権力者にも必ず終わりがくるという、まさにこの世の無常を説く、日本人が馴染んでいる「滅びの美学」である。 (但し、この滅びの美学から程遠かったのは石破茂氏であった)

 

しかし「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、神の言葉はとこしえに変ることはない」(イザヤ40.8)とのイザヤの言葉に象徴されるように、世の中がどのように変転しようとも、真理は不変であり、変化する時局の背後に厳然たる神の摂理がある。人類歴史は神の救援歴史であり、歴史の主人公は政治家ではなく神である。この視点にこそ、世の学者・評論家・政治家にはない宗教家ならではの時局観、内外情勢観、歴史観、そして処方箋がある。 

 

<歴史の背後にある神の摂理>

 

ところで筆者は、現下の劣化した自民党総裁選挙の顛末を観察しながら、またUCバッシングに余念のないオールドメディアの横暴に直面して、平家物語に見る「無常観」を感ぜざるを得ない。しかし聖書に親しみ、原理観を有する私たちは、変転する内外情勢の背後に、神の不変の真理、確かな神の救いの足跡(摂理)を感じることができる。人類歴史は、神が堕落した人間を(創世記3章)、創造本然の人間に復帰(救済)するための「復帰摂理歴史」である(原理講論P141)。それが時局であれ、社会問題であれ、戦争であれ、はたまたUCバッシングであれ、現下に展開されている全ての人間社会の出来事の背後には、目に見えない神の摂理があるというのである。 

 

つまり、変転極まりない栄枯盛衰の中にあっても、その根底に厳然たる神の復帰摂理がある。旧制一高校歌に、「榮華の巷(ちまた)低く見て」との一節がある。まさにこの如く、私たちは時局に対して超然とありたいと思う。従って、世の出来事は、この究極的な復帰摂理の立場から観察していかなければならないのであって、現下に起こっている事象に右顧左眄してはならない。 

 

<神の超越性>

 

聖書に「山々が生まれる前から、大地が、人の世が、生み出される前から、世々とこしえに、あなたは神」(詩篇90.1~2)とあり、 「わたしの計りごとは必ず成り、わが目的をことごとくなし遂げる」(イザヤ46.10)とある。 

 

即ち、天地を創造された唯一の神は、永遠から永遠にいます万能の神であり、世の変転にも係わらず、なお超然と存在し摂理される神である。「主よ、あなたこそ、永遠に高くいます方」(詩篇92.9)とあるように、神はすべての国を超えて高くいまし、この神に並ぶものはない。この神にこそ真の救いがあり、この神に依り頼む時にこそ真の平安がある。 そして神の計りごと、即ち神の復帰(救援)摂理は必ず成る。世界は平家物語に見られる如く「諸行無常」であるが、神の言葉はとこしえに変ることはない。故に私たちは、移り変わる時局や内外情勢に右顧左眄(うこさべん)することなく、変わらない神の言葉、厳然と歴史を貫く神の摂理に想いを馳せ、巷の喧騒から超然と歩もうではないか。(了) 

                                 

    牧師・宣教師   吉田宏

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​新生聖書勉強会

​ユニバーサル福音教会牧師
​家庭連合ポーランド宣教師
   吉田 宏

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