神の計りごとは必ず成る どん底からの生還
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🔷徒然日誌(令和8年5月27日) 神の計りごとは必ず成るーどん底からの生還
わたしの計りごとは必ず成り、 わが目的をことごとくなし遂げる(イザヤ46.10)
プロローグー絶望の司法
この5月21日、筆者は福本総合法律事務所を訪問し、福本修也、山地博貴、両弁護士とUCの解散問題など色々意見を交換し、UC再建策について前向きの話しが出来た。両弁護士は解散問題裁判のUC側代理人を務め、共に東大法学部卒の秀才である。
福本氏は東京高裁の解散決定(3月4日)に対して、「解散命令決定の欠陥ー絶望の司法」と題して総括し、「具体的な不法行為事実の特定を欠いたまま、抽象的な推測のみで不法行為認定を行うという証拠裁判主義に反する重大な欠陥を、さらに深化・拡大させたもの」と批判し、高裁の決定には、他に憲法違反、国際法違反などの重大な法律上の問題もあると指摘した。(参照-絶望の司法→ https://x.gd/yaQIE )
また、5月21日、特別抗告審が係属する最高裁判所第3小法廷の沖野眞已裁判官について、忌避の申立てを行った。沖野裁判官は、令和6年7月6日に開催された「第34回日弁連夏期消費者セミナー『霊感商法等の実態を知り、救済と予防を考える』」と題するセミナーに基調講演者の1人として出席し、随所に抗告人に対する否定的見解を述べた。即ち、特別抗告を担当する第三小法廷の判事が、反UCのセミナーの講師を務め、UCを敵視する全国弁連の弁護士に同調して、「教義を広めること自体が違法だ」といった酷い主張していたのである。
沖野裁判官のUCに対する認識・見解は、明らかに敵対的・否定的であり、同裁判官を本件特別抗告事件の審理に加えることは「裁判の公正を妨げる」可能性があると言わざるを得ず(非訟事件手続法12条1項違反)、同裁判官に対する忌避申立てを行ったのである。なお、非訟事件手続法12条1項には「裁判官について裁判の公正を妨げる事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる」とある。(参照→ https://fukumoto-law.com/news?id=19 )
ちなみに筆者から沖野裁判官を評すれば、彼女は無神論者と思わざるを得ず、まさにこれが日本の裁判所の実体である。奇しくも、門田隆将氏は、『裁判官が日本を滅ぼす』(新潮文庫)の中で、日本司法の官僚化を強く批判し、本来「国民のための司法」であるはずが、真実や正義よりも前例主義、無難な判断、出世優先などによって法廷が曲げられていると警鐘を鳴らしている。
【神の約束の成就】
こうして今や、最高裁の死刑判決を待つ死刑囚の如く、まさにどん底にあるUCであるが、「神は絶望の果てに姿を現す」という言葉に象徴されるように、聖書は深い苦難と窮地の死地、即ち人間の力が尽きた時、神が現れると語っている。かの涙の預言者エレミヤは、「死んで生きる、砕かれて新しくされる、裁きの後に救いが来る」という思想を有し、「一度滅びよ、そうして初めて再生できる」と叫んだが、これは聖書全体に流れるテーマでもある、
まさにイエス・キリストの十字架はその証左であり、究極の絶望の中に救済(復活)が現れた。そして文鮮明先生の死地「興南監獄」からの奇跡的な生還(解放1950年10月14日)もまた然りである。
<わたしの計りごとは必ず成る>

そして神は、「わたしが計ることは必ず成り、 わたしが定めることは必ず実現する」(イザヤ14.24)と語られ、また「わたしの計りごとは必ず成り、 わが目的をことごとくなし遂げる」(イザヤ46.10)と宣言されている。即ち、神の復帰摂理は不変かつ絶対であり、神の救済計画は最終的に必ず完成するというのである。預言者エレミヤも、「大いなる神、力ある神、その御名は万軍の主。その謀(はかりごと)は偉大であり、御業は力強い」(エレミヤ32.19)と語っている。
イスラエルの歴史的文脈で言えば、国の滅亡、神殿の破壊、バビロン捕囚という苦難の中で、神はイスラエルの解放をペルシャ王キュロスを用いて成し遂げられた。つまり、イスラエルは滅びたように見えても「神の約束は果たされる」という希望があり、後に、メシア思想、終末思想、神の国思想へ大きく発展する。
そしてイスラエルの神は、「初めから終わりを告げ、 まだ成らないことを昔から告げる」(イザヤ46.10)とある通り、その究極形として、イエス・キリスト が語った「神の国」 の実現を果たされる方である。つまり、神の支配による愛、正義、平和は必ず完成する。
しかし、歴史は神の国へ向かう過程であり、いまだその途上にある。だが紆余曲折はあっても、全知全能の神の救済計画は、 人間の失敗や歴史の混乱によって 、決して阻まれることはなく、神は最終的目的を実現される。結局、それが時局であれ、社会問題であれ、戦争であれ、はたまたUCバッシングであれ、現下に展開されている人間社会の出来事の背後には、目に見えない神の摂理があるというのである。変転極まりない栄枯盛衰の中にあっても、その根底に厳然たる神の復帰摂理がある。(参照-背後にある神の救済摂理→ https://x.gd/9UXB3 )
即ち、「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(伝道の書3.11)とある如く、一見すると不条理や困難に思える出来事であっても、すべて神の最善のタイミングとご計画(計りごと)の中に組み込まれているというのである。人間には理解できない試練や受難があっても、それらにはすべて意味があり、最終的には最善へと導かれる。故にパウロは「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい」 (ロマ書11.33)と慨嘆した。
ヘブル書に、「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」(ヘブル11.1)とあるが、筆者は見えざる神の計りごとが必ず成ることを固く信じるものである。
<メシア宣言とみ旨の完成>

奇しくも1992年8月24日、文鮮明先生は、韓国のソウルで開催された第1回「世界文化体育大典」の合同晩餐会にて、「私と妻は、人類の真の父母、救世主、再臨主、メシアであります」と公式かつ公的に宣言された。またアメリカの議会でも同様に宣言された。まさにイエス様でさえ出来なかった「メシヤ宣言」を果たされたのである。(『異邦人の体験的神学思想』P493)
そして「この終わりのときに、天地の秘密、神様が隠していた秘密、サタンが隠していた秘密、歴史的秘密、哲学者達の秘密の全てを解決しました」(天聖経第八篇第四章P924)と語られ、次のように聖書解明の事実を述べられた。
「数多の哲学者や宗教家はあれど、誰一人として秘められた神の心情と聖書の真義(奥義)について知る者はなく、霊的には暗闇に覆われているかのようでした。盲目にして無知なる人間の行為の記録ともいうべき人類の歴史の背後に、一つの公式とパターンのあることを悟り、歴史の秘密の全てを解明してその法則と原理を見出したのです」(『御旨と世界』創立以前の内的教会史P593~596)
そして、「聖書は神の創造理想、堕落、復帰の道が隠された秘密の啓示書」と定義され、次のように語られた。
「旧約の律法の核心内容を明確に教えてくださった方がイエス様であり、先生の教えを通して、新旧約聖書全体に貫き流れる神様の救援摂理に関する天の秘密が、明確に現れているのです。聖書は神の創造理想、堕落、復帰の道が隠された秘密の啓示書です。先生が明らかにした原理は、各種の経書で疑問視されていることに対するすべての答えが、明快に表されています」(平和経・神様のみ旨から見た環太平洋時代の史観1P1590)
このようにして文先生は、聖書の奥義を解明され、最終的宗教真理を発表され、自らその真理の如く生きられたのである。そして2012年9月3日午前1時54分に帰天(死去)される20日前の8月13日、「最終的な復帰摂理を完成、完結、完了し、全てを成し遂げました」と最後の宣布と祈りを捧げられた。こうしてサタンを屈服され、摂理を完成された再臨のメシアの勝利によって、神の復帰摂理は、ある一定の期間を経て、必ず成就されるのである。然り!、アーメン。
【ファミリー集会(礼拝)に参加して】
さて筆者は5月24日、最寄りの集会所で開かれた青葉台家庭教会のファミリー集会(礼拝)に参加した。高裁の解放決定を受けて清算人が入り、礼拝堂など教会施設が使えなくなって初めての全体集会だった。300名を越える懐かしい信徒の集まりは、「信徒の交わり」の意義と価値を再確認する時間となった。
そして教会長の20分ほどのよく整理された講話があった。教会長曰く、「これからは特に家庭教会と次世代(二世圏)教育に力を入れたい」と。然り、筆者もまた、二世圏の育成は大賛成であり、足りないながら尽力したいと思っている。
ところで筆者は、令和8年4月1日の徒然日誌で、「かけがえのない二つの宝」と題して、特に信徒の交わりの重要性について述べた。かけがえのない二つの財産とは「神の言葉」と「信徒の交わり」であり、教会施設を失った今、特に信徒の交わりは死活的に大事である。(参照-かけがえのない二つの宝→ https://x.gd/vpuez )
即ち、神と神の言葉とキリストを共有するUC信徒の交わりは、人生のかけがえのない宝である。そして5月24日の集会に集った信徒は、この教会の大試練の中にあっても、底抜けに明るく、今さらに信仰の素晴らしさを知ることになった。
以上、「神の計りごとは必ず成るーどん底からの生還」と題して、神のみ旨成就の絶対性と確実性について論考し、神は絶望の果てに姿を現されることを共有した。然り、神はこう言われる、「わたしの計りごとは必ず成り、 わが目的をことごとくなし遂げる」と! (了)
牧師・宣教師 吉田宏



