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令和7年を振り返って - 高市早苗首相の誕生の歴史的意義、地裁の解散決定の霊的意味

  • 1月3日
  • 読了時間: 13分

○徒然日誌(令和7年12月31日)  令和7年を振り返ってー高市早苗首相の誕生の歴史的意義、地裁の解散決定の霊的意味

 

あなたがたは、以前の生活に属する、滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、 神にかたどって造られた新しき人を着るべきである(エペソ4.22~24)

 

プロローグ

 

今日は大晦日、本年最後の徒然日誌になる。この日、一年の締めくくりに本年を総括して、内外共に新しい歳を迎える準備をしたいと思う。聖書に「古き人を脱ぎ捨て、新しき人を着るべきである」(エペソ4.22~24)とあるように、深い内的、実存的洞察の中から、新しい霊的自我が与えられるからである。パウロが「外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」(2コリント4.16)と言っている通りである。

 

ところで、2026年は十干十二支(じっかんじゅうにし)で言えば60年に一度巡ってくる「丙午」(ひのえうま)の歳である。「丙」は火(太陽的性質)、「午」は夏の盛りや馬を指し、どちらも「火」の象徴であり、火の性質を二重に持つことから「情熱的でパワフル」な年や人を指す。ちなみに十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類からなり、十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類からなっており、これらを合わせて干支と呼ぶ。


 

日本では「八百屋お七の放火」など、江戸時代の迷信から「丙午に生まれた女性は火のように気性が荒く夫を不幸にする」という不吉なジンクスが広まり、前回の1966年(昭和41年)の丙午では出生数が25%も減少したという。だが現代では科学的根拠のない迷信と捉えられ、「不吉」と考える人はほとんどいない。むしろ良い方にあやかって、何事も意欲的に挑戦する「情熱のと飛躍の歳」にしたいものである。

 

さて「チャットGPT」に今年の世界10大ニュースを聞いてみた。

 

それによると、① トランプ米大統領再就任と世界政治への影響、② ウクライナ、ガザ紛争の継続、③ 教皇フランシスの死去とレオ14世新教皇選出、④異常気象・自然災害多発、⑤ 大阪・関西万博開催、⑥初の日本女性首相誕生、⑦米騒動・生活物価関連ニュース、⑧ 参院選での政局変化、⑨ 東京世界陸上・国際大会開催、⑩LoL世界大会などスポーツ/文化話題、の10項目だった。

 

しかし筆者にとって重大事件は、①トランプ大統領の就任(1月20日)、②高市早苗首相の誕生(10月21日)、③東京地裁によるUC解散命令決定(3月25日)であった。この3つの大事件の内、「高市政権誕生の歴史的意義」と「解散決定の霊的意味」について、以下、論考する。

 

【高市早苗首相誕生の歴史的意味】

 

11月5日(日本時間6日)、共和党のドナルド・トランプは民主党のカマラ・ハリスを下して圧勝し、2025年1月20日、第47代アメリカ大統領に就任した。トランプは大統領宣誓式において、リンカーンが就任式に使った聖書と、母親から譲り受けた聖書を置き、宣誓式を行った。トランプは元々プロテスタント長老派のクリスチャンで(今は無教派クリスチャン)、「自由・人権は神からの贈り物」という言葉をよく使い、聖書が座右の書であるという。ビリー・グラハムの葬儀では故人を称え、「アメリカは祈りによって支えられている国」と述べた。まさにトランプは親宗教的であり、宗教の自由の守護者である。 



 さて2025年10月21日、日本初の女性宰相高市早苗首相が誕生した。トランプ大統領は高市首相を安倍元首相の後継者と考えており、また2人の相性もよく、日本の平和と安全にとって願ってもない展開である。高市首相が誕生して、それまでの日本のよどんだ空気が一変してすっきりし、誰もが新しい時代の幕開けを感じたものである。菅、岸田、石破と続いた理念なきリベラル政権が、いかに日本を弱体化し、いかに日本の民度を引き下げてきたかを目の当たりにした。今や日本は新たな時代に向けて大きく歩みを始めたのである。

 

では私たちは、何故高市首相を支持するべきなのだろうか。第一に、高市首相こそ安倍元首相の正統な相続人であること、第二は、高市首相にははっきりした政治理念と哲学があること、第三には、UCに対して偏見がないこと、この3つである。そして高市首相誕生に関連するキーワードは「神の見えざる手」である。筆者は10月8日、次のように「X」に投稿した。 

 

「総裁選でハッキリしたのはオールドメディアの終焉である。小泉氏を有利に煽った旧メディアは惨敗した。もう一つが安倍元首相の復活である。高市氏の勝利でアベイズムは復活する。この勝利はまさに神の御手の介入だった」 

 

つまり、自民党総裁選挙ではっきりしたことは、一つは「オールドメディアの終焉」である。兵庫県知事選挙でもそうだったが、今回小泉氏を持ち上げ、小泉氏の勝利を煽ったオールドメディアは惨敗し、SNSが完勝した。そしてもう一つが「安倍元首相の復活」である。安倍氏が強く推薦していた高市氏が勝利することによって、アベイズムは力強く復活するだろう。その意味で、オールドメディアを初め誰もが予想しなかったこの総裁選挙の奇跡的勝利は、神の見えざる手の介入があったと筆者は感じている。 

 

また10月10日、26年続いた自民党と公明党の連立が解消するという驚くべき事件が起きた。公明党の斉藤鉄夫代表は自民党の高市早苗総裁と会談し、連立を離脱する方針を一方的に伝えたのである。10月15日、筆者は次の通り「X」にポストした。 

 

「自公の離婚は一利あって百害無し。これは善悪分立の神の摂理、見えざる神の手の介入である。離婚により、自民は真性な保守政党として再生し、公明は健全野党に復帰できる機会になる。今回の離婚は自公双方にとって益になる」 

 

聖書に「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」(ルカ5.36)とあるが、岸田、石破政権ですっかり地に落ちてしまった古い自民党は、分別され新しい自民党となって、高市早苗という新しい血(精神)を受けなければならない。あるいは新しい血によって古い自民党は清められなければならない。この高市首相の誕生を誰よりも祝福されているのは、まさに安倍元首相であるだろう。こうして安倍元首相は高市総理に再臨復活したのである。 

 

それが証拠に、高市政権誕生以来、70%を越える高い支持率を維持し、12月20日に実施した産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で、内閣支持率は75・9%と、政権発足以来の高水準を維持した。特に若年層では90%を越えるという奇跡的な支持率を弾き出した。数量政策学者の高橋洋一氏は、高市政権が、高市首相、片山さつき財務相、小野田紀美経済安保担当相の3女性が軸となっていることから、米アクションドラマ・映画「チャーリーズ・エンジェル」にたとえて「高市早苗版チャールズ・エンジェル」と評した。確かに高市首相は何かを持っている。

 

ただ、安倍元首相と高市首相は、基本的政策の類似性は強いが、違いもある。安倍政治は調整型リアリズムで根回しや均衡を意識したが、高市政治は理念型リアリズムで正面突破型と言える。だがイギリスのマーガレット・サッチャー(1925年~2013年)を自らの政治の師匠として最も尊敬しているという高市首相は、サッチャーがイギリス病を治癒して国家を甦らせたように、間違いなく日本病を患う日本を再生させるだろう。

 

【解散決定の霊的意味】

 

ところで、3月25日、東京地裁(鈴木謙也裁判長)がUCに解散決定の判断を下した。

 

この決定は、国家権力とオールドメディアと左翼の全国弁連が三位一体となってでっち上げた裁判であり、裁判所はこれらの目に見えない力に忖度した「解散ありき」の決定を下した。これは、専門家、保守論客などから強く指摘されている事実であり、このことは地裁の推測や憶測で事実認定した決定文を見れば明らかである。 

 

 <地裁の決定の検証>

 

即ち、解散決定を出した鈴木裁判長のロジックは「相当に根深い」「相当程度存在することが想定される」「問題が残存しているのが合理的」と憶測と想像を連発し、しかも「見えない被害」「隠れた被害」を推測、想像で事実認定する、法律家の風上にも置けない前代未聞の判定であった。(参照→ https://x.gd/PEFnQ )

 

この現象を神の摂理の視点から捉えれば、今回の解散決定は神による試練であり、また「分別の一石」であると言えなくもない。神は熱くもなく冷たくもない、生ぬるい日本の精神的風土に、UCを祭物にして善悪分立の一石を投じられた。かっては左翼対保守という構図だったが、日本はこれを起点に、新たに無神論対有神論に二分される。現にこの裁判を巡り賛否両論が沸騰し、国論は二つに分かれる趨勢にある。言葉を変えて言えば、まさにオールドメディアとSNSの戦いであり、これは兵庫県知事選挙を見るまでもなく、有神論のSNSが勝つことは神の摂理である。神は無神論を許される神ではない。 

 

フランスの国際人権弁護士パトリシア・デュバル氏は、「この決断には勝者はおらず、敗者のみであり、主な敗者は日本である」と述べたが、然りである。 

 

3月25日、田中富弘会長は教団本部で記者会見し、「解散すべき理由を見いだせない決定は明らかに不当。国家による宗教迫害であり、宗教全体の危機だ」と訴えた。拉致監禁などで棄教を強制された元信者の主張をうのみにした決定は「到底受け入れられない」と強調し、「今後は抗告審において最大限の力を尽くし、決定を見直してもらえるよう取り組みたい」と述べた。 

 

また3月27日、外国特派員協会での記者会見で、「政府が主張する法人解散の理由は受け入れがたいものであることを、さまざまな観点から主張し、証明してきた。しかし、私たちの主張が受け入れられなかったことは極めて遺憾」と述べた。さらに、「家庭連合は今まで1件の刑事事件も起こしておらず、解散の根拠はない。また、解散の理由として挙げられた民事裁判の判決は、平均して32年前の案件で、これらの判決に基づく損害賠償はすでに全額支払われ、すべての事件は解決済みある」と主張した。 

 

更に田中会長は、「岸田文雄首相が教団を標的にした」と非難し、「岸田首相は家庭連合および旧統一教会に対して、政府機関を組織的かつ計画的に動員し、私的な政治目的のために攻撃を仕掛けた」と述べた。 

 

中山達樹弁護士は、地裁の決定文の中で、拉致監禁問題には一切触れず、陳述書捏造問題にも一切触れず、国際法違反にも一切触れず、教団改革の成果にも一切触れていないことを問題視し、「先ず結論ありき」の裁判を批判した。特に2009年のコンプライアンス宣言後、いわゆる被害は激減しており、2016年3月から9年間、一件の訴訟もなく、教団改革の成果が顕著に表れていることも黙殺されたとした。 

 

<試練の霊的意味>

 

筆者は3月26日、Xに投稿し「 東京地裁は統一を解散させる決定をした。中山達樹弁護士は、地裁の決定の中で、拉致監禁問題、陳述書捏造問題、国際法違反、教団改革の成果に一切触れていないことを問題視した。 しかし、信仰は弾圧されるほど燃え上がる。これからが本番で、統一の真価が発揮されるだろう」と述べ、「UCを巡る社会現象は、とどのつまりは、有神論と無神論の葛藤ではあるまいか、言い替えれば、キリストか反キリストかの争いに見える」と述べ、「献金をUCは私腹のために使ったことは1ドルもない。すべては神と平和のためだった」と主張した。そして、「解散決定は神の分別の一石であり、これを起点に日本は無神論(人間主義)と有神論(神主義)に二分される」とも述べた。 

 

つまり、このUC解散問題を起点に、SNSやマスメディアで賛否両論の議論が沸騰し、より本質的なもの、即ち、UCの教義(原理)や教祖に目が向けられ、注目される傾向にある。政治の世界に「悪名は無名に勝る」という言葉があるが、教義や教祖が議論され、万民に知られるのは好ましい。この際、「原理とは何か」「教祖とは誰か」という本質的問題を大いに論議して欲しい。つまり、逆説的な意味で、原理と教祖を証すよい機会である。 

 

まさに50万人足らずの統一の群れに、日本は振り回され、世界も注目している。筆者はここに「神の見えざる手」を見る。世界中で、原理の研究、教祖の研究が本格的に始まることを念願している。

 

即ち、この解散命令という過酷な試練の本質は3つに集約出来る。

 

第一に、前記したように、この試練は原理と教祖を証すよい機会である。UCを擁護する論客が増え、次第に、UCの教義である「原理とは何か」、更に教祖である「文鮮明とは誰か」、といったより本質的な問題に世論の関心が向かう趨勢にある。つまり結果的に、多額の広告料無しで、UCの教義と教祖を論議の俎上に乗せて宣伝する機会になっている。つまり、「原理研究会」と「文鮮明研究会」の復活である。

 

チャットGPTに「文鮮明研究の時が来るか」を聞いたところ、「文鮮明という人物を通して20世紀後半〜21世紀の宗教・政治・家族・国家の結節点を冷静に分析する時代に入ったという意味であれば、極めて妥当です」との答えが帰ってきた。

 

第二に、この試練は福音(原理)のよい宣教の機会になる。今、「信教の自由と人権を守る会」が各地で結成され集会やデモが行われている。この法廷外闘争は、まさしく「形を変えた福音(原理)の宣教」に他ならない。私たちは、この活動を通して、広く国民全体を伝道できるのである。こうして神は、かくも素晴らしい宣教のチャンスを与えたもうた。 

 

そして第三に、この試練は、教団と信徒のよい「新生」の機会である。かのイスラエルが、国と神殿を破壊され、全てを失ったバビロン捕囚から解放され、民族も個人も生み変えられて復活した歴史を目撃した。イスラエルは新生し、メシアを迎える民族に変貌したのである。(参照→ https://x.gd/1Elml )

 

このイスラエルの再建は、これからのUCとその信徒の「予型」(雛型)であり、今回のUCの試練は、まさに「令和のバビロン捕囚」であり、この艱難はUCとその信徒が「新生する契機」になる。私たちは、この未曾有の試練を克服して生まれ変わり、まさにメシアを迎える新生した教団、復活した信徒に脱皮できるのである。そしてまた、日本が生み変えられる機会でもある。

 

以上、UCとその信徒が直面している大試練の本質的、宗教的意味、即ち霊的意味について考察した。この試練は、原理と教祖が証される機会であり、原理が宣教されるチャンスであり、教団が生まれ変わる契機であり、またそうありたいと切に祈る。筆者はこのように今回の出来事を解釈した。(参照→  https://x.gd/d7W1d )

 

神・神の言葉・キリスト(福音の賜物)は人生最大の財産であり、私たちは、法人格の有る無しに係わらず、この福音の賜物と信徒のコミュニティ(信徒の交わり)を人類の宝として死守しなければならない。天聖経には次のようにある。

 

「神様はために生き、また、ために生きながら、打たれて奪ってくる作戦を取る一方、サタンは自分中心の立場で、先に打って賠償までしなければならない道を歩んできたのです。神様の作戦は、打たれて奪ってくる作戦であり、サタンは打って滅びていくのです。このように、善の側は打たれ、迫害され、犠牲を払いながら発展していきますが、サタンはその反対です」(天聖経P126)

 

【丙午の歳への抱負】

 

さて激動の令和7年も終わった。令和8年は丙午の歳であり、より激動の歳になるかも知れない。そしてUCの運命が決まる歳でもある。筆者は新年を迎えるにあたり、幾つかの聖書の言葉を想起した。

 

詩篇90章はかくいう。

 

「山々が生まれる前から、大地が、人の世が、生み出される前から、世々とこしえに、あなたは神」(詩篇90.1~2)

 

神は宇宙が創造される前から神であり、この神の主権の絶対性は、如何なることがあっても揺るがない。生前、文鮮明先生は、「創造の前に、先に神様がいらっしゃいました」(天聖経P44)と言われ、夜の神様と昼の神様という新しい神の概念を語られた。「夜の神様とは創造以前の神様であり、昼の神様とは創造以降の神様である」という。即ち神は創造以前も以後も神であり、その超越と主権は絶対である。私たちは、人事を尽くした上で、天地を創造し歴史を司られる万能の神にすべてを委ねたい。

 

そして筆者は令和8年の内的抱負を次のように定めた。

 

「あなたがたは、以前の生活に属する、古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、 神にかたどって造られた新しき人を着るべきである」(エペソ4.22~24)

 

パウロは、「外なる人は滅びても、内なる人は日はごとに新しくされていく」(2コリント4.16)と言い、イエスは、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」(マタイ9.17)と言われた。然り、新しい歳には新しい自分を入れたいものである。そして筆者は12月28日、「X」に次のように投稿した。

 

「最近、一連の統一叩きに、冤罪、生け贄、殉教者という単語が頭をかすめる。ステパノは最初の殉教者だが『主よ、この罪を彼らに負わせ給うこと勿れ』」(使徒7.60)と祈って死んだ。だが僕は「紀藤、エイト、有田に神の裁きを」と祈る。新年は丙午(ひのえうま)の歳。吉か凶か、いずれにせよすべてを神に委ねたい」    (了)

 

                           牧師・宣教師  吉田宏

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