新年に思う - 人生の最大の財産
- matsuura-t

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○徒然日誌(令和8年1月7日) 新年に思うー人生の最大の財産
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、そして葬られたこと、三日目によみがえったこと、 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。 そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。 そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである(1コリント15.3~8)
プロローグ
情熱と飛躍の丙午(ひのえうま)の歳、2026年がスタートした。新年に一句
午(うま)歳に飛躍したいと願をかけ
だが世界は緊張が続く。2022年2月24日、プーチン一人の野望で始まったロシア・ウクライナ戦争は今年2月で丸4年になるが、未だ終結の展望はなく、双方の犠牲者は日々増加している。またハマス・イスラエル紛争も完全停戦まで道半ばであり、未だ火種はくすぶっている。アジアでは中国の台湾進攻がとりざたされ、台湾有事の緊張の中にある。新年早々、米軍がベネズエラを攻撃し、反米左派で麻薬に手を染めたニコラス・マドゥロ大統領を拘束した。
一方日本は高市新政権が発足し、しっかりした国家観と歴史観を有する「理念と哲学がある政治」が戻ってきた。高市首相は年頭所感で、「強い経済を作るとともに、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を実現する」とし、そのために責任ある積極財政に基づき、強い経済、強い外交・安全保障の実現を目指すとした。
また、ASEAN関連首脳会議、AZEC(エ―ゼック)首脳会合、日米首脳会談、APEC首脳会議、G20、「中央アジア+日本」対話・首脳会合等、数々の機会を通じ、国際社会の中で日本のプレゼンスを高めるための外交にも積極的に取り組んできたとし、「日本列島を、強く豊かに」していくことを誓った。本年の通常国会は、1月23日〜6月21日(案)の会期150日間となり、総予算案・重要法案の審議が行われ、激しい論戦が展開される。
さてそのような中、韓国の左翼メディア「ハンギョレ新聞」が、韓国UCの家宅捜査で押収された文書をリークした(12月28日)。徳野英治UC元会長が韓鶴子総裁に報告した文書に、日本政界とUCが密接に関係していた事実があると報道され、それを日本の左翼や紀藤らアンチUCがSNSで鬼の首を取ったように拡散した。即ち、「衆院選で自民議員290人を応援した、高市早苗首相の名前も32回登場した、山上は元UCの信者」などのリーク情報である。
左翼や反対派が、UCを反日カルトと喧伝し、その反社会的団体とズブズブの自民党や高市首相は大問題だとして貶めたい構図は、かって安倍元首相が、ありもしない「モリカケ問題」などで執拗に追及されたあの構図と瓜二つである。ここで明言しておくが、UCは反日でもカルトでも反社会団体でもあり得ない。(参照「UC教義に反日思想はない」→ https://x.gd/xbb3j )
そもそも宗教教団が政治(家)に関与し、その政策を実現するために努力するのは当然の権利で、創価学会は公明党を、立正佼成会は立憲民主党を支援している。いつの間にか、宗教教団が政治家と懇意になるのが悪という構図が作られたが、教団が政治家と一体となって政策実現に尽力するのは当然の理であり、それがいけないというなら、アメリカのロビー活動はみな悪となる。
アメリカのロビー活動(Lobbying)とは、企業や団体が自らの利益のために、政治家や政府関係者に働きかけ、政策決定や法案作成に影響を与えようとする合法的な活動であり、ロビイストと呼ばれる専門家が、議員への政策提言、メディアを通じた世論形成、法案の起草支援などを行っている。
そして宗教が政治に関与するのは政教分離違反でも何でもない。政教分離とは、国家が特定の宗教を優遇したり、不利益を与えることを禁じるもので(国家の中立性)、信仰の自由を守るための制度的保証である。従って、宗教教団や信徒が特定の政党や政治家を支援することを妨げるものではない。筆者は12月31日、次の通り「X」に投稿した。
「ハンギョレ新聞は韓国の左翼新聞。フェイクや煽りが多々ある。宗教教団が自らの理念を実現するために政治家に接触するのは当然の権利なのに、こと統一のこととなると問題視する。創価学会は公明を、立正佼成会は立憲を支援しているのに。高市さんらとの接触はワン・オブ・ゼムに過ぎず、むしろ教団が政治家とタイアップするのは権利である」
【新年に思う】
さて筆者は新年に遠藤周作著『キリストの誕生』(新潮文庫)を読み、ペテロやヤコブやパウロら「原始キリスト教会」(30年頃〜70年頃)時代の弟子たちが発した深刻な問について省察した。即ち、イエスは何故悲惨な死を遂げたのか、神はなぜ沈黙しているのか、キリストは何故再臨しないのか、弱虫だった弟子たちが何故死をも恐れぬ信仰者になったのか、ナザレの大工の息子イエスが何故神になったのか、といった問である。なお「初期キリスト教会」とは原始キリスト教会後の70年頃〜313年(または325年)の制度化されてきた時代をいう。
そして1月4日(日)、筆者は知人3人と鎌倉を訪問した。先ずカトリックの「雪の下教会」の新年ミサに与り、その後、鶴岡八幡宮に参詣した。
<新年ミサ「主の公現」>
雪の下教会のミサ(礼拝)には、昨年11月9日にも同参したが、その時のミサのテーマは「ラテラノ教会の献堂」であった。
ラテラノ教会とは、正式にはサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂と呼ばれ、ローマ教皇(教皇座)の本来の司教座聖堂である。サン・ピエトロ大聖堂を「カトリックの総本山」と思いがちだが、教会法的・歴史的に最上位にあるのはラテラノ教会であるという。313年のミラノ勅令によりローマの禁教令が解かれたあと、324年、ローマ教皇が司教を務める「ローマ司教座教会」としてシルヴェストロ1世教皇によって献堂され、「ローマと全世界のすべての教会の母」と呼ばれている。ローマ市内(ラテラノ地区)にあり、11月9日はその献堂記念日に当たり、この日のミサはいわば献堂記念礼拝であった。
そして今回1月4日のミサのテーマは「主の公現」で、新年を祝うミサでもあった。
主の公現(しゅのこうげん)とは、神の子イエス・キリストが人々の前に公に姿を現したことを記念するキリスト教の祝日で(1月6日)、特に東方の三博士(異邦人)が幼子イエスを拝み、贈り物(黄金・乳香・没薬)を献げた出来事に象徴され、キリストを通して神の栄光がすべての人々に示されたことを祝う日である。これは、イエスがユダヤ人だけでなく、異邦人(すべての人々)のための救い主でもあることを意味する。
先ず、「起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから」で始まるイザヤ書60章1節から6節までが朗読された。イザヤ書の第三の部分(56章~66章)は、バビロンから解放され、帰国した民に向かって預言したもので「第三イザヤ」と呼ばれる。
次にマタイ書2章1節から12節が朗読され、「ユダの地、ベツレヘムよ、おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう」(ミカ書2.2)の預言が成就したという。
「彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた」(マタイ2.9~11)
カトリックでは、イエスのことを「あなたと共に神であり、世々とこしえに生き、治められる御子、主イエス・キリスト」と称え、「イエスは神」との信仰を告白する。神であるイエス・キリストへの限りない賛美、これがミサの核心である。ミサは終始、天上の神とキリストを頌栄する霊的感性の響きがあり、伝統と儀式の中に神の恩寵が働くとのアウグスチヌスの「客観的恩寵論」を想起した。そしてミサを司式する司祭(神父)の短い説教が「主の公現」を要約した。
筆者はこのミサの中で、成約時代の世界的な「主の公現」とは何かに想いを馳せ、1992年8月24日 第1回「世界文化体育大典」合同晩餐会(韓国)でのメシア宣言を想起した。即ち文鮮明先生は「私(文鮮明師)と妻の韓鶴子女史は、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシアであると宣布します」と公に宣言されたのである。まさにこの日こそ文字通り再臨時代の「主の公現」に他ならない。文先生は、イエス様でさえその公生涯において果たし得なかったメシア宣言をなされたのであり、この日まで、アメリカを中心に営々と基盤を作られてきた苦労が偲ばれる。(参照「文鮮明先生は何故メシアと言えるか」→ https://x.gd/YHmCJ )
<遠藤周作著『キリストの誕生』>

筆者が新年に目を通した遠藤周作著『キリストの誕生』は、同著『イエスの生涯』の続篇であり、雑誌「新潮」に連載した「イエスがキリストになるまで」を加筆訂正したものである。この本は小説というより「原始キリスト教会史探究書」であり、聖書学・歴史学・神学を踏まえるが学術書ではなく、日本人としての感受性から読むイエス像が描かれている。
この本で遠藤周作が提起した主な問は、a.原始キリスト教会におけるユダヤ人クリスチャンと、異邦人クリスチャンとの葛藤とは何か、b .ナザレの無名の大工の息子イエスが何故神になったのか、c.弱虫だった弟子たちが何故死をも恐れぬ信仰者になり得たのかという3つの問である。そして更に原始教会の弟子たちは、イエスの十字架にも、弟子たちの迫害と殉教にも「何故神は沈黙されるのか」、何故再臨が遅れているのかという深刻な問が発せられた。以下、3点について論考する。
a.ユダヤ人クリスチャンと、異邦人クリスチャンとの葛藤とは
遠藤周作の『キリストの誕生』において描かれる エルサレム教会(ペテロ・ヤコブ)とギリシア人教会(パウロ)との違いと葛藤は、「福音は文化を越えられるのか」という遠藤自身の根源的問でもある。
エルサレム教会は、イエスの福音をユダヤ教内部の改革運動として認識し、神殿・律法・割礼を重視して、ユダヤ教と断絶しきれない性格があった。イエスはあくまでもユダヤ人のメシアであり、イスラエル選民の連続性を重視した。一方、ギリシア人教会は、神殿・律法・割礼を重視せず(不要とし)、信者の「家の教会」(エクレシア)を中心にして信仰を維持した。イエスはユダヤ人のメシアだけでなく全人類のメシアであると認識し、後日パウロなどにより十字架と復活が中心の神学を確立していった。
即ち、イエスは「ユダヤ教の内部改革者」なのか、それとも「人類普遍の救済者」なのかという問題を孕んでいたが、この問題は紀元49年頃開かれた「エルサレム会議」(使徒会議)で一応の決着がつくことになる。
エルサレム会議はベテロやヤコブなどエルサレム教会側と、パウロやバルナバなどギリシャ人教会側が論議したキリスト教の歴史上重要な会議で、異邦人クリスチャンが救われるために割礼やモーセの律法を守る必要があるかという問題が話し合われた(使徒行伝15章)。即ちパウロやバルナバの伝道旅行(第一次)で異邦人(ユダヤ人でない人々)がキリスト教に入信し、彼らがユダヤの律法や割礼などを守るべきかどうかが問題となり、結局「信仰のみで救われる」という原則を確認し、異邦人には「偶像の供物、血、絞め殺した肉、不品行」を避けるよう求めることで、教会の普遍化への道を開いたのである。
「すなわち、聖霊とわたしたちとは、次の必要事項のほかは、どんな負担をも、あなたがたに負わせないことに決めた。それは、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。これらのものから遠ざかっておれば、それでよろしい。以上」(使徒15.28)
このエルサレム会議は、 キリスト教がユダヤ教の枠を超え、すべての人々を受け入れる普遍的な宗教へと発展する決定的な一歩となり、また教会の問題を協議し決定する「公会議」のモデルとなった。この会議は、使徒行伝15章に記録されており、キリスト教の発展における最も重要な転換点の一つとされている。
b.ナザレの無名の大工の息子イエスが何故神になったのか
カトリックのミサでは、一貫して「イエスは神」と唱えられて信じられている。だがイエスは「最初から神だったのか」というとそうではなく、イエスは生前、自らを「神」と名乗っていないし、当初弟子たちにもそのような認識はなかった。
キリスト教の教義において、ナザレの大工の息子であるイエスが「神」と見なされるようになった背景には、イエスの生涯、教え、奇跡、そして特に死からの「復活」を弟子たちが経験し、それを神の特別な介入と解釈したという経緯がある。
イエスがゲッセマネの園で逮捕された際、イエスを見捨てて逃げ去った弱い弟子だったが(マタイ26.56)、イエスが処刑された後、「死から復活したイエス」と出会って死をも厭わない強い信仰者に変えられた。この復活の経験により、弟子たちはイエスのメッセージが真実であり、彼こそが旧約聖書で預言されていた救い主(キリスト・メシア)であると確信した。これにより、弟子たちはイエスが単なる人間ではなく、神によって特別に選ばれた存在であると認識した。
加えてパウロのキリスト観が決め手となった。パウロはペテロのように生前の人間イエスに会ったのではなく、復活したイエスとの強烈な神秘的出会いによって回心したのであり、そのイエス像はまさに神的イエスであった。パウロは「キリストは永遠に褒めたたえられる神」(ロマ書9.5)と告白しており、このパウロのイエス観はキリスト教のイエス観に大きな影響を与えたのである。
また前記の通り、初代教会信徒にとって、神がイエス・キリストを通し、聖霊の力によって自分達を救われたという古代教会の原体験があり、すべからく神と同一視されるものであった。使徒トマスは「私の主、私の神」(ヨハネ20.28)と告白している。そして初期教会における「三位一体」の教義が確立される過程で、最終的に、神は「父なる神」「子なる神(イエス・キリスト)」「聖霊なる神」という三つの位格(ペルソナ)を持つ唯一の神であるとする「三位一体」の教義が確立された。この教義により、イエスは神の一部であり、神自身であると公式に定められたのである。
即ち、イエスが「神」となったのは、彼の死後の「復活」という超自然的な出来事を信じた弟子たちや信者たちの信仰と解釈を通じて、イエスが神の子であり、人類の罪を贖う救い主であるという神学的な理解が形成され、それがキリスト教という宗教の根幹を成す教義として発展していった。(参照「イエス・キリストは何故神になったか」→ https://x.gd/q0lWD )
但し、原理では「イエスは神の創造目的を完成した神的価値を有する人間(被造物)」としている。だが得てして教祖を神と信じる信仰は殉教をも厭わない強い力を発揮する。
c.弱虫だった弟子たちが何故死をも恐れぬ信仰者になり得たのか
イエスの弟子たちが、当初の臆病な態度から死をも恐れぬ信仰者へと劇的に変化したのは、前記した復活したイエス・キリストとの出会いと聖霊の降臨という二つの決定的出来事によると思われる。
イエスが十字架にかけられた際、弟子たちは恐怖に駆られて逃げ散り、隠れていた。しかし、イエスが死後3日目に復活し(原理では霊的復活と見る)、その後40日間にわたって弟子たちの前に現れたことは(マタイ28章、ルカ24章)、彼らにとって疑いようのない事実確認となり、また彼らは、イエスの死が自分たちの裏切りや弱さに対する赦しであると理解し、希望を取り戻した。更にペンテコステ(聖霊降臨祭)で聖霊を受けたことで(使徒2.1~4)、弟子たちは内側から力がみなぎり、別人のように大胆になったのである。1コリント15章には次のようにある。
「すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。 そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。 そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである」(1コリント15.3~8)
<運命の歳への抱負>
さて本年はUCとその信徒に取って運命の歳である。筆者はUC側の主張を高裁は認めると信じる者であるが、いずれにせよ国家は信仰を奪うことは出来ない。「神・神の言葉・キリスト」という3つの賜物は人生の最大の財産であり、あらゆる財宝に優る。一度しかない人生において、この賜物と出会ったことは幸いであり、如何なる者もこの賜物を奪うことはできない。新年にあたり、もう一度、この理(ことわり)を確認したい。
もともと初期の原始教会は家の教会だったし、内村鑑三の無教会主義も聖書研究の信徒の集まりだった。こうして如何なることがあっても信仰は生き残るが、国が神とキリストを否定するという罪に手を染めることを恐れる。日本と日本人に取り返しのつかない禍根を残すからである。
以上、新年にあたり「新年に思うー人生の最大の財産」と題して所感を述べた。遠藤周作は「永遠の同伴者イエス」 (P287)と語ったが、然り、神は私たちと共にある。(了)
牧師・宣教師 吉田宏



