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執行草舟の思想とキリスト教の接点 - 聖書的視点から見た絶体負の思想

  • 15 時間前
  • 読了時間: 14分

○徒然日誌(令和8年4月8日)  執行草舟の思想とキリスト教の接点ー聖書的視点から見た絶体負の思想

 

キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それは、わたしがキリストを得るためである(ピリピ3.8)

 

プロローグ

 

4月3日の午後、図らずも筆者は、著述家・宗教思想家であり実業家である執行草舟氏と半蔵門の会社でお会いする機会を得た。70分ほど忌憚なく話したが、大いに盛り上がり、まるで旧知の間柄のような親近感を覚えたのである。ある聖書仲間曰く、「二人はよく似ていますね。まるで霊的な兄弟のよう」と。

 

執行氏は膨大な古今東西の古典を読破し、何度も死を体験し、『葉隠』と『聖書』を座右の書にする稀有な人物である。筆者が「何故執行氏に関心を持ったか」、そもそも「執行草舟とは何者か」については、2月18日の徒然日誌で書き記しているので、これを参照して欲しい(何度も死を体験した人間の死生観→ https://x.gd/oDJTX )。

 

そこで今回は、「執行草舟の思想とキリスト教の接点」、「聖書的視点から見た絶体負の思想」という二つのテーマから執行氏の本質に迫ることにする。執行氏の思想の淵源には『葉隠』の他に『聖書』があるからである。ただ、執行氏は葉隠との相性がよく、葉隠に強い親近感を持っているようである。

 

【執行草舟の思想とキリスト教の接点】

 

当日冒頭、筆者を案内して下さったスタッフの方から、「社長(執行氏)の両親は二人ともキリスト教徒でしたよ」との話を聞いた。母千鶴子さんが、組織(帰属)や制度としての信仰ではなかったかも知れないが、このスタッフの一言で、筆者が執行氏について抱いていた大きな疑問、「何故執行氏は聖書とキリスト教に親和性があるのか」が氷解したのである。

 

特に執行氏の著書には、母親との深い愛情の絆が綴られており、幼少期の死に至る病も、「母の生命への信仰、母の信念が不可能を可能にした」とあり、「(インタビューを受けて)今私が話し続けていることによって、おふくろの霊魂が喜んでいるように感ずるのです」(『おゝ ポポイ!』PHP44ページ)と告白している。

 

かって筆者は徒然日誌の中で、幼少期に母親に溺愛された自らの原体験を振り返りながら、幼少期に両親、特に母親の愛情をたっぷり受けた人は「決して人を裏切らず、神を見失うことはない」と書いたが、これはキリスト教のみならず、神社や仏閣など、神や宇宙が大好きだった執行氏にそっくり当てはまる。心なしか筆者は、執行氏の母親に、かの聖アウグスティヌスを回心に導いた母モニカの涙の祈りを想起した。

 

ところで筆者は、今回の執行氏との会話の中で、執行氏と自分が、ほぼ同じ世界観・人生観・死生観を共有しているが、一つだけ違う点があると述べた。即ち、「執行社長が『日本教キリスト派』であるのに対して、私は『キリスト教日本派』である」と述べ、また、「執行社長が『葉隠』を主、『聖書』を従としていると思われるが、私は『聖書』を主とし、『葉隠』を従と考えている」と述べたのである。しかし執行氏は、「日本教キリスト派」も「キリスト教日本派」も自分の認識では同じであるとし、また、「葉隠」を主と考えたのは、「葉隠との出会いが早く(7才)、そのインパクトが大きかったからだと思う」との認識を述べられた。なるほどその通り、これで府に落ちた。

 

<キリスト教との接点ーミッションスクール立教>

 

さて執行氏は、聖公会系の立教で小学から大学まで一貫教育を受けており、聖公会で洗礼と堅信礼を受けている。何故立教を選んだか、それはひとえに両親の影響があると筆者は想像している。ちなみに立教大学は、1874年に米国聖公会の宣教師チャニング・ウィリアムズ主教が築地に設立した私塾「立教学校」を起源とする聖公会系キリスト教に基づくミッションスクールである。

 

実は筆者は立教大学の第5代・6代・7代の総長を務めた松下正寿先生(1901年~1986年)と知遇を得、何度もお会いしてキリスト教の真髄、特に「贖罪論」をご教示頂いた。松下氏は祖父が聖公会の牧師であり、三代続くキリスト教徒であったので、牧師になることが運命付けられており、キリスト教的な罪意識は小さい時から叩き込まれた。キリスト教教理の根幹である「贖罪論」は、何冊もの神学書を読み漁って研究したという。自らの罪意識について松下正寿著『文鮮明- 人と思想』(善本社)に次の通りある。 

 

「私は三代目のクリスチャンで牧師の家で育ったから、キリスト教的罪の意識を持っていた。私は罪の意識が強烈であったから、罪に悩み、神に祈って罪を懺悔し、罪の赦しをこうた。同じ罪を何度も犯し、その都度罪の意識で悩まされ、苦しみ、そしてまた同じ罪を犯した」(本書P53)

 

ちなみにこの「同じ罪」とは、相手のない性行為、つまり自慰行為のことである。だがある医者が、松下氏が悩んでいる罪はむしろノーマルな行為で、罪ではないという話を聞かせてくれ、かえってそれで罪の意識から解放されると共に、その悪癖からも解放されたという。逆に本書には、東京神学大学学長を経験し、有能な牧師であった高倉徳太郎が、その厳格な贖罪思想ゆえに、女性信者勝俣好子との恋愛(不倫)を苦にして、48才で自殺した顛末が書かれている。文字通り、高倉徳太郎の忍ぶ恋であった。(参照→ https://x.gd/gvNoC )

 

ところで執行氏は、立教小学初代校長有賀千代吉氏から人生がひっくり返るような多大な影響を受けたという。有賀校長は、立教のモットーが聖アウグスティヌスの著書『神の国』の思想を集約した「神と国とのために」(プロ・デオ・エト・パトリア)であり、「この言葉の意味を考え続けなさい」と言われ、またイエス様の教えの中で、「好きになった言葉を一つだけ身に付けなさい」との宿題をもらったという。執行氏は、「その日から有賀先生と約束したイエスの教えを一つ選ぶために聖書も読み、キリストの言葉を吟味・研究する人生が始まりました」(『おゝ ポポイ!』P44)と記している。

 

果たして執行氏は、有賀校長との「好きな言葉」(回心聖句)の約束は果たせたのだろうか。執行氏は、「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」(ルカ10.42)や、「この世には、もっと大事なものがある」(クオバディス)を座右の銘とし、葉隠の思想をこのキリストの言葉が支えていたという。また執行氏は、「わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ」(ルカ12.49)、「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである」(マタイ10.34)との聖句を好んで使う。

 

無論、このイエスの言葉は文字通り世の中の分裂や争いを支持しているのではなく、善悪の分別を迫っている言葉である。執行氏は、熱くもなく冷たくもない、日本の甘いヒューマニズムやポピュリズムに汚染された民主主義に警鐘を鳴らし、魂のために垂直的思考が必要であることを説いているのである。(『超葉隠論』P141、P235)

 

ちなみにアウグスティヌスの回心聖句は、「そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか」(ロマ書13.13)であり、内村鑑三はシーリー学長の、「内を省みる事を止めて、罪を贖ひ給ひし十字架のキリストを仰ぎみよ」(1886年3月7日、シーリー学長)という言葉で贖罪思想に目覚めて回心した。(参照-内村鑑三の世界(1) → https://x.gd/qGkEA )

 

ところで筆者の回心聖句は、「キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それは、わたしがキリストを得るためである」(ピリピ3.8)である。これは金の先物取引に失敗して、すべてを失ったどん底で聞いた神の言葉だった。神は、「神の言葉こそ唯一最大の財産である」ことを教えんがために、あえて筆者をどん底に追いやられたのである。以後、「聖書の研究をもって天職とす」との人生が始まった。(参照『異邦人の体験的神学思想』P18~P19)

 

こうして執行氏は、葉隠と共に、聖書・キリスト教と切っても切れない人生を運命付けられていたのである。だが執行氏のキリスト教は、狭い制度的な枠にははまらないおおらかさがあり、これは前述した松下正寿先生と相似的であり、何よりも日本的キリスト教を目指した内村鑑三の無教会主義に近いと、筆者はお見受けした。確かに既成のキリスト教は、少なからず課題を抱えている。

 

ちなみに執行氏は、中学生の頃から『内村鑑三全集』(教文館)を読破し、特に妻の死前後、岩波書店が刊行した編年体の『内村鑑三全集』は、絶体負の精神を確立する決め手になったという。(『おゝ ポポイ!』P446)

 

内村鑑三は処女作『基督信徒のなぐさめ』の中で、「不敬事件」により国から捨てられ、さらに重病、愛妻の死、失業、極貧、基督教会からの排斥という6重苦に襲われたと記している。即ち、本書は、耐え難い苦難に遭遇した内村が、如何なる内的変革、信仰的回心によって逆境から自己の再生を計ったかを綴った書であり、葉隠精神に通じる人生の良き羅針盤になる。

 

また執行氏は、プロテスタンティズムの根本思想を著したカルヴァンの『キリスト教綱要』も読みこなしている。執行氏は、「プロテスタンティズムの根本思想を著したのが『キリスト教綱要』で、武士道の根本思想を著したのが『葉隠』。『葉隠』をすごく神学的、哲学的にすると『キリスト教要綱』になる」(『おゝ ポポイ!』P260)と記している。つまり、葉隠とキリスト教は大変親和性があるというのである。

 

<執行氏の宗教観>

 

ところで執行氏は、30過ぎまで、何度も大病や大怪我や不思議な霊的体験をしており、これらの死線を越えた体験が、執行氏の死生観や宗教観、そして絶体負の思想に色濃く反映されていると思われる。

 

即ち、①母の愛に触れた3才の時の大やけど、②葉隠に出会った小学前の死に至る大病(膿胸の石化現象)、③整体師野口晴哉に救われた小学3年・大学2年の重篤な薬の副作用、④野口晴哉に助けられた小学5年の脳が割れる大怪我、などの災難を被った。また加えて、①3歳から14才までかぐや姫類似の夢を毎週見て、荒涼たる悲哀感に遭遇した不思議な体験、②城ヶ島での切腹未遂(28才)で太陽と一体となった霊的体験、③1年間目黒不動明王に日参し、満願日に黒い塊(不動明王)が口にはいる霊的体験、といった尋常ならざる霊的体験をしてる。(以上、『おゝ ポポイ!』より)

 

つまり執行氏は若くして何度も死に、幾たびも常識では説明のつかない事柄に遭遇したのである。これを聖書的に解釈すれば、「神が執行氏に特別の使命を担わせんがために、試練を与えたもうた」ということになる。モーセにせよヨブにせよ内村鑑三にせよ、神はその人を用いんとする時、先ず試練を与えられるからである。筆者は執行氏の数多くの含蓄ある言葉の中で、「不幸でいい。不幸を厭うな。人生は懊悩でいい」という言葉をいたく気に入っている。ここには死ぬほどの苦しみを味わい、死線を越えた者だけが持つ、深い人生の根源を感じさせるものがある。そして葉隠は、不幸の哲学を極限まで突き詰めたものである。

 

さて執行氏は、「子供の頃から、あらゆる神や仏、宇宙や生命の神秘が大好きで、神、つまり宇宙の根源と対面している実感があったという。「神を感じる場所は全部好きだった」と述懐し、また「キリスト教が大好きで、洗礼も受けた。だが神社仏閣も大好きで、先祖参りを大事にしている」と語り、このことに何の違和感もなく、まさに山本七平のいう日本教の信者、鈴木大拙が唱えた日本的霊性の体現者と言えなくもない。そういう筆者も、12月25日のクリスマスにはキリストの誕生を祝い、大晦日には除夜の鐘を聞いて仏教的無常観に浸り、正月には神道の歳神様をお迎えすることに何の違和感もない。だがこれらは、ユダヤ・キリスト教が禁じる「偶像崇拝」には当たらないと筆者は考えている。

 

ちなみに日本的霊性とは鈴木大拙が初めて使った言葉で、筆者はこれを、「自然を崇め、先祖を尊び、和と共生を重んじ、清浄を好む精神性」と一応定義している。また山本七平は、日本的霊性を、日本人の内に無意識に染み込んでいる宗教、即ち「日本教」と名付けた。山本七平は、「日本人の内に無意識に染み込んでいる日本教という宗教が存在し、それは血肉となっていて日本人自身も自覚しないほどになっている。キリスト教徒も仏教徒も、実は『日本教キリスト派』『日本教仏教派』である、つまり、現住所はキリスト教、仏教でも、本籍は日本教である」と指摘した。

 

即ち執行氏がいう宇宙根源の神とは、特定の宗教や宗派の神ではなく、人間をはるかに超越した普遍的、根本的存在のことで、被造物を支えている根源的エネルギーでもある。分子生物学者の村上和雄氏(筑波大学名誉教授)が提唱した「サムシング・グレート」と同視できる概念で、仏教では如来、天理教では親神様、ユダヤ教ではヤハウェ、キリスト教ではゴッド(天の父)、UC(旧統一教会)では天の父母と呼んでいる。

 

天理教の信者でもある村上和雄氏は、人間の持つ60兆個の細胞の核の中の一つ一つに30億の遺伝子情報があり、2000憶分の1gの極小の中に百科事典3200冊分の情報が書き込まれていると指摘し、一体この遺伝子情報を誰が書き込んだのか、村上氏はこれを「サムシング・グレート」と呼んだ。「極大から極小まで、世界が驚くべき精巧さと美しさを持ち、且つ生体の動きが柔軟なのは、背後にそれらの設計者が存在する、即ち聖なる偉大な存在が目的を持って世界を作ったからであり、単なる偶然とは思えない」と村上氏は明言した。(参照-先端先端科学における生命の神秘→ https://x.gd/m30lK )

 

【聖書的視点から見た絶体負の思想】

 

さて、執行氏が主張する「絶体負の思想」とは何であろうか。執行氏はこの絶体負の概念は常に躍動してやまない生命(エネルギー)であるゆえに、決して定義できないものであるという。だが、あえて筆者はこれを定義付けたいと思う。何故なら、この絶体負の思想こそ執行氏の一丁目一番地であるからである。

 

執行氏はあの城ヶ島での切腹未遂で「永遠との邂逅」を遂げることになるが、以後、絶体負を探求してきたという。

 

執行氏によれば、絶体負とは「生命の根源となっている計測不能の宇宙エネルギーであり、宇宙の活動を支えている暗黒の存在エネルギーの総称である」という。即ち、「絶体負は、正に負けた負ではなく、負であること、そのものに絶体的価値を有する負である。宇宙の根源力であり、そこから生まれた生命を支える根源的な力ともなっている」とし、「つまり、生命エネルギーの総称であり、物質を生み出す根元ともなっている」とした。

 

そして、「この絶体負の精神作用がすべての宗教を生み出したと言ってもいい。愛や義や信、友情や献身というものを生み出す根源がこの絶体負というエネルギーです」という。(以上、『おおポポイ』P433~434)

 

つまりこの執行氏がいう「絶体負」とは、平たく言えば天地を創造した創造主(サムシンググレート)、即ちキリスト教でいう「神」に他ならない。何故なら聖書でいう神は目に見えない宇宙万物の創造主であり(創世記1.1)、生命の根源者、宇宙の活動を支えている存在エネルギー、愛・義・信の人格的エネルギー(力)であるからである。

 

神は愛するもの(人間を含む被造物)のために、自らの身を削ってすべてを投入されたのであり、この「神の愛の犠牲」こそ宇宙創造の原理である。そして、この宇宙創造の原理は絶体的な不動の価値であり、愛するもののために生命を捨てる思想はここにその源流がある。

 

つまり、絶体負とは聖書でいう神ないし神の業を、哲学的・思想的・美的に表現したもので、思想的な特徴としては、徹頭徹尾、負は正に転じ、正は負に転じるという「逆説的思想」に貫かれている。然り、筆者は絶体負をこのように解釈した。

 

執行氏の「絶対負の思想」は、悲しみ、苦しみ、犠牲、死といった人間にとっての「負」の要素を、生きるエネルギーの根源(生命エネルギー)と捉え、運命を愛し、最後まで生き切るという死生観であり、それは到達不能な無限の「憧れ」に向かって生きることでもある。

 

「憧れ」とは、到達できないと知りながら、それでもなお強く惹かれてやまないもので、執行氏は著書『憧れの思想』(PHP)の序文で、「人間は憧れのゆえに生き、憧れのゆえに死する存在なのだ。憧れは燃えさかる悲しみである。私は憧れだけによって生きてきた」と記している。 

 

そして、「原始キリスト教は殉教の考えが強く、教義のために命を捨てることを厭わない。そのことがキリスト教を歴史的で世界的な宗教に育て上げた。信仰のゆえに死後に与えられる『永遠の生』は『憧れ』の宗教的解釈である」(『憧れの思想』P28)という。また「武士道とは死と義への憧れの思想であり、それに向かって生き、それゆえに死する存在である」とも述べた。まさに武士道は究極の滅びの美学と言えなくもない。執行氏は武士道の根幹をなす葉隠の思想を要約すれば、「死に狂い」、「忍ぶ恋」、「未完」、であるという。

 

以上が筆者が理解した絶体負の思想の意味であるが、異論・反論は歓迎したい。

 

以上、「執行草舟の思想とキリスト教の接点ー聖書から見た絶体負の思想」とのテーマで、執行氏の思想を概観した。西郷隆盛が、「命もいらず、地位も名誉も金もいらず」と言ったように、現世的な欲望に一切関心がないという執行氏が、何故死ぬほど読書にひたり、古典をむさぶり読むのか、それはひとえに、真理とは何か、宇宙とは何か、生命とは何かといった本源的なものを知りたいという欲求であるという。まさに「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」(論語里仁篇)の世界である。

 

それにしても、このような驚くべき人物がこの世に存在していたことを、つい数ヶ月前まで知らなかった筆者が口惜しい。帰り際に、「吉田さんのキャラクターならYouTubeをやれは成功すると思うので、是非やればいい」と、YouTuberの大御所執行氏から勧められ、恐縮した次第である。逆に筆者は、執行氏が、著述家・宗教思想家・美術品収集家、そして事業家という肩書の他に、「牧師」の肩書を持てば鬼に金棒だと心底思うので、その事をお伝えした。

 

筆者は今、神の導きによって、会うべき人に会えたという喜びと共に、執行氏の本や生き様を通して、苦悩、慟哭、悲哀、涙といった自らの負の運命をも受け入れる覚悟を得ることができた。今後、更なる親交に導かれんことを祈念して、この拙文を閉じる。今後、機会があれば、腸内細菌の活性化を核とした事業家執行草舟を論じて見たい。(了)

 

牧師・宣教師 吉田宏

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​新生聖書勉強会

​ユニバーサル福音教会牧師
​家庭連合ポーランド宣教師
   吉田 宏

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