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神の「召し」とは UCは召された群れ、全信徒は再献身(re-dedicate)を!

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🔷徒然日誌(令和8年8月12日)   神の「召し」とはーUCは召された群れ、全信徒は再献身(re-dedicate)を!


そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義さとした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。(ロマ8.30)


プロローグー神の召しとは


ところで私たちは「み言」(原理)に出会い、み旨の道を歩むようになった時、内村鑑三のように意に反して「イエスを信じる者の誓約」に署名させられたのか、もしくは自ら進んで歩みを始めたのか、あるいは私のように大いなる葛藤の中で歩みを始めることを余儀なくされたのか、そこには各人各様の景色がある。内村鑑三は『余はいかにしてキリスト信徒になりしか』(岩波文庫)に次のように書いている。


「ご覧のように、私のキリスト教への第一歩は、私の意志に反して強制されたものでした。また、良心にもいくらか反していた点も告白しなくてはなりません。」(p.31)


内村が「良心に反した」と言ったのは、外国に由来する信仰(キリスト教)に入れば、日本国の裏切者となり日本国の宗教(神道)の背教者となるからであった。また内村自身も厳しい律法を守り多大の犠牲(例えば日曜礼拝を守る)を払うように求められるからである。


当時内村は、高崎藩の武士であった父から儒教を叩きこまれ、幼い時から神社の神々に供物を捧げ参拝を欠かさなかったという。


筆者は、内村のような多神教の信者ではなく(無宗教者あった)、「日本国の宗教の背教者」となるという心配はなかったが、聖書(原理)が要求する、筆者には手に負えない規範の高さに立ち尽くすのみであった。聖書の「情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。」(マタイ5.28)を読んだ時、「ここは私のくる所ではない」と思ったことを告白する。


アウグスティヌスの回心
アウグスティヌスの回心

筆者が神学者として高く評価するアウグスチヌスもそうであった。アウグスチヌスは、「宴楽と泥酔、好色と淫乱、争いと妬みとを捨てよ。主イエス・キリストを着なさい。」(ロマ13.13~14)の一句と出会って回心したという。アウグスチヌスは回心前、知的にはキリスト教の真理に近づいていたが、しかし、情欲・性的欲望を断ち切ることができないという問題を抱えていたのである。「主よ、私を貞潔にしてください。ただし、今すぐではなく。」という言葉は有名である。


だが、そのロマ書の一句を読むやいなや、「安心の光が心に注ぎ込まれ、疑いのすべての闇が消え去った」(『告白』第8巻p.140)と告白した。時が熟していたのである。自力では克服できない内心の葛藤は、神の恵み、即ちキリストを「着る」 (ロマ13.14)ことによって解放されるというのである。この体験は、後のアウグスチヌスの恩寵救済論、さらにルターやカルヴァンの信仰義認を核とする宗教改革の神学にもつながるのである。


では筆者は、意に反して、そして激しい葛藤にも係わらず、何故原理の道、献身の道を歩んだのだろうか、あるいは歩むことを余儀なくされたのだろうか。それは背後に神の見えざる差配、即ち神の「召し」(Calling)があったからに他ならない。神は嫌がる筆者の首根っこを捕まえて、み旨の道、献身への道に導かれたのである。


無論、献身とは神とキリストへの献身であり、人ではなく神への献身であって組織や制度への献身ではない。聖ベネディクトや聖フランシスコ など、一切を捨てて献身した聖者たちに共通するのは、「何を捨てたか」ではなく「誰に人生を委ねたか」であり、信仰による存在論的転換であり福音の具現だった。


パウロのように、「母の胎内にある時からわたしを聖別し、わたしをお召しになったかた」(ガラテヤ1.15)とは到底言えないにしても、今、傘寿を前にして神の召しの確かさを深く感じている。筆者は確かに召されたのである。その召しは、モーセやイザヤやパウロのような劇的なものではなかったにしても、あの20才の時、あの庄内の6畳の部屋で創造原理と堕落論を聞いた時、筆者は確かに召されたのである。そして葛藤の中とは言え、生涯を全体として召しの中に、神の導きの中に生きてきたのである。


そして神の召しは、好むと好まざると、全ての献身者、全信徒に言えることであり、み旨の道を歩む信徒は、多かれ少なかれ、須く神に召された者である。即ち、私たちがみ旨の道を選んだのではなく、神が選び、神が召されたのである。聖書に、「あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし」(ロマ8.30)とある通りである。


そして召された以上、もはや私たちは私であって私ではなく、私の真の所有者は神である。パウロが、「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。」(ガラテヤ2.20)と言った通りである。この霊的意味、この霊的事実をいかに認識し得るか、これが問題である。ちなみに、このガラテヤ書2章20節は、李登輝元台湾総統の回心聖句である。


【それぞれの召し】


聖書において「預言者の召し(召命)」とは、人間が自分で預言者になろうと決めることではなく、神が主権的に選び、使命を与えることを意味している。


パウロの回心
パウロの回心

特に使徒パウロは、「召し」(ギリシャ語でクレーシス)を非常に重視した。自らを、「神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロ」(ロマ1.1)と言い、「あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召された」(エペソ4.4)と述べ、「召されたその召しにふさわしく歩きなさい」(エペソ4.1)と諭し、「神の賜物と召しとは、変えられることがない」(ロマ11.29)と語っている通りである。そしてここでいう召し(召命)とは、単に職業や役職ではなく、神との交わりの中で生きる人生そのものを指している。以下、それぞれの預言者が如何にして召されたか、それぞれの召命の有り様を見ていこう。


<モーセの召命>


モーゼの召命
モーゼの召命

ミデアン荒野時代、神は燃える柴の中からモーセを召された。(出エジプト3章~4章)


「ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。神はしばの中から彼を呼んで、『モーセよ、モーセよ』と言われた。......さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう。」(3.2~10)


しかしモーセは、「 わたしは、いったい何者でしょう」(3.11)、「彼らはわたしを信ぜず、またわたしの声に聞き従わないでしょう」(4.1)とためらい、「わたしは言葉の人ではありません。口も重く、舌も重いのです。どうか他の人を遣わしてください」(4.10~13)と神の召しを辞退した。しかし神は、「わたしがあなたと共にいる」と約束し、兄アロンを助け手として与えられたのである。


<エレミヤの召命>


エレミヤの召命
エレミヤの召命

神は若いエレミヤを次のように召命された。


「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした。」(エレミヤ1.4~6)


だがエレミヤは、「ああ、主なる神よ、わたしはただ若者にすぎず、どのように語ってよいか知りません。」(3.6)とモーセと同様に辞退したのである。しかし神は、「あなたはただ若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたと共にいて、あなたを救うからである。」 (3.7)と仰せられた。ここには、預言者の召しは本人の能力ではなく、神の選びに基づくという思想がはっきり表れている。


<イザヤの召命>


イザヤの召命
イザヤの召命

イザヤは、モーセやエレミヤと違って、自ら応答した預言者である。


イザヤは神殿で神の栄光を見て、「私は滅びるばかりだ」と自分の罪を悟った。しかし、炭火によって罪が清められた後、「わたしはここにおります。私を遣わしてください。」と自ら応答したのである。イザヤは召命を断らず、罪の赦しを受けた後、素直に使命を受け入れた預言者である。


「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか」。その時わたしは言った、『ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください』。」(イザヤ6.8)


<逃げた預言者ヨナ>


ヨナの受難
ヨナの受難

神はヨナにニネベへ行って悔い改めを宣べ伝えるよう命じられた。


「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって呼ばわれ。彼らの悪がわたしの前に上ってきたからである。」 (ヨナ1.2)


しかしヨナは従わず、反対方向のタルシシュへ逃れるのである。ニネベはイスラエルに敵対する異邦人の都であったからである。それでも神は大きな魚を用いてヨナを立ち返らせ、最終的に使命を果たさせたのである。


「ヨナはその町にはいり、初め一日路を行きめぐって呼ばわり、『四十日を経たらニネベは滅びる』と言った。そこでニネベの人々は神を信じ、断食をふれ、大きい者から小さい者まで荒布を着た。」(ヨナ3.4~5)


<生まれる前から召されていた義人>


聖書には、「生まれる前から神に選ばれていた」と語られる人物がいる。


前述したエレミヤ には「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り」(エレミヤ1.4~6)とあり、イザヤには「主はわたしを生れ出た時から召し、母の胎を出た時からわが名を語り告げられた。」(イザヤ49.1)とある。


洗礼者ヨハネは、「彼は母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており」(ルカ1.15)とあり、使徒パウロは、「母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかた」(ガラテヤ1.15)と証言している。


このように、神の召しは人間の意思よりも先にあるという思想が聖書には繰り返し現れる。即ち、神の選びと召しが人間の働きの出発点であるという、聖書全体を貫く重要なテーマが表れている。


<全信徒への神の召し>


以上の召命の記事を見ると、a.神が主導して召される、b.人間は自分の無力さや恐れを感じる、c.神が「恐れるな」「わたしが共にいる」と約束される、d.神が語るべき言葉を与え使命を果たさせる、という共通の特徴がある。つまり、預言者ははじめから自信のある英雄ではなく、自分の弱さを知りながら神に用いられた人々なのである。そもそも預言者は、神の言葉を預かり、その言葉をもって、王(権力)にはその腐敗を糾弾し、民には不信仰を戒めるという使命があり、王からも民からも疎まれるという損な役回りであった。


さらに新約聖書では、この召しの考え方は預言者だけでなく、イエスの弟子たちを始め、すべての信徒にも受け継がれている。


イエスは弟子たちに、「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(ヨハネ15.16)と言われ、使徒ペテロは教会全体について、「あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。」(Ⅰペテロ2.9)と語った。更にペテロは、預言者ヨエルの言葉を引用して、「終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。」(使徒2.17章、ヨエル2.28)と語った。


これらは神の霊が一部の預言者だけでなく、すべての神の民に注がれる時代が始まったことを意味する。つまり、信徒が皆「預言者」ではないにしても、しかし「神に召された者」なのである。


【回心と召命ー信徒は召された群れ】


前述したように、神に召された者は神に所有された者であるから、「召された」という認識をしっかり持つことにより、み旨に向かう姿勢が質される。


筆者は、神体験はあるものの、イザヤやパウロのように「神殿で神の声を聞いた」「キリストの声が聞こえた」といった劇的な召命体験はない。ましてや文鮮明先生のように、神とイエス・キリストから直接使命を託されるということなど、なおさらない。


だが、今、信仰人生を振り替えると、全体として「召された」という実感はある。もしそうでないなら、異邦人であり、世俗人であった筆者が、人生の最終章で、「聖書の研究をもって天職とす」ということがあり得る筈がなく、神の言葉を情熱的に愛するなどということなどあり得ない。早朝、聖書と取り組んでいる自分自身に気付いて、ハッとして驚くことがある。これはまさに神業である。神がいて、神の召しがなければ、このようなことはあり得ないからである。


<内村鑑三の回心と召命>


内村鑑三の回心と召命
内村鑑三の回心と召命

内村鑑三もイザヤやパウロのような劇的、超自然的な召命体験はない。むしろ内村の場合、「回心」と「召命」が二段階に分かれていると考えられる。


内村は1878年、札幌農学校時代に洗礼を受け、その後、アメリカのアマースト大学でシーリー学長の「内を省みる事を止めて、罪を贖ひ給ひし十字架のキリストを仰ぎみよ」(1886年3月7日)との言葉で決定的な回心に至る。内村はその感動を「私の生涯で非常に重要な日。キリストの贖罪の力が、今日ほど明らかにあらわれた日はなかった。」(1886年3月8日の日記)と日記に記した。こうして内村には「回心体験」は明確にあっが、しかしパウロ型の「召命体験」ではなかった。


内村の生涯を見ると、青年期のキリスト教との出会い、札幌農学校時代の信仰形成、アメリカでの回心体験、そして後年の聖書研究・伝道・無教会主義へと進む中で、自分の「生涯を神に献げる」という使命意識が次第に形成されていった。そしてキリストの福音を日本に伝えることによって日本に仕えるという使命感、召命意識が形成されていった。


つまり、入信→回心 → 聖書への傾倒 → 苦難 → 使命の自覚 → 無教会→伝道者としての生涯という、長い召命の形成過程の中で、「自分は日本人に福音を伝えるために神から召された」という自覚が次第に明確になっていった。これこそ内村の天職としての「Jesus and Japanという二つのJ」である。


<文鮮明先生の召命>


文鮮明師の召命と受難の生涯
文鮮明師の召命と受難の生涯

翻って文鮮明先生の場合は、典型的なパウロ型の、しかもより鮮明な召命であった。文先生は1935年4月17日、15才になった復活祭(イースター)を迎える週、実家の近く、韓国の平安北道定州にある猫頭山(ミョドゥサン、標高約310m)で夜を徹して祈った明け方、忽然とイエス様が目の前に現れるという特別な霊的体験をされた。「苦痛を受けている人類のゆえに、神様は悲しんでいる。地上で天の御旨に対する特別な使命を果たしなさい。」という託宣である。その時、悲しいイエス様をはっきり見、その声をはっきり聞いたと言われた。(参照-創立以前の内的教会史→ https://x.gd/eYbdI )


こうして文先生の人生は、すべてこの日から劇的に変わったのである。この召命体験は、モーセの召命(出エジプト3.2~12)や、パウロの霊的体験(使徒9.3~5)を遥かに越える。文先生は次のように語られた。 


「私のこの体験をすべて表現するのは難しいことです。霊的な世界が突然、私の前に広がり、私は自由に霊界にいる聖者と通信できるようになりました。北朝鮮の地、静かな山中で直接何度もイエス・キリストと対話をしました。その時に啓示された真理の内容が、今の原理の核心になるのです。」(武田吉郎著『再臨主の証明』賢仁舎P42)


この文鮮明先生の召命体験は、自分が神を選んだのではなく、神が自分を選んだという理解に立ち、召命(Calling)と使命(mission)が密接に結びついている。そして、「神に呼ばれた」ということは、「神から何かを成し遂げる責任を与えられた」ということであり、召命は栄誉というより、むしろ「苦難」が伴うという理解であった。文先生にとって召命とは、必然的に犠牲・苦難・孤独・迫害が伴う道を受け入れるということであった。


文先生は聖書の歴史を、アダム→ ノア→ アブラハム→ モーセ→ ダビデ→ イエス→ 再臨主という神の復帰摂理の連続として理解し、従って、自分の召命も単なる個人的体験ではなく、過去の宗教史・聖書史を完成させる最後の段階における召命、即ち、人類史そのものを完成へ導く特別な使命として理解された 。そのため、「神に召された一人の牧師」というより、「神から人類史的な使命を託された中心人物」という自己理解であった。


そして重要なのは、文先生自身が「なぜ自分が選ばれたのかは神に聞かなければ分からない」と語っていることである。少なくとも、「自分が偉大だから選ばれた」というのではなく、神の主権的な選びによる召命だったということを示している。


以上、今回は「神の召し」が主題であった。何度も言うが、召されて統一信徒になったということは、私の所有者は神であり、私でない私、即ち、生きているのは、もはや、わたしではなく、神(キリスト)が、わたしのうちに生きておられるのである。原理を受け入れたということは、神の召しを受けたということに他ならない。筆者自身、今から思えば、原理を聞いたあの時こそ神の召しであったことを、感慨をもって告白する。無論、その召しを自覚的に心から認識するには長い時間を要したが、全体として神に召された人生であったことは疑いの余地はない。


今や統一信徒は解散という大艱難の中で、内外共にかってなかった試練に遭遇している。だが筆者の知る限り、悲観的になったり、投げやりになって信仰を失った信徒は一人もいない。むしろ、より以上の主体的な信仰の高まりを感じている。もともと私たちは、文字通り何もないところから出発しているので、これ以上失うものは何もない。


そして何よりも、統一の群れこそ国家の「霊的核」であり、まさに神に召された「印を押された144000人」(黙示録7.4)であることを再認識したい。「144000人」とは、神に忠実であり続ける「少数の霊的イスラエルの核・証人共同体」を象徴的に描いた数字である。(参照-霊的核とは何かz、「印を押された144000人」→ https://x.gd/H90mb )


私たちは今一度、神の召しを再自覚し、「再献身」(re-dedicate リディディケイト )しようではないか。然り! 「主はわたしの願いを聞かれた。主はわたしの祈をうけられる」(詩篇6.10) ( 了)


牧師・宣教師 吉田宏

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​新生聖書勉強会

​ユニバーサル福音教会牧師
​家庭連合ポーランド宣教師
   吉田 宏

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