主よ、我が神よ! あなたを「アバ、父母よ」と呼びかけたい。
🔷徒然日誌(令和8年9月16日) 主よ、我が神よ! あなたを「アバ、父母よ」と呼びかけたい。
アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください(マルコ14.36)

プロローグ 神を知ることは知識のはじめ
筆者は拙著を贈呈する際、「神を知ることは知識の初め」と揮毫することにしている。これは箴言1章7節の「主を恐れることは知識の初め」を再解釈したものであるが、人生のあらゆる知識の中で、神についての知識が最も大切だという自戒を込めた意味がある。
また、「主を恐れることは知恵のもとである、聖なる者を知ることは、悟りである」(箴言9.10)とあるように、神を知ることは知恵の源泉であり、悟りだという。私たちは神を知識としてだけでなく知恵として、そして神との人格的な交わりの中で、心情的に知らなければならない。
では、何故神を知らなければならないのか。それは人間が堕落して、生命の根源なる神と断絶したからである。堕落とは神と離れたことであり、救い(復帰)とは神との関係を回復することに他ならない。
【神を知るとはー神は私たちの父母】
箴言の「主を恐れる」とは、神を怖がることではなく、神を正しく知り、神を神として受け入れることに他ならず、従って「神を知る」とは、単に知的に知るだけでなく、生きた神を体験し、神との正しい関係に入り、永遠の命に至るという意味でもある。故にイエスは、「永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。」(ヨハネ17.3)と言われた。
内村鑑三にとってキリスト教は、単に「キリスト教について知識を得ること」ではなく、「神との直接的な交わり」の中で、神を知ること、神と交わること、神との関係で 生きることだった。彼は、教会制度そのものより、「父なる神との直接的な人格的交わり」を欲した。内村にとって、神を知るとは「神について知ること」ではなく、「神ご自身を知ること」、即ち、神についての知識(knowledge about God)ではなく、神を知る知識(knowledge of God)であった。
世界には情報が溢れ、自然科学、歴史、哲学、文学、政治、経済など山なす知識が氾濫しているが、神を知ることこそ、最大、最高の知識であり知恵であるというのである。文鮮明先生(以下、「創始者」と呼ぶ)は、「哲学の終着点は神様を発見することである」(『天聖経』 光言社 p52)と言われた。
故に西欧の大学は、パリ大学にせよ、ソルボンヌ大学、オックスフォードクス大学、ケンブリッジ大学、ハーバード大学にせよ、最初に設けられたのは神学部だった。とりわけパリ大学では神学部が大学の中心的、最高位の学部であり、まさに「神学は学問の女王(the queen of the sciences)」だったのである。
創始者は、神は知る前に「感じるもの」であると言われ、神は宇宙の第一原因であるが、「天地万物に遍在し、また私の心の根、良心の根にいましたまう」(『天聖経』p.35)と語られた。
そして、「神様は真理の本体、善の本体、愛の本体、生命の本体であり、人間の父であると同時に母であり、核心は父母である」(『天聖経』p.38)と明言され、更に、「地上に、一人の父と一人の母が現れなければなりません。『子羊の婚宴』とは、この地上に人類が失ってしまった本然の私たちの家を、初めて建設する瞬間です。」(『天聖経』p.113)とも言われた。
ちなみにイスラエルでは、申命記の「シェマ・イスラエル」(聞け、イスラエルよ)の呼びかけが有名であり、「この言葉を心に留め、子らに教え、手につけてしるしとし、家の入口の柱と門とに書きしるせ」(申命記6.6~9)とある。イスラエルでは毎日、朝と夕方の祈りの中心として、次のように唱えてきた。
「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。」(申命記6.4~5)
【神と人間の関係ーアバ、父よ】

神は天地を創造された全知全能の方であり、存在の第一原因として、歴史と宇宙を支配され、唯一、絶対、永遠、不変という四大属性(『天聖経』p48)を有しておられる。しかし同時に、知情意の主体として真美善、及び生命の本体であり、「心を開いて呼びかけ、呼びかけられる愛と心情の方」でもある。アウグスチヌスは神について、著書『告白』の中で次のように表現している。
「主よ、あなたは至高、至善、いとも力あり、いとも全能なる方、きわめてあわれみ深くましましながらきわめて義しく(ただしく)、深くかくれてましましながらもっともあらわに、いとも美しくましましながらきわめて強く、恒常にましましながらとらえがたく、不変にましましながら万物を変え、けっして古くも新しくもましまさずに万物をあらたにし、たかぶる者を知らぬまに古くしたもう。」(『告白』中央文庫 p.11~12)
<神と人間の歴史的変遷>
さて、神と人間の関係は歴史的に変遷してきた。旧約前時代の神と人間の関係は「主人と僕の僕」の関係であり、旧約聖書時代は「主人と僕」、新約聖書時代は「親と養子」、現代の成約時代は「父母と子」というのが原理観である。
即ち、旧約前時代は動物や地の産物を供え物として神とつながり(僕の僕)、旧約時代は神の言葉(律法)を通して神を知り(僕)、新約時代はキリストの福音をもって神と対話したのである(養子)。そして成約時代は真の父母により、祝福を通じて原罪を清算し、人間が神の「直系の実子(親と子)」の関係に復帰する時代である。
原理講論には、み言による摂理から見た復帰摂理時代区分として、①アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、堕落人間が供え物による蕩減条件を立てた「み言の基台摂理時代」、②アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言(十戒)によって成長する「蘇生旧約時代」、③イエスから再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言(福音)によって導かれる「長成新約時代」、④イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言(原理)によって完成する時代であるので、この時代を「完成成約時代」という、とある。(復帰原理緒論)

この点創始者は、「神様は堕落した人間を、僕の僕の立場から始めて、僕、養子の立場を経て、子女の立場、そして父母の立場まで引っ張り上げるみ業をしてこられた。」(『天聖経』p.122)と言われた。 また、「旧約時代までは万物を犠牲にし、新約時代は息子を犠牲にし、成約時代は父母を犠牲にする」(『天聖経』p.137)とも言われ、そして、「希望を象徴した時代は旧約時代であり、信仰を象徴した時代は新約時代であり、愛を象徴する時代が成約時代である。」(『天聖経』p.125)と言われた。
更に、「歴史始まって以来、今まで、『人類歴史は復帰歴史である』ということを知った人はいませんでした。歴史の背後関係を『復帰』という概念で定義を下したというのは、統一教会が歴史に残した大きな功績です。」(『天聖経』p.124)と語られた。
なるほど、人類歴史が(蕩減)復帰歴史であることは、原理を聞いて当たり前のように思っていた筆者だったが、この事実がかってない画期的、革命的な天地開闢以来の真理だったのである。改めて原理の偉大さを知らされ、一度しかない人生において、このような真理に出会えたことに無上の幸運を禁じ得ない。
だが確かに旧約時代は、「わたしはあなたのしもべです」(詩篇119.125)とある通り、神は人間の主人(アドナイ)であった。しかし一方では、神は、「イスラエルはわたしの子、わたしの長子である」(出エジプト4.22)と言われ、「わたしはイスラエルの幼い時、これを愛した」(ホセア11.1)とあるように、親が子を愛するような表現があり、旧約の中にもすでに、主人としての神と、父としての神という二つの側面がある。
また聖書には、神の父性だけでなく、神の母性的ともいえる言葉もある。例えばイザヤ書には、「母がその子を慰めるように、わたしもあなたがたを慰める」(イザヤ66.13)とあり、イエス自身も、「めんどりが翼の下にそのひなを集めるように」(マタイ23.37)という非常に母性的な比喩を用いている。故に神には父性的側面だけでなく、母性的側面もあると言える。
そして成約思想では、この問題を、天の父母という形で明確化した。つまり、父なる神だけではなく、父母なる神という理解であり、これはキリスト教の伝統的な「父なる神」という理解より、さらに踏み込んだ神理解と言える。そして、神と人間の関係は、「天の父母 と実子」という関係になり、ここに、主人と僕、父と養子、父母と実子という体系が完成する。このように、神と人間の距離は、歴史が進むに従って、より近く、より親しくなってきたのである。
創始者は、「神と人間は親子であり、真の愛は最短距離、直短距離を通る」(『天聖経』p.34)と言われた。垂直に降りる神の愛(縦の軸)と、地上で水平に出会う男性と女性(横の軸)が90度に交わる中心点において、真の愛が爆発し、家庭や理想世界が完成すると説かれた。直短距離とは、神と人間の間に自己中心的な欲望や悪の介入する隙間が一切ない、最も純粋で直結した状態を表している。
ただ、正統派のキリスト教(カトリック、プロテスタント、正教会など)の一部においては、「新約」が最終かつ完全な契約、即ちイエス・キリストの十字架と復活によってもたらされた新約の「新しい契約」が神と人類との最終的な契約であると考えている。
<アバ、父よ!、アバ、父母よ!>
イエス様は、神を「アバ、父よ」(マルコ136)と呼び、アウグスティヌスは、著書『告白』の中で、神に向かって「あなた(Tu)」と呼びかけた。そして内村鑑三も、「神よ、あなた」という人格的な生命関係の中で神を捉えている。神は「神学的に説明される対象」である前に、「私が呼びかけることのできる御方」であり、まさに神と人が親子であることの証左である。
ちなみに「アバ(Abba)」とはアラム語で、信頼と親しみを込めて父に呼びかける言葉であり、「アバ、父よ」とは神に対して子どもが親しみを込めて「お父さん」「パパ」と呼ぶような、深い信頼と愛の関係を表す言葉である。しかし「アバ」は単なる形式的な「父」ではなく、また「パパ」という幼児語と単純に同一視することはできないが、非常に親密で人格的な神への呼びかけである。
イエスが、「アバ、父よ、どうか、この杯をわたしから取りのけてください」(マルコ14.36)と祈り、パウロは、「あなたがたは子たる身分を授ける霊を受けたので、わたしたちは『アバ、父よ』と呼ぶのである」(ロマ8.15)といい、「神は、『アバ、父よ』と呼ぶ御子の霊を送って下さった。従って、あなたがたはもはや僕ではなく、子である。」(ガラテヤ4.6~7)と語っている。

またアウグスチヌスは著書『告白』の中で、 「あなたは私たちを、ご自分にむけてお造りになりました。ですから私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることはできないのです。」(『告白』p.6)と、神を「あなた」と呼びかけている。彼は「あなた」に向かって、まるで少年のように率直に問を発し、告白し、話しかけている。文字通り『告白』は、他ならぬ神と顔と顔を合わせて(出エジプト33.11)、赤裸々に自らの罪を告白し、神(あなた)に向けて語ったものである。
ちなみにアウグスチヌスの『告白』は、42才~43歳ごろに書き始めた作品である。アウグスチヌスは、354年に誕生、386年(32才)にミラノで回心、387年(33才)にアンブロシウスから洗礼、391年 (37才)に司祭に叙階、395~396年(42才前後)でヒッポの司教となり、397年(42~43才)で『告白』を書き始めた。そして397~400年ごろ全13巻が完成し、430年、76歳で死去した。
アウグスチヌスは若き時代の放蕩にも関わらず、異教からの改宗者ではなく、母モニカの胎からのキリスト者であったと言われる(『告白』中央文庫 p112)。だが19才から28才までマニ教に帰依し、また情欲に溺れたが、遂に敬虔な母モニカの祈りの中で(胎の中で)、キリスト教に改宗した。まさに彼はモニカの「涙の子」であった。(参照-アウグスチヌスの世界→ https://x.gd/fs06w )
そして創始者は、「神秘的な祈りの境地、霊的体験圏に入って、『神様!』と呼べば、内から、『なせ呼ぶのか。ここにいる、ここだ』と答えられるでしょう」(『天聖経』光言社 p.29)と言われ、「生活感情で、私たちが、神様の感情と共感した感情を、いかに感じるかが問題で、一人『お父様!』と呼び求めれば、『どうした』と答えが返ってくる」(『天聖経』p.58)と語られた。
筆者は22才の時、本心に内在する神との強烈な出会いがあり、今日まで神に導かれたという実感はあるものの、神を心底、父(父母)として慕い、子が親を慕うような、顔と顔を合わせるような「親しさ」にあるかどうかが問われている。ヨハネが「神によって生れた」(ヨハネ1.13)といい、パウロが「キリストが我が内に生きる」(ガラテヤ2.20)といい、イエスが「アバ父よ」といわれたような「近さ」があるかどうかが、今問われている。
筆者もまた、イエスのように、神を「アバ」と呼び、アウグスチヌスのように「あなた」と呼びかけ、創始者のように「神様!」と叫びたいと切に思う。執行草舟流に言えば、筆者は今、神を「アバ」と呼び、「あなた」と呼びたいという強い「憧れ」を感じている。
以上、「主よ、神よ! あなたを『アバ、父母よ』と呼びかけたい」と題して、神と自分の関係を再考察した。神を知り、神と出会い、神と共に生きることほどの喜びや平安は他にはなく、人は神と出会っただけでも、その人生は成功である。だが今、その神は自分に取って「誰か」が問われている。筆者は、かのアウグスチヌスが神を「あなた」と呼び、「ご覧下さい、神よ」と告白し、「主よ、我が神よ」と呼びかけたように、生活感情の中で今、「あなた」と呼びかけたいと切望している。(了)
牧師・宣教師. 吉田宏記



